2-4. 屋根裏暮らし(1)
*
道は、草原の中を、こんもりとまとまった小さな森を
ユウキたちは東のツヅナミに向かう街道を
「疲れたか?」
「ちょっとね。でも、まだ大丈夫」
「この調子なら昼過ぎにはヤエに着けるよ」
「え、そうなの? なんだ、早く言ってよ」
ユウキは疲れも忘れて明るく言った。自然と足取りも軽くなる。
だが、ペースの上がったユウキにショウはついてきていなかった。気配がないことに気づいたユウキが首を傾げて振り返れば、ショウは後方で何か言いたげな微妙な表情をしていた。
「どうし――」
「なぁ、ユウキ。風の実ってやつ、今も持ってるか?」
ユウキはきょとんとした。てっきりユウキの切り替えの早さに
「風の実? ――は、多分、マカベ家に置いてきちゃったと思う。屋敷を出るとき、荷物のことまで頭回らなかったから」
「あぁ、そうか。そう、だよな……」
「欲しいの?」
あからさまに肩を落とすショウを見てそう尋ねれば、ショウは慌てて首を振った。
「え!? あ、いや……もらえるもんじゃないことはわかってるよ。ただ……チハルん時はよく見えなかったから、見せてもらえたらなって思っただけで。ほら、もうすぐヤエだし、見せてもらうなら、町に入る前のほうがいいかと思っ……たんだけど」
ユウキとしてはあげてもいいと思っていた。見せるもあげるも大した違いではないし、ショウには世話になっている。
けれど、市場でのこともある。変に目を付けられては危険だった。だから、ここは見るだけで我慢してもらおう、とユウキは決める。
「いいよ、見せてあげる」
「え、いや……持ってないんだ、よな?」
「すぐに作れるよ。多分、ここならいいのができる」
道すがらずっとユウキの髪で遊んでいた心地の良い風に、ユウキは微笑んだ。そして、道脇の石ころに飛び乗り、胸を広げる。
「あ、待……」
ショウが制止の声を上げるが、ユウキは構わなかった。
吹いているのはやや湿り気を帯びた
そんな風を、船の帆にでもなったつもりで目一杯受け、タイミングを見計らって、大きな円を描くように腕を回した。途端に風が円の中を巡り出す。
その動作を何度も繰り返しながら段々と円を狭めていくと、それにつれて円を描く手が重くなり、中の質量が増していくのがわかった。それは水を
そしてその円が手のひらで包めるサイズになったところで手を止め、ギュッと両手で握り込んだ。
やがて、手の中にコロンと何かが落ちてくる。成功だ。風の実が
どう? と手のひらを広げて見せると、ショウが
そんなショウの手を引っ張って、風の実を手のひらに載せてやる。ショウは恐る恐るといった様子で風の実をつまみあげ、光にかざした。
薄緑色をした風の実は陽の光を通して優しく輝いた。
「本当に砂糖菓子みたいなんだ。――すごいな」
ユウキはどきりとした。急速に楽しい気持ちが冷めていく。そのすぐ横で、よく得意げな顔などできるものだ、ともう一人の自分がせせら笑っていた。
「……すごくなんかないよ。だってこの能力は、ただ風を
本当に使えない――使い勝手の悪い能力だ。
どうして自分が得たのがこの能力だったのだろうと思うことがある。どうせなら、ジャンを救えるような能力が欲しかった。この能力では何一つとしてジャンにしてあげられることはなかった。
「何の役にもたたない能力……なのに、何でマカベが欲しがるんだろう」
「ユウキ……」
心配そうなショウの眼差しを受けて、ユウキはしまったと思う。ショウはいい人だからユウキが不安そうな顔を見せれば、すぐに慰めようとしてくれる。けれどユウキにそんなつもりはなかった。
「大丈夫。――私は捕まらないよ」
ふと思いついて言ってみると、ショウが不思議そうな顔を浮かべる。
「だって、捕まえるほうが専門なんでしょ? 捕まったら笑われちゃう。――私は『風捕り』だから」
ちょっとした言葉遊びだ。その方が沈んだ空気を
「いやいやいや、それ違――」
「ホントだ、風捕りだ……」
ショウの言葉など耳に入っていなかった。ユウキは新たな発見に胸を
「ね、風捕りって名前を考えた人すごいね! どうして
「え? あ、あぁ」
「風捕りは『風捕り』であって『風使い』じゃない。それをその人は知ってたんだね。風捕りは風を自在に操れるわけじゃないし、生み出すこともできない。ただ風を生き物のように捕えて放つだけ。間違っても風使いって呼べるような
だからこれでいいんだと思えた。できる以上のことを望んで、勝手に失望する必要などないんだと気がついた。この名前がすでに、風捕りであることを認めている。それ以上でもなければそれ以下でもない。
ユウキは石からぴょんと飛び降りた。
その時、絶えず草の上を走っていた風がふっと止む。途端に懐かしいような土の香りが立ち昇った。
「ショウ、使ってみなよ」
ショウの手の中を指さす。ユウキのせいで、風の実は放置されたままだ。ショウに使ってもらうために作ったのだから、使ってもらわなければ意味がない。
「割ってみて」
「あ、えーと……」
「こう、指で押しつぶすの」
ユウキは親指と人差し指とで丸を作り、その指先をつけたり離したりしてみせる。
「こうか? ……っ!?」
ショウが風の実を指先に挟み、力を入れたかと思うと途端に弾けた。
冷たく爽やか風が髪を揺らす。ちょうど風が止んだタイミングだったからこそ、それがはっきりと感じられた。
ショウは目を丸くして、石のように固まっていた。それを見てユウキは思わず噴出す。
途端にショウが我に返って、眉を寄せた。
「おい、笑うなよっ」
「えー? だってショウ、驚きすぎなんだもん」
くるりと回ってショウの先を行く。
胸の中の不安も不満も完全に払拭されたわけではない。けれど、ユウキはそんな思いに蓋をして明るく振る舞った。
生まれ持った特殊能力は変えられない。できないことばかりが目について、苛立ちが抑えられなくなることもある。けれど、他の人たちも同じような想いを抱えてきたのだと思えば、あきらめもついた。
ユウキは特殊能力に頼って生きてきたわけではない。一人でだって生きられるだけの力はジャンから与えられている。後悔ばかりするのはやめようとユウキは決意した。
そんなユウキの後ろでは、ショウが深く考え込んでいた。ユウキが前を向くと同時に表情を消したショウの脳裏には、わかりそうでわからない不快な違和感が広がっていた。
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