5-4. 切札を手に(5)

          *

 数日で、国境近くのとりでへと到着した。

 ユウキが馬車から降りたとき、スイセイは何かに気づいた様子で、砦とは別の方向を見ていた。ユウキもその視線を辿たどろうとしたが、続いて降りたウルが、何が気に入らなかったのか背後で騒がしくわめき出したので、スイセイの視線もまたすぐそちらに向いてしまった。

 だが、面倒そうな顔をするだろうと思っていたスイセイは、にやりとした笑みを浮かべ、ウルの元へと足を向ける。

「あのバカはこっちで抑えとく」

 すれ違い様、スイセイはそうささやいた。単純にウルの喚きをどうこうするというだけの意味ではないだろう。ということは、監視の目をそらせておくという意味だろうか。

 ユウキは首をかしげながら、先ほどまでスイセイが見ていた辺りへと視線を向ける。

 そして、その人物を見つけた。

「アキトおじさん……」

 ユウキは一度だけ振り返り、ウルの目が自分から離れていることを確認する。

 ウルはスイセイに抑え込まれ、砦へと連行――案内されていくところだった。それを見て、ユウキはアキトに駆け寄った。

「アキトおじさん、どうしてここに?」

「ユウキちゃんに呼ばれたからな」

「そっか。来てくれてありがとう」

 ユウキはチハルでいつもしていたように、アキトの首に飛びついてギュッとする。アキトも慣れた手つきで抱き上げて、すとんと下ろした。

 いつもと変わらぬやり取りに、ユウキはアキトについて色々と悩んでいたのが馬鹿みたいに思えた。もちろん、アキトがただの親切なおじさんでないことはもう理解している。それでもユウキにとって、アキトは闇屋などではなく、ただのアキトだった。

 けれど、これだけは聞いておかなければと思っていることがあった。ユウキはアキトを信用しているが、今のままでは不測の事態が生じたときに、信じきれなくなる可能性があった。だから今のうちにその芽を摘んでおきたいと思っていた。

 ユウキはアキトを見上げ、しっかりと視線を合わせる。

「ねぇ、アキトおじさん。アキトおじさんは風捕りをなくしたかったの?」

 アキトの顔から笑みが引く。そして目を細めたアキトは小さく首を振った。

「――いいや」

 ただ一言そう答え、言い訳はしなかった。

 男の人は皆かっこつけだ。こういうときは、見苦しいくらい言い訳してもいいとユウキは思っていた。言い訳をしてくれたのなら、ユウキももっとアキトを知ることができるのだが、男の人は絶対にそうしない。

 そしてアキトもまたその不要なプライドのせいで、必要以上のとがを負おうとしていた。それがわかるがゆえに、ユウキは胸が締めつけられる。

「そっか。なら、味方になって?」

 アキトの胸の内になどまるで気づかなかったというように、ユウキは明るく軽い調子で言った。

 アキトは大きく目を見張り、けれど、すぐにくしゃりと顔を歪ませ、泣き笑いのような表情を浮かべる。

「ったく、ユウキちゃんには敵わないな」

 それは遠回しな肯定だった。それからアキトはユウキの頭へと大きな手を伸ばし、くしゃりとかき混ぜるようになでた。

 そっと上目で窺うと、アキトはふっ切れたような顔をしていた。

「それで、行くのか?」

 少しだけ心配そうな声音。アキトはどこまでもユウキを案じていた。

 ユウキはそれを嬉しく思うとともに、それがユウキを引き止めるための言葉でなかったことに密かに安堵した。アキトに止められたらユウキの覚悟も揺らいでしまうかもしれない。

「……うん、行くよ」

「何のために?」

「そんなの、考えたことない。私は私にできることをやるだけ」

 探せば理由はいくらでもあるだろう。ナダの命令を逃れるために仕方なかったとも言えるし、仲間を助けたいと思ったからだとも、ただ人が死ぬのを見たくないと思ったからだとも答えられる。ただ、どの答えもユウキは少し違うような気がしていた。

「強いて言うなら、笑っていたいからかな。私ができることをやって、それでみんなが笑えるようになれるなら、それが一番だと思ったの」

 アキトは眩しい物でも見るかのように目を細める。その表情が少し寂しげで、ユウキはまた胸は締めつけられた。

「――ユウキちゃんが尻拭いしてやることもないだろうに。真実をシュセンで明かしちまえばいい」

 アキトの様子に気を取られていたユウキは一瞬、何を言われたのかわからなかった。何度か目を瞬かせ、そして聞き返す。

「尻拭い?」

 アキトは確かにそう言った。けれどユウキにそんなつもりは一切なかった。

「ショウから聞いてるだろう。ポロボの事件を起こしたのは風捕りじゃない」

「うん、だからトーツが――」

「違う。確かにシュセンはトーツに嵌められた。だが事実、町を破壊したのはシュセンだ。それは誰がどうやって破壊したって? 国が明かした通り、風捕りが嵐を呼んで破壊したのか?」

「――あ」

 ユウキは忘れていた。そもそもポロボの事件に目をつけたきっかけはそれだ。トーツに嵌められた事実ばかりに気を取られ、そのことを失念してしまっていた。

「じゃあ、誰が」

「内通者のふりをしたトーツの軍人と会っていたのは?」

「軍部長官補佐のウル」

 それはスイセイから聞かされて知っている。今回、監視役として同行することが決まって、ユウキは内心複雑だった。

「そうだ。当時は中隊をひきいる指揮官だった。ポロボに火薬工場があるというのは、ウルが自分で入手した情報だ。普通に考えて、人に手柄を譲るようなことはしないだろう」

「じゃあ、あの作戦を実行したのはウルだったってこと?」

「あぁ。それも、上からの命令を直前に変えて、な。本来であれば、破壊されるのは火薬工場だけだった。町の人たちは捕虜にされて終わるはずだったんだ。だがウルは町の人たちからの報復を恐れ、皆殺しを命じた」

「そんな、ひどい……」

「不幸にもポロボには火薬が山ほどあった。だから、それが利用されてしまった。町を爆風で吹き飛ばし、残った家々も火に焼かれた。その火災が川から汲み上げた水で鎮火されたことで、焼け跡さえ消せれば、まるで嵐が到来したかのように見える状況になっていた。

 最初から風捕りに責任を押しつけるつもりだったのか、それとも結果的に風捕りに押しつけることができると気づいてそうしたのか――おそらく後者だろうが、町は風捕りが嵐を呼んで破壊したことにされた」

 もしポロボにあったのが火薬ではなく別の兵器工場であったなら、結果は全く違っていただろう。そこにあったのが火薬工場であったがために、町を丸々破壊するということが可能になってしまった。それはポロボにとっても風捕りにとっても不幸な事実だった。

「ついでに言うと、マカベはどうやらその現場を見ていたらしい。フォルとの取引の帰りにな。それでウルの命令違反に気づいて弱みを握った。それだけならまだ大したことなかったんだが、そのあと、ポロボの件が批難されるようになったとき、軍部長官のナダはウルをかばっちまった。それでマカベはナダに対しても脅しをかけられるようになったんだ。おそらくナダはマカベに目撃されていたことを知らなかったんだろうな。知って後悔しただろうよ。自分の立場さえ揺るがしかねない戦争再開なんていう要求を突きつけられたんだから」

 ユウキはもう声も出なかった。

 先日のナダとウルとのやり取りからすると、ナダは好き勝手できる手駒が欲しくてウルを庇ったのだろうと推測できる。だが、それは結局、自分の首を絞めることに繋がった。

 何というおろかさだろうか。報復を恐れて過剰な命令を出さなければ、その事実を隠そうなどとしなければ、ウルを正しく罰していれば、こんな大事にはならなかっただろう。

「とにかく、ポロボの町が破壊された原因は、ウルの暴走。それが真実なんだ」

 どっと疲れを感じた。こんなくだらない理由で、大勢の風捕りの命が失われたのかと思うとやるせない気持ちで一杯になった。

 そんなユウキに、アキトはあわれむような眼差しをそそいだ。



(第五章 完。第六章に続く)

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