6-6. 大人たち(3)

          *

 夕方になると、外出していた語らいたちも戻ってきた。その手には今日の夕食が両手一杯に抱えられおり、あっという間に宴会となる。

 ユウキとの再会を喜んだ語らいたちは、食べる手を止めずにいながらも、競うようにして城の動きや町の様子などを教えてくれた。

 まるで昔に戻ったかのようだった。ナナシ村では、ユウキやジャンが行くといつも夜は宴会になった。ユウキたちの泊まる村の集会所に、呼んでもないのに村人と食べ物が集まり、勝手に宴会が始まるのだ。ユウキはその中心で、今と同じように、次から次へと村人たちに構われて過ごしていた。そして――。

 無意識のうちにユウキは視線を部屋の隅へと向けていた。そこに探していた姿はなく、寂しさを覚える。

 ユウキがちょうど今、視線を向けたあたり。つまり部屋の隅っこで、ジャンはいつも静かに――時々男たちに絡まれながら、グラスを傾けていた。

「おら、ユウキちゃん、これも食え。うめぇぞ」

「そうだぞ、ユウキちゃん。ユウキちゃんは細っこいんだから、もっと食って肉をつけねぇと」

 ユウキを挟む形で二人の男がやってきてユウキの前に皿を出す。

 だが一方の男の手は、胸元で山を描くように動かされており、親切そうなその言葉を見事に裏切っていた。

 そしてそれに気づいた奥さんに、すかさず鉄槌を下される。

「うおっ、痛ってぇ」

 スパン、と中々にいい音がした。思い切り頭をはたかれた男は大きく頭を揺らし、その目に涙を浮かべた。

 ユウキはすっと視線を反らし、見なかったことにする。

「っとに、男ってやつは。ごめんね、ゆうきちゃん」

「ううん、大丈夫。いつものことだから。これ、いただきます」

 内容はともかくタイミングはよかった。あのままだったら場違いにも泣いてしまっていたかもしれない。


 宴会は夜更けまで続いた。

 いつの間にか寝てしまっていたユウキは、ゆらりゆらりと揺れる優しい振動に、ふっと意識が浮上する。

「ん…ショウ……?」

 そっと目を開くと、ショウの顔を間近で見上げるという不思議な眺めが待っていた。

「もうちょい待ってな。すぐ部屋に着くから」

 ショウに抱えられて運ばれているのだと気づいたのは、部屋の扉が開けられてから。ユウキは何かショウに伝えておくことがあったのを思い出す。

「ショウ……明日、スイセイのところに……」

 ぼんやりとした頭で何とか口を開くが、油断をするとすぐに寝落ちてしまいそうだった。言い切ることもままならず、睡魔と必死に戦う。

「わかった。一緒に行く。ユウキ一人じゃ城にも入れないだろ」

「う、ん…ありがと……」

 何とか伝えられたらしいとわかると、途端にまぶたが下りはじめる。ユウキはこのままショウに甘えることにして、その睡魔に身をゆだねた。

 体から温もりが離れ、そっと柔らかな場所に下ろされる。

「おやすみ、ユウキ」

 久しぶりのベッドで、ユウキは夢も見ないほどぐっすりと眠った。


 翌朝、思いのほか早く目が覚めてしまったユウキは、他の人たちを起こさないように静かに階下に降りる。

 夜が明けて間もないこの時刻、窓から差し込む朝日は長く、そのまばゆい光は室内の中ほどにまで届いていた。

 その光の中を、ぼんやりとした様子の店主が空のトレーを持って歩いている。室内にはコーヒーの香りが漂い、店主が入れていたのだとわかった。

 昨夜は遅くまで騒いでいたにもかかわらず、もう起きている人がいるのだろうか。意外に思いながら室内を見回し、ユウキは息をのむ。

 そこにはコーヒーを飲んでくつろぐアキトの姿があった。

「アキトおじさん!?」

「お? ユウキちゃんか。おはよう」

 アキトは国境付近で別れたときよりも痩せただろうか。心持ちほっそりとしたように見えるアキトを心配しながらユウキは駆け寄る。

「こんな早くにどうしたの?」

「あぁ、それな」

 アキトの視線がすっと動き正面を向く。それを追って、ユウキは初めてアキトの向かいにも人がいたことに気づく。

「私がここに連れていってくれるよう頼んだのだ」

 口を開いたのはアキトと同年代の男だ。初対面だと思うが、どこかで見たことがあるようにも感じた。

「えっと、ここにっていうと、私たちに会いに?」

「そうだ。王の名のもと、本日、査問会議さもんかいぎが開かれることになった」

 ユウキは目を見開く。誰の、などと聞くまでもなかった。今、このタイミングで開かられるのであれば、その対象はナダでしかない。

 ナダとはもう一度話をしなくては、と思っていた。スイセイに会ってつなぎを取ってもらおう、そう考えていた矢先のことだった。

「その査問会議には――」

「ユウキちゃんたちは出れない」

 言い切る前にアキトが答えた。王の名のもとと言われて時点で予感はあった。だが、ユウキはほとんど当事者である。

「それは城で働いているショウも、公開に一役かったセリナも駄目ってこと?」

「結果は国民にも伝えられる。お前たちはただ待っていればよい」

「まぁあれだ。ここからは大人の仕事だってことだ。戦場で大変だったんだろう? ユウキちゃんたちはゆっくり休んでてくれ」

 間を取り持つようにアキトが言葉を足すが、正直なところどちらも言っていることは変わらない。

「不服か? 私も、この男も、遊離部長官も参加する。お前たちが考えてきたことは問題なく伝えられるだろう」

「なら、今日ここに来たのは……」

「お前と、うちの愚息には伝えておくべきだろうと思ったからだ」

 愚息、と首を傾げて間もなく気づく。この男性の目元はショウにそっくりだった。

「ショウの……お父さん」

 言われてみればどこもかしこも似ている。真面目で融通利かなそうな感じは少し違うが、それも挙動の一つ一つにわけてみればどこか似ている。

「あ、呼んで――」

「必要ない。ただの報告だからな。お前から伝えるので十分だ」

 本人がそういうのならいいかと思い引き下がる。ショウとはすでに再会しているはずであるし、何よりこの二人の場合、呼びに行っている間に帰ってしまいそうだ。

「そう。それで――ナダはどうするの? アキトおじさんのことだから、もう決めてるんでしょ?」

 査問会議などといっても、もはやナダの言い分が通ることはないだろう。となれば、情報も手管てくだもあるアキトの意見が反映される可能性が高い。

 でも、だからこそユウキは心配だった。

 いつものアキトなら、たとえ大変なことがあっても、辛いことがあっても、痩せるなどしてユウキに感づかせるようなことはない。それが今日は目に見えてわかるのだ。いつものアキトの状態でないことは確かだった。

 きっとアキトは何か大きな決断をしようとしている。残酷な決断をしようとしているのかもしれない。

 ユウキは恐かった。初めてアキトを恐いと思った。

「アキトおじさん……」

 無理しないでと言うのも違う。押しつけず、背負わず、公平になんて望めないことも理解している。それでも公平であればいいと思うのはユウキの甘さだろうか。

 上手く言葉にできなかった。きれいごとだけで済ませられないことはわかるし、罪はつぐなってもらわなくてはならない。ただ、それだけで終わるようにも思えなかった。

 なんともいえない不安が広がる。だが、だからといってそれを止める言葉もユウキは持たなかった。

「大丈夫だ。任せとけ」

 ユウキの複雑な思いを知ってか知らずか、アキトは普段と変わらぬ様子で請け負った。それが心配だというのに。

 そして話し足りないユウキをよそに、二人はあっさりと席を立つ。

「あ……」

「なぁに不安な顔してんだ。何も起こりゃしねぇよ」

 アキトはユウキの頭をくしゃりとかき回し、そのままドアへと足を向ける。

 先を行っていたショウの父がドアを開けた。突然差し込んだ光に目がくらむ。その光の中、アキトが不意に足を止め、振り返った。

「ユウキちゃん」

「ん?」

 逆光でアキトの表情は見えない。アキトは何か言いよどんでいるのだろうか。無言のままわずかな時間が過ぎる。

「いや、何でもない。じゃあな」

 結局アキトはそのまま背を向けて出て行った。ユウキは狐につままれたような心地になりながら、閉じゆくドアを見つめる。


 パタンと音を立ててドアが閉まった。

 ユウキは大きく息を吐き、すぐ近くの椅子を引き寄せながら腰を下ろす。そんなぐったりとしたユウキの側に、誰かがやってきて同じように椅子に座った。

「あれ、ショウ? いつからいたの?」

「査問会議が開かれることになったってとこから」

「なんだ、最初からいたんだ。隠れてないで出てくればよかったのに」

「必要ない、だろ?」

 それからユウキは床にできた影の淵を無意味に視線でなぞりながら、聞こえてくる小鳥たちの声に耳を傾けた。

 普段であれば、店支度などで賑わう時刻だ。通りから鳥の声しか聞こえないのは、おそらく昨夜はどの家も軍の凱旋を祝っての酒盛りをしていて、朝寝坊しているからだろう。

「大丈夫か、ユウキ」

「……うん。なんだろう。ちょっと力抜けた、かな」

 肩すかしを食らったともいう。少なくともユウキは軍の責任を問うためにまだ動くつもりでいた。

 それは裁きを下すことでもあるから、実際には、ユウキたちの手には余っただろう。けれどそれと全く関わらないのとでは何かが違う。

「査問会議に関われないのは、しょうがないかなって思ったんだけどね」

 小さくため息をつくと、ショウがユウキの頭をポンポンと叩いて笑った。その無言の励ましに、弱々しくではあるがユウキも笑みを返す。

「まぁ、大人は勝手だからな。こっちがどう思ってるかなんて気にやしない」

「……確かに。時々、何にもできない子どもみたいに思われてる感じがするよね」

 そして互いにクスリと笑う。事実、大人から見ればユウキたちはまだ守らなければならない子どもなのだろう。ただ、子どもらしく甘やかされた記憶の少ないユウキやショウからすると違和感が非常に大きかった。

見栄みえがあんだろ、きっと。大人として俺たちがやってやらなきゃ、みたいな」

「あぁ、なるほど。なんだ、それなら……何にも気づいてないふりして、恰好つけさせてあげればよかったんだね」

「恰好っ!」

 途端にショウが噴き出した。

 ユウキとしては面白いことを言ったつもりではなかったので首を傾げるばかりだが、爆笑しているショウを見て、まあいいかと思い直す。

「く、恰好つけさせてって…くくっ……いや、ホントそうだな」

 大きく頷きながら、ショウはしばらく笑い続けた。

 そしてショウの笑いが治まるころになると、沈んでいたユウキの気持ちも浮上していた。

「まったく、大人ってやつは」

「ね。って、あれ? ショウ、十八になったよね? もう大人じゃない?」

「あ……」

 シュセンの大半の地域では十八で成人。ショウもまた大人と呼ばれる年齢になっていた。

「仕方ないから、恰好つけさせてあげるよ」

 冗談交じりにそう言えば、ショウが降参とばかりに両手を上げた。

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