5-3. 吉報か凶報か(2)

          *

 ――人を、殺す? 私が?

 牢に戻って、ユウキはうまく動揺させられてしまったことに歯噛みする。あのまま割って入る兵士がいなければ、ユウキはきっと頷かされていた。

 ネズミを触らせるというのはいい作戦だった。生き物を使ったことで、より生々しく死が感じられた。そのせいで、暗殺という言葉に重みが生じ、ユウキは冷静さを失った。

 運が良かった。今ユウキが言えるのはそれだけだ。だが、まだ暗殺するという未来から逃れられたわけではなかった。ユウキの戦いはまだ続いている。

「これしきの事で……」

 ユウキはうなだれた。ここに来ることは自分で決めたことだった。動揺している場合ではない。こんなことではナダたちから情報を引き出すことなどとてもできそうになかった。


 翌朝、浅い眠りから覚めて間もなく、牢に近づく足音を耳にする。ユウキははっと入り口に顔を向けた。そして姿を見せたのはスイセイだった。

「よぅ」

 スイセイは牢の前にしゃがみ込むと、格子ごしにユウキと向き合う。

「早速、会ってきたんだって?」

「――スイセイ。ねぇ。もし、私が前線に行くのに同行して欲しいって言ったら、一緒に行ってくれる?」

「んー、俺を動かすのは――」

「面白いこと、でしょ。わかってる」

 付き合いは短くともそのくらいはわかる。何せスイセイ自身がそれを隠そうとしていないのだから。それも踏まえてユウキはスイセイが来てくれるのではないかと思っていた。

 おそらくこれはスイセイの興味を引ける。だが、もし駄目だったらどうしようかと思う。今、ユウキが頼れるのはスイセイだけだった。

「この力でトーツの指揮官を殺して来いって言われた」

「へぇ?」

 スイセイの反応はあっさりとしたものだった。驚く様子がないところからすると、これはスイセイの読み通りだったということだろうか。それとも単に内心を隠しているだけだろうか。

 ユウキにその判断はできなかった。それでも何とか同意を得ようと、広間での出来事をあますことなく説明する。

 スイセイはわずかに考えるようなしぐさを見せつつも、最後まで黙って聞いていた。

「私が気になったのは最初の尋問かな。気のせいでなければ、あの人たち、おびえてたみたい。答えてくうちにその様子もなくなっちゃったけど」

「怯え、ね。あいつらが今さら風捕りに怯えるわけはねぇんだけどな」

「どうして?」

「風捕りの能力がどんなかなんて、特殊能力部隊にいるやつらで実験済みだから、脅威になる能力じゃないって、風捕り以上に知ってるはずだぜ?」

「やっぱりそうなん――あ。ねぇ、その特殊能力部隊って……」

「あぁ、知らないんだったか。ナダが言ってた部隊の者ってのがそれで、そこに風捕りもいる」

「そんな部隊が……。そこにいる風捕りって、里の人たちとは違うってこと?」

「そこそこ使えるやつを集めたみたいだな。なにより、言うこと聞くように仕込んであるから惜しいんだろ。戻って来れるかもわからない暗殺に向かわせるには」

「それって、私は捨て駒だって意味だよね?」

「おう」

 ナダの口ぶりから何となくわかっていた。だが、特殊能力部隊という存在を知って確信が深まる。ナダは成功すればもうけもの程度にしか思っていないのだ。むしろユウキがいなくなるなら失敗してもいいくらいのことを思っていそうだった。

「特殊能力部隊の人たちってここにいるの?」

「いんや。戦場に行ってるはずだぜ」

 となると、ここでユウキがどう動こうとも接触はできないということだ。ユウキは少しがっかりした。

「で、話を戻すが、つまりあいつらが怯えてるのは、風捕りの能力を恐れてのことじゃないってことだ」

「心当たりあるの?」

「心当たりつーわけじゃねぇけど……マカベ家の使いと警察隊との会話が、な」

 ユウキは首を傾げる。スイセイにしてははっきりしないもの言いだ。

「最初に俺がこの話を耳に挟んだとき、そいつらの様子がちょいとおかしかったから。なんつーか、お願い事をしてるはずのマカベ家の使いのほうが強気でなー。俺もなんかあるんじゃないかと」

 ユウキとは少し違うようだが、スイセイも気になっていたらしい。

「そこんとこはもうちょっと調べさせてみるわ」

 ユウキは頷いた。スイセイが手を貸してくれるなら心強い。

「じゃあ、一緒に前線に行くっていうのは無理かな?」

 あれもこれも調べながらというのは、器用そうに見えるスイセイでも大変かもしれない。けれど、そうなるとユウキは常に気を張り続けなくてはならなくなる。味方が味方じゃない状況で何かを為すというのは無謀に近い行動だ。

「前線ってことは、んの?」

 スイセイは目を細めて愉しそうにユウキを見た。その様子はむしろユウキが暗殺に携わるほうが面白いと言わんばかりだった。

「まさか。でも、私が逃げたところで、誰かが代わりになるだけでしょ。だったら私が何とかするしかないと思う」

 重要なのはトーツの指揮官を暗殺することではない。おそらく劣勢になっているらしいこの戦争をなるべく早く終わらせることだ。見方を変えれば何か手段が思い浮かぶかもしれない。ユウキはそう考えていた。

「ふぅん、何とかねぇ。できんの? 何とかするつってできんなら、もっと前に、他の誰かが何とかしてたんじゃねぇの?」

 ユウキの覚悟を試すかのように、スイセイは痛いところを突いて来る。

 そうかもしれないとユウキも思う。けれど、自分の生まれと、立ち位置と、今の状況だからこそできることもあると思ってる。そうであって欲しいと思っていた。

「――ショウは? 居場所がわかったから来たんだよね?」

 予想よりだいぶ早いが、牢に来るのだって容易ではないはずで、何もわからない状態で来たとはユウキは思っていない。

「あぁ。実家に帰ってるってさ。ヤガミ家。城壁内の西の区画。二の通りの三だ」

 案の定、スイセイはさらりと答えた。突然の話題転換には少し驚いたようだったがそれだけだ。

「前に言ったトーツの軍人が持ち出した書類なんだけどね。今どこにあるかはわからないけど、そろそろショウのところに届く頃だと思うの。確認して、不足があったら調べて欲しい」

「うん? 調べて? んな話じゃなかっただろ」

「ショウのしようとしてること手伝ってって言ったでしょ? だから私がショウにそのこと調べてってお願いすれば、そういう話になる、よね?」

 強引だと思いつつもそう言い張れば、スイセイは大げさに肩をすくめた。

「ったく」

「スイセイならこうなる可能性も考えてたでしょ? それに――もしかしたら、それが切り札になるかもしれないから」

 ユウキはあの書類の内容を把握しているわけではない。けれど、あの書類や将校だった頃のジャン、そしてトーツ軍の動きについて調べたら、何か面白い事実が判明するのではないかという予感があった。

 スイセイはそんなユウキの表情を見て、笑みを深める。

「しゃーねぇな」

 それがスイセイの承諾だった。ユウキの推測を聞こうとしない辺りがこの人らしいと思う。

「んで、期限は?」

「できるだけ急いで欲しい。上で起こってる騒ぎが落ち着くまで、かな」

 ジャンの銃がどれほどの騒動を起こしたかはわからないが、昨日の今日で収まっているとも思えなかった。

 威力を確認するにも誰かと取引をして弾を入手しなければならないようなことを言っていた。一晩たってしまっているのでさほど猶予はないだろうが、スイセイなら何とかしてくれるのではないかと期待する。

「あー……ってことは明日の昼くらいにゃある程度の結果出しておく必要があるか。あんたの言う書類が届いてなかったらアウトだと思うけど、そんときゃ諦めな」

「大丈夫。そのときは、ショウが集めてくれてる情報が役に立つはず」

「はいはい」

 スイセイはさらっとユウキの言葉を聞き流し、立ち上がる。ユウキは本気でそう思っていただけにスイセイの反応は少し残念だった。

「あ、そうだ。これ、ショウに渡してもらえる?」

 今にも立ち去りそうなスイセイをユウキは慌てて呼び止めた。ポケットから取り出したのは、風捕りの里の場所が刺繍されたハンカチだ。

 本当は自分から渡したくて持ってきた。けれど、今はユウキがセンリョウに来ていることの証拠にするほうが大切だった。スイセイの言葉が疑われては元も子もない。スイセイはショウに大怪我を負わせた当人の可能性が高いため、信用させる必要があるとユウキは考えていた。

 スイセイにも自覚はあるのだろう、別にいいのにと言いながらも素直に受け取った。

「じゃ、他になければ俺は戻るぜ」

「大丈夫。色々ありがとう」

 スイセイの見込みが正しければ、明日の昼には再び呼び出されることになる。昨日のように動揺することがないよう、ユウキは気を引き締めた。

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