5-4. 切札を手に(4)

          *

 ナダとの会談のあと、ユウキは久しぶりに空の下にいた。

 ナダと話していたときは曇天だった空も、今は薄日を射している。そんな空の様子から、ユウキは冬の終わりを感じていた。

 ユウキを連れて行くためにナダが用意していた一隊は先に出発をした。ユウキとウルは昼ごろにやってきたスイセイと合流し、間もなく出発しようとしている。

 国境近くのとりでまでは小ぶりな馬車を利用することになっていた。そこから先は馬だ。ユウキは一人では乗れないので、遊離隊員の馬に交代で乗せてもらうことになるだろう。同行する遊離隊員たちは馬車の側で荷物の最終確認をしていた。

 そんな中、ユウキは一人手持無沙汰に立っている。捕まったときに持っていた鞄は返されたが、他の必要なものは国のほうで揃えるという話で、ユウキがしなければならない旅支度はなかった。

 ユウキから少し離れたところでは、二人の男が言い合いのようなやりとりをしている。

「貴様、わかっているのか。私は軍部長官補佐だぞ」

「へぇへぇ、わかってますよ。もうずーっと訓練にも参加していない、軍部長官補佐殿ですよね。それではさぞかし戦場はお辛いでしょう? お帰りになったらどうです? それとも我々が、姫君のように大事に守って差し上げればよろしいですかね?」

 わざとらしく慇懃いんぎんな態度で話すのはスイセイ。その傍らではトウマが無言で控えている。

「ふん、さすがは野蛮な遊離隊。地位ある者の話し方も知らぬと見える。いい加減、その汚い口を閉じたまえ。どうせ剣を振るしか能がないのだ。貴様らは黙って私の護衛をしておればよいのだ」

 以前から思っていたが、このウルという男。ナダに対してはやたら低姿勢なのだが、他の者たちに対しては酷く尊大だ。

 そのあからさまな態度の違いに、他人事ながらユウキは心配になった。ざっと周囲に目を配れば、明らかに先ほどより空気が悪くなっているのがわかる。

「はっ、周りは遊離隊だらけなのによく言うぜ。やたらなこと言ったら袋叩きにされるかもとか考えねぇわけ? 長官が一人だけで寄越したのも、お前を切り捨てたからじゃねぇの? この状況、煮るなり焼くなり好きにしていいってこったろ?」

「スイセイ、貴様っ」

 実際にはウルの身の回りの世話をする従者がついているがそれだけだ。遊離隊員から反感を買ったらウルに身を守るすべなどない。

「隊長! 準備が整いました」

 怒りに身を震わすウルが何かを言おうとしたが、その前に隊員からの報告が上がった。スイセイはその途端、あっさりとウルから興味をなくし、隊員へと向き直る。

「よし。んじゃ、全員配置に着け。出発だ」

「貴様、話はまだ――」

「いいからさっさと乗れよ。どんな意図があろうが、軍部長官の命令である限り、お前は諾々と従うんだろ。あとは勝手に一人で悩んでろっての」

「くそっ」

 ウルはくるりときびすを返し、さっさと馬車へと乗り込んでいく。それを従者が慌てて追った。

 馬車に乗り込むのはウルとその従者、ユウキと揉め事防止役である遊離隊員一人を合わせた四人だ。

 ユウキはウルたちが馬車に乗り込んだのを確認してからスイセイに近づいた。

「スイセイ。原本の入手は?」

「まだだ。一旦潜入させちまうと、任務完了まで連絡は取れねぇんだ。詳しい状況はわからん」

「そう」

 スイセイをして時間が欲しいと言わしめるくらいだ。この答えは想定内だった。

「じゃあ、アキトおじさんのほうは」

「そっちも残念ながら会えなかった。一応、ショウにも言っといたから、あっちで会う機会があったら伝えてくれんだろ」

「そっか」

 ユウキはひそかに落胆する。やはり呼ぶ方法を使ったからといってすぐに会えるわけではなかったようだ。

 アキトが味方にならないなら、それはそれで仕方ない。敵でないのであればそれでよかった。ただ、ユウキはアキトにとって自分がどんな存在であったのかは知りたいと思っていた。

「娘! 貴様もさっさと乗れ。勝手なことしたら承知せぬぞ」

「――今、行きます」

 ユウキはスイセイに軽く会釈をして、そして馬車へと乗り込んだ。

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