THE FOOL
まだなの
第1話 プロローグ
「……辞めるだって?」
「ああ、二度は言わない。」
俺は向かいで呆ける、もう一人の同胞に
自分の意思を伝えた。
幾ら問い返しても、繰り返し言うつもりはない。
愛用のシガレットにライターで火を灯し
相手は好まないであろう不純物を当てつけてやろうと、煙を吹きかけた。
煙の淀みの向こう側に、紅く染まる
ルビーの様な瞳には
高貴な衣を纏う彼と相反する、くたびれたスーツ姿の
俺の悪戯を映し出す。
「冗談は言ってない。俺は本気だ、そう決めた。」
「その割には知恵が浅い発言だ。言っている意味が分かっているのか?」
―珍しく、俺の言葉の陳腐さに
戸惑いを隠せない彼を表現するなら―
【彫刻の様に美しき、人ならざる崇高な存在】
と、ゴマを擦れば満足するか?
まあどの道人間と思うなかれ。
何も知らないで彼を【人】と口にすれば、再び太陽など拝めはしないだろう。
それどころかいっその事、殺してくれた方が楽だと思う程の苦痛を与えかねない。
―考えただけで、難儀な性分だなと思う。
親しいが。とても親しいが―かと言って彼の全てに寛容ではない。
そんな彼を俺は最初に【同胞】と言った。
即ち俺自身もその類と等しい。
いずれにしても人の知らぬ世界の存在だ、別に不思議な事ではない。
この世界に生きる権利が人間だけと表現する方が不思議なのだ。
ともかく、そんな彼に
俺は一つの結論を強いた。
その結果発言に対する知恵が浅いと罵倒されても、その決断を
変更するつもりもなければ撤回するつもりもなかった。
「【吸血鬼】を辞めるとは……私の御許を好まぬという事だ。違うか?」
「飽きたんだ。人ならざる生き方を強いられる事に……お前が嫌いとかそういう訳じゃない。」
「ならばその先、人に成り下がるか?それこそ愚問だ。もう一度言う―意味が分かっているのか?」
【吸血鬼】
その言葉の発祥は何時なのか、何処なのか
それは誰にも分からない。
ただ気づけば血を好み、人ならざる力を秘め、月の恩下で永久に生きる人々の事を
吸血鬼と表現するようになった。
途方にもなく続く闇の住人から、遠ざかり―何処へ行くのか。
ましてや自分の始まりを全否定する俺の発言を
愚問として認めない彼の戸惑いは分かる。
吸血鬼が吸血鬼を辞める?とんだ笑い種だ。
ただ続けようと辞めようと、その選択の決断は自由なはず。
俺が辞めると言えば「そうか」と軽く相槌を打ってくれれば良いものの
辞退の真意に拘る彼はあまりにも滑稽すぎる俺に対してやや疲弊していた。
「……私が嫌いか?」
「じゃないって。」
「ならば辞めると言うな。去ろうとするな、傍に居れ。」
「本気で」冗談じゃないと言ったのに、冗談と思ったのか
俺の決断に背を向けて話を更地に戻そうとする彼。
そうするだろうと思った。
俺が吸血鬼を辞める事など出来やしない。
―この身の「始まり」が存在する限り―
「さあ、帰ろう。暫く眠ればそんな戯言など―……」
そう、振り返る彼の笑顔が
最後まで俺の手を掴む事は無く―
―
「じゃあな。【ファースト】」
―パァアン!!
「……俺は本気だ。と、言っただろう?」
―彼の赤く染まった額を眼下に、彼の絶命を下したと
くすぶる煙草の火が落ちた瞬間―ふと、悟る。
それにしても吸血鬼を辞めると言った手前
俺も酷い事をしたものだ。
でもそうしないと、【その時】までは
吸血鬼を辞める事が出来ないと思っていたんだ。
【その時】まではな―
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