ブラックサンタとクリスマス(結晶シリーズⅣ)

イヌ吉

第1話:ブラックサンタとクリスマス

「先生、クリスマスイブはどうする?」


 10月に入った当たりから、智一はことある事にそう訊いてくる。


 付き合って初めてのクリスマス。最初智一にそう訊かれたときは、大竹は「何でイブ?25日がクリスマスだろ?」と真顔で返し、「じゃあ今まで付き合ってきた彼女とは、イブと当日、どっちでデートしてた?」と訊いたら、「クリスマスの辺りに彼女がいたためしがない」と返された。


 うぅ、なんかそれも可哀想なような……。いや、そんな先生の過去の女はどうでも良い!!そうだ!クリスマスだ!俺と先生のクリスマスだ!!


「付き合って最初のクリスマスだよ!最初!長い人生でこれから何度もクリスマスを迎えるとしても、初めてのクリスマスは今年だけだよ!」

「……2年目のクリスマスも、3年目のクリスマスも、1度ずつだと思うぞ?」

「そういう問題じゃない!」

 妙に興奮に彩られた智一の顔を見る度に、大竹は大仰に溜息をつき、「初めてだろうが何だろうが、高校生の間はしないから」と冷たく切り捨てる。


「でもまぁ、そうだな。クリスマス当日は終業式で、会議だの打ち上げ込みの忘年会だのがあるから、確かにイブの方が時間に余裕があるな。今年のイブって何曜日だ?」

「火曜日!」

「あ~、じゃあ普通に学校あるな……。その日はもうどこ行ってもだれかに会う可能性あるし……。じゃあ学校終わったらうち来て貰うんでも良いか?」

「もちろんだよ!」


 なんとなく大竹がやっつけな感じがしてそれも少々……イヤ、相当切ないが、イベントで盛り上がる先生というのもイメージと違うし、これはいつものことだと諦めるしかない。

 それでもイブを先生と一緒に過ごせるのだ。

 恋人達のメリークリスマスだ!


 智一はワクワクしながらプレゼントを選び、洋服を新調して、その日を楽しみに待った。



 ◇◇◇ ◇◇◇



 そして待ちに待ったクリスマスイブ。学校が終わると智一は速攻で家に戻り、服を着替え、いつもはフワフワととっちらかる髪をウォーターワックスでセットし、プレゼントのラッピングを指で整え、母親に「俺出かけてくるから!」と叫んで家を出た。大竹の家は智一の家からだと電車を1回乗り継がなければいけないが、それでも40分ほどで到着する。


 時間は6時45分。いつも学校を6時に出る大竹が、残業や寄り道をしていなければもう帰っているはずだ。

 チャイムを鳴らすとすぐにごそごそと音がして、学校のスーツからフォーマルカジュアルに着替えた大竹が出てきた。


「あれ?ジャケット?」


 家でまったりクリスマスをするのに、先生わざわざオシャレしててくれたんだと思うと、智一は頬を緩めてバフっと大竹に抱きついた。


「先生メリークリ…」

「挨拶は後で良いから。時間無いから行くぞ」

「は?」


 え?だって、クリスマスはどこ行っても誰かに会うからって言ったの先生じゃん?


「え?なに?ケーキでも買いに行くの?」

 大竹はコートを羽織りながらさっさとドアに鍵を掛け、智一を駐車場に連れて行く。促されるまま車に乗ってシートベルトを掛けるなり大竹は車を発進させた。どこ?どこ行くの?と慌てている智一を後目に、大竹の車は高速に乗った。


「え?どこ行くの?」

「都内だと誰かに会うから、勝沼のワイナリーのレストラン予約しといた。今から出て、8時半までにはレストラン入るから。飛ばすぞ」

「……え」


 八王子インターから勝沼まで、普通に走れば約55分。首都高はこの時間だから当然混んでいて、八王子インターまでの時間は読めない。


 ま、マジデスカ!


「な、なんで!?なんで勝沼!?あ、こないだ行ったワイナリーの、直営のとこ!?」

「お前あそこのレストラン行ってみたいって言ったじゃねぇか。それに勝沼まで行けば、さすがに誰にも会わないだろ」

「言ったけど、でもあそこ高そうだったし、第一先生車あるから酒飲めないじゃん!泊まりならともかく、明日終業式は!?」

「だから、8時半にレストラン入って、飯喰って、速攻で帰ってくるんだよ」

「マジデスカ!!」

「んだよ、1時2時までは起きてたって平気だろ?若いくせに」

「それは平気だけど、先生は平気なの!?」

「人をジジィ扱いするな」


 首都高はさすがに所々渋滞していて、大竹はそのたびにイライラと車線変更を繰り返していた。ようやく八王子インターを抜けてぐっと車が流れ出すと、大竹はもう一度「飛ばすぞ」と言い置いて、それから本当にアクセル踏みっぱなしで勝沼に向かった……。



 ◇◇◇ ◇◇◇



 予約した8時半を5分ほどオーバーして、車はレストランに到着した。


 ……よく酔わなかったな、自分。普段安全運転の先生があんなに飛ばすなんて……。


 肩で息をしながら、智一はキョロキョロと辺りを見回した。

 レストランの前には大きなクリスマスツリーが飾られ、否が応でもクリスマスムードが盛り上がってしまう。大竹は当たり前のように智一の為に店のドアを開け、先に入るようにと促してくれた。

 うぅう、女の子扱いか……? 確かに、割と先生普段からドア押さえてくれたり、先譲ってくれたりするけど……でもこんな立派なレストランで、フォーマルカジュアルの先生にこんなことされると、エスコート感がバリバリで恥ずかしいんだけど……。


 智一のそんな真っ赤な顔など意に介さないように、大竹は普段通りの顔でコートを脱いでクロークに預けた。なんだか今夜だけは、今にも大竹がコートを脱がしてくれそうで、そんなことを一瞬でも考えた自分が恥ずかしくて、智一も慌ててコートを脱いでクロークに預けた。


 大竹は予め料理を注文していたらしく、席に着くと程なくして料理が運ばれてきた。前菜と共に智一にはスパークリングワインが、大竹にはノンアルコールのそれが運ばれてくる。


「なんか、俺ばっかり飲んだら悪いみたいだけど」

「気にするな。俺がオーダーしたんだから。ほら。メリークリスマス」

 大竹がグラスを持ち上げると、智一は少し途惑ったような顔をして、それからうん、と小さく頷いて気持ちを切り替えた。それから自分もグラスを持ち上げて、「メリークリスマス」と、にっこり笑った。


「先生、こないだは面倒くさそうだったから、まさかこんなドラマみたいなクリスマスを企画してくれてるとは思わなかったよ」

「なんだよ。お前が最初のクリスマスだってプレッシャー掛けてきたんじゃねぇのかよ」

「いや、俺はおうちでまったりクリスマスでも良かったんだよ?」

「家でまったりクリスマスだと、お前もっととんでもないこと要求するだろ」


 ぎく。


「な、何のことかな~?」

「初めてのクリスマスなんだからって、お前サカるだろ?いくら『恋人達のクリスマス』でも、今年と来年は諦めてもらうしかないからな」

「……や、やだな、そんなこと考えてないよ……?」


 いや、考えてた。もちろん考えてたよ……。当たり前だよガンガンに考えてたよ……!!!

 それがこんな家から遠い所で飯喰っちゃったら、例え速攻で家帰ったって、イチャイチャする暇なんて1mmもねぇじゃんかよ!!


 策士!

 この、策士めが……!!!


 ぎっと智一が睨み上げると、大竹は一瞬ふっと口元に黒い笑いを浮かべてから、料理を口に運んだ。



 ◇◇◇ ◇◇◇



 完敗でした。

 もう、本当に完敗でした。


 お料理はすごく美味しかったです。

 ワイナリー直営だけあって、そのお料理に完璧にマッチしたワインが一緒にサーブされてきました。先生は全てノンアルコールワインで我慢していましたが、もうこのお料理はワインと一緒に食べるためにある、そしてこのワインはこのお料理と一緒に楽しむためにある、という最高の取り合わせでした。


 デザートの前に、クリスマスプレゼントをいただきました。カシミアのマフラーと手袋のセットでした。明るいブルーとグリーンを基調にしたファーガソンエンシェントタータンのマフラーは落ち着いた色合いで、それでいて地味でもなく、手触りも素晴らしかったです。手袋はバックスキンで、こちらもとても暖かいです。


 プレゼントの交換をして(ちなみに俺からのプレゼントはシルバーのキーホルダーをつけた、レザーのキーケースでした)、クリスマスツリーみたいなミニクロカンブッシュをデザートにいただく頃には、店内に残っているのは俺達だけでした。男同士でフルコースディナーを食べている俺達を、店のお姉さんがニヤニヤと見ていますが、気にしないことにしました。


 支払いを済ませて外に出ると、まるでタイミングをはかったみたいにチラホラと粉雪が落ちてきて、人のいなくなった店の前、大きなクリスマスツリーの下で、先生とチューをしました。



 ────でも、そのまま車に乗って、直接家に送り届けられました────orz



「先生!来年はもうどこにも行かないから!来年はもうどこも予約しないでよ!!!」

「なんだよ、初めてのクリスマスだからって、ロマンチッククリスマス的なの期待してたのお前だろ?」

「俺は素敵なディナーもホワイトクリスマスもいらねぇんだよ!地味クリで良いから!地味クリで良いから先生の部屋でちっちゃいツリーの飾り付け一緒にして、骨付きのチキンにかぶりついて、先生とソファでイチャイチャするのがなによりのクリスマスプレゼントだよ!!!」

「クリスマスツリーの飾り付けは、11月第4週目の木曜日、アドベント開始時って決まってるんだぞ?」

「そういう無駄なトリビアはいらないから!!」

「じゃあいくらなんでも一夜飾りは日本的にもまずいだろ」

「そのいきなり正月飾り的な発言も萎えるから!」


 何を言ってものらりくらりと逃げ回る大竹に、そもそも智一が口で勝てるわけがないのだ。


「ほら、あんまりここで騒いでるとご近所迷惑だぞ。おっと、もう日付変わったな。クリスマス当日だ。早く寝ないとサンタさんがプレゼントくれなくなるぞ?」

「俺のサンタさんは一番欲しいプレゼントは再来年まで待てとか言う、ブラックサンタだよ!!」

「何お前、ブラックサンタ知ってんの?」

「イヤ、知らないけど!」


 だから!先生は無駄なトリビアが多すぎるんだよ!!

 何だよブラックサンタって!そんなの適当に言っただけなのに、本当にいんのかよ!!


「あれ?知らない?良い子にしてないとブラックサンタはプレゼントの替わりに鞭で打ったりイヤな物置いておくんだぞ?ははは、残念だったな、設楽。来年1年は良い子にしておいで?」

「良い子にしたって、どうせ来年もブラックサンタだよ!」


 大竹はニヤリと笑うと智一の頬をつるりと撫でて、耳元に口を寄せた。


「なに設楽。お前、鞭で打たれたりするの好きなわけ?ごめんな、俺、そのスキルはないわ」


 ムカツク!マジムカツク!!何その楽しそうな、嬉しそうな顔は!!!

 クリスマスだよ!?今日は俺達が初めて迎えるクリスマスだったのに……!!!


「俺にもそんな趣味はねぇよ!!!」

「ははは、そりゃお互いに助かったな。それじゃ設楽、また明日。通知票楽しみにしてろよ?」

 そう笑い声を残して、唇に素早くキスをすると、大竹は智一を車の外に放り出し、とっとと車を出発させた。



 鬼……!!!

 まさに、ブラックサンタクロース……!!!


 ブラックサンタの乗る黒い橇ならぬ黒いRVを見送りながら、智一は今から来年のクリスマスの計画を虎視眈々と練り始めた。



 ────来年のクリスマスなんて受験直前で、大竹がまともなクリスマスなんてやってくれるわけもないという可能性も考えないままに────



 智一くんのクリスマスに、幸アレ……。




~終わり~


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明日からは大竹先生と設楽君の短編に少しお付き合い下さいませ。


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ブラックサンタとクリスマス(結晶シリーズⅣ) イヌ吉 @inu-kichi

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