6-3. 残された人々は(2)

          *

 翌日。一旦、昼の休憩のため屋敷に戻ったショウは、出された軽食に手を伸ばす前に力尽きた。

「つ、疲れた……」

 昨日から怒涛どとうの展開続きだった。

 セリナたちとの再会を果たしたのち、ユウキや風捕りの現状を話し、今後の打ち合わせをし、そして、アキトを探しに行こうとしたところでスイセイに捕まり城へと送り込まれた。

 そこでヤマキに協力を仰いだところまではいい。大変ではあったが、まだ予想の範疇はんちゅうに収まっていた。だが、その後に関しては何がどうなったのかわからない。気づけば正装をさせられ、あれよあれよという間に城の深部へと連れて行かれていった。

 そして着いたのはなんと、国王の私室だった。初めて目にする若い国王の姿にショウが驚愕していると、その間にもヤマキと国王の間で話は進み、いつの間にかとんでもない役職を与えられることになっていた。

 臨時書記官りんじしょきかん。会議の記録を取ったり、史書を編纂へんさんしたり、はたまた、高官たちの資料を揃えたり、というのがシュセンにおける書記官の役割なのだが、ここで重要となってくるのが、頭につけられた臨時という文字。これはシュセンでは書記官以上に強い権限を持つことを意味していた。

 臨時書記官というのは、元々は、国王やそれに準ずる者が、人手の足りないときに、自分が自由に動かせる直属の文官として任命したのが始まりだ。それが転じて、今では国王や高官たちの密命で動く手足という認識が暗黙でなさていた。

 これで城内を自由に歩けますよと言ったヤマキの言葉は間違っていない。臨時書記官の職務を妨害することは上に逆らうことと同義であるのだから。

 だが、自由に出歩くを考えるだけならば、他の役職でもよかったはずだ。この役職、大抵の文官であれば自らの権限のみで動かすことができてしまうという非常に恐ろしいおまけつきだった。行動の自由を与えるために、一体どれだけの危険な権限をショウに持たせたのか、国王は本当に理解しているのだろうか。

「はぁぁぁ……」

 ショウは大きくため息をついた。こんな話、父親に言ったら大真面目に医者を呼ばれるだろう。

 その後も色々とヤマキに振り回され、帰宅できたのは夜も遅い時刻だった。にもかかわらず、次の日、誰が夜明け前に起こされると思うだろうか。

 突然の早朝の訪問。ヤマキの使いだという人物によって、まだ薄暗いうちから城へと連れて行かれた。そこで待っていたのはヤマキと、風捕り不遇の証拠を探らせていた密偵だった。初回の報告を上げにきたのだ。

 迅速な対応はありがたい。けれど、睡眠の足りていないショウには少々きつかった。むすっとした顔のまま報告を受ける。

 当然、報告を受けてそれで終わりとはならない。それから半日間。ショウはそれらしき資料を保持していると報告にあった部署を飛び回り、借り出せるよう交渉した。

 交渉とはいっても、おだて、おもねり、ときには脅し、だまくらかすのが主な手段だ。そのために交渉相手の性格や弱みなどを調べながらの作業になり、非常に時間がかかっていた。

 密偵からの報告は十を超えており、まだ半分にも達していない。それなのに、今朝受けた報告のものは今日中に回収しましょうねと、ヤマキはあっさりと言い放った。

 その結果、ショウはここでぐったりと机に伏している。もう城に戻りたくない、と本気で思っていた。

 とそのとき、背後から人の近づく気配がした。

「ヤスジ……?」

「じじいじゃねぇよ」

 ショウははっと飛び起きた。

 スイセイとは毎日報告し合う約束をしているが、それは夜のはずだ。何かあったのだろうかと不安がよぎった。

「このあと、ユウキと戦場に行くことになった」

「……うまく話をもってけたってことか。出発はいつ?」

「あー、十五分後?」

「は!?」

「ホントホント。――あ、あとな、ユウキがアキトと連絡取ろうとしてたんだが、何か上手くいかなかったっぽいから、会ったらよろしく伝えといてくれや。確か――」

 唖然としているショウに、スイセイが一方的に伝言を押しつけていく。要約すると、ユウキの味方になってくれと伝えて欲しいとのことだが、ショウの頭の中はすでに一杯だった。

「ちょ、ま、え……ええっ!?」

 昨日もこんなことがあった気がする、とショウが思ったときには、すでにスイセイは姿を消していた。ショウは椅子から半分振り返った体勢のまま、しばらく呆然としていた。

「スイセイって、前はヤマキと二人で遊離隊ってまとめてたんだよな。この暴走、誰が止めてたんだ……?」

 半ば現実逃避ぎみにショウはつぶやいた。

 文句を言いつつもしっかり段取りを組んでいたヤマキはもちろんのこと、他の隊員たち中にもスイセイを止められる者はいない。ゆえに暴走は暴走のままに全て実行されてきたのだが、ショウがその事実を知ることはなかった。

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