2-5. 書を守る者(5)

「二十五歳以上の人しか知らないけど、二十五歳以上の人は口を割らない」

 おばあさんちに帰ってまず最初にショウが言った言葉がそれだった。

「――っていう推論をしててな。その確証を得るためにちょっと乱暴な手段だけど、試してたんだ」

「それは……風捕りについて、だよね」

「あぁ。マカベ家が動いた理由は間違いなく風捕りにあるだろ? 今後の安全のことを考えても、風捕りについて知ることは絶対に必要だと思ったんだ」

「けど、どこからそんな推論が?」

「きっかけはいくつかあるんだけど……まず、俺が子どもの頃のこと。八歳かそこらだったと思うんだけど、友だちに、リョッカっていう風捕りを捜しているって話したことがあって。まあ、子どもだからっていうのもあるんだろうけど、みんな風捕りって何? そんな特殊能力聞いたことないって言うわけだ」

 八歳にもなれば、特殊能力の有名どころは知っている。さらにその時は、ショウの友人の中に特殊能力博士というあだ名の特殊能力通がいたらしい。その友人にそんな特殊能力はないと断言されて、ショウはかなり馬鹿にされたのだという。

「俺は風捕りが存在するって知ってるわけだからむきになっちゃって。それで使用人とか、うちに来たことある大人の知人とかに声をかけて証人にしようとしたんだけど――俺が風捕り知ってるでしょ? って聞いた瞬間、全員、固まるんだ。誰も同意してくれなくて、結局、友人たちに証明はできなかった。

 あの時はよくわかってなかったんだけど、多分、みんな怯えてたんだと思う。中には「恥をかきたくないでしょうから、口にするのはおやめなさい」って忠告してくれる人もいたんだけど、それこそ例外で、大抵の大人たちは「知らない」って怒鳴って、怯えて、逃げて行った。これは家を出た後、リョッカを探して聞き込みしてたときも同じ反応だったから、俺の知り合いだけがそうだったってわけじゃないと思う」

 いくら知らないと口にしていても、感情が動いた時点で知っていると言っているようなものだ。本当に知らないのであれば、驚くことはあっても怯えることだけは絶対にない。

「――って、結構な人が知ってるってことじゃないの、それ」

「そう。今までなんで相手が怯えてることに気づかなかったんだ、ってむしろそのことに愕然としたよ。あんなあからさまな態度だったっていうのに。で、なんで今頃それに気づいたかっていうと、今回、ヤエに着いた日のことが出てくる」

「ヤエに着いた日? って何かあったっけ?」

「情報屋だよ。明かり屋と会って、色々と不審に思うことがあって。あの日、明かり屋も風捕りについて知ってるのに知らないって断言したんだ。その時は気づかなかったんだけど、今日、横になってたらさ、さっき話した大人たちの反応を思い出して。その反応と明かり屋の反応がかぶってるような気がしたんだ。まぁ、明かり屋は怯えてなかったけどな。しかも明かり屋は帰り際にもう一つ意味深なことを言ってて。――あなたもあと八年か九年早くお生まれであればようございましたね、だとさ」

「八年か九年?」

 ショウはユウキより二つ上なので生まれは導暦どうれき八四九年だ。その八年前というと八四一年。その年の出来事というと荒内海あらうちうみの大戦が始まったということくらいか。他に思い当たることはないが――。

「あ、それで二十五歳? ショウは八年早く生まれていれば二十五歳だったよね。そしたら話せたのに、ってそういうこと?」

「おそらくな。相手がいくつかなんてもっと歳をとったらわからなくなるけど、二十五くらいまでなら、それ以下の年齢の人と間違えたりはしないだろ。それにきわどい年齢の人には話さなければいいだけだからな。どうあがいても、子どもにしか見えない俺に、話してくれるはずがなかったんだ」

 ようやくユウキにも事情が飲み込めてきた。若い世代に話してはいけないという決まりか何かがあったから、風捕りを知っている大人たちも、明かり屋でさえも口にできなかったのだ。

「じゃあ、さっきのはその確認のためってこと?」

「まぁな。明かり屋の話から教えることができないっていうのはなんとなくわかってたんだけど、脅したらしゃべるかなともちょっと思ってたんだよな。結局、駄目だったけど。正直、ここまで強固にしゃべらないとは思ってなかった」

「あ、だから呪いがどうとかって言ってたんだ」

「そこも聞かれてたか。脅してしゃべらないってことは、死と同等以上の報復――罰則が課されてるってことだろ? けど、実際問題、風捕りを知っているであろう大人全員に見張りなんてつけられない。だとしたら呪いがかけられてる、とかそういう方法しかないかなと。……馬鹿な考えだと思うか?」

「うーん。確かに呪いの存在は信じてないけど……。呪いみたいなことができる特殊能力ってあったっけ?」

「いや、心当たりはないな。ただ使い方次第ではできるかもしれないと思ってる。やっぱりこれおかしいだろ? 言うな、教えるなってただ言われただけで、おしゃべりな人の口がふさげるかっての」

 いくら口止めされようとも、人の口に戸は立てられないというように、もともとはその年代以上の人しか知らない事柄であったとしても、どこからか漏れ聞こえてくるものだ。

 だからこそショウは口止めの方法を気にしている。たとえ呪いでなかったとしても、何らかの報復があると人々が信じるような何かがなければ、今の状況はありえないはずだった。

「ただ、俺たちが風捕りについて知るのはめちゃくちゃ困難だってことだけは確かだな。人相手では絶望的」

「人相手では? じゃあ、資料を探すってこと? 図書館にはなさそうなんでしょ?」

「そうなんだよなー。あー、いっそ遺跡めぐりでもするか?」

「あはは。そうだね、遺跡なら追手もいなそうだし、いいんじゃない?」

 どうしようもなくなると、思考は変な方向に向かうらしい。ユウキはショウの提案を否定せず、話に乗った。


          *

 翌日、ショウは普段より少しだけ遅く家を出た。そしてすぐに首を傾げる。

 ――いつもより見回りが多い?

 臙脂えんじの制服を着た二人組の男とすれ違ってすぐ、また別の二人組と遭遇する。これまでなまけている警察隊の姿はよく目にしていたが、こう真面目に見回りをしている姿を連続で見るのは初めてだった。

 戦争再開の噂が出回るようになったからだろうか。シュセンでも北部に位置するヤエでは間諜などを心配する必要はないはずだが、それでも警備を強化しないわけにはいかなかったのかもしれない。

 後でそれとなく探りを入れたほうがいいだろうか。そんなことを考えているうちに目的の図書館へとたどり着いた。

 ここに来るのは久しぶりだった。今日は遺跡の場所を調べに来た――というのは冗談で、最初にこの図書館に来たときに抱いた、違和感の答え合わせをしに来た。

「――やっぱり」

 背表紙をざっと眺め、ショウは頷いた。

 伝記や辞典といった種類ごとに大よその冊数を数えてみると、辞典の類が極端に少ないことがわかる。特に古い辞典は全く存在せず、真新しいものばかりが収まっていた。

 風捕りの記述がどこにもないことはもうわかっている。最初は知られていないだけかとも思ったが、そうでないことは昨夜のやりとりで確認済だった。

 ということは、風捕りの記述があった本は全て処分されたということか。おそらく、大半の辞典には風捕りの名前が載っていたのだろう。その結果、辞典の数が極端に少なくなってしまった。それが答えだ。

 ――くそっ。

 ショウは毒づいた。

 探すだけ無駄だったということだ。最初から、風捕りに関する書物などこの図書館のどこにも存在していなかった。

「…する……ま…な……」

 どこからか声が聞こえた。

 図書館であるから声をひそめるのは当然であるが、その中に感情の揺らぎが見えた気がしてショウは意識を向ける。足音を立てないように静かに声がしたほうへと近づくが、姿は見えなかった。この書架しょかの反対側にいるようだ。

「……思います。同じことが繰り返されねばいいのですが」

「それより、あれらをどうするかだ。我々とて先は長くない。また戦が始まるというのなら、扱いを考え直さねばならん」

「ですが、燃やすなど……やはり二度とあれらが日の目を見ることはないのでしょうか」

「仕方あるまい。我々は足掻あがいた。もう、あきらめるしか――」

「このまま、ではいけませんか。鍵をかけているわけですし、このままでも……」

「それで、もしも若手の職員の目に触れるなどしたらいかがする。そんなことになったら、私は後悔してもしきれぬぞ」

「そう、ですね……」

「せめて、次の戦では新たな本が対象にならぬよう祈ろう」

 二人は会話を終えると歩き出した。ショウもまたそれを追う。書架の切れ間で隣の通路へと移動し、さりげなく足音のする方へと視線を向けると、遠ざかっていく司書の背が見えた。

 ――司書。

 それが今の声の主だ。そしてそれが意味することは何か。

 ショウの心臓はバクバクと大きな音を立てていた。


 始めは何の話かわからなかった。だが、それが風捕りにまつわる本のことなのではないかと思った瞬間、会話が繋がった。そう考えれば辻褄つじつまが合い、次第にそうとしか思えなくなった。

 ショウの想像が正しければ、風捕りについて書かれた書物はまだ残されている。

 ショウは一旦引き上げ、時刻を改めて忍び込むことにした。

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