第4話 西暦二〇二五年七月二九日午前八時
Preious on ラノ研
書いた事が現実化してしまう不思議な能力をもつ邪馬都卑弥呼――我々、内調ラノ研事前対策ユニットは卑弥呼が執筆作業中に物語が破綻するように卑弥呼の脳内に侵入して破壊工作を行いなんとか世界の改変を阻止できた。
俺の能力に不信感を抱いていた部下や同僚もなんとか認めてくれて一応はうまくいっていた。
謎の男から妙な警告と変な話しを吹き込まれるものの、それで動揺するほど紙 メンタルではな俺は男の警告通り警戒はするものの順風満帆な日々を過ごしていた。
ある日の休日、たまたま護衛メンバーに空きのでたその日に俺達は卑弥呼の護衛任務についていた。そこへ男の警告通り強硬派のメンバーが襲撃を仕掛けてくる!
いくつかの幸運に助けられ強硬派を撃退には成功した。しかし――その場面を壱与ちゃんに見られてしまった! さらに――気絶した卑弥呼が持っていた物は俺の死亡記事と「タクマさんが戻ってきますように」と書かれた短冊!? 卑弥呼は書いた事が現実になる世界改変の能力がある――っというコトは――!?
これは西暦二〇二五年七月五日午前八時から同年七月二九日午前八時までに起こった出来事である。
物語はリアルタイムに――いや、リアルタイムには進行しないな……『創造石の扉へと至る道』を使用中は体感時間で半年は経過してるハズだし……。
物語は時々リアルタイム――でもないな……若干、回想かなんかで少年時代に戻った気もするし……よし!
物語は気が向いた時にリアルタイムで進行する――よし! これでいこう!
とにかく。俺、鮫島さめしまタクマにとってはこの夏に起こった二四日間の出来事は人生で一番長い二四日になりそうだ。
「必殺! 登龍――」
勇ましい少年の主人公が剣を高々と掲げ、技名を咆えながら一気に振り下――
「返して! それ、それ――あ、あたしの――あたしのなんです! か、返して――返してください」
「見ろよ、こいつこんなエロ本読んでるぜ」
「ホントだ! 字ばっかりなのにときどきある絵はエロい」
公園の木に登って太い枝跨り、幹に背を預けたまま夢中で読んでいたファンタジー冒険小説――そのイイトコで邪魔が入る。
俺は声のした方――枝の下を見る。そこには近所に住む見知った女の子とウチの小学校のガキどもが騒いでいた――と、いうより女の子の読んでいた本を取り上げた男子二人が一方的に女の子を詰っている。
あまり趣味のよくない言い方をすればイジメとかいうやつをやっているトコだった。
普段ならそのまま読書に戻るトコだが……この時、俺が読んでいたファンタジー小説は少年が正義の味方になって、悪の魔王に支配されそうになっている異世界を救うというやつだった。さらに、読んでいた箇所はファンタジー物なのになぜか巨大ロボに乗って強敵を仲間と力を合わせ倒すという最高に熱いシーンであり、読んでいた俺の心も否応なく正義の炎が燃え盛っていた!
知っている者に通じる様にいうなれば、この時の俺は『サイコーにおもしろかっこいい』事をしたい小学生だったのである。
そんな少年の目の前で二対一で――しかも女子をイジめている奴は格好のターゲットもとい悪決定――そして成敗し放題なのだ!
「とう!」
掛け声とともに勢いよく木から飛び降りる!
「おまえ達、その本をこの子に返すんだ!」
ビシっ! と二人の小僧に対して指を突き付ける! 着地の衝撃が足にきて下半身が震えているが勢いで誤魔化す。
「げっ! コイツは『ショーワ』だ!?」
「えぇぇ! いまだに家のテレビが白黒の!?」
いやいやいや、地デジに移行してはや十数年、さすがに白黒テレビ映んないからっ! 心の中でのみツッコミをいれつつ、そのイメージを利用する事にする。
「ふふふふふふふふふふふふ。素直に返さないとおまえ達のポケットから除く、その3Dゲーム機を俺の白黒ボーイと代えてしまうぞ」
ちなみに、この頃みんなが3D画面でモンスター狩ってた横で俺は空爆に耐えられる耐久性バツグンの白黒ゲーム機でモンスターを育てた。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! オート三輪で追いかけてこないでぇぇぇぇぇぇ!」
「わぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 俺のiPodをカセットテープに代えないでぇぇぇ!」
「ふふふふふふふふふふ。武士の情けだ。せめてノーマル、ハイポジ、メタルどれでも好きなやつを選ばせてやる」
「「なんかぜ~んぶ四角いプラの塊で違いがわかんなぃぃぃぃぃぃぃ!」」
小僧どもはそういうと得体のしれない未知の生物でも見る様な目でこっちをみる。
「まあ、俺も鬼じゃない。どうだ? このNASAが開発した(かもしれない)モザイクスッキリ眼鏡とその本を交換するってのはどうだ?」
「まじか!?」
「それをかければあれもこれもスッキリハッキリ!?」
うん。そういう夢をみるアイテムだから、実際にはスッキリもハッキリもしないけどな……つ~かこのガキどもは一体、何のモザイクを消そうとしてんだ? 疑問に思ったが、とりあえず平和的に交渉する。さすがに心が正義に燃えていても年下のガキども相手に力づくっていうのも大人げない。
「はい。『ショーワ』の兄ちゃんはやくそれくれよ」
「これがあればあのウプ主の素顔が!」
ものすっごいキラキラした夢を見る少年のような瞳に罪悪感を覚えつつ俺はメガネと本を交換する。
「ほら」
俺はアニメ調の絵で描かれたキャラとえらく現代的で流線型のスリムなロボットが描かれたカバーの本を女の子に返す。
「……あの……あの……」
人見知りするのか受け取ってからしばらく、なにかを言いかけながらも「あの……」を繰り返すだけだった。
「……ありが……」
後半は聞き取れなかったが、お礼を言いたかっただけらしいという事はできた。
「いいって、いいって。ほら俺も――」
そういってポケットの中からカバーがなくなり幾何学模様のような裏表紙の文庫本を取り出して見せる。
「読んでる途中で邪魔される辛さはわかる」
「……本……」
「ん?」
女の子は文庫本を胸にかかえズリ下がったメガネを元の位置に戻すと、
「どんな……本……好き……ですか?」
「まあ……こんなやつ」
もっていた文庫本を女の子に渡す。それをペラペラと流し読みのように目を通すと――
「な、なんか……私のとちょっと違う……」
「そりゃ古いからな。今から三〇年前に初版が刷られてるから違って当然だろ」
俺のもってるやつはカバーがなくなってしまっているが、数少ない挿絵の中に描かれているキャラと女の子がもっているカラーを見比べてみると、キャラは二頭身のものから六等身へと変わり、ロボットもずんぐりとした体形からスリムなモノに変っていた。
「あの……これ……どんな話し……?」
オドオドとした態度に一回も目を合わせてくれないが、どうやら本の話題ならと思ったのか、なんとか会話を続けようとする気配が窺えた。
「う~ん……なんか小学生が異世界に召喚されて、悪の大魔王を倒す冒険譚かな?」
「かな?」
「ああ。それ上下巻なんだけど、俺――上巻しか持ってないから最後まで知らないんだわ」
「気にならないの?」
始めて言いよどむ事なく言った。
「なるけど……もう古い本だから絶版になってるし、ワクワクはするけど最後はどうせハッピーエンドだろってわかってるから」
「どうして? 違うかもしれないよ。う~んと……例えば元の世界に帰る時に一緒に旅した仲間との悲しい別れがあって一概にハッピーといえないかも……あ! ご、ごめんなさい」
「いや……なるほど、そんな展開もアリか」
「あ、あの……わ、私ならそうします! 絶対にそうします!」
「いつか機会があったら探して確かめてみるよ」
そう言ってかっこよく立ち去ろうとした背中に、
「あっ!」
「ん?」
「あの……」
少女は少し戸惑った後に、
「今度、あ、あたしの書いた物読んでいただけませんか?」
「書いた物……?」
「は、はい。あ、あたし将来はラノベ作家になりたくって……その……」
好きなモノを語る時にそのオドオドした態度に若干ハラが立った俺は――
「おいおい。夢を語るならもっと堂々といえよ、そうだな――ラノベ界の王になるって宣言するなら読んでやってもいいぞ」
「え! え! そ、そんな事……言え……」
「なんだよ。王じゃ不満か? 意外と欲張りだな、まあいいか夢はデッカイほうがいいってネットの掲示板でも――あれ? 夢だけはデッカイほうがいいだったかな? まあ、いいや。んじゃ、ラノベの神様になるって宣言したら今度、書いたやつ読んでやるよ」
「ふえ!? そ、そんな大それた事……そ、それに神様……なんて……」
「だってよ、マンガの神様はいるのにラノベの神様がいないなんて変だろ? いないなら言った者勝ちだって」
「でも……」
「もし宣言したら、俺はこのさき一生おまえの書いた物読み続けてやるぞ」
「い、一生――それって、それって――」
「ほら、言っちまえよ」
「あ、あたしは――」
出だしは勢いよくいったものの肝心の部分は風に流されて消えてしまうぐらいか細いモノだったが、確かに言った。
「楽しみしてるぞ」
「はい!」
女の子はそういうと初めて満面の笑みをみせた。それが俺とヒミコの出会いだった。
散々な週末が終わった月曜の朝。
ヒミコはあのまま気を失ってしまい、翌日自室のベッドで目覚め全て夢だと思うように工作してある。
壱与ちゃんだけが心配のタネだったが俺の言葉を信じてなにも話してないようだ……。
今まで大きな世界の改変は二度行われたと聞いている。
その一つに死んだ者が蘇ったという報告があった。その人物の事についての詳しい記載はなく、俺自身相手の心が読める能力があるから素直に信じたが、よく考えてみたら普通の人がヒミコの力の事を信じるワケがない。
たが――しかしである。
もし、もしも――死んだハズの人間が目の前をウロウロしていたらどうだろうか?
俺以外の関係者全員には俺の正確な検死データを添付された資料を渡されていたとしたら――? ヒミコの力を信じるしかないのではないか?
また、そのあまりにも万能すぎる力――いってしまえば神様のような巨大な力に一人一人が危機感を抱き、ヒミコに関する情報の漏えいは予測できない危機を招きかねないと実感するだろう。
思えば田神のおっさんと会った、あの時から全ては計算づくだとしたら? 死んだハズの俺を保護し密かに日本へ帰すと、関係者の目に晒させヒミコの力を認識させる、同時にイサナさんの開発した妙な機械を使って“世界改変”を事前に阻止させる役目も負わさせる。
万が一失敗してもこの世にいないハズの者がいなくなるだけ――それはそれで好都合。
帰国したとしても俺を追う借金取りなんかいないハズだよ……ホント全くムダのない計画だ……。
「あの田神のおっさんトボけた顔して相当ヤリ手だな」
ま――普通ならここで悩んだり、苦悩したりといったパターンなんだが…………どうにも実感が湧かない……。
そもそも、いきなり「おまえはもう死んでいる」とか言われても、それで「ひでぶ」と言って破裂できるほど俺は器用じゃない。
そう考えると世紀末の人は器用だったんだな……そりゃモヒカンも流行るわ。
『壱与ちゃん昨日の事を説明するから放課後、ここに来てくれ』
学園の地図データにラノ研の場所に印を付けたモノを添付してメールを送る。
「ま、この命がヒミコからもらったモノなら――」
俺はどうすれば邪馬都姉妹にとって一番良い選択なのかを考えた。
「う~む……」
いつものラノ研――内閣情報調査室ライトノベル研究所で俺は考えていた。
「そこに『Top-secret』と書かれた書類を無造作に置いておいてくれ、あとそっちのテーブルにも『極秘』と太字で判が押された書類を――え! そんなモンないって、じゃ、学園SNSにある誰かのそれっぽい呟きに『極秘』って半押して置いといて、え! そんな単純な物でいいのかって? いいの、いいの。どーせ中身なんて誰も見ないから、中学生が書いた黒歴史ノートでもJFK暗殺の真相でも適当な物に半押して置いといてくれ」
了解の返事をして立ち去ろうとした男子に俺は、
「ああ、そうだ。『飛影の人には言えないブログ』ってサイトにある、どーでもいい話しに『極秘』って半押して置いといてくれ。あれ一応マジで極秘資料だから」
「わかりました」
「頼む」
俺はテロ対策ユニットの捜査官バリの貫録で締めくくる。
なにをしてるかって? 演出というやつだ。
考えてみてくれ政府の秘密組織の司令所といったら、薄暗い室内に数々のパソコンが並び無意味にデカイ大型画面モニタにパーテションで仕切られた上級職員専用のオフィスといったイメージだろう。
間違っても、一台のデスクトップPCが置かれた机にボサボサ頭の少女が椅子に両足をキッチリ載せた感じで座り『ボー』としたまま棒菓子をポリポリ食べてる普段のラノ研のイメージではどんな話しをしても信用されない!
ただでさえ信じられない内容の話しなのである、少しでもそれらしく思わせないと…………そのためイサナさんが作った妖しげな道具は全て倉庫に移し。月夜の畳張りのスペースも一時撤去、携帯獅子脅しも撤去。唯一、只ならぬセンス漂う俺のアロハシャツコレクションの詰まったクローゼットとアクアリウムも撤去された。
いま室内はどっかの洋ドラにでも出てきそうな緊迫感満点の司令室風になっていた。
当然、ここまでやるからにはメンバーにもそれ相応の格好をしてもらっている。
「…………ブカい」
サイズの合わないスーツの余った袖をパタパタさせながら呟くリン。なにが気に入ったのかそのままパタパタをやり続ける。
「白衣以外の服を着るのは何年ぶりかしらぁ~?」
ウキウキで着替えるイサナさん。
「ウチも制服と着物以外を纏うのはひさしぶりです」
月夜も同じ黒いスーツに着替えながら、
「あら? タクマさん?」
月夜が着替え終わらない俺に気づき声をかける。
実は俺はネクタイを結んだ事がない。
まあ……今まで正装する機会もなく。仕事もいろいろやったがネクタイをするような業種はなかった。そんなワケで今、鏡の前でネクタイを首にかけたまま苦戦苦闘しているというワケである。
「こちらを向いていただけますか」
月夜が俺の前に立つと手際よくネクタイを結んでくれる。
「あ、ありがとう」
「いえいえ」
俺の肩ぐらいまでしかない身長の月夜は見上げるような姿勢のままニッコリとほほ笑む。思わず見とれてしまうほどだった。改めて見ると篠原月夜という女子はかなりの美少女だった。化粧化はないが長い黒髪に鼻筋の通った整った顔立ち、良く見ると口元にホクロがあり、瞳はネコを想わせる様な切れ長。か細い首に華奢な肩――イカン、イカンなにを考えてるんだ!
「ま、間もなく壱与ちゃんが来る。各自うまく事が運ぶ様に尽力してくれ」
誤魔化す様に告げると自分のデスクに座る。
よく考えてみると、ラノ研って美人ばっかしだよな? 俺はそっとイサナさんを盗み見る。
肩口で切り揃えた少し色素の薄い髪にはウェーブがかかり、童顔というか丸顔というか……いや、悪い意味じゃなくて『ポワン』とした印象を受けるおっとり系の美人、普段は裸眼だが、なにか重要なメモを読んだりするときはピンクフレームのメガネを掛ける。ヒミコの思考に入る装置の開発者でもあり、そのため常にここに常駐している。ときどきデスクで寝てるのを見かけた事がある。
「なぁ~にぃ~?」
俺の視線に気づいたイサナさんが小首を傾げて言ってくる。こういう仕草ひとつでもイサナさんのノンビリした性格を窺い知る事ができる。
「あ~!」
ポンと掌を打つと、
「もしかして~タクマくん――」
「新しい装置の実験動物になりたいって思ったぁ~?」
「いえ。思ってません!」
「そっかぁ~……」
残念そうに呟き、肩を落とす。いい加減俺を実験動物にするのを諦めてほしい。
「……邪馬都壱与が到着しました」
「了解。月夜、ワリーけど迎えに行ってもいいか?」
「了解しましたわ」
「よし。ファイルの用意はできてるな?」
「……はい。言われた通り事実をありのままに記したデータ」
「本当に~全部話しちゃうのぉ~?」
「それが一番いいと思ったからな。――っと、さすがに両親に関する記述だけ隠しておいてくれ」
「……全て話すのでは?」
「何時か……な……。さすがに姉のせいで両親が外国に人質として拉致られてるって事実は余りにも酷すぎるだろ? 今回は卑弥呼個人に焦点を当てて納得してもらい、これからの俺達の活動に協力してもらえるようにするのが戦術目標だ」
「……わかりました。では、邪馬都夫妻に関する記述を削除します」
カタカタを軽快な音でタイプし始める鈴音を聞きながら壱与ちゃんが来るのを待つ。
「なんかどっかで見たことある顔ばっかりなんですけど……瑞鶴に島風に愛宕……なにコレクションしてんのタク兄?」
開口一番、不機嫌そうに呟く壱与ちゃん。全部かつて存在した軍艦の名前だけど? どういう意味なんだ?
「前のホームパーティっていうかラーメンパーティもなにかの一環?」
「まあ、それも……とりあえずこちらから説明するけど……え~っと……」
事が事だけになんて切り出していいやら……。
「かなり突飛のない話しなんだが……」
言い出しあぐねている俺に、
「タク兄」
「ん?」
「あっ……! その……昨日は変な……怪物から助けてくれて……その……あ、ありが……」
後半はほとんど聞き取れないくらいの声量であったが礼を言われた事ぐらいは理解できる。まるで昔のヒミコみたいだな。
「だから……だからね。し、信じてるから」
壱与ちゃんは人目も憚らず俺の手を包むように握ると上目使いでそう言った。
「い、壱与ちゃん」
俺はその真摯で真っ直ぐな瞳の壱与ちゃんに心を打た――
「タク兄は金持ちの陰陽師とか大資産家のエクソシトで――」
打たれなかった! 俺の内心に構わず完全に目が$マークになった壱与ちゃんは俺の手を握ったままゴーストスィーパーだとかバスターだとか妖しげな職種を上げる。もちろんその全てに『金持ち』や『大資産家』といった冠が付いていた。
「壱与ちゃん」
「え! もう? もう怖い目に遭わせた慰謝料の話し?」
アレ? そういう話しだっけ!? なんか趣旨がズレてきてるような――
「!!」
俺がサイフから学問の重要性を説いた偉人を出すと――途端に壱与ちゃんの視線はそれに釘づけ――というかロックオン? 話すのを止め、札を右にもっていくと追うようにフラフラと右へ左にもっていくと今度は左へ――そのまま五円や五〇円型のチョコが置かれたゲスト用のデスクへと誘導させ座らせる。
「さて、始めるか」
両手で紙幣を持ち、目を$から¥に変え大人しくなった壱与ちゃんを前に全てを語る。
「まずは――」
俺は少し前に田神のオッサンから聞かされた事を自分の口から語り始めた。
「二〇〇八年地球外知的生命体探査プロジェクトSETIが天秤座の方角約二〇光年のトコにある恒星系から光通信を受信したトコから始まったんだ」
壱与ちゃんが五円と五〇円のチョコを選びながら口を挟んでくる。
「二〇〇八年っていうと、おねーちゃんが生まれた年か~。でも、それって割と有名な話しだよね? 今でもネットを検索するとでてくるモン。結局ガセネタだったんでしょ? 全く別の場所を観測してて偶然に発見したパルス信号を報じた新聞社がぜんぜん別の話しと混同して流しちゃった誤報だって。しかも発信源に望遠鏡を向けても何もなかったって」
「……表向きはそう」
「表向き? だってSETIは発見時のルールに科学界とメディアに余すことなく全てのデータとともに事実を公開しなければならないと厳格に定めているから――」
「そのルール自体は有効なんですけどぉ~」
「事が事だけに正直に事実を公表するというワケにはいかなかったのですわ」
「どうゆう事?」
ラノ研女子メンバーがそれぞれ口を開いた後で右手に五円、左手に五〇円を持ったままの壱与ちゃんが意味がわからず小首を傾げる。俺がそれに答える。
「メッセージを受け取ってすぐさま解読を開始したところ、ある一人のDNAパターンとともに『この者を渡せ』といった意味と『拒否する場合は滅びを与える』といった意味の不穏な単語が解読され公表は控えられた。そして秘密裏に世界会議が開催され、件のDNAを持つ者とやがて来る宇宙からの侵略者に対しての対策を話し合うために」
時は二〇〇九年、日本は歴史的な政権交代が行われたが、一年ごとに首相が変る日本に他の先進各国は危惧を抱き、日本は先進国にあってこの会議に参加する事ができなかった。
「その対策というのが――」
対象者の周囲を鉄壁の護衛で固める警護隊のメンバーを世界中から集め、同時に銃器などの武器はもちろん、サイバー攻撃に対する防壁から妖しげな妖術に対する防衛術などを身に着けた霊能者などを世界中から集めるための都合の良い口実。
「会議の内容は世界自由貿易協定(TPP)」
「TPP? って、ゆーと、あの日本国内で作った物を海外で売っても関税がかからないってアレだよね? 今じゃ世界中に広がってるけど日本じゃ未だに環太平洋なんちゃらって昔の呼び名が使われてるアレのこと? でもそれが一体どういう関係が……?」
「……関税が撤廃されれば物資が世界中に流通するようになり、サービスなどの自由化で人口の流動が活発になる」
「宇宙からの侵略者に対する抵抗勢力の組織作りゼロからスタートするにはこの自由貿易協定はとても都合がよかったってワケさ」
「ホントわぁ~。世界的な統一国家を作ったほうがメンドウじゃなかったんだけどねぇ~」
「それは無理しょ」
壱与ちゃんが五円チョコを一口で飲み込むと一言で切り捨てる。
「ある程度、宗教観が一致してる欧州でさえ通貨統一に失敗したんだよ。文化や歴史認識の違いなんかもある国同士が全部一つになるなんて、一〇〇年後の二二世紀になっても目途がたってるかどうか」
経済から世界を見てるワケか……ホントこういう事を語らせたら中学生に見えんな壱与ちゃん。
「その組織の一つが俺達なんだ」
本当はピラミッドのトップにあり、他の警護チームやもろもろの対応班は全て下部組織なのだが、面倒なので省略。
「で、ここからが重要で壱与ちゃんにも関わってくる話しなんだ」
俺は遂に壱与ちゃんへ本題を切り出す。
もし、もしも――壱与ちゃんがこちらに協力的じゃなかった場合…………自然、強く握り締めていた拳を開き、意を決すると口を開く。
「壱与ちゃん。宇宙人が要求してる人物は君の姉、つまりヒミコなんだ。信号の発信場所から地球までは光速で移動しても二十年はかかる、つまり、二〇〇八年から二〇年後に当たる二〇二八年には君の姉を奪い合って宇宙戦争が勃発するかもしれないんだ」
言った!
「ふ~ん」
アレ?? 意外に淡泊なその反応に一大決心してまで話した俺は戸惑った。
「でも、なんでおねーちゃんなの?」
「え! あ~……そ、それはヒミコには世界を変える力があるつ~か~……頭で考えた事が現実になるつ~か~……なんて言うのが一番かな? とにかくヒミコは自分が思い描いた事を現実にできる力があるんだ。例えそれがどんな突拍子もなく、大きな世界規模の出来事でも!」
「なにソレ? おねーちゃんそんなにスゴい人じゃないよ、家じゃゴロゴロ女子だし、男子に話しかけられても顔真っ赤にして逃げちゃう紙メンタルだし。でも、その割にコクってきた男全部フってるんだよな~……アレは絶対片思いしてるよ! もし自分の妄想が現実になるなら、その人と両想いになってラブラブカップルになってると思うんだけど……」
「……邪馬都卑弥呼の能力使用にはいくつかの条件が必要」
「まずぅ~。卑弥呼ちゃん本人は自分の力に気づいてないんだよねぇ~」
「それに全部が全部実現するワケじゃありません。現実になるのは邪馬都卑弥呼が強烈にイメージした後に手書き、プリンター問わず文章にした瞬間から現実化するのです」
そういって過去にいくつか実現した世界改変のデータを大型のモニタに映し出す。いくつかの信じられない様な画像。中には太陽の隣を大型の宇宙船が横切ってるようなモノまであった! それはハッブル宇宙望遠鏡が捉えた画像でヒミコの力が地球の中にだけで留まらないと示した資料でもある。
「これらはヒミコが書いた文章の消失とともにどこかへと消え去った」
俺は立ち上がり壱与ちゃんに近づくと、
「壱与ちゃん。君に全てを話したのは俺達に協力――」
ぶく――
「なんだ!?」
今まで起動中のパソコンが出す駆動音しかなかった室内に奇妙な音が聞こえた!? それは水を沸騰させたときのような――しかし、それよりも鈍く、粘りつくような――まるで岩が煮詰まったマグマのような――
「な、なに!? こ、この妖気!! 先日の共工きょうこう――ううん、それ以上の……!」
月夜がなにかを感じているのか身体を震わせた月夜は、
「いけない! みなさん早くココから出てください!」
自らドアを開けると外へ出る様に促す。
と、同時に壁が真っ赤に染まり瞬く間に溶けていく!?
「タクマさん早く!」
手を引かれて部屋を出た瞬間に真っ赤に泡立った壁を突き破って赤い異形な魔物が飛び込んでくるのが見えた!
「ななななななななななにアレ? 火の魔物? イフリート? 神撃なの?」
俺達は狭い廊下を横一直線に並走しながら背後から迫りくる火の怪物から逃げていた!
その最中に壱与ちゃんの呟きが聞こえる。
「いいえ。あれは火の神『祝融しゅくゆう』です」
月夜は壁を――って、コイツ壁を走ってんぞっ!?
「なんでもい~からアレなんとかしてよ!」
壱与ちゃんが背後を振り返って炎の塊を指す。
「わかった。月夜頼むぞ」
俺はどういう原理かわからんが、壁を普通に走ってる黒髪女子の肩を叩く。
「む、無茶いわないでください!」
「お、おま――オカルト担当だろ」
「オカルトでも、ただの妖怪や怪異、物の怪の類とアレを一緒にしないでください! 相手は炎帝のもと天界の一角を治めていた文字通りの神様ですよ!」
「日本は世界の頂点に君臨するオカルト国家じゃなかったのかよ! 寺などの施設は全国に八万社(ちなみにコンビニは五万軒)あってコンビニ店員並に霊能者がいて、コンビニATMを使う手軽さで除霊されてるって――」
「言ってません!」
「ぐっ……」
いや、まあ……コイツは背後から飛んでくる火の塊や火炎放射器のような吐息を妙な札を翳して防いでくれてる。月夜がいなければこうやって逃げる事もできなかっただろう。
「リン」
「……はい?」
こんな状況にも係わらず、いつもどおりの『ボ~』とした雰囲気でノーパソを首から下げた紐で固定しながら足を動かしてる少女に
「非常警報はでてるか?」
「……既に出しました。非戦闘員は全て退避完了」
「陸上自衛隊の車輌格納庫ハンガーには?」
「……七四式待機中でしたが、既に出撃命令を出しました」
なんか妙に仕事がはやいな!? 一瞬、違和感を感じたものの頭を切り替える。
「臨兵闘者皆陳烈在前りんぴょうとうしゃかいじんれつざいぜん」
隣で月夜が人指し指と中指だけを立てた――いわゆる刀印と言われる構えのまま口早に唱えつつ縦横交互に印を切る――いわゆる早九字はやくじというやつだ。
「出動した七四式と敷地内に待機中のミサイル迎撃車輌に『祝融』の諸元データを送信しろ、屋上から出た瞬間に一〇八ミリ戦車砲と地対空ミサイルで迎撃させる」
「ちょ――タク兄、アタシ達に当たっちゃうよ!」
階段を駆け上がりながら抗議する壱与ちゃん。
「心配ない。七四式はレーザー測距儀と弾道計算コンピューターを搭載してるから、正確な諸元さえあれば誤射はしない。それに対空ミサイルといっても携行式の物ハンドアローを車輌に接続して精密誘導ができるようにしたタイプで炸薬量も少なくよほど近くにいない限り影響はない」
「はぁはぁはぁはぁ――タク――兄。な――はぁはぁ、言ってんだか――はぁはぁ、わかんないよ――はぁはぁ、タク兄――って、はぁはぁミリオタ?」
階段で遅れ気味になった壱与ちゃんの手を掴んで引き寄せる。
「へ? このぐらい常識の範囲だろ?」
第一、俺には兵器なんぞを調べる書物を買う経済的余裕などない。しかし、そう言われればどこでこんな事知ったんだ? 中学で習ったかな?
「タクマくんはぁ~『鍛冶神の目利き』があるからねぇ~」
僅かな息切れもなしにイサナさんが言う、言葉の意味を理解するよりも先に屋上へと続く扉を蹴破り、横並びのまま走っていた俺達は一斉に開け放たれた扉から屋上へと飛び出す。
「リン!」
「……七四式へデータ送信済み。一〇八ミリ戦車砲赤外線で目標を追尾中――ミサイルの終末誘導を画像認識に設定中――完了。発射します」
リンの声を『シュ~』という大気を切裂く音が遮る!
「……ミサイル発射確認。弾着まであと六秒」
俺達は屋上の隅へと走る!
「……五」
どこからか『ウィィン』という砲塔を動かす油圧式の可動音が聞こえてくる。
「……四」
沈みかけた陽が届かない屋上出入り口から陽の光とは違う赤光の輝きが漏れ!
「……三」
炎に包まれた大きな鉤爪が蹴破られたドアの縁を掴む!
「……二」
ドアを排除しながらゆっくり、ゆっくりと巨体が這い出てくる!
「……一」
「みんな伏せろ!」
弾着時の衝撃から盾になるように壱与ちゃんとリンに覆い被さる!
直後、『ドォン!』と腹に響く重い音が響き渡り、強烈なフックを喰らったかのよう状態で祝融が吹き飛ばされる!
――――――シュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――
大気を切裂く轟音と推進剤の白い尾を曳きながら細長いミサイルが戦車砲で吹き飛ばされた祝融に突き刺さり、爆発する! 花火のような綺麗な大輪ではなく。お世辞にも綺麗とはいいがたい茶色の煙に包まれた!
「……けっ。キタネェ花火だぜ……目標消失。撃墜した模様」
汚い言葉を棒読み口調で言った後、いつもどおりの抑揚のない声で報告してくる。
「そうか……壱与ちゃん平気か?」
「いたたたたたた。タク兄が押し倒したときに擦り剥いた」
確かに膝から少し血が滲んでいるものの、それ以外は目立った外傷はない。
「……ダ……です……」
ブツブツと文句をいう壱与ちゃんの手を取り立たせていると、月夜の呟きが耳に入った。その様子がおかしい事はすぐに気付いた! 全身を震わせひどく汗をかくその姿は恐怖に慄いている様だ。
しかし、祝融の脅威が無くなった今になって何故?
「ダ、ダメです。よ、妖気が膨らんで……」
そこまでいうとキっとした鋭い目つきで茶色の煙を睨む!
変化は徐々に――
茶色の煙に紅いモノが混じり始めやがて大きく浸食を始めると――内側から弾き飛ばされるように煙は文字通り霧散する!
その中から燃え盛る火炎を身にまとい真っ赤に輝く祝融が姿を現した! そして大きく息を吸い込むと――
「そ――! そんな……は、話と違うでゴザル」
リンがうつ伏せのまま呆然と呟くのが聞こえる。
そこから全てがスローモーションのように展開していく! 俺は少しでも彼女達が生き残る可能性をあげるために壱与ちゃんとリンの盾になるように立ち。
月夜は――月夜はその俺よりもさらに前へ出る!? 長い黒髪をツインテールに結ったその後ろ姿はとても凛々しく――思わず惚れそうだった!
「臨!」
親指と人差し指を伸ばし他の指は内側に織り込むように印『普賢三昧耶』と呼ばれるモノだ。
「兵!」
唱えた後、即座に親指と人差し指を伸ばし、中指を人差し指に絡め次の印『大金剛輪』を作る!
「闘!」
人差し指で獅子の目、薬指と小指で獅子の口を形作る『外獅子』という印を切る!
「者!」
今度は薬指で獅子の目、親指と人差し指で獅子の口を形作る『内獅子』を作る。
「皆!」
組んだ手を解くと合掌するように組み合わせ両手の指も組む『外縛』。
「陳!」
合わせた手を少し緩めると指を掌側に折り込む様に組む『内縛』。
「烈!」
忍者が忍法を使うときのように両手を上下に合わせると、上の側、右手の人差し指を駒形に折り曲げる『智拳』。
「在!」
今度は人差し指と親指をくっつけて両手で三角形を作る感じに印を切る『日輪』。
「前!」
左手で握り拳を作ると右手は左拳を下から包む『陰形』。
九つの呪文に九つの印を切る様をスロー再生された映像の様に見ていた!
祝融が大きく吸い込んだ息に炎を混ぜ吐きだしてくる!
火炎放射器のように伸びる炎は屋上の手すりをアメ細工のように溶かすと、月夜が九字で出現させた青く光る壁に阻まれる!
鉄をあっさりと融解させる炎の息の中にいるにもかかわらず俺達を優しく青いベールが包み熱気は全く感じなかった!
すげェェ! 月夜さんマジかっこいいっス! マジっぱねぇッス!! 一生ついていきます! つーか結婚してぇ!
俺の熱い視線に気づいたのかこちらを振り返る月夜さん。
「は、早く逃げてください……。も、もう……これ以上……もちそうに……ありません」
俺は右手で壱与ちゃんの左手でリンの手を握ったまま答える。
「お、おまえはどうすんだよ?」
「ウチは……」
一瞬だけ目を伏せ、その仕草で『物質解析オブジェクト・リーディング』の能力を使わなくとも察した。
「ウチは……平気ですから……くっ!」
言葉の途中で炎の勢いに押されヨロめく! 反射的に支えてやりたい衝動に駆られ両手に視線を戻したところで二人の少女の姿が映る。
「た、タク兄ぃ~……」
「……なんで……なんで……話と違う……で……ゴザル……みんなが……みんなになにあったらボ、ボクのせい……なの……?」
この手を振り払うのか?
「くっ!」
俺は自由になる首を動かし月夜を見る。
「た、タクマさん……護衛対象を見誤らないでくだ…………さい……ウチは……覚悟……」
炎の勢いに削られみるみる小さくなっていく! 早く決断しないと助けられる者すら助けられなくなる!!
どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?どうする?
頭の中が埋め尽くされる!
どっちだ? 選べ! 早く――早く!
「――って、選べるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァ!!」
その直後、あっけなく本当にあっけなく壱与ちゃんとリンは青白い炎に包まれる!
首を動かし前を見ると、そこにも青白い炎に包まれた月夜の後ろ姿があった……。
あぁ……結局、俺は誰一人助ける事もできなかったんだな……自身を見ると、腕や肩、足が炎に包まれていた。不思議と熱さは感じなかった……。
「た、タク兄ぃ~!? 目が目がァァ――」
炎に包まれたまま壱与ちゃんがこっちを指しながら特務の青二才のようなセリフを言う。
「目、目が燃えてるよ!? タク兄ぃがまさかの熱血キャラに変身!?」
「炎に包まれながらボケるとは意外と余裕だな。壱与ちゃん」
「はぁ? 炎? なに言ってんの? タク兄ぃ」
ポケットからスマホを取り出すと『パシャリ』と俺を撮り、
「はい。今の自分の姿見て」
高画質の液晶画面に映っていた俺は――!!
「なんじゃコリャぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァ!!」
壱与ちゃんの言うとおり両目が燃えていた!
より正確に表現するなら眼球から青白い炎のようなモノが出ていた! さきほどから皆が青白い炎に包まれている様に見えたのはこのせいだったのだ。
「なななななななな、ななんだろこれ? へ、変な病気とかじゃないよね?」
「「病気!?」でゴザルか!?」」
壱与ちゃんとリンが全く同時にそれまで握っていた俺の手を『スパーン』と景気よく振り払う!
おい! 命賭して守ろうした俺に対してこの扱いヒドくねぇ!
「お、おまえらなぁ!! それが身を挺して守ろうとした俺への――」
そういえば何で身を挺して庇ってたんだっけ?
「そうだ! 祝融は?」
振り返る。
「月夜無事か――?」
振り返った先では青白い炎に焦がされ、苦しみに身を捩りながら声なき声を上げている祝融と何が起こった理解できず戸惑い顔の月夜の姿だった。
「こ、これは一体……? それにタクマさんのその瞳」
「いや。俺にもなにがなんだか……」
応えは意外なトコからやってきた。
「それはぁ~最初の任務時に『創造石の扉へ到る道』を使って卑弥呼ちゃんの頭の中の世界にはいった時の魔王軍軍師さんの能力ですよぉ~忘れちゃったんですかぁ~?」
「は?」
「だからぁ~」
再び律儀に説明するイサナさん。
そう、今の今まで存在を忘れ――もとい、優しい笑みを浮かべたまま俺達の後を黙って付いてきてたイサナさんがここで口を開いたのだ!
「いやいや。そうじゃなくて! なんでヒミコが考えた思考の中にいたキャラの能力を俺使えるんだよ!」
「あれぇ~? だって卑弥呼ちゃんは妄想を現実にする能力があるって説明しましたよねぇ~? 本来なら文字や文章を書いたり、プリントアウトした時点で現実化するみたいなんですがぁ~タクマくんだけは、その都度、モデルになったキャラの能力を体得しているみたいなんですよねぇ~」
え! ちょっと待って……それって……。
ちなみにヒミコの筆は超速い! 一般的なラノベ作家の執筆速度はしらないがヒミコの場合はゼロから始めて短編で二時間、長編で三日という記録が残っている。しかも同時に複数作品の執筆をこなし、俺がこの数日の間だけで何十回とヒミコの思考に入りいくつの世界をブっこわしたのか憶えてないぐらい数々の物語をぶっ潰した。その全ての主人公キャラの力が俺に宿ってんの!?
「なぁ――」
「はい?」
「もしかして……『Tファイル』や『タクマノート』に書かれてる真実って……」
「あぁ~知ってたんですかぁ~。みんなタクマくんに気を使って隠してたんですけどぉ~」
四〇種類以上の変な能力が憑いちゃったからな……くっ! みんなの気遣いが心に痛いぜ。
「タクマくんが実験動物になってくれないからぁ~推測しかできないんだけど、ど~やらタクマくんには卑弥呼ちゃんの能力が顕著に表れるみたいなのぉ~。憶えてる? その眼は魔王軍軍師さんの『破術眼』っていって、どんな魔法も青白い炎で焼き尽くして無効化するって能力らしいよぉ~」
「それでさっきの火の魔物――祝融だっけ? を青い炎で焼いたのか……」
つーか、いつか思った肩書の能力全部使えんの? だとしたら……うわっ……俺の戦闘力、高すぎ……!
「ちなみにタクマくんがやたら武器に詳しいのは、五〇番目の任務の時能力ですよぉ~覚えてるぅ~? 『鍛冶神の目利き』って言って、どんな武器や兵器の知識も持ち合わせ、長所と短所を理解し使いこなすっていう地味だけど現代じゃチート的な能力だよぉ~」
「あ~。それで今までぜんぜん知らなかった事まで当然のように知ってたんだ……」
「他にもぉ~。タクマくんが来る前の案件で処理した物語にあった『邪気眼暗殺拳』は傑作だよぉ~。青竜波っていう青い竜を出したりできるんだよぉ~」
「おぉ! そいつはちょっとかっこいいな!」
俺は自分が漫画のキャラのようにかっこよく手の平から青い竜を――
「ただしお尻からでるけどねぇ~」
「なんでだよ!」
今、この瞬間より青竜波は禁じ手とする事にした!
「それは男の子達が戦いあうバトルモノで少しBL的な要素を入れたみたいなのよぉ~」
「あとは『エチカ』って叫ぶと魔法少年に変身できたりもできるんだよ」
そういえば田神のおっさんに見せてもらった資料にヒラヒラの服装を身にまとった俺の姿があったな……。
「ただし魔法はお尻からでるけどねぇ~」
「だからなんでだよっ!!」
「あとぉ~日食の日は出歩かないでね、左腕に封印された存在がぁ――」
ピーピーピー!
緊急事態を報せる音が壱与ちゃんを除くラノ研全員のスマホから鳴り響き、イサナさんの言葉を遮る! つーかなにが封印されてんのっ!? クッソ気になるんだけど!
「……あっ!」
隣でフラつき倒れそうになった月夜を支える。
「は、離してください!」
返ってきた強い拒絶の言葉!
「あなた――あなたはウチの――護衛であるウチの安否を気にしましたね! そのせいで判断を鈍らせ貴方はより大事な存在を無くすトコだったんですよ!」
確かに都合よくこんな力をもっていたから助かったが、あのままいけば俺はどっちも助けられず最悪の結末を迎えていただろう……月夜が怒るのも無理はない……。
「ウチは貴方に守られる者じゃない」
こちらに背を向けたまま一方的に言い放つとそのまま屋上出入り口に向かう。
「でも……ありがとうございました」
月夜の後をイサナさんが追いかける、一瞬だけこちらに「任せといてぇ~」といわんばかりの微笑みが見えた。どやら俺の行動がひどく月夜を傷つけたみたいだ……ここはイサナさんに任せよう。
「壱与ちゃんも一緒に安全なトコへ行ってくれ」
「うん。タク兄……気を付けてよ。もし死んじゃったりしたら許さないから!」
「壱与ちゃん……」
「今度、せ~め~保険金かけとくから、死ぬなら次にしてよねん☆」
本気とも冗談ともわからない事を言って屋上の昇降口へと姿を消す。
祝融が青白い炎の中で消え去った後、唐突に鳴り響いた緊急警報。今、リンに事態を把握させているトコである。
「……出ました。衛星からのリアルタイム映像です」
「な。なんだよコレ!?」
衛星から航空写真のような、その画像は邪馬都宅を中心に半径数メートルに渡って黒い球状の物体が映っていた!?
「……調査班からの報告では地上からの侵入は無論の事、地下からも空からの侵入も不可能だそうです。不思議な反発力によって外側に弾きだれてしまうとか、データ出します」
ヘルメットに防弾ベストを着け自動小銃を持った隊員がダッシュで黒い球状に突撃したところ黒い壁に触れるかふれないかのトコで『ドンっ!』と突き飛ばされたかのように背後に吹き飛ぶシーンがリンのノーパソに映った。
「……続いて手榴弾を投げた場合」
隊員がベストに下がった閃光手榴弾をボーリングのような投げ方で黒い球に投げると、同じように隊員のトコにもどってきて足元で炸裂した!
隊員が「眼が~眼が~」とか呻いてるけど、そこは割とど~でもいい。
「……のように人、物問わずあらゆるものの侵入を拒んでいます」
「リン相手はどんな奴なんだ?」
「!」
俺の言葉に動揺の表情を隠せないリン。
「これをやったのはアイツか? 丸メガネ、ツンツン頭で後ろ髪を縛った」
「な、なんで知ってるでゴザルか!!」
「俺にも接触してきたからだよ。おまえにも接触してきたんだろ?」
「…………」
「でも、俺もおまえも撥ね付けた」
「……ち、ちが……ボ、ボクは……」
「ああ、誤って外部へ流失した極秘情報の件は不問だ。勿論、それに関連する全ての行動に対する責任も不問――!」
俺の言葉を遮る様に『ドシン!』と頭突きをしてくるリン!
「違う! ボク……ボクは邪馬都卑弥呼を……卑弥呼姉ちゃんを売って……みんなを……みんなを……裏切って……」
しがみつきながら嗚咽混じりの懺悔を聞きながら俺は全てを理解した。
悔しいが、あのツンツン頭の取った行動は正しい。
機密情報ってのは組織のトップよりも現場の分析官や技師のほうが知ってるものだ。あの米国大統領さえ自国の閲覧できる情報レベル二五段階まである内の一八までだという。なので、腕は一流、性格が人見知りで騙しやすいリンに目を付け、付け込んで来たのは戦術としては理解できる。
ただやり方は気に入らねェェ!
静かな怒りを胸に秘めながら嗚咽混じりに語られるリンの独白を俺なりに整理する。
要約すると、リンが情報解析の技術を買われてラノ研に来たのは本当で、ある日不思議な男から接触があった。そいつは警備システムに一つもかからず突然現れたという、そして、「邪馬都卑弥呼の力は危険だ」と一方的に警告すると現れた時と同じ唐突さで消えた。その時は警備に報告だけして気にしなかったという、気が変ったのは死んだハズの男が来るから――って、俺の事かい! 嗚咽混じりのリンの言葉に思わずつっこんでしまった。
「……だって、だって……一回死んで生き返ったって……そういうのって映画とかだと……ゾンビとか理性を失ったモンスターになって無差別に人を襲って食べて……かゆ……うま……するって」
どうやら、ゾンビ映画のモンスターみたいな奴が来ると想像してたらしい、さすがにそんな奴こねぇだろ――って、なにこれ? つまり俺のせいって事? ヒミコの力で蘇った俺がいつか理性を無くして襲い掛かってくるかもしんないからヒミコをなんとかしようとして敵対勢力に情報を流したって事!? そういえばキチンと自己紹介とかした事なかったけど……まさか、ゾンビに間違えられるとは……。
オッス! オラ、タクマ。いっぺん死んでけどゾンビじゃねぇぞ~ワクワクっすぞ――これからこ~やって自己紹介でもするか。
「……そ、それで、こ、今度は……情報の流失をバラされたくなったら協力しろって……今日、邪馬都壱与がくる時刻やこの建物の図面、警備の配置を要求してきて……でも、断ったよ! だって――いろんな人にメーワクかかるし、邪馬都姉妹にもしもの事があったら……それなら漏えいをバラされたほうがマシだって断ったよ! そしたら「絶対に誰も傷つけない、僕は強硬派とは違う。なんなら君が事を収めてくれて構わない、やってくる物の怪は弱くて簡単に倒せるから、君の手柄にすればいい。その間に邪馬都卑弥呼本人と話しができればこちらの目的は終わる」って、なぜだかその時は信じちゃって……ごめんなさい! ボクの、ボクのせいで――」
俺はリンの頭を優しく撫でながら、スマホをいじって学園警備隊に繋ぐ。襲ってきた物の怪は以前に強硬派が使った妖怪と同種の存在、あのツンツン頭が強硬派と通じてるのはほぼ間違いない――リンは脅されて、騙されてって事か。
「ヘリを一機こっちにまわしてくれ」
相手はこっちの急な依頼にも関わらず、すぐに機とパイロットを手配してくれた。
「それと邪馬都邸の上空を飛行禁止空域に設定。民間、防衛省、在日米軍に通達。俺の乗ったヘリを優先飛行扱いにしといてくれ」
電話の相手はよく知らないが、タイプ音と共に警備チームに俺のラーメンの話しを聞いて今度はこっちにも御馳走してくれという申し出にあいまいな返事を返す。
「リンおまえは騙されただけだ。あいつは俺がぶっとばしてやる!」
いまだ泣き続けるリンに握り拳を見せ宣言する。
「しまった! 着替えてくればよかった」
ザイルを使った降下の仕方を一折教わった後、防弾ベスト着用のためにジャケットを脱いだときに自身の服装に気づいた。いや、まあ別にそんな大げさのモンじゃないが、アロハシャツじゃないと、なんか……こう……格ゲーで間違って2Pカラーのキャラを選択しちまったみたいな……違和感というか、コレジャナイ感がする。
「落ち着きませんか?」
俺のソワソワした動作を勘違いしたのか同乗している若い警備隊員が声をかけてくる。
「ああ……別にそういうワケじゃ……」
「わかります! これから一人で決戦に臨むときの緊張感! 実は僕も昔は――」
「そういえば君は?」
「申し遅れました。僕は内閣情報調査室ライトノベル研究所所属『異能』ユニットを担当している頭かしら 中二ちゅうじと言います。二年前にはサイキック高校生などの案件を担当しました」
ああ、言う機会がなかったからあえて説明してなかったけど、ラノ研にはいくつかのチームが存在している。俺が所属する事前対策ユニットを頂点に『異能』、『剣と魔法』、『ラブコメ』、『ロボ』などなど。俺がやってくるまで事前対策ユニットはなく(正確には準備室みたいな位置づけでイサナさんのみが所属)ヒミコが改変させた部分に場当たり的に対処する方法がとられ、ラノベのジャンルに合わせていくつかのチームが組織された。
件のサイキック高校生事件とは惑星戦士並みの力をもった高校生が大量発生してあばれまくったっていう割とトンデモナ事件である。
それでも歴代難事件の中では三番目に位置付けされている。
ちなみに歴代難事件ナンバ~ワンは通称『BL六号』事件と呼ばれている。内容の全てが秘匿され閲覧には現役大臣三名の承認と事務次官の立ち合いが必要。現在、上級特定秘密に指定されている。
俺がもらった資料にも田神のおっさんが直々に指揮をとって事を収めた事と、もし改変が行われていたら世の大半の男性はもがき苦しみ、女性は燃え(誤字なのか書類には『萌え』と記載)死ぬといわれ、子が生まれなくなり人類はゆっくりと確実に滅亡に向かったという事しか記されていなかった。
以上の事から想像するに、たぶん細菌兵器が関係あるような気がする『BL』とはきっとその細菌の略称かなんかなんだろう……たぶん。
「そろそろ邪馬都邸の上空です」
侵入は思いのほか簡単だったザイルを降ろし、眼下に見える黒い球体に一瞥をくれると、破術眼が発動し人一人が通れるほどの穴が開き、そこから降下した。
邪馬都邸の前に降りる――!
「うを!」
透明で細長い水の化け物――共工の咢を躱す! 俺は持っていた回転式拳銃を共工に二,三発発砲! 昔、読んでた漫画の主人公――天パーでハードボイルドだけど女に弱いが持っていた拳銃は共工の水の身体を貫きその先の壁にクモの巣状のヒビを作る!
「マジか!? 最近じゃゾンビが徘徊する世界の保安官も持ってる銃なのに効かねぇ!?」
共工は透明身体を伸ばし大きな咢でこっちを攻撃してくる!
「くそ! オカルトめェェ!」
俺は拳銃を放り出すと邪馬都邸の中に逃げ込む! 神速でカギを開けると、そのまま扉をくぐり共工が来る前に扉を閉める――ドンっ! という激しい音とともに扉に槌でも打ち付けたような衝撃とともに鍵がはじけ飛ぶ!?
俺は身体で扉を押さえながら周囲を見渡す。
「!」
玄関の傘立ての中に一振りの刀を見つける!
「あれは妖怪や物の怪の類を斬れる代物です」
いつか言った月夜の言葉が蘇る――傘立ての中にある七千万円の刀を抜き、
「いくぞ――」
自分に言い聞かせると、扉を開く!
「シャァァァァァァァ」
鋭い牙をキラリと光らせ大きな咢を躱し、透明な蛇の頭部を斬り飛ばす!
あ、浅い!? 内心で仕留め損なった事を悔い、反撃の一撃を覚悟する!
ぶっしゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――
奇妙な音を立てて透明な蛇は霧散し、地面にカランと乾いた音を立てて刀のみが転がった。
「はぁはぁはぁはぁはぁ――なんでだ? 絶対仕留め損なったと思ったのに――はぁはぁはぁはぁ――とにかく助かった……」
前のやつは大きさも力も段違いに強かった!
息を整え改めて周囲を窺う。前回は角を曲がったいきなり砂漠のようなトコに放り出されたが、今もあの時と同じように光源がないハズなのにボンヤリと見える―― ブラックライトが点灯してる室内のような感じの視界。
「ん?」
リビングからハッキリと人工的な光が漏れていた!?
俺は周辺に気を配りながら、そっとリビングの様子を覗き見る――
「ヒミコ!?」
リビングのテーブルにノーパソを置いたヒミコの姿に思わず声を上げる。
薄明りの中でノーパソの画面から出る光で表情は影になってみえないが、制服姿で長い黒髪を左右で三つ編みにした髪型はヒミコのモノだ。
「……で……」
ノーパソの光を受けできた大きな影が不気味に蠢く。俺はそれに不気味なモノを感じた。
「……で、できた。できちゃった……い、今までなにをやっても最後までちゃんと物語を書き切れなかったのに……」
ヒミコの呟きに俺はノーパソの画面が見える位置に移動する。びっしりと書かれた文字列の最後には『Fin』という文字で締めくくられていた!
「ヒ――」
俺の声は途中で盛大な拍手の音に掻き消される!
「いやー。おめでとう卑弥呼ちゃん。ほーら僕の言った通りだったろ? この閉ざされた空間内にいれば君の邪魔をする者はいない。僕なら原稿を――君の夢を完成させる手助けができるって」
部屋の隅――そこに一際濃い闇の中に潜むようにしてツンツン頭で髪を縛った男が俺が熱帯魚を飼おうと置いた水槽に背を預けながら手を叩いていた!
「は、はい」
謎の男とヒミコはまるで俺の存在を無視するように会話をする。
「遅かったね。ニセモノ君。ここに来たという事は強硬派が僕に憑けてた使い魔は退治してくれたようだね。これで卑弥呼ちゃんを連れて移動できる」
「ニセモノ? なに言って――ヒミコ逃げるぞ!」
俺はヒミコの腕を掴む。
「え! い、痛い……は、離してください」
俺はヒミコを背後に立たせ、ツンツン頭と対峙する!
「はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは」
そいつはなにが可笑しかったのか盛大に笑い始めると、上半身を獅子脅しのように前後にキコキコ動かす奇妙な動きをする!?
「これも僕の言った通りだったろ? 卑弥呼ちゃん。君の知ってる鮫島タクマはこんな力づくで君をどうにかしたりはしない。それともう一つ教えてあげるよ。君の邪魔をしていたのはソイツなんだよ、これが証拠さ」
ツンツン頭が投げたソレは――
「そ、それは!?」
「語るに落ちたな」
俺がヒミコのデスクトップパソコンに仕掛けた電磁石つき携帯電話を床に放る。
「さぁ、こっちへおいで僕が本物の鮫島タクマだよ」
「!」
ツンツン頭の口から飛び出した衝撃発言に絶句――その一瞬の間に背後にいたヒミコがフラフラとツンツン頭のほうへ行ってしまった!!
「どうやら卑弥呼ちゃんにはどっちが本物かわかってるみたいだよ」
「待て待て! おまえが鮫島タクマ!? ぜっぜん姿形が似てないだろ! 騙るにしろもうちょっと似た奴がいるだろ! それに――」
「鮫島タクマは既に死亡しているといいたいのか? 君は死者の魂を冥府より呼び戻す口寄せという術をご存じかな?」
そういって懐からガラス瓶を取り出す!
「この腕が――本物の鮫島タクマの腕を媒体に冥府から魂を呼び寄せ戻している」
小さく悲鳴を上げ、目を逸らすヒミコ。ガラス瓶の中にはズタズタに歯型がついて千切れた人の腕が保存用の液体に浸されていた!
「そんな話し信じる奴――」
「こんな紙キレで作りだされたおまえに言われてもね……」
紙キレ――短冊を弄びながら全てを見透かしたような瞳でこちらを見る。
「おまえはコレによって邪馬都卑弥呼に都合の良いように生み出された鮫島タクマであって本物ではない。おまえはこの紙キレと卑弥呼の力によって七月七日前後に生み出された憐れな人形なんだよ!」
「……あ、あたしの力って!?」
「さっき説明した通りさ、君は世界を変える力を持っている」
さ、最悪だ……こいつはヒミコに自分の力の事を話したのか!? 各国協定ではヒミコ本人が自身の力を認識した場合、直ちに身柄を拘束し以降は二四時間完全監視状態に置く事になっている。いまの生活を維持するにはヒミコ自身が自分の力を自覚しないという前提の元に成立しているのに、それをコイツは――コイツは全部バラしたのか!?
「僕という本物が戻ってきた以上、ニセモノには消えてもらいたいからね。知っているかい? 卑弥呼ちゃん君が書いた物は確かに現実となるが、その書いた物が消失したらそこに書かれたものの存在はまた消え去るって事を――」
そういって持っていた短冊とオイルライターをヒミコ本人に渡す。
「さぁ、君の手であいつの存在を消すんだ」
ヒミコの背後にまわり肩に手おくと耳元で囁くように言う。
その間、俺はまったく動けなかった! このツンツン頭が本物の鮫島タクマだったって事もショックだったが、ヒミコ――あいつが自分の意志でコイツの方へ行ったのなら……どうして俺が止める事ができるだろう? ヒミコの執筆を邪魔し、物語を最後まで完成させないようにしてきたのは、他ならぬ俺じゃないか! 対して、こいつはヒミコのために邪魔の入らないようにこの空間を創り、俺が隠していた真実を打ち明け、物語を書き終わらせたコイツのほうがよほどヒミコにとっては……そう思うと身体が全く動かなかった。
「あ、あたしは……」
ヒミコは短冊を胸に押し付ける様にして持ち、
「あ、あたしは……えっと……」
「いや、いいんだ。短い間とはいえ人として接したやつを消すように仕向けた僕が悪かった」
本当にヒミコの事を労わる様に囁き、こちらに背を向け二人は立ち去ろうとする。
「命拾いしたな」
去り際に一瞥をくれるとそう遺していく。静止の言葉は喉をでていかず、俺はその場に膝を着く。
『……キュィーン……ガガ……』
耳につけた無線機からのノイズを聞きながら、フローリングの床に視線を落としていた。立ち去る二人を見たくなかったからだ……。
「……えっと……も、もう少しだけ……その……いいです……か?」
「まだ平気だがさっき説明した通り、君が自身の力を自覚したからには各国とも君の身柄を押さえどこかに幽閉し、自我さえなくなるような強引な薬物投与をするかもしれない。身を隠すなら早いほうがいい」
「……で、でも……パソコンを……完成した原稿を……」
「そんなモノ放っておけばいい」
な、なん…………だと…………!
『……ガガ……』
同時に無線機から起死回生の情報が飛び込んできた!
「待てよ」
さきほどまで動かなった身体がウソのように活力が漲ってくる!
「そんなモノ――だと?」
俺はツンツン頭にビシっと指さすと、
「今ハッキリした。おまえは――鮫島タクマじゃない!」
一気に距離をつめるとツンツン頭の片腕を取り、そのまま背負い投げる!
「ぐっ……!」
ツンツン頭はうめき声をあげつつも空中で体勢を整え床に足から着地する。やっぱし一本背負いじゃなく、相手をより長く拘束できる諸手投げにしとくべきだったか……だが、ヒミコを取り戻す事ができた。
「た、たくまさん!?」
不安の声を上げるヒミコを安心させるように笑いかけた後に、ツンツン頭に視線を合わせる。
「ヒミコは小さい頃、俺にラノベの神様になるって誓ったんだ。そして俺は最初の読者になるってな」
「……お、憶えててくれたんだ」
「こんな大事な約束を忘れるなんておまえは――おまえは鮫島タクマじゃない。それにおまえは死者の魂を呼び寄せたりなんてできない」
俺の言葉に動揺さえみせず涼しい顔を保つツンツン頭。
「おまえの能力は二つ。一つはこの奇妙な空間を創りだすこと、そして――もう一つは『話術』」
この一言がツンツン頭のポーカーフェイスに楔を打ち込む! 表情こそそのままだが、俺の『物質解析』の能力では奴が動揺しているのがわかる!
「おまえは最初に何かインパクトのある物を見せ、相手の心を不安定にさせると、もっともらしい会話でさりげなく自分を信用させる。あのグロい腕の人体標本も術発動の条件だったワケだ。一見ジョボそうだが、交渉で相手に意見を全て呑ませ、無条件で信頼を得られると考えると厄介な能力だ。『精神操縦者マインドコントロラー』や『押し付ける者プッシャー』なんて呼ばれ、紛争へ発展しそうなシリアを平和的に解決させた影の立役者だそうだな」
「き、貴様……どこでそれを……?」
ハッキリと現れた動揺の色に俺は笑みを浮かべ、この起死回生の情報を伝えてくれた者を紹介する。
「と、ある優秀な分析官だ。世界中のあらゆる情報を覗け、メイクを勉強中でオカンが苦手でテンぱっると変なしゃべりになって、クズ野郎の妙な口車にかかって仲間を裏切ったっと思って泣いてた俺の初めての部下で友達だぁぁァァァァァァァァ「はう!」!」
握り込んだ右の拳を思いっきりツンツン頭の頬にメリ込ませる! パリーンと涼やかな音と共に暗闇に照らされた空間が砕け、元の邪馬都邸のリビングに戻る!
「あ!」
興奮して忘れたけど無線の回線開けっ放しだった……そういえば拳を繰り出す瞬間になんか変な声が聞こえたな……ヤベ……当の本人に全部聞かれちまったよ……なんか断続的にしゃっくりのような引き攣った声が無線機を通して聞こえてくる!? まあ、いいか本当の事だし……ちょっとテレくさいけど……。
でも、ここから先は聞かせられない。
いまヒミコが自分の力を自覚したと知ってるのは俺とヒミコとツンツン頭だけ無線機では俺の声以外を拾う事はない。
やるしかない! ここを乗り切るにはツンツン頭の『話術』をマネする以外にない! まずはインパクトを与えて相手の平常心を奪う! 俺は拙いバイト経験と敵の能力を利用して世界を欺こうと行動を起こした。
「ヒミコ」
俺はヒミコと向き合う形になり、その手と肩にそっと触れる。
「ずっと言えなかったけど……好きだ。愛してる」
「え? え? え?」
「ずっと――ずっと心に秘めてた。でも、もう我慢できないんだ」
「タ、タクマさん!?」
ヒミコは俺の腕の中でジタバタと動くが、肩と手を握られているために動きは大幅に限定される。
「目を閉じて」
「ほほほほほほほほほほほ、本気なななななんですか!?」
下から見上げるヒミコは頬が真っ赤になり、目もグルグルと焦点が定まらず、明らかに動揺している。
「さぁ――目を閉じて」
「はははははははい」
意を決したようにギュっと目蓋を閉じる。
震えるヒミコの顔に俺は自分の顔を近づけ――やがて互いの息が触れ合うほど接近。
「これが創造石の扉の選択だ」
カシャ。
ヒミコの真っ白な首筋にスマホに仕込まれた麻酔弾が当たり、身体はクタっと弛緩する。
「うむ。これでベッドに運んで朝になれば全部夢だと思うだろ」
そう、全部夢だったって事にすれば全て丸く収まる。
そのため現実感をなくすために絶対起きない事、俺がヒミコに秘めた想いを抱いているというシュチエーションを作ってみた。セリフも普段の俺だったら絶対に言わないだろう言葉をあえてチョイスし、朝ベッドで起き上がったたら夢だと思うに違いない!
ちなみに俺が今の恋人を射止めたセリフは「スシくいね」だ。
これだけじゃさすがに意味わからんか……話すと長くなるんだが……掻い摘んで言うと、スクーバーダイビングの仕事中、イルカに頭突きされてアバラを骨折で入院した俺に店代表で見舞いに来た彼女が「日本人は魚ばっかし喰ってるからイルカが怒った」とか言われて売り言葉に買い言葉で「魚の美味さ教えてやる」とかって流で自宅に招き俺が自らネタを厳選して出刃包丁片手に極上の一貫を握った時にいったセリフだ。なぜか一口食べた後に情熱的なキスをされ、激しく求愛……いや、これ以上はちょっと……でへへへへへへへへ。
しかし、わからないのが『物質解析』の能力でも直前までは俺に好意などカケラも抱いてなかったのに、突然の求愛とか……恋愛はよくわからん……それとも俺が女の子をよくわかってねぇのか……?
「――って、ツンツンン頭がいねぇ!」
俺は他人がみたらかなり引きそうなニヤけ面を引き締め、ヒミコをソファに寝かし無線機をオンにする。同時にメールの着信が鳴り――件名と添付された画像を見る。そっか、それでさっきの透明な蛇は消滅したのか……どうやら俺はまたアイツに助けられた様だ。
「うぁぁぁぁぁ!!」
外から悲鳴が上がる!?
慌ててそちらに向かう!
「な、な、な、な、な――」
現場に着くと――
「な、なななななななななななんなんだコイツ等は!?」
地面に尻餅をついたままのツンツン頭が右手で包丁、左手に厚い鍋掴みをはめ大きなお鍋を持った三十代ぐらいの女性を指す。
「ご近所さんだが?」
「主婦ですが?」
前は俺、後にいったのは当の本人。
「う、うそつくな! 主婦がこんなに強いワケ――事前調査で学園生徒全員と自宅周辺には護衛がいると判明していたがコイツがいたのは三軒向こうだぞ!」
「あぁ――そいつは調査がアマいな」
言いながら片手を上げ合図を送ると――『ガラ』という音と共に近所の窓という窓が全て開け放たれ様々な人種の老若男女が顔を出してこっちを見ている。
「調査がアメェよ。学園生徒全員とこの工業区全員――つまりこの中京都に住む全ての人々全員がヒミコの護衛だ」
「な――!」
ツンツン頭は脚から離れると、半分パニックになったまま走り出す!
「飛影まだ逃がすな!」
ヒュ――ガガガガガガガガガ!
ツンツン頭の数歩先の足元にどこからともなく手裏剣が突き刺さる!
「ちなみにさっきの女性ひとは元陸自出身でナイフと肉ジャガが得意――一人一人紹介しようか? 中京都の人口は約一千万人いるから何時終わるかわかんねぇけど」
「ぼ、僕をど、どうするつもりだ?」
俺は不敵に笑ってみせると、
「どうもしない。おまえはこのまま帰す。そして、雇い主にこう伝えろ『邪馬都卑弥呼の警護は万全でスキはない。もしやるなら先進国のメガタウンひとつを制圧できる装備と一千万人を越える兵力が必要です』って伝えろ。まあ。そんな規模の軍隊なんぞ、この地球上に存在しないけどな、いま世界で一番多い常備軍で二二五万か? まあなんにしろ、その四倍近い兵員を集めないと必ず失敗する、やるだけ無駄って事を伝えな」
クルリと踵を返したトコでふと思い出し振り返る。
「おっと、言い忘れた。妙な化け物を使役するおまえの仲間は俺の戦友が捕えたぞ、おまえは完全に孤立した」
俺は件名『襲撃犯達は捕えましたわ』というタイトルとともに三人の男がボコボコにされ猿轡を噛まされて縛り上げられている画像を見せる。
「すぐにこの街を出るんだな、さもないと――」
俺は振り向きざまに殺気を放つ! 背後や周囲の警護チームもそれに合わせ様に殺気を放つ! その規模は凄まじく街路樹やザラめき、ネズミなどの小動物は足元を駆け抜けていく!
「街中が襲いかかってくるぞ」
数百人、数千――一千万人の放つ毒ガスにも似た濃密な殺気を受けたツンツン頭はその場に尻もちをつくとブクブクと泡を吹きながら失神してしまった。その手から俺は鮫島タクマの遺品である時計を取る。
エピローグ 七月二九日午前八時
昨晩の騒動から数時間後、夏休みを間近に控えた平日の朝。俺はいつも通り朝食の支度をするためにリビングと隣接したキッチンにいた。
リビングはすでに直されツンツン頭がいた痕跡はなにも残っていない。
「た、タクマさん」
不眠不休のせいかヒミコの存在に気がつかなかった。
「ああ……おはよう……」
「あの……昨晩……あ、アタシの……事……その……」
「ああ、昨日の夜の事ね」
「やっぱり! ゆゆゆゆゆ、夢じゃなかったんですね……アタシはこれから世界中から追われる事に……」
「は? 世界中から追われる?」
俺はビッシリと文字の書かれた紙の束をヒミコに渡す。
「昨晩遅く、フラフラのおまえが原稿完成したから読んでくれって言い切るかいないかのトコで突然ぶっ倒れたぞ。おそらく無理して執筆したんだろ? 俺は今、読み終わったトコで一睡もしてないから眠くって――ふぁぁぁぁぁぁ」
「へ? え? え? だって昨晩、髪を逆立てた男の人が……」
「逆立ちした男? なんの話だ? 昨日は誰も訪ねてきてねぇぞ」
「その男性ひとが言ったんです。あ、アタシの原稿は完成しないのは……タクマさんのせいだって……」
「俺の? なんの事言ってるかわからんけど、原稿できてんじゃん。夢かなんかじゃねぇのか? 無理して執筆したからそんな悪夢見たんじゃねぇ?」
いいながらヒミコの目の前で三〇〇枚ほどの紙の束をバッサバッサ揺らす。
「ち、ちょっと貸してください」
紙の束を受け取ると、バサバサと物凄い勢いで速読する!
「あ、アタシの書いたモノ……」
「だろ」
「……でも、アタシ……その……プリンター使った記憶なんて……ないし」
なんか今回はヤケに食い下がるな。
「限界ギリギリまでやってたから無意識のうちに――」
「じ、じゃ……」
ゴソゴソとポケットを探り例の――俺の死亡記事が貼られた日記帳を取り出す。
「こここ、これはどう説明するんですか?」
「おまえ……こんなん同姓同名なだけだろ。写真も俺によく似てやがるな」
ビシっとまるで証拠品を突き付けるかのようなヒミコの手帳にざっと見てからタメ息と共に一蹴する。
「あ~そうですか! じ、じじゃここの短冊燃やしちゃいますよ? ツンツン頭の人が言うにはこれがなくなるとタクマさんも消えちゃう……って……」
どんどん尻すぼみしていく声――最後には聞き取れないぐらいになり、そのままじっと短冊を見つめたまま沈黙し――頭を左右にブンブン振ると、
「やっぱり止め! 新しく書くモン!」
そう言って日記帳の白紙のページを開く。
「ほらペン」
「あ、ありがとうございます」
何の疑いもなく俺の渡したペンを手に白紙のページにサラサラと書き込む。
ふっ、そのペンは少し経過すると文字が消える特殊なインクになっている。もし“改変”が起こったとしても長くは持続しない。それに今、思いついた様な事に強い想いがあるとは思えないのでおそらく不発に終わるだろう。
『タクマさんが巨大ロボのパイロットになる』
予想以上にトンデモナイ事書かれた!
「ど……どうですか? 早くほ、本当のコト……言わないと『タクマ大地に立つ!』が始まちゃいますよ! 「キミは生き残ることができるか!?」とかって惹きでシメられちゃいますよ! 時の涙を見ちゃいますよ! アニメじゃないですよ!」
なんかよくわからん事を言う――が、しかし何も起こる気配はない。
「な、なにも起き……ない?」
しばしの間を開け呆然と呟く。
「本当に――本当に昨晩の事は夢で…………あ、アタシが書いた事で誰かに迷惑とかかかってないんですか?」
「なんだそりゃ? 次の話しのネタか?」
「……って事はあの告白も夢だったの…………かな? それともこれが創造石の扉の選択? あは、あは、あはははははは――」
呟きながらズルズルとその場に崩れ落ちる様に座り込むと乾いた笑い声を上げる!? なんでこんなにショック受けてんだ? 世界の敵ってのが夢だったら普通喜ぶと思うんだが……?
「なぁ――前々から聞きたかったのだが、その創造石の扉の選択ってどういう意味なのだ?」
ヒミコは俺の言葉にバっと立ち上がると――
「えぇ! そ、それ聞いちゃいますか?」
普段のヒミコから想像できないほどの敏捷性で詰め寄ってきた!?
「あぁ――前々から気になっていたのだが……まあ、説明難しいなら自分でググ「らないでください! 絶対に調べちゃダメです! あ、アタシが今から説明しますから! 絶対にダメ! たぶん調べても出てこないと思いますけど、万が一、中二っぽいワード出ていちゃうと――って、ななななななななんでもないです! 忘れてください!」
喰い気味にそういうと上がった息を整え、
「え、えっと……なんて言えばいいのかな? あ、アタシの頭の中にあるもう一つの世界と現実の違いを表現していると言えばいいのかな? クリエイターだけが接続できる別世界の扉と言いますかぁ……」
「はぁ……なんか、むつかしく俺には理解できそうもないわ」
「そ、そうですか……はぁ……よかった頭の中の妄想と現実の違いを比べているなんてイタい娘だと思われるものね」
「お~い」
ヒミコは原稿を腕でかかえるようにして、その豊満な胸に押し付けると、両手を頬に当て、
「でも、でも――昨晩のタクマさんってスーツでピッチリとキメちゃって愛の告白するんだもん。本気にしちゃう――あの無骨で変なベストは合ってなかったな~」
「おい!」
「ひゃ! ひゃい!」
何事か呟き一人で騒いでいるヒミコが飛び上がった!
「それより新人賞だっけ? 早く応募してこいよ。ラノベの神様になるのだろ?」
「そ、それは……タクマさんが無理矢理……」
「はっはっはっはっはっはっはっは。俺にファンになってほしかったらそんくらいなってもらわないと!」
「そ、それは言わないとタクマさんが読んでくれないっていうから……」
「もうおそ~い。宣言しちまったからにはいまいる作家全員倒しててっぺん取るしかないぞ」
「そ、そんな……あ、アタシそんなに傲慢じゃ……」
「まあ、楽な道じゃないと思うけどがんばれよ!」
「は、はい……」
ヒミコは目の幅と同じ涙を滝のように『ダー』っと流しズリ下がったメガネを直そうともせずに玄関に向かう、そのヒミコの背に、
「俺は素人だからよくわかんねぇんだが、物語ってのは一つ完成させるにも凄い労力を使うんだろ? 結果はどうなるかわからんが、よくやったなヒミコ」
玄関の戸が開く音がする。
「――と、これは独り言だが、さっきみたいに感情を出してもいいぞ、もっとワガママ言えって、おまえはもうたった一人の妹と暮らすお姉さんじゃなくて、両親に二人を任せられたタクマお兄さんの家族なんだから」
それから数分間、玄関でなんの気配もなく。しばらくすると戸が閉まる音が聞こえた。
ふ~どうやら昨晩の事は夢だと思ったみたいだな。俺にとってヒミコは“世界改変”の力を持った少女でも宇宙人が要求する卑弥呼でもない。
俺の読書場だった公園の木の上――その木の根元で同じように本を広げて読書をする近所に住む年下の女の子――それがヒミコだ。そこが悪ガキどもに邪魔をされない俺の庇護区だったからだ、今は木ではなくこの邪馬都邸に保護対象が妹と加えた二人になっただけでそれ以外には何も変わってない。
そうそう、なんでヒミコの執筆した物が現実化しなかったというと、あの原稿はヒミコのノーパソを見ながらリンがタイプし直した物だからだ。誤字や脱字も直す事なくそのまま完璧に打ち直した。
あの後、疲れてるのにリンが一晩でやってくれました。
完成のメールが届いたのは白々と夜が明ける頃、ラノ研に行ったらデスクにつっぷしたままのリンをソファーに運び毛布をかけた。
その間中ずっと、
「……うぅ……じぇばん……じぇばん……に……ぃ……ボクはじぇばん兄ぃ……」
謎のうわ言の意味はわからなかったが、なんにしろヒミコが書いたモノをリンがタイプし直した事によって“世界改変”を起こすことなくヒミコの原稿を完成させる事ができた。ヒミコも自分の能力を自覚する事なく、かつヒミコの夢まで叶える解決法――全て上手くいった!
スマホを出して護衛チームに出かけたヒミコの事を頼む。
ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!
いつも通り朝の住宅街の真上をヘリが飛んでいく。
カーテンを開け音のほうをみると、昨晩俺をこの邪馬都邸に運んでくれたあの機だった。
「!」
ヘリが飛び去った後――そこに光る物体が突如出現した!?
「ば……莫迦な……は、早すぎる!」
思わずそう呟いて内心で反芻する。
そんな……あと、後、三年あったハズ……!?
「や~やれやれ『アイツら』は待つって事をしらないねぇ……」
背後から俺の呟きに応じる声がして、そちらを見る――リビングで闇が蟠っているトコから男がでてくる!? いや、おまえ誰??
「よし……いくぞ」
そしてもう一人出てくる――って、おまえ等、人ん家のリビングの影から何処へ行くつもりだよ!?
「……来たか」
さらに近くの電柱の上に仁王立ちになっていた女が口元のマフラーをズラすと、そう呟くのが風にのって聞こえてきた!? ――って、おまえは電柱の上で一体なにをしてたんだ?
ガシっ!
電柱女に気を取られていると、いきなり右肩を強く掴まれる!
「しゃあーねえな、いっちょケリつけにいくか」
妙に馴れ馴れしい銀髪の男が俺の肩を掴みもう片方の手で『b』の形にして最高のスマイルを浮かべながら、そんな事をいう、もし知り合いならその笑顔には好感を持てたかもしれない。
ざ――スチャ!
屋根から庭に一つ影が着地する!
「貴様を行かせる訳にはいかない!」
ズドン!
とかいうセリフを吐いた直後にさらに上から田神のおっさんがふってきて先ほどのセリフを言った者を押しつぶす!?
「よーぉ、こりゃ俺の仕事だ! ガキ共はすっこんでろ! 元空幕長まで登りつめた俺の華麗なテクを見せてや――!!」
ニヒルな笑顔を浮かべままのおっさんの足元が爆裂する! その爆風で見事に真上に打ち上げられる田神のおっさん! さすが元空幕長! 見事な垂直離陸だ! あれはマネできねぇぜ!
ん? なんだアレ――お星様になってしまった田神のおっさんがいた辺りの地面が下からなに――巨大な金属の山のような物がかがせりあがってくる!?
その時ポケットのスマホが着信を報せる。
『……う~……ねむねむ……』
咄嗟に相手先を確認せずに出てしまったが、眠そうなその声は聞き覚えのある――リンのものだった。
「リンか? 助かった。今なんだかおかしな事に――」
『えっと~……スタンバイ完了です。早く乗り込んでください。こちらの援護もそう長くは続きません』
「え! 今なんか台本かなんか確認したよね? 前半と後半じゃ口調もテンションもぜんぜん違うし」
『……なにを言ってるんですか? 緊急用事態用のルール忘れちゃったんですか?』
「緊急事態用?」
『……とにかく搭乗してください』
いつもの口調にもどったがそこには有無を言わせぬ迫力を籠らせていた!?
「わ、わかったよ」
俺はそういうと素直に地面からでてきた物のほうに向かう。
「待ちな。それは俺達『異能』ユニットの物だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァ!」
そう言いながら昨夜、俺にザイル降下を教えてくれた……ええっと……頭……頭……頭なんとかって人が追いかけてくる!?
「!」
前方には弓道着姿――上を肌脱ぎし胸にサラシを巻いただけの勇ましい姿の月夜が自身と同じぐらいの薙刀を持って威風堂々と立っていた! すれ違いざまに声をかける。
「昨日はおまえの援護マジ助かった。これからも背中は任せたぞ」
「承知しました。貴方は前だけを見据えていてください。背には何も届かせません!」
短いやり取りだったが俺達にはそれだけで十分だった。月夜のその言葉に俺は前に進む事だけに専念する。金属の山に備え付けられた垂直の梯子を上り――
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァ!!」
『ふふふふふふふ、驚いたぁ~?』
「驚くわ!? なにこれロボだよ! 鉄人Zだよ! マジンガー二八号だよ! こんなのがあるなんて聞いてねぇよ!」
電話の相手はいつの間にかイサナさんになっていた。どうやら複数通話になっているらしい。ん? そういえば『巨大ロボ』ってフレーズ最近どっかで見た様な気が……?
『そういえばタクマくんには異星人襲来時の具体的な対策を説明してなかったねぇ~。えぇ~っと……それはねぇ~消費税を財源に一機だけ作ったんですよぉ~』
「消費税? あれって生活保障かなんかの――」
『そこからはアタシが説明するよん』
「え! 今の声は――壱与ちゃん!?」
『そそ、アタシもタク兄達に協力するコトにしたの。これからは事前対策ユニットの会計担当なんでヨロシク。で、そのロボなんだけど、うちゅー人からみんなの生活を守る安全保障のために巨大ロボ作ちゃいました! お~! パチパチパチ~』
「生活保障ってそんな物理的なモノから守るものだったの!? もっとなんか老後とかそんな感じの施設を充実させるとかじゃないの!?」
『そこはほら……お得意のカクダイカイシャクってやつ?』
「拡大解釈にもほどがあるだろォォ!!」
『そうそう――財務省の人がピンチになったら「この機体はみんなの一円や五円や十円を集めて造られたんだァァァ! 負けるワケにはいかないって!」というセリフを言ってくれると良いアピールになると――アタシの給料も上がるし(ぼそ)』
「そんな緊迫した時に金の話しすんの!? もうなんかいろいろ萎えるうえに台無しだよ!」
『……それよりイサナさんがおもしろいからという理由で最初に搭乗した人がパイロットとして登録される仕組みになっていますので急いでください。今まで目立っていなかった『異能』や警備ユニットが主人公機――もといイサナさんの対異星人用の新型機の座を狙っています。まさか田神長官まで狙っていると思わなくて罠で派手に吹き飛ばしってしまいましたが……でも、ボクは悪くない。ホントハヤリタクナカッタノニタクマサンノタメニシカタナクヤリマシタ』
「さらっと俺に罪を擦り付けんな! コクピットぉ? なんだそりゃ? おわ!」
スマホを肩と耳に挟んで鉄の塊に攀じ乗っていたら唐突に窪みに落下する!
『リンちゃん。タクマくんコクピットに到達したよぉ~発射しちゃってぇ~』
「おい! 発射ってなんだ? あぁ!! よくみたらこのロボット、ミサイルに括りつけられてるじゃねかァァ!! しかもビニールヒモだよ! もっとなんか丈夫な物あっただろ!」
『ごめんね、タク兄。最初はカーボンナノチューブ製だったけど予算の節約で代えちゃった☆テヘっ☆』
「そこを節約するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァ!!」
『……点火します』
「え! ちょ――まだシートにも座ってねぇから!」
『先進人型制空戦闘攻撃機『現人神あらひとがみ』進路クリア! 発射――じゃなかったぁ~発進~』
戸惑う俺の内心を置いてきぼりで事態は進行していく――でも、ちょっとワクワクしてきていた!
ワックワックの俺はひさしぶりに戻ってきた愛用の腕時計をチラ見する。
ぴっ、ぴっ、ぴっ――AM08:00か今日も長い一日になりそうだ……仕方ねぇ乗りかかった船だ! それに初任務で約束しちまったからな……あの家は守んな――
ごごごごごごごごごごごごごごごごごご――ドッカーン!!
「おいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ! 打ち上げのバックファイアで邪馬都邸跡形もなく吹き飛んだんですけどォォォォ! 俺が徐々に小さくなる邪馬都邸を見ながら「必ず帰ってくる」的なセリフを言って良い感じにシメようとしたの今ので全部台無しになったんだけど!!」
ホントどうしてくれんの!? どうやってシメよう……え~っと……オホン。あ~……ラノ研ではない俺達の本当の闘いが今始まる! キリっ!!
内閣情報調査室ライトノベル研究所 事前対策ユニット HAWARD・project @gfa9981
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます