第2話 お仕事。

 これは――西暦二〇二五年七月五日午前八時から同年七月二九日午前八時までに起こった出来事である。

 物語はリアルタイムに――いや、リアルタイムには進行しないな……『創造石の扉へと至る道』(ダ・ビンチゲート)を使用中は体感時間で半年は経過してるハズだし……。

 物語は時々リアルタイム――でもないな……若干、回想かなんかで少年時代に戻った気もするし……よし!

 物語は気が向いた時にリアルタイムで進行する――よし! これでいこう!

 とにかく。俺、鮫島さめしまタクマにとってはこの夏に起こった二四日間の出来事は人生で一番長い24日間になりそうだ。


 俺――鮫島タクマ少年の両親には借金があった。

 それも銀行や正規の金貸しではなく、ちょっとヤバい感じの人達から借りた金。

 あとはお決まりのコース。法外な利子に返済は滞り、怖い人達とエンカウントするようになり――そのせいで高校進学するも、間もなく俺達一家は日本を逃げ出した!

 数日の間、船に揺られ辿り着いたさき――どことも知れぬ寂れた漁港で――

「これからは自己責任で生きていくように家族を解散する!」

 親父にそう宣言され――それ以降、家族と会う事はなかった。今でも行方はわからない……まあそれはいい。逞しいウチの家族の事だから、なんとかやってるコトだろうと思う。

 その証拠に俺も――十六になったばっかりの俺はそれこそなんでもやった。観光客のガイドや雑貨の店員、飲食店の厨房係に皿洗い。道路の作業員、自転車便の配達などから、果ては探偵のマネゴトでちょっとしたトラブル解決などなど――

 その中でも一番自分に合ってたのは二年前何の前触れもなく使えるようになった特殊能力を生かした骨董品の発見だ。街の露店や古物商で名品を見つけ、それを正規の骨董屋で転売するというやりかた。

 ただ、ハデにやりすぎてしまい借金取りに見つかりそうになり、それを機にアジアを離れ遠いハワイのオアフ島まで逃げた。

 行先に意味はない。

 ただ生まれた時から、旅行などした事がなかった俺がハワイという観光地に憧れを抱いていたのは否定しない。

 安アパートに住み、コンビニの店員や飲食店の厨房係、日本人観光客のガイド、スクーバーダイビングショップで観光客相手の体験ダイビングの助手なような事をやったりと、日々の生活を送りながら、同じダイビングショップの機材売り娘と特別な関係にもなって、人生で初めて青春っぽい事もした。

 それはある日の休日の事だった――

 俺はビショビショの濡れネズミになっていた。服装はアロマハシャツに短パンといった普段通りの姿のまま、濡れ鼠のまま住宅街を裸足で歩いていた。ちなみになんでビショ濡れなのか……? それは恋人の父親に船から蹴落と…………うん、まあいろいろあんだよ。とりあえず本筋と関係ないので省略する。

 とにかく濡れた格好のまま住宅街を歩いていた時だった。ワイキキ市内ではめずらしくないリムジンが横を通り過ぎる。

 俺を追い越した少し先で――まるで行方を塞ぐような格好で停車。横長の車内から南国に似つかわしくない、黒一色のスーツに身を包んだ東洋人を見た瞬間、俺は迷わず回れ右をして元来た道を引き返す! 元来た道を二、三歩進んだ先に同じ格好をした二人の男女の姿が見えた!

 そして――背後から車の後部席の扉を開ける音――振り返ると『どうぞ乗ってください』といわんばかりの仕草をした黒服の男。

 逃げ道を探る様に周辺を見渡しながら車内に向かう――どうやら完全に逃げ道は潰されている様だ……細い路地という路地に黒服の姿。俺はあきらめて車内に向かう。

 車内では一人の中年男性が足を組んで待っていた。

「鮫島タクマくんだね?」

 悪い予感はドンドン膨れ上がっていく! どう見ても追いかけてきた借金とりには見えない――が、俺には親の借金以上に狙われる心当たりが丁度二年ほど前からある。

 こっそりとドアレバーを引く――やはりというか、なんというか内側からは開かないようになっていた。

「警戒しなくていい。私は日本政府に所属している田神たがみという者だ。いまは内閣情報調査室――通称サイロと呼ばれるところを任されている」

「おっさん頭おかしいんじゃないのか? 初対面でそんなアホな事言われて正直に信じるヤツがいると思う――って今、何時?」

 時間を稼いで事態が好転するとも思えないが話題を変える。実際、俺はいつも左手に嵌めているハズの腕時計――正確にはダイブコンピューターがなくなっており時刻を知る術がなかったのもある。

「午前八時を少し過ぎたところだ。私が嘘を言っているのかいないのか君ならわかるハズだろ? 言い忘れたが君の能力の事は知っている。サイコメトラー君」

 くっ! やっぱりか!


 『サイコメトラー』

 超感覚的知覚(ESP)の一種で人の内心や物体に残った思念を視たり、聴いたりする能力。なぜか二年ほど前から突然俺はこいつが使える様になった。


 こいつは借金とり以上に厄介だぞ! 俺の脳裏に黒服に連れていかれ解剖される宇宙人のイメージが思い浮かんだ!

「お、俺はサイコメトラーほど強力なモンじゃねぇよ。『オブジェクト・リーディング』っていう物に宿った人の思念や想いなんかを視るなんともビミョーな能力。もしサイコメトラーをご所望なら他を当たるんだな」

 金に困った俺は二年前に突如、使えるようになったこの能力をつかって次々とリサイクルショップに転がっているホンモノの骨董品を転売して荒稼ぎをやった。まあ、ちょっと派手にやり過ぎて借金とりに見つかってしまったけど……たぶんこの田神って人もそこから追跡してきたんだろう。

「能力はついでにすぎないよ。我々は君を必要としている」

「そうかい。でも、ここはハワイだ。米国領内で日本政府の関係者がこっそりと動けると思えないけどな」

「ふむ……君はTPPというモノを知っているかね?」

「しらねぇ」

「そうか……なら、順をおって説明していこう」

 脇に置いてあったクリップで写真と書類を括ったモノをよこす。

「見覚えは?」

 見覚えはあった。記憶の中より若干成長してはいるが、制服姿に長い黒髪、洒落っ気のない学生バッグを持った女子。

「邪馬都やまと 卑弥呼ひみこ?」

「そう。――では、こちらは」

 もう一枚は写真というよりは、なにかの画像データをプリントアウトしたようなモノ。

「こいつはしらねぇ」

「よく見たまえ、君のよく知っている人物だ」

 俺はスクーバーダイビングと波乗りのやりすぎで傷み茶髪を通り越し金髪になってしまった頭を掻きつつ再び見る。

 日本人らしい体型に家があまり裕福ではないのか、ボサボサ髪でやや痩せぎみの体格にシャープな顔つき、カロリー摂取に問題があるのか覇気のない瞳――確かにドコかで見た事があるような…………!!


「俺か!?」


 そのイメージ画というかモンタージュっぽいそれを改めて見てみると、あのまま日本で二年を過ごしていたならばこうなっていただろう俺の姿だった!

「その通り。それが君を選んだ理由だよ」

「一体なんだよ……これ……?」

「少し長くなるぞ、はじまりは二〇〇八年に地球外知的生命体探査プロジェクト、セティが受信したパルス信号に端を発する」

 語り出した田神のおっさん――それは荒唐無稽であまりにも――あまりにも現実離れしており頭が理解を拒否した!

 しかし――残念ながら嘘を言ってはいない事だけはわかっていた。サイコメトラーほど強力ではなくとも多少は心が読めてしまう俺には相手がウソをついているかどうかぐらいはわかる。

「――端的に言ってしまえば“世界創造”の力ともいうべき能力をこの少女――邪馬都卑弥呼は有している」

 そこで少し疲れた息を吐きだした後に先を続ける。

「砕いた表現をすれば、この少女が頭の中で考えた世界が現実化してしまうという事だ。それだけならいい。世界規模での妄想をする奴はそういないからな……」

 さきほどよりもより一層疲れたタメ息を一つ入れ。

「ただ……ただ……この少女がライトノベル作家を目指しているトコが最大の難点なのだ! 幸い今まではありきたりな恋愛モノばかりだったが、彼女がもし――もしもだ――」

 苦渋に満ちた表情で自身の拳を握りしめる。

「バトルモノなんか書いた日には多くの者が巻き込まれ、場合によっては命を落とす事もあるだろう。なにより惑星戦士並みの力をもった高校生同士がケンカなどしてみろ? 私達いいトシこいた大人がなにもできないとか悔しいじゃないか!!」

 悔しがるポイントそこっ!?

「しかし――真に恐ろしいのは――この娘がBL系に手を出した時だ! その時は――その時は――全男子総同性愛になってしまった暁には……」

 田神のおっさんの顔に陰りと苦悩がハッキリ表れる。ビーエルとやらがなにを指してるのかわからんが田神のおっさんの表情を見る限りかなり恐ろしい世界のようだ……。

「人類はゆるやかな滅亡に向かっていく! それだけは――それだけはなんとしても阻止しなくてはならない! 女性は素晴らしい! とくにあの胸についた兵器にときどきチラリと見えてしまう腋――」

「あー。つまりヒミコは頭で考えたコトが現実化する不思議な力があり、常人の様に日常的でちっさな願望を考えている程度なら問題なかった。けど――ライトノベル作家を目指す様になって世界規模の“改変”が起こり、その影響でいつ世界が滅んでもおかしくない――と?」

「そういう事だ。正確には頭で考えた段階ではなく。紙などに印字、もしくは手書きされデータではなく文章として、この世に存在した瞬間にその出来事は現実になる」

 自分で言っててかなりアホらしくなってきた。だが、この田神のおっさんは嘘を言っていない――が、だからと言って全てが事実とも限らない。このおっさんが信じてるだけで全部このおっさんの妄想って可能性もある。

「我々はこの少女の妄想を映像化する事に成功した」

「そ、そんな事できんのかよ!」

 妄想を映像化されたらどれくらいの人が悶え死ぬだろう? お、恐ろしい兵器だぜ! ごくり……!

「二年前の出来事で覚醒した精神系能力者は君だけじゃないからな」

 ハッキリ言って俺は自分が能力者だから選ばれたと思っていたのだが、どうも違うらしい。まあ、これで解剖される心配はなさそうだ。

「――っていうと、俺の役割って……?」

「先ほど見せた君そっくりの人物。邪馬都卑弥呼の妄想――いや、頭の中に描く物語の主人公をイメージ化すると、この姿になるなのだ――」

 そう言うとさまざまな格好をした俺――さっきの俺っぽい奴の写真を出してきた。

 どっかのゲームにでてきそうな勇者っぽい格好をしたモノ、純白のサーコートに身を包んでロングソードを眼前に翳す騎士のようなモノ、目元だけ隠れるマスクに黒マントを着込んだモノ、ガクランを着込んだモノ、ハンドガン片手にゾンビを撃ちまくって逃げてるモノ、ブレザーを着込んだモノ、フワフワのベレー帽っぽいのをすっぽりと被り、ヒラヒラの付いたピンク色の服を着こんで魔法少女っぽい杖を持ったモノまであった。

 しかし、何故、俺なんだ?

「君にやってもらいたいのは邪馬都卑弥呼の思考に介入して、彼女が創造する世界を内側から破壊してほしい――つまりは物語が完成する前段階でその世界を破綻させるような行動を取ったり、出来事を起こして、その世界の創造を邪馬都卑弥呼自身が断念するように破壊工作をしてもらいたのだ。これができるのは、どんなストーリーでも君そっくりのキャラを登場させるほど想われている君と、その君が精神系能力者だからできる偶然が重なった結果だ」

 俺は再びセーラー服の少女の写真――ヒミコを見詰めた。

「それと君を追う借金取りはもういない」

 ん?? 変な言い方だな? もう……いな……い? なんか圧力をかけて関係者全員殺しちゃいました的な発言だが……?

「我々には時間がない。急で悪いがこのまま帰国してもらう、必要なモノがあったら部下に取りに行かせるが、君はこのまま空港に向かい政府高官専用機に乗り首相と官房長官を含む閣僚と会談してもらう」

 その言葉とともにリムジンがゆっくりと動き出す。

「ちょ――ちょっと待ってくれ! ここでの俺の生活はどうなる? 同僚や恋人だっているのに――」

「その心配なら既に解決済みだ。今この国に君の居場所はない」

「なっ!! どういう意味だよっ!」

 さきほどの『関係者全員始末しました的』な発言もアリ、俺は内心でひどく慌てる!

「わかってくれ! このような強引な手段は我々の本意ではないがとにかく時間がないのだ! なにか条件があるなら言ってくれ可能な限りなんでも便宜を図ろう」

 田神のおっさんはそういうと深々と頭を下げる。

「――んなコト言ったって……一つだけハッキリさせろ! 俺の友人や知り合いに妙なコトしてねぇーだろうな?」

「それは――」

 一瞬、気まずそうに視線を逸らされ、俺の中で疑念が膨らむ!

「誓おう! 君の知り合いや周辺関係者には一切なにもしてない」

 一転! そう言い切る田神のおっさん、その言葉に嘘はない。間違いなくこの人は俺の周辺の人に妙な事はしていない……しかし、なぜ? 一瞬だけ躊躇したのだろうか? 俺の能力では後半部分嘘を言っていないのと、なにかを隠している――程度のコトしかわからない。

 さてさてどうしたモンか――相手の腰は低いが、俺を帰す気はないようだし……。

「……やるよ」

「おぉ――やってくれるかっ!」

「そのかわり俺にある程度の権限――いや、いっそ全権をくれ! ダメなら代わりに時間を――」

 無理難題を言ってみる。正直、日本に帰りたくないワケじゃない。俺だって十数年生まれ育ったトコだ、ただ……すぐに来てくれと言われても、それは困る!

「ん~。なるほど……君をか……ふむふむ……いや……なかなか……」

 ひとしきり呟き――

「いいだろう。交渉成立だ。君に世界改変の能力を持った少女に関する全権を委任する。それに伴って君が所属するハズのチームを最上位にもってこさせよう、責任者という立場は私のままだが君に全てを任せる、存分にその手腕を発揮してくれたまえ!」

「えっ! マジ!? ――つか、ちょっと!」

 俺の戸惑い声をヨソにリムジンはゆっくりと進みだした。


 そして――戦闘機に護衛され優先飛行ルートを飛ぶ政府専用機に乗せられ帰国。東京で首相と会談――公選制という直接選挙で選ばれただけあってなかなかのカリスマ性のある女性だった。その後、現状進行されている様々な案件に過去に起こった案件全てを見せられ、この突拍子もない話しが紛れもない事実だと思い知らされた。

 そして現地時刻で七月七日、懐かしい中京都の街にいた。当然と言えば当然に俺の住んでいた家はなくなっており。

 今はその近所にある――


『邪馬都』


 そう書かれた表札の家で不審者よろしくオロオロしていた。

 ガサァ。

 何かを取り落とす音――

「なんで……なんで……」

 そちらに視線を向けると、目の前で少女――田神のおっさんから貰った写真よりもさらに成長した姿のヒミコは俺を一目見た瞬間だった!

 俺が来るって事前連絡はいってるハズだが、いきなりの再会に硬直――数秒後にいきなしボロボロと涙を流し始める!!

「な、なんで泣くんだよっ! 俺の事ご両親から聞いてるだろ? それとも忘れちゃった? ほら二年ぐらい前まで近所に住んでた――」

 おいおい、どうなってやがる? ホントに事前連絡いってるのか……? 連絡がいってないとしても、たった数年会わなかっただけで大袈裟な……。

「なんで……なんで……そんな……チャラチャラした格好……」

 格好? そんなに変わったか? 俺……ちなみに俺の格好は海に浸かりすぎて、傷んで色素が薄くなった金髪に近い茶髪にアロハシャツ、短パンにスニーカーといった格好。

「おねーちゃん? どったの?」

 なにやらわけのわからない事を呟くヒミコの背後から、ひょいという感じで顔を覗かせたのは顔立ちこそヒミコに似ているが、派手目の化粧を施し茶髪にしてピアスをつけ、爪も派手に塗っている――ヒミコとは全く違う雰囲気の派手系の女の子。 セーラー服を着てるトコをみると中学生かな?

 頭の中でヒミコの家族構成を思い起こす。確かヒミコの妹で――

「あー! 変質者! おねーちゃんを泣かすなっ!」

 俺を指してそう言うと、学生カバンの中に手を突っ込み――ジャキンと――

「テポストビリーだとぉ! 古代アステカ人が使ったといわれる木製黒曜石刃をつけた槍がなんで日本の学生カバンの中にぃぃぃぃぃぃぃぃィィ!」

 ちなみに詳しいデザインは現地の壁画などで見る事ができます。

「ネットつーはんで売ってたから、つい――」

 再びガサゴソとカバンを漁る少女。

「今なら、この円形の盾とケツァルコアトルへの祈りのダンスDVD付きなんだモン!」

「いらん、いらん! 同じ木製槍ならピルム・ムルスにしとけよ、古代ローマが使用した刺突、投擲に適した非常に優秀な槍だ!」

「そんなモン知んないし!」

 再び学生に手を入れると――マクアフティルきたぁぁぁぁぁぁぁぁァァ! こちらはシルエットがチェーンソーに似た恐悪な外見をした物。つーか、なんで古代アステカ武器ぜめなんだよっ! マニアックすぎるぞぉ! こちらも現地のry。

「え~っと……あの――本当にタクマさん……なの?」

 故郷で古代アステカ人の武器を向けられるという想定外の事態に戸惑っていると、ヒミコが割って入る。さきほどの涙を流して取り乱した態度は一体なんだったんのだろうか…………?

「あぁ……君達の両親とはマイアミで偶然会って――コレご両親からの手――」

「パパとママから!」

 俺の手に握られた手紙を古代アステカ人の装備に固めた少女がひったくるように奪い取ると――有無をいわさず開封!

 ちなみにヒミコの両親はある事情で外国に暮らしている――と、いう事になっている。

 用意されたシナリオ設定では俺と異国の地で偶然再開して、知らぬ仲ではないからと復学する俺の下宿先にと自宅を紹介した――とかいう内容になってるハズである。

「えぇー!! 年頃の娘達を男と同棲させるって、なに考えてんの! パパとママ!」

 近寄ってきたヒミコに手紙を手渡す。

「ボートでパナマまでラブラブ夫婦旅行するから高校に復学するタクマさんを保護者代わりに? う、ウチに一緒に住むんですか?」

 内容にヒミコもやや戸惑いの感情は隠せない様子。

「大丈夫だって、十八歳って立派な成人だよ! ああ――日本も数年前からそうだっけ? 今じゃ高校の行事で成人式やんだろ? とにかく! そんな不審者を見るような視線はやめてくれ! 君らの両親からも中高生の女の子二人じゃ心配だからくれぐれもと頼られてんだから、ほら写真もあるよ」

 マイアミのヨットハーバーで俺と二人の両親が写った精巧な合成写真を見せる。

「でも……」

「タクマさん……色黒に茶髪でシルバーアクセじゃらじゃらつけてアロハシャツ、短パン姿で大人って言われても……ちょっとフランクするぎるかも……」

「いや……これは……えっと……」

「ど~する? おねーちゃん」

「ちょっと涙ぐんでるし、仕方ないからそろそろ信用してあげても……」

「これが大人……ねぇ……?」

 断じて俺は涙ぐんではいない! ちょっと……その……目にホコリがはいっただけである!

「ま、アタシはケッコー気に入ったし、別にいっか! タクマさん――タクにぃー――タク兄って呼んでいいよね? ささータク兄を女子中高生だけが住む家にごあんな~い」

 そう言って腕を絡め――なにか付けているのか柑橘系のような甘酸っぱい匂いがする。

「ちょ――壱与ちゃん!?」

 少し狼狽するようなヒミコの声をあとに女子中高生の住む家に足を踏み入れる。

 女子中高生だけが住む家――それはまさに混沌と書いてカオスだった!

 シンクには汚れた食器が高く積まれ。衣類はそこかしこに散乱――フツーに紺色のブラが落ちている。燃えるゴミの中に穴の開いたフライパンがはいってるのは一体なにがあったのか? つーかフライパン燃えねぇよ! どんだけ気合入った焼却炉でも燃えねぇよ!

 漫画本、文庫本、経済新聞がスカイツリーや斜塔の様に聳え立ち! リビングのテーブル上にはファッション雑誌に萌えキャラが表紙の雑誌が栞として挟みこまれ二次元と三次元の女が見事にコラボしていた。

 庭は雑草が伸び放題! なぜか枝に紙の付けられた竹が風に揺られていた? 俺の視線に気づいたヒミコが慌てて、その竹の枝を隠す。一体なんなんだ??

 冷蔵庫は腐海に飲み込まれ。台所の棚は全部インスタント食品が並び、それはいい――トイレのくずかごには……え~……あ~……男としてコレだけは見たくなかったな……恋人ができればそういう事には割とわりきれるもんだが……それでもちょっとキツいぞ!

「あ~……。悪いけど掃除していいか?」

「掃除? したばっかだけど?」

 これでしたんだぁ! 

「まっ――いいよん。本だけ捨てないほうがいいよ、おねーちゃんが発狂するから」


 真っ白なまな板の上でレタスを二つに斬り、それぞれ芯を切り取り除くとさらに二か所に斬り分け丁度いい大きさにしたモノを水の張ったボウルの中へ放る。

 プラスチックの容器にはいったプチトマトを五、六個出しボウルの中へ、同じようにブロッコリーもボウルへ。

 パンをトースターに入れると、フライパンの上へ卵を投下!

 ベーコンも贅沢に二枚入れる。

「あの……お、おはようございます。タクマさん」

 俺が器用に宙に浮かせたベーコンをひっくり返していると、背後から恐る恐るといった感じの声がした。そこには長い黒髪を三つ編みにして、ブ厚いレンズのメガネをかけた制服姿のヒミコ。

「おはよう。ちょっと待ってろ、いま朝食――」

「あの……ご、ごめんなさい……その……」

 言い難そうにつかえながら、なんとか言葉を出す。

「き、今日はその……早く登校して……部室で……その……」

「あ~なんか部活やってんだっけ? いいよ、いいよ気にすんな。俺が勝手に作ってるだけだし」

 俺は綺麗に整頓した棚から、

「でも、朝食は取れよ、ホラ」

 カロリーメイトをヒミコのほうに放る。

「へ! えっ! えっ! あ、ありがとう……ございます」

 受け取る時にズリ下がったメガネを元の位置に戻しながらも黄色い箱を両手でしっかりと持つ。

「飲み物はなんにする?」

 今度は冷蔵庫を開ける。昨日まではでっかいイモムシが出てきてもおかしくないほどの世界だった冷蔵庫がいまではしっかりと整理され、新鮮な食材が保存されている。

「今あるのは――野菜ジュース、牛乳、ヨーグルト、フルーツジュース、いちご牛乳――」

「じ……じゃあ、野菜ジュースを……」

「らじゃ~」

 野菜ジュースを一パック取り渡す。

 ヒミコはそれを受け取ると、

「……あの……た、タクマさん……」

「ん?」

 不安な色を宿した黒瞳がメガネレンズの向こう俺を見詰める。

「えっと…………その……う、腕……平気ですか?」

「腕?」

 自身の腕を見る、とくに異常はない。ただ愛用の腕時計ダイブコンピューターをつけたまま何年も過ごしたせいで手首の一部だけ白い痕になってしまっている。

 そういえば、送ってもらった私物の中にも入ってなかったなーどこいったんだろ? 彼女からのプレゼントで割と高価な物なんだけどな……。

「その……そのハ、ハワイに行った事は……ご、ごめんなさい。な、なんでもない……です。はぁ――これが創造石の扉ダ・ビンチ・ゲートの選択なの……?」

 ハワイという単語に一瞬ビックリしたが、その後のダビン? なんだ、それ? 俺の日本語も錆びついたのだろうか? ヒミコの言ってるコトがわからない。

 反応に困っているとヒミコはそのまま玄関へと向かう。

「いってらしゃい」

 自分の家なのに妙にオドオドした態度のヒミコの背にそう声をかける。後半部分は忘れる事にした。

「はい。いってきます」

 わざわざ振り返ると満面の笑顔で言ってきた。

 ヒミコが玄関の扉を閉める音を確認してからズボンのポケットからスマホを出し――

「ああ、今出た。登校中の護衛は任せる」

 それだけ伝えると通話終了を押してポケットにしまう。


 ばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば!!


 朝の住宅街には似つかわしくないヘリが爆音を上げ、遠ざかっていく。

 さてと――

 二階に上がり、

『IYO』

 デコラメされた札が下がった扉をノックする。

「…………」

 ノブを回し――

「入るよ」

 一応、断ってから室内に足を踏み入れる。

 室内は経済新聞とブラとパンツに化粧品の空ビンが転がり、隅にはデスクトップパソコンの載った机と金庫!? が置かれ、部屋の主は札束のプリントされた抱き枕を抱えスヤスヤと寝息をたてていた。

「壱与ちゃん」

 声をかけてみる。

「Zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz――ガバ!」

 !

「売り抜けろ! 早くしないと紙クズになる!」

 いきなり『ガバッ!』と起き上がると、えらく男前な表情でそんな事を叫ぶ壱与ちゃん!

「ふにゃ~」

 男前な顔でベッドに仁王立ちしていた壱与ちゃんは次の瞬間には間の抜けた声を洩らして背中からベッドに倒れこんだ!

「Zzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzzz」

 と、再び寝息がきこえてくる。

「壱与ちゃん、壱与ちゃん。早く起きないと学校に遅刻すっぞ」

「Zzzz――遅刻? むにゃ……遅刻っていくらで売れんの? 学校は売っていいよ」

 こ、コイツ! 本当は起きてんじゃないのかっ!

「だ~! いい加減に――」

 ベッドに近づいた瞬間足元にあった新聞に足を滑らせそのままベッドに倒れ込む!

「Zzzzzz――にゃ!? タクにぃー?」

 倒れ込んだ衝撃に壱与ちゃんの上――おっぱ――ちっぱい? とにかく胸の辺りに倒れ込んでしまった!?

「にょ? た、タク兄な、ななななななにを――」

 壱与ちゃんのパジャマを引き裂いて上に伸し掛かっているこの状況をどう言い繕うか思案していると――

「み、み、み――見ちゃダメーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」

 そう言いながら破れてほとんど露わになった上半身ではなく、ノーメイクの素顔を手で隠すと身体を丸め――全身をバネのようにして蹴りを放った!


 蹴られたアゴを摩りながら下に降り。

 しかし――半裸の上半身を見られた事よりもノーメイクの顔を見られた事のほうがショックというのは最近の娘はよくわからん。蹴られたアゴをさすって下に降りると天気予報をやっていたテレビは朝のニュースに代わっていた。

『首相公選制が施行され、初の国民が選んだ総理にして、日本では初となる女性首相の桜井総理は昨晩、官邸で内閣情報調査室の超法規的活動を公式に否定。『現在、我が国に特務機関は存在しない。国家安全保障会議で話し合われる情報は全て合法的に得たものであると』と改めて秘密組織の存在を否定しました』

 焼きあがったパンの上にベーコンエッグを乗せ、レタスとプチトマトとブロッコリーのサラダ、空のコップをテーブルに置くと朝食の完成。

 タイミング良く二階から階段を降りてくる足音がする。

「タク兄!」

 同時に俺の頭にフワリとなにかが被せられる。

「なんだ?」

 かぶせられた――布? を手に取ると――さっき引き裂いてしまったパジャマだった! まだ仄かに暖かい……気がする。

「それベンショーしてよ! 一万円だよ! ユキチ、ユキチ!」

 ベースメイクを済ませた壱与ちゃんはテーブルを『バンバン!』叩くとひたすら学問の重要性を主張した偉人の名前を連呼する。俺はボタンが数個千切れてしまったパジャマを両手で広げ、そんなに高価な物なのか詳細に眺め――メーカーのタグを見つけた。

「たけぇよ! ゼッテーそんなしないだろ? だってブランド名『海栗黒』だもの! リーズナブルなメーカーのさらにパチモンだもの! つーか、メイドイン・サントメってどこだよ!」

「世界屈指の原油埋蔵量を誇るギニア湾に位置する国。ちょっと前まで外国の親戚筋に預けられてた時に石油産業へ投資しようかと思って視察にいったときに買ってきたの」

「まさかのアブラ投資!? 女子中学生がしてくる切り返しの範疇を超えてる!」

 想定外の応えに茫然とする俺の目の前で経済新聞を広げながら、

「アブラ関係はリスクも大きいけどリターンもでかいのっ!」

 そんな事を言ってサラダをフォークでパクつく。

『――次のニュースです。今朝、埠頭で発見された不審船は海上レーダーを逃れるため海面ギリギリを航行する様な船体をしているため、専門家の話しではただの密入国者ではなく、工作員の可能性があるとして周辺住民に――』

 朝食を終えると食器をシンクに移し登校の用意をして、玄関で壱与ちゃんを待つ。

「ほら、その……服破いて悪かったな」

「わぁ! ありがとう。タク兄大好き!」

 壱与ちゃんが金を貯めている目的は知っている。その責任の一端が俺にある事を考えると複雑だ。しかも個人が保有できる資産で壱与ちゃんの目的を遂行するのは極めて難しい。

 なにも話せない罪悪感からついついサイフから紙幣を一枚出し渡してしまった。

 そんな俺の心中も知らずに上機嫌でカバンを振り回してる壱与ちゃんと一緒に中京都の街を歩く。

 日本一の輸出産業を誇る工業地帯であった中京都は今、大きく分けて『工業区』と『学園特区』に二分かれている。俺達は学園に向かっている。


 学校――中京都立天白ちゅうきょうとりつあましろ学園行きの磁気浮上式列車に乗り込む。二〇〇五年に万博の時に試験運行していたものと基本的には同じ物でリニアモーターによる駆動で住宅街のすぐ傍を通っても騒音が全くしなく、今では都市全体を網の目のように複雑に結ぶ主交通機関になっている。

「じゃ、タク兄あとで――」

「ああ! ちょっと待って」

 自分のカバンから赤い包みに入った弁当を取り出して。

「ほら、昼食」

「ゐ! アタシに?」

「ほかにいねぇだろ」

「ありがとうタク兄お婿さんにしてあげる!!」

 オーバーな仕草で抱き着いたあと手をブンブンと振って降りていった。その後、すぐに友達の姿を見つけたのか、小走りになって人の波に混ざりわからなくなる。

 浮きあがっている車輌のロックを外す派手な音と共にドアが閉じゆっくりと景色が流れ出す。

 高等部敷地内に着くと続々とやってくる車輌からゾロゾロと降りは閉める生徒達。俺は名目上、高等部に通っている事になっているがここでは降りない。

 次の停車駅は――

『自衛隊中京都基地』

 俺の目の前を『キュラキュラ』と音と土埃を上げながら戦車が横切っていく……土埃が治まると向こうから黒塗りの鉄兜に複数アタッチメントの付いたボディアーマーに胸と背中に『特殊警備』と書かれた揃いの格好に小銃を持ったまま広いグランドを走っている一団、そのグランドの隅には対空ミサイル車輌が空を見張る。

 さらに俺の頭上から爆音を轟かせ可変翼ローターの航空機が本部詰所屋上のヘリポートに降りてきた。


 詰所の中に入るとスマホに『ピロリ~ン♪』とメール着信音が聞こえる。

『件名ようこそ 差出人 飛影とびかげ 本文 君に紹介する人は修練場にいるよ(>_<)そうそう今週の情熱大――』

 修練場か――ダラダラと続く長文メールの後半を無視して詰所の案内図を見る。

『ピロリ~ン♪』

 さて、なぜ学校のすぐ近く――ってか、隣に自衛隊の基地があるかというと、世界改変の力があるヒミコ――その事情を知る関係者の中には手遅れになる前にヒミコを廃人にするか軟禁するか最悪、命さえどうにかして、手っ取り早く事態の終結を計ろうとする強硬派も存在する。そんな者達や不慮の事故からヒミコを守るために設立されたのが内閣情報調査室ライトノベル研究所『ピロリ~ン♪』。表向きには存在しない事になっている部署である。内閣情報調査室といえば総理の直轄組織であるが、組織の実態は各国から集められたエージェント達である。ヒミコの執筆内容によって『ファンタジーモノ』対策ユニット『学園モノ』対策ユニット『異能』対策ユニットが『ピロリ~ン♪』 


 だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァ!!


「ピロピロうるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇェェ!! イラっとするぞ! その音!!」

 大声で怒鳴るとすぐさま『ピロリ~ン♪』とイラっとする音が鳴る。

『件名ReReReReReReReようこそ 差出人 飛影 本文 あんまりカリカリしてるとストレス溜まるよ(-ω-ll) そうそう今週のしゃべく――』

「どんだけメール依存症なんだよ! その顔文字イラっとすんだけど!」

 すぐさま『ピロリ~ン♪』と鳴る。

 さっきからしつこいこのメール依存症で超構ってチャンはなにを隠そう忍者である。

 ……………………。

 いや! ホントだって! モノホン! 千年以上前から続く忍者の家系なんだって!

 先祖は御庭番や徳川の護衛なんかもしてたっていう正真正銘本物の忍者なんだって! その証拠に俺はコイツの姿を一度も見たことがない。それでも、いつの間にかスマホにはこいつのアドレスと電話番号が登録されていた。

 ちなみに俺のスマホは日本政府の用意してくれた特別製。様々な特殊アプリに加え、防水は勿論の事、防弾、防爆仕様で戦車が乗っても壊れない、更に車載装置も破壊できる小型の電磁パルス発生装置『ザッパー』や小学生探偵が腕時計に仕込んでる麻酔弾を発射する麻酔銃を装備。WiFi電波をキャッチしてバッテリーを充電してるので常に携帯する事が可能で電池切れの心配もない。通話料やパケ代は勿論、ソーシャルゲーで何回ガチャってもみんなの税金から支――さ、さて、スマホ自慢はこれぐらいにして……『ひとくいそう』ほしかったんだよね。(ボソ)

 メールの差出人が忍者というのは本当である。その証拠に現在、人の気配が全くないのにも関わらずコイツは俺のリアクションを律儀にメールで返してきている! 現実世界では徹底的に忍者っぽいんだが……ネットではブログをやってたり、SNSやスカイプのアカウントをもってていたりと、もう一つの世界では全く忍んでいない! 挙句メール依存症で毎日物凄い量のバルカンメールが届く。

 そんなワケワカラン奴なのにヒミコの周辺警備は全てコイツに任されている。一度、不安になった俺はコイツの事を田神のおっさんに聞いた事があった。

「あいつに任せておけば問題ない。千年もの間、暗殺稼業に関わってきた連中だ。邪馬都卑弥呼はホワイトハウスの地下核シェルターにいるのとほぼ同じぐらいの安全レベルが保たれている」

 と、絶大の信頼で言い切られそれ以上は何も言えなかった。

「これから、おまえの紹介でなんか変な術を使う奴に会わなきゃいけなんだろ? ちょっと静かにしててくれよ! あとで相手してやるから――つーか俺の声聞こえてんならメール打つ必要なくねぇ?」

『つーん(-・-)y-゜゜゜』

 という妙なメールを最後に鳴らなくなった。

 修練場とは大きな弓道場の事だった。板張りの弓を引く場所『射位』には一人の少女が静かに立っていた。

 なんとなく声をかける雰囲気をつかめず、俺はその様子を見つめていた。和弓は世界最大の大きさと破壊力を持つ弓。その威力は車の扉を貫通するほど、しかしそれを構える少女の身体は小さく華奢だった。一指し指、中指、薬指の三本で弦を引く洋弓と違い和弓は親指1本で弦を引く、二メートル以上ありそうな巨大な弓の弦を少女は親指一本で引き――


 ひゅん!


 放った!

『カツン!』と硬い音を立てて三重の円が描かれた的――『霞的』のド真ん中を射抜く!

「すげぇ」

 思わず洩れてしまった感嘆の呟に――少女の視線がこちらを捉える。

「あ! えっと……」

 改めて見ると少女は俺と同じ歳ぐらいの黒髪黒目、いわゆる日本古来よりの清楚な美少女という容姿をしていた。

「えっと……俺は飛影の紹介で来た者だけど……」

「まあ! あの御方の――そんな格好なので一瞬、外国の方が見学にいらしたのかと思ってしまいましたわ」

 そう言って微笑む。随分と物腰穏やかな人だ。

 しかし……長身、色黒、茶髪と和の感じは全くないけど……これでも純国産だぞ……一応……。

「鮫島タクマです」

「篠原月夜しのはら つきよと申します」

 差し出した手を握り握手する。ほっそりと指に少し冷たくスベスベした手だった。

「少々、ご無礼を――」

 一瞬にして目の前の清楚な美少女が獰猛な熊かなにかに変貌したような錯覚を覚え、身体が勝手に反応する!


 みしっ……。


 骨同士が軋む音が静謐な修練場に鳴った!

「さすがですわ! 正直申しますとドコの馬のフンとも知らぬ方の下に就く気はありませんでした。今のも本気で打ち込んのですが見事に防ぎましたね、さすがは飛影殿の戦友様」

 そういって乱れた袴――露わになった真っ白いフトモモを隠す様に服装を正す。  つーか――アブな! あの瞬間、俺の危機察知能力が反応してなかったらと思うとゾっとするぞ!

 あの一瞬――

 握手を交わした逆手で両目に貫手を放つ少女――この数年で急速に培われた危機回避能力で神反応した俺は初撃の貫手を躱し。直後、握手をしていた手を振り解き腕で逆袈裟から鞭のように襲いかかってきた蹴撃を受け止めた! 響き渡った音はその時のモノだ。

 たぶん――もう一回来たら今度は防げない。いま防いだのだって、どうやったんだか自分でもわかんないぐらい。

「それで馬のフンさん。ウチに御用というのはなんでしょうか?」

 ニッコリと可愛い笑顔で言う。つーか馬のフンって……これは素なのか!? それともわざと? だとしたらヤベーよ。こんな可愛い笑顔で毒吐きかけてくる人、初めてだよ!

 それともあれか――遠回しに俺が一ゴールドの価値しかねぇって言いたいのか、この女。

「それをいうなら――馬のフンではなくて馬の骨では?」

「はい? え~っと……ウチ今なんて言いましたっけ?」

 柔らかそうな頬に指を当てて、中空に視線を向けると記憶を思い起こしている様に黙考し――徐々に真っ白だった顔が朱に染まっていく。

「すすすすすす、すみません……なんてコトを……」

 どうやら前者の天然だったらしい――両頬に手を当ててアタフタする姿からは笑顔で毒を吐く感じはしない。

「大丈夫、大丈夫。気にしてねぇから、それより飛影から魔術や魔法などのオカルト的な事柄は君の専門分野だと聞いてきたんだが――」

「えっ! はい。え~っと……日本は西洋の魔法や魔術、アジアの宗教が伝来する終着地で他国に比べて不可思議な存在が憑きやすい土地柄ですので、そのようなトラブルを何度か調伏させた経験がございます。それが何か?」

「その経験を俺達に貸してくれないか?」


『技術研究・開発棟』

 六階建てのビルの横にはそう書かれた木板が下がっている。木札の下にはちょっと可愛らしい丸文字で『本部』という紙が貼ってあった。

「ここか……」

 入口に指紋認証装置があり手を置くと読み取りはじめ――『ピピ』という電子音のあとに入口が開いた。

「君の情報は登録されてないから、一緒に通るぞ」

「はい」

 弓胴衣から制服へと着替えた篠原はそそっと近寄ってくるとピトっと腕に密着する。

 そ、そんなにくっつかなくてもいいんだが……まあ、いいか……。外から見ると六階建てのビルだったがエレベータは最上階直通で階を指定するボタンすらついてなかった。

 チン。

 扉が開かれると、そこは大きな一室。最奥に大きな執務机と学校旗が飾られ、三つのデスクのうちひとつには椅子の上で身体を丸める様な体勢で乗っかっている奴がこちらに背を向ける感じで座っていた。

「……誰ですか?」

 こちらの気配に気づいたのか? 乗っかってる椅子ごとグリンとこちらを向く。

「こ、子供!?」

 思わず洩れてしまった呟き。今日、ここでこれから一緒に活動するメンバーが集まる事になっていたハズなんだが……なぜ子供が一人で……?

「……子供じゃない。ボクは分析官アナリストのリン。……それよりも勝手に入ってきては困ります。本日は総司令と超常現象担当スゴ腕弓士が到着される予定――ここは一般区画配置の準警備担当のバカップルがやってくるトコじゃありません。早々に立ち去って、そして――そして、えっと……爆発してください」

「えっと……その総司令ってのが俺なんだけど……ってか、いつまで引っ付いてんだよ」

「へ? あっ! す、すみません。なんとなく抱き心地が良かったものですからつい」

 ぐっ……天然なのか? そんな事言われたら少し『ドキっ!』としちゃうじゃないか。

「……イチャつくぐらいなら爆発してもらっていいですか?」

「ボンバーマンじゃないんだからそんな器用に何時でも何処でも爆発できねぇよ! それに超常現象担当のスゴ腕弓士ってのはコイツの事で俺達はつい一〇分前に知り合ったばっかり――」

「……そうですか、そんなにムキになって否定しなくても結構です。ボク、貴方のように軽薄な人には何の興味もないですから」

 心底冷たい視線を向けたまま言い切られる。う~む……これから仕事仲間になるハズなのにどうやら第一印象はあまり良いものではなかったようだ……。

「……それと今ちょっと問題が発生してイサナさんが対処に出てています。すぐ戻ると思うので貴方の自己紹介とかど~でもいいイベントはその時にお願いします」

 最後のほうにボソっと「二度も見たくないので……」という呟きは幻聴だと思う事にした。

「ええっと……イサナ様という御方はもしかすると――」

 後ろにいた篠原の言葉に椅子の上で丸めたままだった身体を座ったまま器用に一度伸ばすと、椅子の下で綺麗に揃えられていた有名キャラクターのスリッパを履き、ペタペタと音を立ててこちらにやってきた。目の前で止まると余り感情を読み取れない瞳で見上げてくる――小柄で化粧っ気のない顔にボサボサの髪、服装も白Tシャツにくすんだ色の短パンという格好の少女。

「あ! 篠原月夜と申します。それよりイサナ様といいますと――」

バタン!

 俺が使ったエレベーターとは逆の扉が乱暴に開けられる。

「大変よぉ~」

 白衣に赤フレームのメガネをかけた女性が間延びした声で、そんな事言いながら出てきた――が、全身でノンビリした雰囲気を纏っているせいか全く大変そうに見えない。

「物凄いペースで書き上げてるのぉ~。このままだと数時間以内に完成しちゃうぉ~」

 意味不明な言葉を口にした後、こちらの存在に気づき、

「リンちゃん、この人達だ~れ~? あ~! もしかして例のサイコメトラーさん? すっごい! すっごい! ああ、ちょっと失礼――」

 そう言うとおもむろに俺の服をめくりあげる。

「きゃ!」

 篠原が軽く悲鳴を上げ顔を手で覆い隠す――いや手で覆っても指の隙間からバッチリ見てるじゃねぇか、この天然め。

「ふむふむ。腹筋は見事なシックスパック。君、身体鍛えてる? それともなにかスポーツかなんかを?」

「いや……とくには趣味でダイビングと波乗りを少々――」

「なるほど、なるほど。事前情報通りかぁ~そうなると……現実世界にも……いや、影響は……微々たる……モノだったハズだけ……ど……これは明らかに……う~みゅ……?」

 メガネの女はさらに腕や背中を触りまくり、一人でなにかを確認するようにブツブツと呟く。

「……イサナさん大変なのでは?」

 というリンの声に――

「あぁ! そうだったぁ~。大変なのよ! 卑弥呼ちゃん――あ! 邪馬都卑弥呼ちゃんの事ね、が凄い勢いで執筆してるの! このままだと原稿が完成しちゃって、それにともなって“世界改変”が起きちゃうのぉ~」

「!」

「!」

「?」

 まだ詳しい事情の知らない篠原だけが事の重要性に気づいてない。まあ、事前に聞いている俺でも未だに半信半疑だけど……。

「……報告されていた予定よりもずいぶんと早いですね」

 リンの抑揚のない声に内心で同意する。俺が聞かされていた予定ではあと一月ほどの猶予があったハズだが……?

「そうなのぉ~。ここ二時間で爆発的に執筆速度が上がってるの! タイピング速いよ! なにやってんの! って声が聞こえてきそうなスピードなのぉ~!」

 例えはよくわからんが、時間がないというのはなんとなく伝わった。二時間で一月あった猶予が消え去ってしまうほどの進捗状況ならば確かに大変だ。

「田神のおっさんが言ってた装置やつはできているのか?」

「はぁい。君がいないから実際の動作はやってないけど、データでシュミレートした時は問題なしだったよぉ~」

「ぶっつけ本番か……まあ迷ってるヒマはないな……」

「……バックアッププランとして都内全域の機械類を破壊する電磁パルス兵器(EMP)の使用を総理に提案しておきます」

 今までヒミコの原稿が完成する直前になると、EMPとよばれる電磁パルスを発生させ都市全域にあるコンピューター類を無差別に破壊して対処してきたのだが、さすがに毎回数千億の被害がでるためにこいつの使用はなるたけ避けたい。

「よし。例の物のトコへ案内してくれ、それとコイツに状況説明を」

 一人疑問符を浮かべたまま話しについてこれない篠原を指して。


 メガネの女――イサナさんが出てきた扉から、その先にあるラボに向かい準備に取り掛かる。道中、篠原にざっとした事情を説明する。

「護衛対象の卑弥呼さんのことは知っていましたが、まさかそんな事実がありましたなんて……どこかの国のVIPだとばかり……」

「まあ、詳しい事情聞かされてない準警備担当なら仕方ないだろうな……実は俺もまだ半信半疑だよ」

「……でも事実です」

「タクマ君はそこに座ってぇ~。リンちゃんバックアップお願いねぇ~」

「……了解」

 俺と篠原は一度互いに顔を見合わせてから、それぞれ大人しく従う。

「一応、拘束具付けるよぉ~」

 拘束具!?

「大丈夫、大丈夫ぅ~。意識を卑弥呼ちゃんと同期している時に身体が動いてしまわないようにする措置だからぁ~」

 そう言ってコンピューターがズラっと並んだトコにあるボタンを押すと椅子の肘掛けと足からガシャンと鉄の拘束具が伸びてくる。これからヒミコと意識を同調――つまりはヒミコの頭の中に入り込むワケだが……本当にうまくいくのかよ……。

「まあ! これは事実ですか?」

 さらに詳しい資料を見ながら篠原が驚きの声を上げる、気のせいかチラチラと俺のほうを見てる様な……?

「……事実です。この先は少しグロい画像もあります。止めておきますか?」

「平気です。見せてください」

「……わかりました。『Tファイル』を展開」

 その他にも様々な計器がなにかのデータを記したモニタ、中央には巨大なスクリーンモニタ――そこには一心不乱にノーパソを叩いているヒミコが映っていた。

 そこは文芸部の部室なのか他の生徒の姿もチラホラと見て取れた。

「部員は卑弥呼ちゃんを守るボディガードなんだよぉ~。周囲に溶け込むように一般生徒に変装してるのぉ~」

「いやいやいや! 全く溶け込めてねぇーから! 全員筋肉モリモリでガタイが良すぎるから! 『僕、本読むの得意』っていうより『僕、本ネジ切るの得意』って感じになってるだろ! あそこにいるパンチパーマのヤツなんて火星で進化しちまったゴキそっくりじゃん!」

 拘束具で派手なリアクションがとれないぶん言葉に変化をつけてツッコむ!

『こちら近衛警備隊所属文芸部ユニット。事前対策ユニット応答を――どーぞ』

 ちなみに近衛警備は準警備と違い全ての事情を知り、ヒミコと直に接触を持つクラスメイト、ご近所さん、部活の先輩、後輩等は全員この部署に所属している。

 その文芸部員(?)からの連絡に椅子の上でボーと見ているとイサナさんはモニターの前にあるマイクを取り、

「はいは~い。こちら事前対策ユニットですよぉ~」

『護衛対象が危険領域に入りました。これから初期対処しますよ、よろしいでしょうか?』

 なんか聞きようによっては物騒な言い方だな、おい。

「おっけ~」

「おいおい。大丈夫なんだろうな」

 マッチョパンチパーマの脇は僅かに膨らんでおり、その下に武器を隠し持っている事に俺は気づいていた。

「大丈夫だよぉ~。彼等は卑弥呼ちゃんを傷つけるような事はしないからぁ~」

『了解。これより初期対応に入ります』

 そう言い残すとフレームアウトしてしまう。

 本当に大丈夫なんだろうな? 乱暴な手段で意識を失わせたり……とか、内心で心配していると再びモニタにマッチョパンチが映る。

『ア~ラ』

 背筋に寒気が走る声を出したのは、さきほどフレームアウトしたマッチョパンチ。

「卑弥呼ちゃん男性が苦手だから文芸部員はみんなオネェ系オカマさんってコトにしてるのぉ~」

「マジか!?」

「うん。最近では卑弥呼ちゃんと会話できるように警備マニュアルに恋愛モノの少女マンガ読むようにと義務づけてるぐらいなんだよぉ~」

 その言葉に俺は内心でごっつい男達が白と赤のカバーの可愛らしい本を読んでいる姿をイメージが浮かんだ!

『これ昨日でた新刊。すっごくおもしろんだから、あ! 今、お紅茶淹れるわね、昨日買っておいたケーキも――』

 そう言ってヒミコの近くにマンガ本を置くと、再びフレームアウト。

「やるなぁ~」

「へ? いまのドコに感心する部分が?」

 イサナさんの呟きの意味がわからず、思わずマヌケな声を出してしまった。

「見てぇ~。本を置いた場所は視界に入るかどうかのギリギリのトコ、あくまで自ら取るように、かつ微妙に気になるポイントに置いてあるのよぉ~。さらに紅茶とケーキで血糖値を上げてしまえば頭の回転は鈍くなって満腹になった作家ほど使えないモノはないからねぇ~」

「いやいやそんなコトはないぞ!! それはある特定個人だけ!」

 イサナさんの暴言を全力で否定する俺。

『あの……』

「しっ! 卑弥呼ちゃんが何か言うよぉ~」

 俺がイサナさんを見ている間にヒミコは席を立ってしまい画面には映っていない――が、声だけは聞こえてくる。どうやらわざわざ席を立ってマッチョパンチの傍まで行った様だ。

『ご、ごめんなさい。今日はどうしても……集中したいんです』

「失敗かぁ~。まっ、ある程度この展開は予想してたけどねぇ~」

「しかし、なんでここにきて執筆スピードが上がったんだ? 倍化どころか十倍ぐらいになってる勢いだぞ、これはなんかあるだろ?」

 何故かイサナさんが妙な視線を向けてくる。

「な、なに?」

「タクマ君鈍いって言われない~? 憧れの王子様が帰ってきたんだよぉ~。女の子ならやる気MAXになるのは当然だと思うけどぉ~」

「はぁ? 王子様? ――って、俺は鈍くねぇよ! これでも人の心を読む能力者だぞ」

「でも、あんまり深くまでは覗けないんでしょ~?」

「ま、まあ、確かに俺の力じゃ『好かれてる』か『嫌われてる』かぐらいしかわかんないけど、う~ん……犬の態度を見てるようなモンだ。犬に好かれてるなら尻尾ふって寄ってくるだろ? 逆に嫌われているなら厳めしい顔で咆えたててくる。それと同じようなモンで人の感情が色で見える。嫌われているなら黒っぽい色に逆に好かれてるようなら鮮やかな色になるって具合に」

「ふ~ん。ちなみに私はどんな色に見えてるのぉ~?」

「俺を実験動物かなんかのように見てる」

「すっごい! すっごい! 当たってるぅ~」

『初期対応失敗しました』

 いい笑顔のマッチョパンチがそう報告してくる。

『ヒミコたん――ご、護衛対象はマジ天使であります! こんな自分の手をとって――』

「――っていうコトだから~私達がなんとかするしかないねぇ~」

 ヒミコに心を鷲掴みされたマッチョパンチの言葉を無視して、クルっとこちらに向き直り、パチンと両手を合わせる。その様子はやはり――

「嬉しそうにみえるんだが……俺は実験動物じゃねぇぞ」

「だって~実験だよぉ~実験~ワクワクするよねぇ~」

「へ~ワクワクするんだ~。でも、その実験装置に繋がれた俺はドキドキしてるぞ」

「大丈夫ぅ~。私やればできる子だからぁ~」

「あっはははははははははははははは――自分で言うな!」

 俺の言葉に曖昧な笑顔を浮かべ、

『え~っと……卑弥呼ちゃんに受信機レシーバーを――』

「受信機ってそんなモンこっそり付けられんのか?」

「受信機っていっても~ホコリよりも小さいからねぇ~。簡単に付けられるよ~。元々は重要施設に侵入した人に付着させて衛星から追跡して相手の本拠地ごと侵入者を捕える能動的な警備システム用に作られた物を私が改造したのぉ~」

 ハイテクのコトはよくわからんがすごそうだ……。

「さ~て――リンちゃんいくよぉ~」

「……はい」

 おぉぃ! 俺の心の準備とかそんな感じの配慮はないのかよ!! そんな俺の内心を無視して淡々と作業は続く、カタカタとキーをタイプする音――バン!

「あらぁ~?」

「おい! 今なんかパソコンのエラー音みたいな音が聞こえたぞ!」

「ダ、ダイジョブ! ダイジョ――」

 言っている間にも、そこら中で警告メッセージのウィンドウが表示され、瞬く間に『ピーピー』という警告音と赤文字で塗りつぶされていく!

「あ~ら~ヘンねぇ~。リンちゃんそっちはど~お?」

「……前回、同様なら問題ありません」

「部品の劣化かなぁ~? ん~――なにかが干渉してるのかもぉ~?」

「あ~。俺はなにをしたら?」

 椅子に繋がれたまま問いかける。

「ん~……とりあえずなにもしなくていいよぉ~。ん~……メンドイから強制接続しちゃお~」

「わかりました」

「おいおい――本当に大丈夫なのか? メンドイってちゃんと安全第一で頼むぞ」

 二人のやりとりに不安を感じた俺は思わず口を挟む。

「だ、ダイジョブだよ!」

「ドモった!? しかも後半の自信満々っぷりが逆に不安になってきたわ…………根拠は?」

「えっと……」

 つーいっと視線を逸らし――

「な、ないニャ~」

「おぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃィィ!! ここにきてなんでいきなり語尾を『ニャー』にした! 若干イラっときたし、余計不安が大きくなったわ! 放せ! 今回は別の方法でいく」

 ガチャガチャと拘束具を鳴らしながら抗議する俺に、

「もうぉ~ワガママいわないのぉ~男の子なんだからぁ~」

「なんで俺がワガママ言ってる風になってんだ! おい、こら。淡々と作業を続けるんじゃない! ちょ――ホントにやめて……やめろー! やめてくれー!!」

 ついつい二代目ライダーの改造シーンと同じセリフが口をついてでた……しかしボーと感情の読み取りにくい表情の少女から『っカターン!』と無情に弾かれるエンターキー!

 その瞬間、クラっと眩暈が、そのまま急速に意識が遠ざかっていく。


 気が付くと机に突っ伏していた。

ん? なんか様子――というか周囲がおかしい!? 俺がいた室内には白衣を着た間延びした口調が特徴のイサナさんと、『ボ~』とした雰囲気でボサボサ髪にTシャツ、短パン、スリッパ姿の苗字不明リンという少女、最後は俺と一緒にやってきた長い黒髪にキッチリと学校の制服を着込み、歩く時も立ってる時も背筋をピンと張った威風堂々とした少女の篠原月夜――その三人だったハズだが?

そ~っと顔を上げる。

「!」

 皆がこちらに注視していた! 上も下もズラーと人――いや! 人じゃない!   あぁ、イヤ間違った。正確には人型の者もいるにはいるが……大きさは様々で見上げるぐらいの巨人もいれば、かろうじて頭だけ見えるほどの小人も混ざっている、ゲル状のなんだかよくわからん塊や毛むくじゃらの者、翼のある奴、角のある奴、左腕に銃が付いてる奴などなど多種多様の姿形の奴等に囲まれ注視されている。

 ハッキリしてる事は絶対! 完全完璧に日本じゃない! そもそも白衣の女――イサナさんのレポートや言葉を信じるなら、ここは現実でもない!

 やはりここはヒミコの頭の中――もとい思考の中ってコトなのか? 確かに一流の特殊メイクを施せばここにいる者達に近づくのは難しくない……だが――一際大きく頭の突き出たねじくれた角の生えた真っ黒い体毛に覆われた巨牛は特殊メイクじゃ説明つかん。しかも、ソイツは機械じゃマネできような生々しくヌルヌルと動き回っている。

 認めるしかないだろう。ここはヒミコの妄想の中という事を――って、トンデモ展開になった割にショックはそう大きくないな、もしかして俺メンタル強いのかも?

 さて、割と順応性の高い俺としてはそれを認めた上でなにをすればいいのだろうか?

「ついにここまで漕ぎ着けましたね。軍師様」

 間近で聞き覚えのある声――しかし、俺の知っている声の主はこんなにハキハキとした喋り方をしないハズ……?

「ひ、ヒミコ!?」

「はにゃ? ヒミコ? 私は軍師様の秘書官ですよ」

「ひ、秘書官?」

「お忘れですか? 軍師様。勇者の血を引く者として攫われてきた私を匿って助けて頂いたコトを――」

 悲しみに顔をクシャと歪ませ、目尻には涙さえ浮かべ――その表情を見ただけで急速に胸が痛む!?

「う……! 待った! 待った! 憶えてる! しっかり、バッチリ憶えてるから、泣くな!」

「私、軍師様に見捨てられたら、私、私――」

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァ! ほら、お仕事、お仕事。あ~今日の予定とかスッゴイ知りたいな~」

「――えぐ、えっぐ。はい、ちょっと待ってくださいネ」

 胸元から大きくブ厚い本を『バホン』と取り出す。つーか、よく入ってたな……そういえばヒミコって胸のサイズ割と巨……イカン、イカン何考えてんだ俺は……相手は妹みたいな存在なんだぞ!

「え、え~っと……本日はここノーグ国際司法裁判ちょ――」

 か、噛んだ――!!

「…………」

「………………」

 無言で見つめ合っていると、『ダー』っと目の幅と同じ幅の涙を滝の様に流し――

「そして――そのまま、って、なぜ机の下に潜る!」

「えっぐ、えっぐ……」

 机の下からすすり泣く声だけが聞こえてくる。

「えっぐ、えっぐ……軍師様はこんなドジな女の子嫌いですよね……うぅ……」

「いやいやいやいやいや。ちょっと噛んだだけじゃないか、あんなのドジでもなんでもないって、それに俺、完璧な女性より少しドジなほうが可愛くって好きだぞ」

「ほえ?」

 机の奥で体育座りをしていたヒミコは机の下から顔だけ出すと俺のほうを見る。

「それって――それって――」

『ジー』っと机の下から頭だけ出した格好のままこちらを見上げるヒミコは、

「私をお嫁さんにしたいって――」

「いや、そこまでは言ってねぇ! つーかさっさと出てこいよ」

 亀が甲羅に引っ込むように机の下から頭だけ出しているヒミコの両頬を左右から挟み込むように掴むと引っ張って机の下から引きずり出す。

「うっ、うっ……今日の軍師様厳しいです」

「いいから、続きを早よ!」

「は、はい」

 目の幅と同じ涙を流しつつ、床に転がっていたブ厚い本を手に取る。

「こ、これからここノーグ国際司法裁判所でニセ勇者による一般魔物虐殺事件による公判が行われます」

「ニセ勇者?」

「ええ。さきほど言ったとおり、現在の勇者は私のハズなので、必然的にいま活躍している勇者はニセモノというコトに――」

「つーか俺はおまえが勇者ってコトのがビックリだけどな」

「あ~。私、剣持たせたらスゴイんですよ!」

「脱いだらスゴイみたいな言い方すんな。それよりどんなヤツなんだろうなニセモノ。やっぱし色違いの服着てて髪の色が違ったりすんのかな?」

「格闘ゲームの二Pカラーみたいな期待しないでください! あぁ……でも。なんか私まで緊張で胸がドキドキしてきちゃった」

 そう言って自身の胸に手を当てる。う~ん……俺の知っているヒミコはこんなにハキハキとしゃべったりしないし、こんなにキラキラした瞳はしていない。

 そういえば格好もおかしい。いつも掛けているメガネや三つ編みの髪型はそのままだが、胸と背中が大きく開いたワンピースドレス着ている。まあ――正直、似合ってる。似合っているが、引っ込み思案で恥ずかしがり屋のヒミコがこんな大胆な服を好んで着用するとは思えない。

「軍師様?」

 意図せずじっと見つめてしまいヒミコが不思議そうに小首を傾げる。普段なら表情に混じって感情の色が視えるハズなのだが、今は何も視えない。どうやら俺の『物質解析』の能力はここでは使えないらしい……。

 それで、この世界が改めて元いた現実とは違うコトを意識させられた。俺はヒミコから視線を外し周囲を見渡――背後にすっごいヤツがいた!?

 そいつはアバラ骨の隙間から身体の向こう側が見える内臓などなにもない空洞の身体、スケルトンとか呼ぶんかな? ともかく、まるで骨格標本が動いてるような感じで自然に動いていた。こいつは――こいつだけはCG加工でもしない限り、こんなに『ヌッルンヌッルン』動いていい存在じゃないぞ! それでも試しにスケルトンの上や横にワイヤーでもないかと手を振って探ってみたが、当然のごとくそんな物はなかった。

「軍師様、面白い動きですね『奇妙な踊り』の練習ですか?」

 隣に立つヒミコが笑うと俺の動きをマネて身体をクネらせる。

「オホン! 軍師殿。法廷内では貴公の能力使用を禁じたハズでは? 魔王軍最高軍師にして、あらゆる魔法を打ち破る魔眼『破術眼』を持つ貴公の魔力と能力を封じる。この法廷を開廷するにあたって各国が貴公に出した条件をお忘れか?」

 俺やヒミコ、スケルトンがいるトコロより高くなった檀上で黒いローブを身に着け小さな木槌を持ったヒゲ面のおっさんが厳しい視線で言ってくる!

「え、ええっと……こ、これは……これは……その……」

 ヒミコはしばらく考える仕草をした後に、

「これは――これは――そうだ。軍師様のクセでして……大一番の勝負処では必ず変な踊りをするっていう……決して特殊な効果がある能力やその類ではありません」

「ふむ……変わったクセですな」

「ええ、大魔王がなんの強化魔法もかかってない勇者達に対して執拗に補助魔法解除技を連発する妙なクセに似てます! そんなコトしないで、ひたすら最強のブレス連発してればゴリ押しで勝てるのに……敵情を分析しないなんて全く魔王なんて情弱です」

 ヒミコはタメ息とともにそんなコトを言う、しかし、机の陰に隠れて檀上では見えない手は『b』の形をしていた。

 俺はラスボスが回復魔法使ってくる事のが一番イヤだな。右手、左手、本体と三体に分かれていて、蘇生魔法や回復魔法を使ってくるとかトラウマやわ!

 ともかく、そんなヒミコの説明で納得したのかヒゲ面のおっさんが一つ咳払い。

「オホン。では、これより原告側――魔王軍の訴えにより、被告勇者の裁判を執り行う!」

 そう宣言した後、背後に視線を向け、

「なお――本裁判は裁判員裁判方式で行われる。裁判員の方々一言ずつどうぞ」

 木槌のおっさんよりもう一段高い場所にいる六人の男女は立ち上がり端から順に口を開く。

「ここはノーグ国際司法裁判所だ」

「武器や防具はちゃんと装備しないと役に立たないぞ」

「毒を受けたら解毒ハーブ入りのピザを食べるといいよ」

「西の洞窟には伝説の裁判官が振るったといわれる『正義の木槌』があるっていう噂だ」

「ここは旅の宿です。一晩8ゴールドでお休みになれます」

 おいおい……街のモブキャラそのまま持ってきたろ! もうちょっとなんか――がんばって専用キャラ作ろうよっ! 細部作りこもうよ作者ヒミコ。

「私は――」

 そんな役立たず(没個性ノンプレイヤーキャラ)の中にあって最後の一人が震える声で告白する。

 む! 重要イベントな予感!

「私は――見たのです。あれは真実を映す『パーの鏡』を運んでいる途中でした……偶然通りかかった裁判長の頭は今のようなフサフサではなく、つるつるの――」

 カンカン!

 震える声で語る声は唐突に振られる木槌に遮られた。

「死刑」

 ヒゲ面のおっさんは背後にいる裁判員の一人を指さすと宣告した。


「いつか――いつか真実は白日の下に晒されるだろう! 俺は刑が執行されるその日まで真実を訴えかけるぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォ!」

 ギィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ――バタン!

 衛兵二人に両脇をガッチリとホールドされたまま、真実を訴えかけた男は扉の向こうに消えていった……。

 ――って、


 関係無いヤツが連れて行かれたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァ!


 なんで裁判員裁判で裁判員が裁かれんだよ! しかも、たぶん冤罪だぞ! おそらく木槌のおっさん――裁判長の装備ステータスを開くと頭装備の欄のトコにアレがあるんだろ……言うと死刑になるから言わないけど……。

「では、これより二三〇五二回国際司法裁判を執り行う。被告人の入廷を――」

 五人になってしまった裁判員。しかし何事もなかった様に事態は進行する。

「――離せって! 自分でいけるからっ! アタシはユーシャだぞ!」

 聞き覚えのある声に俺は入口のほうを見てしまった。

「あ!」

 隣で驚きに声を上げるヒミコ。

 係員の腕を振り解いて入廷してきたヤツは茶髪に左耳に光るピアス――小麦色の肌に腰ミノと胸の辺りは葉っぱのみという、トンデモナイ格好に黒曜刃木製剣マクアフティルを差した少女――壱与ちゃんだった!?

「被告人名前を名乗りなさい」

「匿名希望!」

「そのハシタナイ格好は一体なんですかっ!」

「呪われてんだから仕方ないだろっ! わかれよな!」

 厳めしい顔の裁判長相手に一歩も引かずに言い返す壱与ちゃん――ってか呪われてんだアレ? 腰ミノと葉っぱブラに呪いかけるヤツってどんなヤツだろうな?

「……では、原告側の代表による主尋問を」

 一瞬、呆れたような表情を浮かべる裁判長は取り繕うに言った。

「ぐ、軍師様」

 ヒミコがいつの間にかさきほどと同じように机の中に引っ込み、そこから俺の裾を『クイクイ』と引っ張る。

「なにしてんの?」

「な、なんでもないにゃ~」

 またですか! 最近の風潮として何かを誤魔化す時には語尾を『にゃ~』にすればいいとか流行ってんのか!? それでなくとも左右に『バシャバシャ』と泳ぎ、バタフライのように激しく動く瞼で何かマズいコトを隠しているのはモロわかりだ。

「おまえ何か隠してるだろ?」

「にゃ、にゃ~」

 さらに誤魔化そうとするヒミコをじっと見つめる。

「ご……ごめんな……さい」

「ぬ?」

「あの娘、ニセモノじゃないかもしれません」

 机の端に両手を置いて頭だけひょっこり出した体勢で連れてこられた壱与ちゃん(?)のほうを見ながら、

「実は……」

 言葉を切り重要情報を言う前のようにタメを作る。

「あの娘……私の妹なんです」

 うん。知ってる。タメを作った割に大した事ない情報だったな。そう思う俺の内心に知らずに机の下から頭だけ伸ばした状態で続ける。

「今まで、どんなに提訴しても勇者が出てこないのは、ニセモノだからと思っていたんですが……どうやら私がいなくなって妹が勇者を継いだみたいです」

「継ぐって、できんのか? そんなに簡単に」

「ええ。名のある書官に家系図を偽造――にゃ~。家系図を書いてもらって証明画を付けて王様に送れば」

 本当に簡単だな。おい!

「ごめんなさい。これでニセ勇者による魔物虐殺という路線で攻められなくなりました……」

 言いながら出していた頭を徐々に引っ込めていく。

「原告側どうかしましたか?」

 さきほどからのヒミコとのやりとりを不審に思ったのか裁判長が訪ねてくる。

「あ~……え~っと……少々お待ちを……」

 事態についてこれていない俺は手元の資料をバサバサと漁りながら、視線を周囲に走らせる。

 小説や漫画なんかでいう起承転結の起と承の部分を丸ごとすっとばして、ここにきたのでなんだかよくわからんが、今まで聞いたコトからを推察し整理すると――

 どうやら俺は魔王軍の軍師らしい――で、最大の敵である勇者ヒミコを拉致ってなぜか秘書として使っている。

 その辺りはいい。

 問題はこれからだ。

 最大の敵であるハズの勇者を拉致したにも関わらず魔王軍の天下というワケにはいかなかったようだ。

 それが先ほどからでてくるニセ勇者とかいう奴の存在。

 本来、正当に勇者として魔王軍と戦うハズだったヒミコではないとしたら勇者を名乗るニセモノという事――そいつが本来ならば戦闘の対象してはならない非戦闘員まで襲っているという。正直いってそれがどれほど重要かわからんが、仮に人間社会で軍隊が一般市民を襲撃したと考えたら――一大事だな。

 そこらを突いて公の場で正当な権限のない者が行ったとして断罪し、その身柄を拘束するもよし、なんらかの処罰を要求するもよし。

 どちらにしてもニセモノの活動を止めさせる事ができる。それがわかっているからニセモノも再三に渡る出頭命令を拒否し続けていた。

 それが――今回、出頭命令に応じたという。

 そして先ほどのヒミコの言葉から推測すると、ニセ勇者だと思われた人物は勇者であるヒミコの妹で、もしかしたら正当な手続きで後を継いだ本物の勇者かもしれないというコト。

 ここまでが俺が推測した現在の状況だ。

「さて――」

 考えをまとめたトコで一つ深呼吸を入れる。

 もし――もしもだ、田神のおっさんの話しや渡された資料が事実なら、これが――ここが本当にヒミコが頭の中で創っている世界だとしたら、これが――この世界が今の日本やそのほかの国々に取って代わって現実になるのか?

 俺は両親――はどうでもいいや。ヒミコに壱与ちゃん、今もハワイのオアフ島のいる友達や恋人の顔を思い浮かべ――覚悟を決めた!

「……失敗しても責めんなよ……」

 資料に目を通す。

 環境の適応能力には優れてるという自負がある! 今まで数百種の仕事をこなしてきた俺には僅かな時間で、その仕事の一番重要な部分を察知できるカンが働く。 もちろんすぐにボロがでるが、少しの間ダマせればそれでいい。

 資料を読み進める傍らでドラマや漫画の法廷シーンを思い起こす。出てきたキャラクターはライトノベル――いや、まだラノベという単語が存在しない時代に書かれた文庫本だった。貧乏でまともに本がなかった家で親父が昔、なにかの気まぐれで買ってきたであろう、その文庫本は色あせカバーはなくなり点描のような幾何学模様の裏表紙のみだった。

 その本のキャラクターになりきる事に決め! 自分の中で詳細に思い出す、何百回、何千回と読み返した。もしかしたら原作者以上にそのキャラの心情を理解できるかもしれない、そのキャラクターになり切る!

 俺は拙いバイト経験と借り物のキャラクターを武器に世界ヒミコに喧嘩を仕掛けた!


「――さて被告人。勇者に相違ないか?」

「ソーイな~し」

 軽いノリで答える壱与ちゃん――いや、ここは現実にいる壱与ちゃんと区別してイヨと呼ぶ事にしよう。

「まず最初に聞きたいのですが、なぜ我々が二度に及ぶ国際司法裁判所への共同提訴を拒否したのですか? 自分の行動が正当と思うなら堂々と受けて立つべきでは?」

「それは――」

 言い難そうに視線を裁判長の上へ、モブキャラから無作為に選出された一般モブ――もとい一般民衆の方を見る。

「裁判員の方々への心証を気にしているならご心配なく。彼等もそこは割り切って受け止めてくれます」

 ……たぶんね。

「……じゃ、言うけどさ……。魔王軍アンタらはどー思ってるか知らないけど、さぁ――ウチらの国では国際司法裁判所ってのは国際法でビシっと決まってて、それに法って公平に採決されるとは思ってないんだよねー。まして相手側が運営費用の収支国二位だとしたら、こちらとしてはトーゼン公平に採決してくれるか疑問なワケ。だってウチらはアンタらの一〇の一の支出しか出してないわけだし……不安なの、それが共同提訴を拒否してた理由」

「なるほど、確かにごもっともな意見です。しかし、ご安心を我々は貴女が危惧されている事はありません。裁判員の方々も人間のみ我々は魔力や特殊能力を封じこの場にいます」

「……みたいだね」

 周囲を見渡し。

「それでは本題に行きましょうか」

俺はさきほど読み漁ったファイルの上に手を置き。

「貴女は勇者という事で、これまでかなりの数の魔物を討伐しましたね? わかっているだけで1万件以上になります。詳細はこのファイルにまとめておきました。証拠品として提出します」

 背後に控えたスケルトンは分厚くなったファイル二〇冊をヨロヨロとよろけながら裁判長や裁判員のいるトコへ運ぶ。

 俺は『バサ』っとマントを翻し――

「時に被告人。このファイルの数をみてなにか思うトコはありますか?」

「ふぁぁ~あ―――じぇんじぇん」

 退屈そうにアクビをしたのち拳を握り締めて言い切った。

「では、この分厚いファイル二〇冊にもおよぶ魔物を虐殺しておいて、がんばったと、よくやったとそう言いたいのですか? 彼等にも家族があり! 子供もいたんだぞ!」

 バン!

 机に拳を打つ!

「――失礼」

 俺は痛む拳をハンカチで包み。

「ある話しをしましょう。その者は――そうですね、仮にピエールとでもしておきましょう」

「それってスライムに跨ったアイツの事か?」

「その者は勇者の一行に遭遇し成す術もなく倒されてしまいました、せめてもの反抗にと勇者の一行を睨んでいたそうです」

「おいコラ! アタシの事は無視か? そいつはアレだろ、スライムに跨ってやたら高価な装備着けないと役に立たないアイツだろ」

「あぁ――それがさらなる不幸の始まりでした。ピエールは勇者の一団に無理矢理編成されると、以後同族と戦わされるという――なんという――なんという鬼畜の所業!」

「いや、だってアイツが仲間になりたそうに見てたから……」

「では、あなたはそれを確認しましたか?」

「いや……してないけどぉさぁ……」

 イヨは後頭部をカリカリ掻いて視線を逸らす。

「では、なぜ魔物のいうことがわかるのですか? そういう特殊な能力でもあるんですか? それなら何故ターバンを被ってないんですか? 昔からモンスターを連れ歩く者にはターバンの着用義務があるのをお忘れかっ!」

 ここぞとばかりに攻め込む!

「そんな事アタシの勝手だろ! 頭装備品の事までとやかく言われる筋合いはない!」

「原告側、頭装備のコトをこれ以上追及しないように!」

 なぜか裁判長が睨んでこれ以上の追及を制止する。

 くっ……! いいトコで……にしても何で裁判長自ら邪魔をしてきたんだ?   あぁ――裁判長は自分の頭装備である『フサフサ兜』に触れられたくないの――って、どうでもいいわ!! もう、みんな知ってるわ!

「装備品の事までとやかく言われる筋合いはない……ねぇ」

 イヨは俺が『装備品』という単語を引きだしたかった事に気づいているのだろうか?

「ここに貴女のパーティメンのレベルと装備品の一覧があります」

 俺は仕草で合図するとスケルトンが大スクリーンにその情報を映す。

「これを見ると――パーティの方々はロクな――いや失礼。あまり上等で性能のいい武具を着けていませんね。パーティのメンバーは仲間。本来なら一番大切にしなければいけないもののハズなのに、この扱いですか?」

「お、お金がないんだよ」

「は――はっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! その言葉を待っていた。異議があるぞっ!!」

 マントを翻し待ってましたとばかりにとっておきのセリフを口にする!


 シーン――


 あれ?

「軍師様……やりすぎです」

 机の下からそんな声が聞こえた。

「君は法廷をバカにしているのかね?」

 裁判長の醒めた口調はどこまでも冷たかった!

「す、すみません。どうも魔王軍は演出過剰と申しますか――ほら、いるでしょ? ピンチになると『我の本当の姿~』とか『我の真の姿~』とかいうボスキャラ。あれ本当は現時点でいっぱい! いっぱい! なんですよ――ですが、世の風潮といかなんというか、ボスキャラは最低二回以上変身しないといけない! みたいな雰囲気になっていますから、がんばって変身するんですが…………結局は無理やり変身するものですから、デザインが簡素になったり、弱くなったりとロクな事になりません。まあ魔族の悪癖というか――」

「わかった、わかった――審議に戻ってくれ軍師殿」

「えっと……オホン」

 仕切り直すために咳払いをひとつ入れ――膨大な資料の中からイヨの資産状況をまとめた物を取る。

「貴女はさきほどこう言いましたね。大切な仲間を守る装備品がお粗末な理由は「お金がない」と――しかし、貴女が預けているお金は莫大だ。仲間に最高級品の装備を買ってあげてもなんら問題にならないくらい」

「ちょっと待て!!」

 俺の口上を被告人席のイヨが遮る!

「なんでアタシの貯金の額を知ってんだよっ!!」

「我々、魔王軍はある街の私財管理人に資金援助を行っていましてね。そこは昔、夫婦で武器屋を営んでいたのですが、ある日、夫は『伝説の武器を探す』といって旅に出ました。残された妻と子供は夫の残した金庫を活用して私財管理業をはじめたのですが……事業は難航。なかなか顧客を獲得できず、妻子は明日食べる物にも事欠く始末。そこを我々魔王軍が資金援助をしたというワケでしてね。あぁ――貴女の資産データが記された、その紙は魔王軍が受け取ったお歳暮の包み紙です。どうやらたまたま――本当たまたま貴女の資産状況を記した帳簿の上で物を包んだのでしょうね、偶然に写り込んでしまったようです。我々はこれを証拠品として提出します。まあ、いずれにせよ貴女の言った『お金がなくて仲間の装備品を改善できなかった』という主張は成り立たなくなります」

「……くっ」

「さぁ、本当の事を言ってもらいましょうか」

 資料によれば、この私財管理人の旅にでた夫というのが勇者の一行にいるのだが、その事実はこちら側に不利に働く可能性があるので伏せておく。裁判員の方が勇者を捕えれば夫は戻ってくるといって私財管理人を我々が懐柔したかもしれないと推測しないようにするためだ。実際、資料にはその事実を臭わせる記述もある……証拠の改ざんは重罪になるために言い回しで分かり難くしているが目ざとい者が注意深く、その部分を見れば気付くかもしれない。

 その事実に辿り着く前に一気に決める!

「うぅ……お金の使い道は……」

 助けを求める様に裁判長を見る――

「被告人答えなさい」

「にゃ!?」

 一瞬、悲しそうな顔をした後――顔を歪め下唇を噛むとそのまま俯いた。

 その時――

「早く答えろよ!!」

 傍聴席からヤジが飛ぶ――相手は魔物ではなく人間だった。それを皮切りに黙したままのイヨに同様のヤジが浴びせられる!


 ガン! ガン!


 一喝するように響き渡る木槌の音!

「審議中は静粛に」

 その一言で一応の治まりをみせる――が、内面に植え込んだモノが消えたワケじゃない。

「裁判長。原告側は被告人の私財凍結を進言します」

「なっ!」

 被告人席で机を『バン!』と両手で叩く!

「それは――それだけはダメぇぇ!」

 俯きながら肩を震わせ絞り出すような声音での懇願。

「それはできません」

 俺はきっぱりと退ける。

「我々は貴女の莫大な資産の使用目的を明らかにしない事には安心できません。むしろ私財没収ではなく、一時的な凍結とした事がこちら側の最大限の譲歩と受け取って頂きたい」

「……………………使い道を言えば…………」

 俺の事をまるで親の仇でもあるように睨み――

「使用目的を言えばやめてくれる?」

「いいでしょう」

 俺の言葉に場の雰囲気は一層緊迫したモノに変化した!!


 ……ざわ……ざわ……ざわ……


 まるでドコかのギャンブル漫画のギャラリーっぽく騒ぎ出す傍聴席。

「静粛に! 静粛に!」

 木槌を打ち鳴らす裁判長。

「では――教えて頂きましょうか被告人」

 鎮まった法廷内で裁判長の声が響く。

「……えっと……」

 静まり返った法廷のプレッシャーに発言を躊躇するイヨ。

「…………………………パ…………………………」

 静まり返った法廷内で、その声を聞きとれたのは被告席の隣にいた記録係だけだろう。

「被告人。もう一度、大きな声でお願いします」

「うぅ……」

 再び静まり返る法廷。

「だ、だから………………パパとママとおねーちゃんを…………ごにょ、ごにょ………………」

 その時、俺の中でなにかが引っかかった。

「被告人、聞こえるまで何度も言い直しますか? もう一度」

「…………」

 観念したような何かを諦めたような表情の後――

「そ、その………………か、家族の行方を探すための資金だ。――です」

 やはり! 手元の資料には勇者は幼い頃に両親が魔物に襲われ行方不明になっていると書かれていた。

 もし――もし現実世界の影響がこちらの世界にもあるとしたら……。

「ウソをつくな」

「小国の年間予算に匹敵する金の使い道が人探しとね……」

「魔族を絶滅させる兵器開発の準備資金じゃないのか?」

「それならいいが、万が一勇者という立場を利用してクーデターなんぞ起こされたら事だぞ」

「う、ウソじゃないもん」


 ……ざわ……ざわ……ざわ……


 この場で一番目立つ被告席から発したハズの言葉を誰一人として聞いてはいなかった。

 傍聴席の不安はさらに拡大していく。

「今まで誰一人として気づかなかったんだ。同じような隠し金があるに違いない」

「しかし、これだけの額一個人に集められるものですかな? そういえばお宅の国へ寄った際には勇者殿は長期滞在されたとか……」

「なっ! 言いがかりだ!」

「私は事実を申したまで」

「ウソじゃ……ない……もん」

「なにを! 貴公の国こそ戦争を食い物にして発展した国、争いごとがなくなったら困るのではないか」

「静粛に静粛に――」

 白熱する傍聴席に向けて裁判長は木槌を振りながら声を飛ばす。

「被告人もこの場での偽証は罪になりますよ」

「…………………………………………」

 裁判長の言葉に俯いたままの勇者。

「……ひっく……」

 ひきつったような声――よく見てみると勇者の肩は震え。


「ウソじゃないもん」


 顔上げた勇者のひとみには大粒の涙が――

「ひっく、ひっく…………ウソじゃないもん……な、なぜかパパとママの情報には……ひっく……いつも高額になるか、手におえないとかって断られるかで……ウソじゃないもん」

 現実でもヒミコと壱与ちゃんの両親は米国と欧州によって身柄を押さえられている。仮に壱与ちゃんが二人の情報を得ようと、探偵などを雇った場合、手に負えないと断られるか、リスクに見合う莫大な報酬を要求してくるだろう。

 つまり、ここで起こってる事は現実でも起こりうるかもしれない。

「!」

 なんだ!?

 今まで喧噪に満ちていた法廷がピッタリと静まる。

 そして目の前に置いてある資料や机――いや、傍聴席の人々や裁判長に裁判員まで色を失ったように黄色一色になり人形のように動きを止めていた!

『聞こえる~? 作戦は成功だよ~。卑弥呼ちゃんはその世界の構築を諦め、書きかけの全文を消去。ただいま意識の切り離し作業中、すぐ戻れると思うからそのまま待ってて~』

 そんな声が頭に響いてきたが、俺はずっと被告人席で泣きじゃくる勇者を見ていた。

「壱与ちゃん」

 こんなことをしても意味がないのはわかっている。ここはヒミコが作り出した世界。ここで泣きじゃくっているあの娘も本当の壱与ちゃんではない。

 わかっているんだが――


 このまま終わるのは納得できなかった。


「いつか――いつか俺が君と両親を合わせる」

 この色を失って全てが静止した世界の中であってなぜかイヨだけは今だに色彩も姿も保ったままだった。

「ほ、本当に……?」

「ああ、だからそれまで俺が――」

 それ以上は続かなかった。俺自身、家族というモノに見放されたというのになんと言えばいいのかわからなかった。

「傍にいてやる」

「守ってやる」

 どちらも違う気がした。

だから――


「信じてくれ!」


 苦し紛れで口を出たセリフがそんな白々しいモノだった。

「一つお願い聞いてくれたら信じてあげる」

「ああ、なんでも言ってくれ」

 聞き逃さないように近づき――

「――」

 俺がそのあまりにも場違いで可愛らしい“お願い”を聞いた直後――ヒミコが創りだした世界は完全に終わりを迎えた。


「……うっ」

「おかえりなさいぃ~」

 目を開けると、白衣の女――イサナさんがホンワカした声が出迎える。

「リンちゃん。すぐデータをまとめて分析にかかるよぉ~」

「……了解」

 二人のやりとりを聞き流しながら室内にある大型モニタに目をやる。

 そこではヒミコと文芸部部室の様子を映し出していたハズなのだが……いまは真っ暗になっており何も見えなくなっていた。

「あの……ヒミコどうなりました?」

「ん~? なんか乱暴にノーパソを畳むと部室を出て行っちゃったぁ~。それにしてもぉ~初回にしては大成功ぉ~! 私の理論も証明されてぁ~」

 嬉しそうに語るのを聞きながら――

「……違う」

「これでぇ~事前対策ユニットも安泰――え!?」

 違う! こうじゃない!

「……ダメ……今回のはダメだ。失敗」

 俺は拘束具の外された椅子から立ち上がりガリガリと頭を掻いた。

「え~っと……今回のって……ダメ……なんです……か……?」

「え! あ~……っと……」

 しまった! つい声に――

「もしかして、もしかして――私の理論間違ってますぅ~?」

 大きな瞳をウルウルさせ詰め寄ってくるイサナさん。

「いや~ワリィワリィ。たぶん理論は合ってるよ、間違ったのは俺」

「ほえ?」

 コテンと首を傾げ――割と子供っぽい仕草するんだな。その背後で全く同じ仕草でコテンと首を傾げてるリンって子は容姿の幼さも相まって似合っていた。

 まあ、そんな事はどうでもよくって……なんて説明すればいいのかな? う~ん……。

 とりあえず思いついたまま口を開き、

「だから――え~っと……どういえばいいのかな……? 毎回、俺そっくりのキャラが主人公になるのを利用してヒミコの思考へ俺を送り込み執筆中の物語が破綻するような行動をすれば、作者は自分自身のキャラが勝手に暴走して物語を壊したと判断して執筆を諦める――この理論自体は正しい」

 俺は一度真っ暗になったモニタを一瞥。

「今回……今回は作者のヒミコが壱与ちゃん――妹の泣き顔を執筆中に想像して書くことができなくなったと推測する。これは物語が破綻しなくても作者自身が書きたくないと投げてしまっても結果は同じという事だ。でも――」

 俺は両手で×字を作って強調する。

「このやり方はダメ。知ってるだろ? ヒミコの能力が発覚した経緯」

「あぁ~!」

「俺は資料でしか知らないけど、その一件からわかるようにヒミコにはなるべく精神的苦痛も肉体的苦痛も与えないという方針になったんだろ? その代わりに両親が人質にとられてしまったんだが……」

「いまの総理なら断固反対したんですけどねぇ~」

「本人を渡さなかっただけマシさ。それよりも『奴等』がわざわざヒミコの安全を確保するようなメッセージを添えてきている以上、できる限りそれに従うようにしないと――『奴等』は俺達よりもヒミコの能力に詳しいと考えたほうがいい」

「そうですね~。失念してましたぁ~」

 シュンとなるイサナさん。

「今回は初回だし、この方法で改変を止められるってわかっただけでも収穫だよ」

「でも、彼等が卑弥呼ちゃんの安全を指定したのはなんでしょうねぇ~?」

「さぁ~な。やってきたら直接、聞いてみたら」

 そういって俺は真上を指す。

「うちゅーじんさん。言葉通じるかなぁ~?」

 そう。一番最初にヒミコの力を知り警告をしてきたのは、どこかの国でも宗教団体でも秘密結社でもない。

 宇宙人である。

 正確には天秤座の方角に約二十光年のトコが発信源だという、そこが奴等の母星なのかどうかはわからないが人類は初めて宇宙からのメッセージを受信した。このメッセージにはDNAデータがはいっていた。調査の末、その者を特定――監視を始めた。そしてそれがきっかけでヒミコの力に気付いた。

 この全てのはじまりである宇宙人のメッセージがなければ世界各国が一介の女子高生であるヒミコに注目する事も彼女の能力気づくこともなかったであろう……。

「ま――今回はもうできる事はない」

 二人の視線はそのまま俺に注視されている?

「どうかしたか?」

「えっとぉ~……」

「……これからどうすればいいか指示を頂けますか?」

「は? 指示?」

「……はい。ボク達のリーダーは貴方ですから」

「ああ、そうなの。じゃ――イサナさんとなんだっけ? えっと……ああ、情報の解析とやらをしてくれ」

「は~い」

「……了解」

「あの……ウチはなにをすればいいのでしょうか?」

 いままで忘れていたが、隅で綺麗な正座でなにを読んでいた篠原が声を出した。

「……いまオカルト担当の貴女に出番はありません」

「だねぇ~。素人さんに機材を触らせるワケにはいかないし~う~みゅ……そうだぁ! タクマ君のボディーガードでもしてたらぁ~一応ウチの司令官だしぃ~」

「わかりました」

 こちらに向き直ると床に三つ指を付き――

「不束者ですがよろしくお願いします。貴方に仕えるという事でこれからはどうぞ月夜と御呼びください」

「あぁ……まあ、よろしく」

 握手用に差し出した手を前に深々と頭を垂れる。なにこの乙女武士みたいなノリ……。

 なにはともあれ、こうして初任務は終わ――っていなかった本当に終わったのは家に帰ってから意外なカタチで今回の初任務は終了したのだった。


「手品します」

 その日の夜――といっても夕食の後のコト、いつもだったら食器の片づけを終えてリビングでマッタリと過ごす時刻に壱与ちゃんが、どこからともなくダンボールの箱を取り出すとそう宣言した。

「ちゃららららら――♪」

 マジシャンが手品を披露するときのアノBGMを口遊みながら壱与ちゃんはダンボールの箱をこちらに開けて中を見せる。

「ご覧のとおりなんの変哲もないダンボールです。誰かの住まいでも、小型機動オモチャの戦場でもありません」

 どうもタネも仕掛けもありませんと言いたいのだろう。長く日本を離れていたせいで最近の流行を言われても俺にはわからない。

「このダンボールの箱に布を掛けて呪文を唱えると――」

 壱与ちゃんはそう言うと明らかに不自然な台の上にダンボールの箱を置き、上から一万円札がプリントされたハンカチを被せ。

「ザ○キ!」

 えぇ! 呪文ってそんな不吉なヤツ!? もっとこうなんか――「ちちんぷいぷい」とかそんな感じの……いや、スマンかった……さすがに二一世紀にもなってそんな古い呪文はないか……どうも俺の育った家には古い漫画やゲームしかなく、新しい物は買ってもらえなかったせいで俺の感性は古い。なにしろ俺の小、中学生のときのアダ名は『昭和』だったぐらいだし。

「じゃーん!! 可愛いネコちゃんが出ました!」

「お――!」

 俺の隣でパチパチと無邪気に手を叩くヒミコ。

「はい。おねーちゃんも抱いてみて」

「ふへ?」

 戸惑うヒミコの腕の中に強引に可愛いと称された――俺にはブサイ――個性的に見える猫を押し込む。

「ほらほら、モコモコだよ~」

「い、壱与ちゃん」

 強引に胸の中に押し込まれて猫は不機嫌そうに「なご~」と野太い声を上げる。 う~ん……やっぱし可愛くはないと思うが……しかし、壱与ちゃんは可愛いと思っているようだし、ヒミコも戸惑っているはいるがまんざらではない様子。

 もしや――これがブサカワというヤツか?

「ホントにモコモコ。でも――」

 ヒミコはズリ下がったメガネを元の位置に戻すと、隣にいる俺のほうを見る、豊かな胸に抱かれたブサネコがそれをマネしてこっちを見た。

「なに?」

「……飼っていい?」

「へ? なんで俺に聞く。君達のウチだろ?」

「タク兄が大人だからだよ」

「この家の家計を預かってるのはタクマさんだし、いまこの家で成人(十八歳)なのはタクマさんだし……」

「そうだよ、タク兄はアタシ達の金ヅル――じゃなかった。え~っと……親、そう! 親代わりなんだから!」

 ああ、そういえば数年前から成人年齢が引き下げられて今じゃ十八だっけ? 高校の行事で成人式をやるとか聞いたな~。つーか、壱与ちゃんのポロっとでた本音にショックだわ!!

「ネコぐらい増えても別に構わんぞ、犬より手かからんようだし――」

「やったー!! 今日からウチ子だよ! よろしくぅ~ハワード」

 壱与ちゃんはヒミコの腕からブサネコを抱き上げ言い放つ。

「待て。ハワードって、そいつにKOF――世界的格闘技大会でも開かせるつもりか?」

「なに言ってんの? タク兄。ハワード・ヒューズ(Howard Hughes)からとったんだよ。ビックになるよう願いをこめて」

 ああ、そっちね。世界の富を半分独占したといわれる大富豪の事である。

 つーか、どっちにしろネコにつける名前じゃなくねぇ? まあ壱与ちゃんらしいといえばらしいか……。

「ま、まあいいじゃねぇ――約束だしな」

「タク兄?」

「タクマさん?」

 あの時――ヒミコの妄想の中に入った世界が崩壊する時。

 イヨというか壱与ちゃんというか、もしかしたらヒミコの潜在意志だったのかもしれない……正直、誰がそれを願ったのか調べようがない。

 最近までヒミコと壱与ちゃんは別々に暮らしており、ヒミコは自宅で壱与ちゃんは海外の親戚筋に預けられていた。

 もっとも、壱与ちゃん自身は知らないハズだけど、真実は親戚などではない赤の他人に人質として預けられていた。

 そんな姉妹だからどちらが願ったのかわからない。

『帰ると暖かい夕餉の匂いに可愛いネコが出迎えてくれる、そんな場所がほしい』

 俺はその必死の“お願い”聞く事にした。

 ヒミコ風にいわせるなら、これこそ創造石の扉の選択なのかもしれん……意味はよくわからんけどな。

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