6-3. 残された人々は(5)
*
この日、セリナはいつものように地元の人が良く使う裏通りを軽快な足取りで歩いていた。
不安なことも心配なことも山ほどあるが、悩んでいたって仕方ない。時は待ってはくれないのだから。セリナはできることを精一杯やっている自分を認めてやって、できるだけ前向きに一日一日を過ごしていた。
「セリナちゃん! ちょっと見てくれるかい、うちの新作。セリナちゃんの言ってたロージア風っての入れてみたんだけど」
声をかけて来たのは服飾品を扱う店の女主人。ちょっと待っておくれと言って、店の中から慌てて商品を引っ張り出してくる。
「どうだい! これ!」
「わっ、もうできたの!? いいじゃない! 絶対これに合うと思ってたのよ」
「そうだろう、ホントいい目してるよ、セリナちゃ――」
「あら、セリナちゃんじゃない」
「え、セリナちゃん来てるの! ちょっとちょっと、うちにも寄ってちょうだい!」
服飾店の女主人をきっかけに、セリナが来たことに気づいた通りの人々が次々と声をかけてくる。
「セリナちゃん、これからケッキさんのとこだろ? これうちのおかず。持って行っておやり」
「いつもありがとうマリさん。ふふっ、おじいちゃんは相変わらず居眠りばかりだけど元気よ」
わずか数日という短い期間で、セリナはあっという間に町に馴染んでいた。
センリョウは元々住人の入れ代わりが多く、よそ者という意識の薄い町ではあったが、それでもこの馴染みの速さは異常と言えるだろう。
そして大通りに出ると、すぐに町民と親しくしている語らいたちの姿が目に入る。セリナは興味を引かれてしばらく見てみることにした。
「ばあちゃん! いいよ、それおれが運ぶから」
「いいんだよ。あたしゃ自分でできるんだ」
「無茶言うなよ。それでこの前、腰痛めたんだろ」
荷物を代わりに持とうとした語らいの青年の手を振り払って、老婆が荷物に手をつける。だが、老婆は荷物の下に手を入れた状態でピクリとも動かなくなった。
「ほら、言わんこっちゃない」
青年はそそくさと反対側に回り、代わりに荷物を持ち上げる。
「ふん。わたしゃ運べるって言ったんだがね」
「わかってるわかってる。おれが運びたかったの。な?」
すると老婆は口をへの字に曲げたまま視線をそらした。
「それなら運ばせてやってもいいけどね。――何やってんだい。あんたが運ぶって言ったんだ。さっさとお運びよ」
「はーいよ」
青年は苦笑しつつ、手早く荷物を運び込んだ。
そうしてひと段落すると、老婆が不機嫌そうな眼差しを青年に向ける。
「……茶でも飲んでくかい」
「あぁ! ありがたくいただくよ」
この店の老婆は頑固で口が悪いが、いい人なのだ。口の悪さだって単なる照れ隠しでしかないとこの辺りでは有名だった。
「ったく、ずうずうしいガキが」
「ガキって言われるほど子どもじゃないんだけどなぁ、おれ」
「私から見りゃガキだよ。うちの息子より若いんだから。であんた、いくつだったっけね?」
「ばあちゃん……」
セリナも何度か話したことがあるが、この老婆は結構物忘れが激しい。おそらくこのやり取りももう何度もしているのだろう。セリナは肩を落とす青年をくすくすと見遣りながら、そろそろ移動しようと物陰を離れる。
「母さん!」
そのとき、ちょうどこの家の息子が帰宅した。時刻からしてこの男もおそらく配達か何かで店を空けていたのだろう。青年の一回りどころか二回りほど年上の男性だった。
「あ、ジン君、いいところに。今、噂を聞いてきたんだが――」
「バカ息子! そんなとこで長話なんか始めるんじゃないよ!」
「わかってるよ!」
息子と老婆は青年を店の奥へと
そのあとも何人もの語らいの仲間たちを見かけた。その誰もが町の人たちの信用をしっかりと勝ち得ているようでセリナは安心する。
そうして仲間たちを遠目に窺いつつ歩いていると、いつの間にか約束の時間が迫っていた。セリナは少しだけ足を早め、ケッキの宿を目指した。
「あ、セリナだ!」
「セリナ、遊ぶぞ」
城壁の手前の角を曲ると、道草を食っていた子どもたちが駆けてきた。彼らもここ数日で親しくなったセリナの小さな友人だ。
「セリナさんと呼びなさい、悪ガキ」
「悪ガキじゃねーし」
「あ、あの、セリナさん、僕も強くなったんだよ」
そう言ってセリナの服のすそを掴んだのは、この中で最も小柄な少年だ。お遊びの取っ組み合いで負けっぱなしだったこの少年に、セリナは小柄な体格を生かせる簡単な体術を教えてあげていた。
「そう! 頑張ったのね。でも、ごめん。これからケッキのおじいちゃんの所に行かなきゃだから相手してあげられないのよ」
「えー! あっ、わかった! セリナ、負けるの怖えぇから逃げてるんだ」
「んなわけないっしょ。まだまだガキんちょには負けないわよ。っていうか、あんた、そろそろ配達の時間じゃないの? 早く帰っておかあちゃん手伝いなさいよ」
「ちぇ。セリナが来んの遅いからいけないんだぞ」
「はいはい」
ポンポンと順に頭を叩いてやると、子どもたちはやや不満そうにしながらも、散って行った。
「ところでセリナちゃん。あの話は本当かい?」
子どもらがいなくなったのを見計らったかのように、店から出てきたおじさんがセリナに尋ねる。あの話、という言葉を聞いて、セリナは内心、小躍りした。
「あの話って、もしかして――」
平静を装って尋ねたセリナに返されたのは予想通りの話だった。
このあとセリナはケッキの宿でショウと会う約束をしている。この様子ならいい報告ができそうだと微かに笑みを浮かべた。
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