5-1. 訪問者(4)

          *

「っていうか、ユウキ。少し荷物整理しなさいよ。これからここで暮らすんだから、鞄から出しておいたほうが便利でしょ」

 ピアスを探すために散らかした荷物を見下ろして、セリナがため息をつく。

「ま、あんたの気持ちもわからないわけじゃないからね、これまで何も言わなかったけど。でも、もう納得できたんでしょ」

「――うん」

 ユウキが荷ほどきしなかったのは、ショウに置いて行かれた現実を受け入れられなかったからだ。ショウが戻ってくるということが信じられなくて、荷ほどきをしたが最後、繋がっていたわずかな縁も切れてしまうような気がしていた。

 けれどその問題はもう解決した。ショウは必ず来てくれる。だからユウキは安心してここで待っていればいい。

「じゃあ、ちゃちゃっとやっちゃいましょ。旅でしか使わないのはそのままでもいいとして――」

 セリナが種類ごとにざっくりと分けていく。それをユウキが更に分別して、棚に入れられるものは入れていった。

 着替えやハンカチ、道具類をしまうと、残ったのは非常食や薬草、小物類だ。その中に見慣れない古びた巾着があった。

「そうだ、おじいちゃんの荷物……」

 それはユウキがチハルを出るときに、何かに導かれるようにして手に取ったジャンの荷物だった。あれからずっとバタバタとしていたため、すっかりその存在を忘れてしまっていた。

 ジャンがこの北の小屋に置いて行かず、チハルに持っていくことを決めた大切な荷物。その中身を確認するのは少しだけ勇気が必要だった。

「ユウキ? どうかした?」

「あ、うん。これ、おじいちゃんの荷物なんだけど、まだ中身、見てなくて」

「あぁ、それで。大丈夫だから開けて見なさいよ」

「けど……」

「ジャンの形見でしょ? ほら、一緒に見てあげるから」

「う、うん」

 セリナに促され、恐る恐る巾着を開く。そこにはジャンの革財布と、それから――。

「あ……」

 ユウキはそれを取り出した。セリナもまた目を瞬かせる。

「風の実?」

「うん。多分これ、一番最初のやつだ。初めておじいちゃんに見せたときにあげたやつ」

 ユウキがそう言うとセリナも驚いた顔をした。形がいびつで小さく、色にもムラがある。まだ、風の実が上手に作れなかった頃のものだ。

「こっちのはきれいだよ?」

「じゃあ、それはここを出るときのやつかな。チハルに着いてからはほとんど作ってなかったし」

「そっか。おじいさん、大事にとっておいてくれてたんだ。よかったね、ユウキ」

 温かな視線を向けるセリナにユウキは笑みを返した。

 ――ほら、やっぱり、子どもを拾った人間としては、生みの親が誰かとか調べようとすると思うだろ?

 不意にヤエに着いたばかりの頃のショウの言葉が思い出された。

 もしかしたらジャンはユウキの両親を捜していたのかもしれない。そしてユウキの成長の記録として両親に見せるために、これを取っておいたのではないだろうか。

「ねぇ、ユウキ。まだ何か入ってるよ」

 セリナに言われ、再び巾着を覗き込む。そこには古びた鍵が残っていた。

 かなり小さな鍵だ。これは家の錠に使われる物より一回り以上小さく、小物入れか何かにつけられた錠の鍵なのだろうと察せられた。

「何の鍵かな?」

「何だろう。錠のついた小物入れなんてチハルにもなかったし、金庫を置くほどの蓄えもなかったし」

「ここは? この小屋にもない?」

 ユウキは困惑顔を返した。この北の小屋はチハルの家より更に狭い。家具もほとんどないため、探すまでもなく、それらしきものがないことはわかっている。

「ほら、ジャンはトーツの軍人だったんでしょ? 軍事機密とか、どっかに隠してそうじゃん!」

 ユウキはびくっとした。セリナは完全に面白がって冗談のつもりで言っているけれど、ユウキはそれが現実としてありうることだと認識していた。もしそうだとしたら、この鍵はかなり重要なものだ。逃げ出さなくてはならなくなったジャンが、その状況下でも持ち出してきたもの。

「あ……」

 ユウキはふと思い出した。この小屋には一つ、隠し部屋がある。何もないというショウの言葉を信じて改めて確認することはなかったが、もしかしたら、まだそこに何かが残っている可能性があった。

「セリナ。ちょっと来て」

「うん? いいよ」

 ユウキは立ち上がり、ベッドの近くの床を探る。ショウは見つけた地下への入り口は確かこの辺りにあったはずだ。

 けれど、しばらく探すものの、床板を持ち上げるためのとっかかりを見つけることはできなかった。

「もしかして、本当にあるの? 隠し場所」

「うん。ショウが見つけてくれたんだけどね。ショウはこの辺りを踏んで気づいたんだって」

「あの男、本当にとんでもない男ね。ユウキ、ちょっと代わって」

 ユウキがその場を譲ると、セリナが足でトントンと床を叩き始める。

「本当。ここだけ違うみたい。空間があるとかそういうのはわからないけど、こう四角く入り口が開いてたのね?」

「そ、そう」

「ちょっと床傷つけてもいい?」

「いいけど、どうするつもり?」

 ユウキが承諾するなり、セリナはナイフを取り出した。そして、その入り口にそってナイフを指し込み――。

「入った!」

 やがて、床板がはがれる境界を探り当てる。そしてそのままナイフを使って床板を持ち上げた。その下にさらに石の板があり、それを持ち上げるとようやくぽっかりとした入り口が開いた。

「空洞よりちょっと外側だったのね。手間取ったわ」

 手間取ったと言っても二、三分のこと。ユウキは少しだけセリナが心配になった。セリナも普通の女の子だったはずなのに。

「よし、じゃあ、降りてみるわよ。ユウキ、ランプ持ってきて」

「え、ちょっと、セリナ。中を照らしてみてからにしようよ」

 けれどセリナは梯子に足をかけ始める。ユウキは慌ててテーブルからランプを取ってきて、入り口を照らす。

「ん? 浅いわね。もう下に着いたみたい。ユウキも来て」

 顔を上げてそう言うセリナと、中を覗き込むユウキとの顔の距離は近い。深さは丁度セリナの背丈くらいで、ユウキは入り口から手を伸ばしてランプをセリナに渡した。

 そしてユウキも降りる。足元にわずかな弾力を感じ、ほこりかと見れば、灰のようなものが積もっていた。

 ひんやりとした地下は壁面が石で組まれ、ちょっとした広さを持っている。小屋の半分くらいはあるだろうか。ベッドを二つ並べたくらいの空間だ。

「何もないね」

 少しがっかりとした様子でセリナが言う。ユウキはじっと周囲を見回した。

 足元の灰は山になっている場所と全くない場所とがあり、壁面の石は黒く焦げている。おそらく、ここを離れる前にジャンが火を投げ込んだのだろう。ここに誰にも知られたくない秘密が隠されていたのは確かだった。

 けれど火を投げ込んだせいなのか、他には何も残っていない。この部屋の入り口には錠がなかったため、ここに錠のついた棚か何かがあるのではないかと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。

 となると、あの鍵で開けられる何かはトーツに残されたままになっているのだろうか。

「証拠隠滅、って感じ?」

「だね」

「壁に仕掛けとか」

「あるようには見えないけど。叩いてみる?」

 セリナは何だか楽しそうだった。そういえばセリナは昔から探検ごっこや宝探しが好きだったなと思い出す。

 それからしばらく、壁や足元に仕掛けがないか調べてみるが、やはり何も見つからなかった。

 ユウキは肩を落としながらも少しほっとした。ユウキには何故かこれがただの鍵ではないという確信があった。

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