青ざめたオレンジ

㼾-シカワラ-

第1話

「そこの箱にオレンジ入ってるから好きなの取って食べていいよ」

「はぁーい」


 **********


 どたどたどた――。

僕らの部屋に何かが近づいてきたらしい。

”うぉっ,まぶしっ”

上から光が射し込んできた。と同時に僕らの頭上で影がうごめく。

”頼む,やめてくれ!”

”言っとくが,俺は美味しくないぞ”

あちこちからそんな言葉が聞こえる。だが頭上の影には届くとも思えない。


 と,部屋の角で隠れるようにうずくまっていたナナエの体がふわっと浮き上がった。

”きゃっ,嫌だ!放して,放してよぉお”

遠ざかるナナエが喚きかけたのも束の間,今度はナナエの体がぐんぐん迫ってきて…

 ぼこっ!

僕の隣の隣にいたタクミとヒロキにぶつかって,遅れて僕にもいくらかの衝撃が伝わった。

”わっ”

”いってーなぁ何すんだよー”

”ちょっとー乱暴はやめてよね,もう!”

”まぁまぁまぁ。ナナエ,間一髪じゃん”

”うん,まぁね。ヒロキはだいじょうぶだった?”

”あぁ,俺は無傷っぽい。タクミは?”

”あーちょっと…”

タクミが自分の安否を言いかけたかと思うと,今度は急にタクミの体が彼の意思とはまったく関係のない力が働いたように傾き,一回転半しながら僕のところまできてぶつかった。

”ぐほっ” ”うぇっ”

タクミと僕はそれぞれに呻きを漏らした。


 僕とタクミが痛みから解放されるまでの間に,室内は落ち着きを取り戻していた。

(あれ,嵐は去ったのか…?)

気づくと頭上に影は見当たらなくなっていた。

 その時――。

”えぇっ!?マジ?!お,俺かよ!?!待て,待てよ!”

タクミの声が斜め上から聞こえた。声の方向に視線をやると,タクミの姿はもう二回りほど小さく見える。

”タクミ!!”

みんなが口々に彼の名を呼ぶ。それは彼の耳には届いたかもしれない。しかし彼の向こうにある影に届かなければ意味はない。


 タクミの姿は僕らの視界から消えた。ナナエは静かに目を潤ませているようだった。

(あいつら,子供の頃から仲良かったしな…)

ナナエにかけるべき言葉を探すが見つからない。

 辺りはしばらく騒然としていた。たった今目の前で起こったことにショックを受けているものもいれば,空気が悪くなるのを嫌ってかこの状況から笑い話をひねり出そうとするものもいる。ヒロキは隣の連中と

”あいつ,さっき俺らとぶつかってちょっとダメージくらってたしな…”

などと,「なぜタクミだったか」について議論をしているようだった。


 いつの間にか周囲には闇が舞い戻っていた。泣き疲れたものも,議論に飽きたものも,揃ってほっとしたような表情を浮かべ,寝息をたてている。よく見ると,どいつもこいつも頬が火照っているようだった。

(なんでみんな,そんな幸せそうに寝てられるんだ。もしかしたらあれが自分だったかもしれないのに。明日は我が身かもしれないのに。…あいつは,帰ってこないのに――)

 みんなとは対照的に,僕は身震いしかできなかった。体温が下がり,顔色が悪くなっているのが自分でもよくわかった。


 同じような光景が来る日も来る日も繰り返された。違っているのは周りの仲間の数。日に日に仲間がいなくなっていく。

 もうひとつ違うことがあった。仲間がいなくなるごとに,みんなの表情がますます熱っぽくなっていくこと。彼らが赤らめば赤らむほど,僕は青ざめていった。それが,いなくなった仲間を想ってのことなのか,まだここにいる仲間に何かを感じてのことなのかは…わからない。


 やがてみんないなくなった。ここにいるのは僕だけだ。

(とうとうこの日が来たか。泣いても叫んでも,今日はついに僕の番だ。)

 光が射し込んだ。僕はそっと目を閉じ,体が持ち上げられるのを待った。脇腹にそっと力が加えられ体が浮く。ほどなく脇腹にかかっていた圧が抜けたかと思うと,全身が風に包まれ重力を感じた。

(やばい,落ちる…っていうか落ちてる!)

 まもなく受けるであろう衝撃に備えるべく体をこわばらせようとしたところで,僕は着地した。

(うわっ間に合わなかった!)

と思ったが,痛…くない。

(なんだ?この感覚)

 お尻が沼地のようなところに触れているのが分かった。

(どこだこれ。なんかねちょねちょしてるし。それより,ここ…)

”く,臭い!!”


 **********


「ママー,最後の1個カビ生えてたー」

「ほーら早く食べないからよ」

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