6-6. 大人たち(6)
*
宿屋のドアが開いた瞬間、ユウキは勢いよく立ち上がる。その動きに一緒にいたショウとセリナがびくりとしたがユウキは構わなかった。
やってきたのは、何度も何度も要請してようやく姿を見せたスイセイだ。
「スイセイ! アキトおじさんは!?」
「あー、やっぱ駄目だな。見つかんねぇ」
スイセイの返答にユウキは大きく肩を落とす。
あのビラが撒かれたあと、ユウキは真意を聞くために伝手を駆使してアキトとの接触を図った。けれど、アキトを呼ぶ手段として教えられた洗濯物を干す方法を試しても、交流のあった人々に頼んでも、どうしてもアキトと会うことはできなかった。
「どうしてアキトさんはあんなこと……」
それは闇屋の名を
――本当はとても優しい人なのに。
人々が闇屋に対して憎しみを向けるのを目にするたびに、ユウキは悔しくなった。
だがその一方で、国に向けられていた不信感は弱まっていた。ナダに向けられる怒りは変わらずだが、自分こそが国のためにひと肌脱ごうという人々が増え、軍や警察隊の改革が一兵卒レベルからも始まったようだ。
だが、アキトがこの動きを狙っていたのだとしても、捨て身過ぎる。ユウキにはアキトの行動理由がさっぱりわからなかった。
「あきらめろ。てか、あっちの話も持ってきたが聞かねぇの?」
「……聞く」
「よし」
スイセイの力でもってしても見つけられないのであれば、アキトは本当に雲隠れしてしまったのだろう。あとはもうアキトが自ら会いに来てくれるのを待つしかない。寂しいがこればかりは仕方なかった。
そんなユウキに対し、スイセイやショウはさほどアキトの行動を気にしていないようだった。それを不思議に思いながらも、ユウキはもう一方の話へと耳を傾ける。
それは広場では聞けなかった、戦後処理や関係者の処遇などの詳細についてだった。
「まず戦後処理についてだな。んー、一部賠償金とか国境線に関しちゃ、まだ交渉中だが――まぁ、もうすぐ決まんだろ」
具体的には、メロアの手前、一の砦があった辺りをシュセンの領土とし、前回、休戦時に支払った一時金の返還が妥当だろうとのこと。また、監視の意味を兼ねた査察が、定期的にトーツに入ることになっているという。
フォルには、これまでの行為に対する謝罪と賠償金の支払いが確定している。これはシュセンの開戦時の建前に基づくものではあるが、粗雑な扱いをしていたことは事実であり、またフォルとシュセンとの友好を築くことにも一役買うことになるため、シュセンの要望により通された。
さらにフォルとシュセンとが交易するための通行許可も認められた。マカベが狙っていたのはトーツごと支配下に治めることであったが、これでも目的は達せられたことになるだろう。
また、これに便乗したロージアからは、兵器工場での健康被害の隠匿に関しての警告を受け、やはり定期的に査察を受け入れることを約束させられていた。ロージアのことであるから、他にも何か制裁を下せないか模索していることだろう。
そして、これらはレーエン協定という名で発表される予定だという。トーツはしばらくの間、この取り決めに縛られることになるそうだ。
「んで、あとは関係者の処遇か。ナダの話はもう知ってんな? このレーエン協定が出されたら、公開処刑だ。ちなみにその後釜に座んのはツグイだとさ」
軍部副官をしていたサガラ ツグイ――つまりトウマの父親が軍部長官の後任になるという。スイセイいわく、ツグイは戦闘馬鹿のため、悪事のたぐいには全く関与していなかったらしい。
「あー、あとおもしれーやつだと風の塔な」
「風の塔?」
風の塔とは、ポロボで命を落とした町の人と風捕りの慰霊のために、ポロボに建てられる塔だそうだ。国民の心の安寧のため、そしてトーツとの関係改善のために陛下が自ら提案したという。
「その建設費をな、マカベ家が厚意で全額負担してくれるそうだ」
厚意というのが建前であることは言われずともわかる。ゆえにスイセイは面白いと評したのだろう。
だが、こうなった経緯はあまりいいものではなかった。結局、マカベがポロボの隠蔽に携わった証拠は得られず、こういった罰しか下せなかったのだ。
とはいえ、国家を越えての一大事業だ。その支出がマカベ家の財産の大半を食いつぶすことになるだろうと思えば、これはお金にがめついマカベ向きの処罰だったとも言えた。
ポロボでの作戦を指揮していたウルは、その罪で密かに処刑された。査問会議が終了した翌日にはすでに処刑が済まされていたという。
また、ナダに風の実を届け、マカベとの繋ぎ役となった警部所属のイロクは、財産没収の上、僻地に左遷され、現在、刑務官として働いている。本人は左遷された理由も理解できていないという非常に憐れな結果となった。
また、捕虜として収監中のデイルは、このあとトーツに帰され、トーツ国民の前で公開処刑されるそうだ。敗戦というのが一番の理由ではあるだろうが、健康被害隠蔽の件も無関係ではないだろう。トーツの混乱はいまだ収まっていないというから、デイルはいいように使われることになるに違いなかった。
「色々不満もあるだろうが、これで勘弁してやってくれ。王はまだ若けぇしな。これから国を発展させることで報いてくれんだろ」
「大丈夫、わかってるよ」
「んじゃ、俺はこれで」
そしてスイセイはあっさりと帰っていった。
スイセイがいなくなると途端に室内は静かになった。ショウとセリナが心配そうに見守る中、ユウキは小さく息を吐く。
「ウルはもういない。ナダも、デイルも、もうすぐいなくなる、か」
これらの人の死をどう受け止めるべきか、ユウキにはまだわからない。
ただ、いつまでも思い悩んでいてはいけないのだろう。ユウキたちはこれからも生きていく。過去に縛られ続けるわけにはいかないのだ。
およそ十八年前まで、この国には一万人以上の風捕りがいた。それがわずか数年の間に、百数十人にまで減ってしまった。
たとえ元凶たる彼らが命を落とそうとも、すでに失われてしまった命は戻らない。ただそれをやるせなく思い、ユウキはそっと目を伏せた。
(第六章 完。終章に続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます