3-4. 安息の地(4)

            *

 娘らの足取りが不意に途絶えた。

 ヒサの知る最後の目撃情報は初冬。もう一ヶ月以上前のことになる。

 どうやら遊離隊にそそのかされた地元の警察隊とやりあったらしい、という情報は得られたのだが、その結果、娘を捕えたという報告はなかった。

 その話がヒサの耳に届いたのは、ちょうど主をセンリョウまで護送し、遊離隊に依頼が行ったいきさつを掴んだときのことだった。つまり、スイセイにはかられたと気づいたばかりの頃だ。

 当然、すぐに手は打った。各地の警察隊に、遊離隊からの協力要請には一切応じないようにとイロクに通達を出させた。結局、間に合わなかったわけではあるが。

 ただ幸いなことに、遊離隊はもうこの件から手を引いている。それは開戦準備が本格化したためだった。

 いくら自由気ままに振る舞う遊離隊と言えども、国王からの勅命ともなれば逆らえない。特に遊離隊は身軽な隊であるという特性から、一番最初に出動命令が下される。緒戦では先遣隊せんけんたいを任され、本隊が参戦する頃になると、本来の遊撃の任務に戻る。

 そんな遊離隊が呼び戻されたということは、あと半月もすれば戦争が再開されるということだ。

 マカベ家でも戦争再開に向けての準備が始められている。主に、壊れやすく貴重な商品を移送するという面で。マカベ家で取り扱う商品の中には国宝級のものも混ざっているため、間違っても戦争に巻き込まれ、失うわけにはいかなかった。

 そんな状況であるから、マカベ家警備隊の人員にも余裕がなく、この件は、ヒサ自ら馬を駆って確認することになった。

 山間やまあい街道を北上している途中、ヒサは通過しようとした町で異変を察知する。異変というには大げさかもしれないが、町を取り巻く空気に違和感を覚え、手綱を引いた。

 そこはサシエという名のあまり大きくない町だった。

 ――何だ?

 長年警護の職に就いていた者としての直感が働いた。部下に馬を任せ、自らの足で町を見て回る。

 するととある店の前で、こそこそと話をする二人組を見つけた。ヒサより少し年長の男たちだ。ヒサは建物の陰に身を隠し、そっと耳をそばだてた。

「――あいつ、無事だったらしい」

「え、あいつも? あれだけおおっぴらに叫んで……もう一ヶ月だぞ? 前は確か三日以内に消されてただろう?」

「あぁ。だから無事、って言ったんだ。たぶん、もうあいつに裁きが下されることはねぇよ。思い出さねぇか? 前にこんなこと言ってた奴がいただろ?」

 男がさらに声を低めて続ける。

「能力者の耳は常にすべての町を見張っているわけじゃない。全てを見張れるだけの耳なんてこの世に存在しない、ってな」

「いや、だが、確かそれを言ったやつは死んだだろ?」

「たまたまだったのかもしれない。俺はそいつの言ってたことが正しかったんだと思ってる。でなけりゃ、俺たちだって今生きてるはずねぇだろ」

「そう、か……。あいつが食堂であの言葉を口にしたときは、俺も死を覚悟したが……じゃあ、俺たちは生きられるんだな?」

「あぁ。――風捕りなんて、もう怖くねぇよ」

「ばっか。お前……」

「大丈夫だって。今までの怖がり方が異常だったんだ。人間なんざ星の数ほどいるってのに、当たる確率がどれほどだつーの」

「んなこと言ってんじゃねぇって。子どもらに聞かれてみろ。承知している俺らはいいが、子どもらは……どこかで何も知らないまま死ぬぞ」

 ヒサはその会話を聞きながら、密かにため息をついた。

 この町の空気がおかしかった理由はわかった。そして、これまで絶対的だった情報規制にほころびが出始めたのだということもまた。

 これに関してヒサは、以前からいつかは崩れ去るシステムだと思っていた。むしろおよそ十三年もの間、よく持ったとさえ思う。この情報規制が国から布告された当初は気づかなかったが、実例が積み重なることで、そのシステムの穴は次々と浮彫になっていった。

 気づく者は気づいていただろう。ただ、あの闇屋の采配であるという噂があったがために、多くの者は気づかないふりをしていた。何か裏があるのかもしれないと警戒し、国の方針に従っていた。

 闇屋というのはその名前だけでも大きな力を持つ。一部の無知な者たちは、闇屋をただの情報屋と勘違いしているようだが、闇屋は情報でもって裏社会を制する者。情報屋などという生ぬるいものではなかった。闇屋は完全無欠の情報暗殺者だ。

 そんな闇屋であるから、闇屋の采配だと噂される状況で、こんなもろい手を打つとは誰も考えていなかった。

 だが、その後も闇屋の采配であるという噂は消されていない。もしこれが間違いであったのなら、闇屋は即座に消しているだろう。それこそ闇屋の得意分野だ。にもかかわらず噂が消されていないということは、やはり闇屋が打った手であるということか。

 事実がどうであれ、すでにさいは投げられてしまった。制裁が絶対でないということが民に知られてしまった以上、このシステムが完全に崩れ去るのも時間の問題だろう。

 時代が変わろうとしていた。否、止まっていた時が動き出そうとしていた。

 きっかけは、まだ若い一人の娘。

 決して我が家のせいだとは言わない。主が娘に目をつけたことで、確かに展開は早まったかもしれないが、たとえ主が娘を放っておいたとしても、遅かれ早かれ同じような状況におちいっていたはずだ。

 これは運命だった。誰にも動かすことのできない天による定めだ。

 ヒサは男たちが会話していた店の側を離れ、風に飛ばされる落ち葉を目で追った。

 この風が運ぶのは、幸福か、それとも破滅か。

 ――願わくは、我が家にとっての最良の結末を。

 視界から消えゆく落ち葉を尻目に、ヒサはサシエの町をあとにした。



(第三章 完。第四章に続く)

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