夕暮れ・山へ向かう道

「あら」

ミシェルは嘲りを声に込めた。

「か弱い女ひとり、丸腰でなくばものにできないというわけですの? 大した勇者ですこと」

男達に動揺が走る。

もとより彼らは上等な輩ではないが、面と向かってそう言われれば嬉しかろうはずもない。

「さぁ、この“華の剣”を、戦って手に入れようという男気のある者はおりませんの!?」

男達はしばし顔を見合わせた。

数瞬の後、一振りの剣がミシェルの目の前に落ちる。

予備で持っていたのだろう。細身の剣、レイピアだ。

「取れ」

頭立った男が言った。

男達にはまだ余裕があった。

何と言っても三対一だし、相手を良く見ればただの細い娘っ子ではないか。

その美しさ故に剣を振るう姿は見事だろうが、それに惑わされ、手加減するやつも多かったことだろう。

この娘の武名には相当尾ひれが付いているに違いない――。

男達の心の動きを、ミシェルは正確に察知していた。

「彼女は見た目で得をしている」

陰に日向に、繰り返し言われてきたことだ。

だが、ミシェルは気にしたことはない。

戦いにおけるミシェルは徹底した現実主義者だ。

敵手が外見に惑わされてくれるなら、有り難くそれを利用する。

――自分は多分可愛げのない女なのだろう。

ミシェルには自覚があった。

そんな自分をありのまま受け止め、認めてくれるのはアランだけだった。

だから生涯の伴侶は彼以外考えられない。

だからミシェルは、レイフォルスに会わずにはいられないのだった。


一剣を得たミシェルがまずしたのは、スカートの裾を切り裂くことだった。

こう長くては動き辛い。

「おお、サービスいいじゃねぇか」

「もっと上まで切ってくれよ」

男達が囃立てるが、ミシェルは揺るがない。

剣を手にした自分に何ができるか知っていたからだ。

「さぁいらっしゃい」

片手でレイピアを構え、ミシェルは言った。

「“華の剣”、お見せしましょう――」


「いらっしゃい」

と言いながら、先に動いたのはミシェルだった。

鋭い出足で、一番腕が立ちそうな頭立った男に突っ掛ける。

腕力、体力では男には敵わない。

ならば大事なのは、常に先手を取り、ペースを掴んで離さないこと。

敵手に実力があったとしても、それを発揮させない「先の先」――それがミシェルの戦い方だった。

「うおっ」

機先を制された男は、レイピアの剣先を裂けるべく後ろに下がった。

狙い通りの動きを確認して、ミシェルは標的を変更する。

最も反応の鈍い、向かって左の男だ。

もう一人、向かって右の相手は、頭立った男が下がったため進路が塞がれた形になる。

これも狙い通りだった。

「このアマっ!」

左の男は剣を振りかぶった。

ミシェルに言わせれば、ようやくだ。

ミシェルの獲物は細身の剣。鋭いが、厚い革をやすやすと切り裂くほどではない。

防具の上から叩き付けてダメージを与える打撃力も期待できない。

ではどうするか――。

ミシェルは止まらなかった。

男の剣が完全に降り下ろされる前に、すれ違うように後方に抜ける。

鮮血が夕空に吹き上がった。

「――!」

声にならない悲鳴を上げたのは、男の方だった。

剣を取り落とし、手首を押さえている。

その指の間からは止めどなく血が溢れていた。

刃が防具に阻まれるのなら、「それ以外」を狙えば良い。

例えば手首だ。

他にも目や首筋、太股。各所の腱でも構わない。

剣術の試合や稽古ではない。馬鹿正直に防御を固めた部位を狙う必要はさらさらないのだ。

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