2-2. 必要な会話(3)
*
ショウはしばらくの間ぼんやりとそれを
――朝まではまだ時間があるな……。
夜遅くにユウキと火の番を代わった。朝まで寝ていていいと言われたが、もう一度交代してもいいかもしれない。
ぶるりと体を震わせて、違和感を覚える。
何故こんなに寒いのだろうか。そして何故、体が重いのだろうか。これではまるで薬を盛られたかのような――。
「ユウキっ!」
ショウは飛び起き、たき火へと視線を向ける。だがそこに、火の番をしているはずのユウキの姿はなかった。
たき火はほとんど消え、火種が灰の中で
その時、雲間から細い月が顔を出した。ショウはすかさず周囲へと目を配る。辺りを確認するのなら、わずかでも月明かりのある今を逃すわけにはいかなかった。
人が争った形跡はない。ユウキも眠らされて連れて行かれたということだろうか。続けて、他に残されたものはないかと見回し、目を見開く。
ユウキの荷物がなくなっていた。
追手がわざわざ荷物を持っていくはずがない。それにたとえ持って行ったとしても、こうも見事にショウの荷物だけを置いていけるはずがなかった。荷物は一ヶ所にまとめていたのだから。
「あの馬鹿が。俺は気にしてないって言ったのに」
柄にもなく毒づくと同時に、
ユウキは連れ去られたのではない。自らここを出て行ったのだ。その理由は明白だった。ショウに迷惑をかけまいとしたのだろう。
ショウに薬を盛ったのも間違いなくユウキだ。森育ちと言っていたから薬草に詳しくてもおかしくない。この辺りで採取した遅行性の眠り薬か何かを食事に混ぜ、いや、
状況はわかった。わかりはしたが――。
ふつふつと怒りが沸いてきた。
ショウは誠心誠意、言葉を尽くして伝えたはずだ。そのショウの想いが全く伝わっていなかったのだと思うと悔しくて仕方なかった。
ユウキはほとんど月明かりもないこの暗闇の中、どこに向かっただろうか。
まっすぐにヤエの町へと向かってくれていれば追うことは難しくないが、ショウから離れようとしているならヤエに向かったとは考えにくい。
ショウはたき火に水をかけ、完全に消すと、注意深く周囲の
来たときのものや
果たして、いくつ目の足跡だろうか、それがこれまでとは違う方向に続いているのを見つけた。それは街道とは反対の、林の奥の方へと続いていた。
わずかにしか残されていないその足跡を、見失わないように気を付けながら慎重にたどる。しばらく進むとショウが初めて足を踏み入れる場所に入った。
ショウはこれがユウキの足跡だと確信して足を速める。ユウキが自ら出て行ったことはわかっているが、だからといって追手と遭遇していないとも限らない。気持ちは急いていた。
小さな足跡は時々途切れた。体重の軽いユウキでは、地面のかたい部分に足跡は残らない。だからその都度、ショウは足を止めねばならなかった。足を止め、地面を
気づけば背中にはびっしょりと汗をかいていた。体に残された薬のせいか、息切れも早い。それでもショウは休むことなく進んだ。もし休憩を取って、ぎりぎりでユウキが
そんなことを繰り返しながら、何とか道を繋げる。そしてそれは、やがて一本の巨木へと
巨木からは太い根が四方八方へと延びていた。その根と根の間、そこにユウキはいた。根は膝を抱えて座るユウキの肩の高さまであるが、風よけにはなっても熱を
カサッ
ショウが踏んだ落ち葉がかすかな音を立てる。するとユウキが跳ねるように顔をあげた。
「――あ」
「見つけた」
ユウキは少しだけ怯えるような反応を見せた。途端にショウの中にあった、荒れ狂う様々な感情が静まり、ただ安堵が広がる。
ショウはユウキの正面に膝をついて、自分より年下のその少女と視線を合わせた。ユウキは一瞬泣きそうな顔をして、それからすぐにおろおろと視線を泳がせた。ショウはユウキの真っ直ぐで強いまなざしを知っているだけに、その姿は見ていて痛々しかった。
「ユウキ、もうこんなことはしないでくれ」
ショウは
「さ、探さなくて……よかったのに」
それが強がりなのはわかっていた。先ほどの反応から、後ろめたさと気まずさ、そしてその中にわずかな安堵があったことは感じている。ユウキもまた一人になって心細かったのだろう。それが当然の感情だ。この時ショウは、ユウキがただの年下の少女なのだと実感して、いつになく穏やかな優しい気持ちになった。
「何を気にしてる? 風捕りのことを知らなかったことか? 追手がいることか?」
「……両方」
予想通りの答えだった。ショウは思案する。どう言葉にすればユウキを説得できるだろうか。できることなら、ユウキに気遣わせない形で一緒に旅を続けたい。
「――ユウキは手伝ってくれないのか?」
「手伝う……って何を?」
「俺が風捕りの里を探すのを、だよ」
「だって、私、知らな……」
「だからだよ。知らないなら探せばいい。それをユウキが手伝ってくれたら、俺は嬉しい」
「言ってる意味がわからないよ。だって、私には追手が――」
「追手のことは任せてほしい。守らせてくれないか? このくらいのことも頼ってもらえないんじゃ、男がすたるよ」
ユウキは驚いたように目を見張った。その唇が震え、
「このくらいのことって……」
震える唇がやがていびつに
「……ふ、ふふふっ」
「ユウキ?」
ユウキはしばらく笑い続けた。ショウは途方に暮れながらも、次第に気持ちが浮上した。何の根拠もないが、もう大丈夫だと思った。
「――ユウキ」
「うん?」
「俺はユウキに手伝ってほしい。ユウキは? ユウキは、俺なんかとはもう一緒にいるのも嫌か?」
「まさか」
ユウキはすぐさま首を振った。
「そんなずるい言いかたしなくても――一緒が嫌だなんて思ってないよ」
無理に言わせたかと思ったが、ユウキを見ればそれが本心からの言葉だとわかる。
「私も風捕りの里を探す。それで、風捕りがなんなのか、他の人たちにとってどういう存在なのか、聞いてみる。じゃないと私、いつまでたってもチハルに帰れない」
「よし、じゃあ決まりだな」
笑ってみせるとユウキも笑い、そして慌てて顔を
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