2-3. 遊戯のはじまり(1)

          *

 スイセイは遊離隊ゆうりたいの部下を連れて、首都センリョウから最北の町チハルを繋ぐ街道を北上していた。

 この街道は、シュセンを東西に分断するタット川に沿って作られ、西へと大きく湾曲わんきょくしている。チハルまでの最短ルートではないが、広く、大人数で進むのに適しており、自然と軍隊や隊商たいしょうが使う主街道となった。

 だからというわけではないが、センリョウを出てしばらくの間は石畳が敷かれていた。だがそれも、いつの間にかむき出しの地面へと変わっている。こういった変化が首都とそれ以外との格差を如実にょじつに表していた。遠征が多い隊員たちはすでに気にも留めないが、初めて首都を出る旅人たちは、石畳のなくなった道に、首都からそんなにも離れたのかと不安を覚えるという。

 そのむき出しの地面を複数の男たちが音を立てて蹴っていく。下は十代前半から、上は三十代前半まで。青年たちは一心不乱に足を駆けさせていた。

 遊離隊員たちだ。訓練の名目でセンリョウを出て、ここまで本来であれば七日かかるところを四日足らずで走破している。しかし彼らの表情に疲れは見られない。

 ヤマキはそんな部下たちに一定の評価を与えつつ、スイセイの横に馬を寄せる。この場で騎乗しているのは隊長であるスイセイとヤマキの二人だけだった。

「一体、どこまで向かうんです?」

 スイセイはまっすぐと前を見ていた。その口角がわずかに上がる。

「あなたの秘密主義は存じてますが、私はいざというときにはあなたの代わりをつとめねばなりません。私に何も知らない無能な副官になれと言うのですか?」

「別に何も知らなくたって、うちのやつらは無能の烙印らくいんを押しゃーしねぇだろ。あいつらだって俺を知ってる」

「まぁ、そうですけどね」

 ヤマキはため息をついてあきらめた。スイセイに話すつもりがないのなら、これ以上は言葉を重ねても無意味だ。スイセイ自ら明かすのを待つしかない。

 ただ、それでもヤマキの経験からわかることもある。こういったらすような反応はスイセイの病気が始まった証拠だ。

 スイセイは面白いことが好きだ。それが物事を引っき回すようなことであればなおいい。今回もどうやらそれに適した格好の材料を見つけたらしいとわかった。

 少し先の未来を想像してヤマキはめまいを覚える。スイセイの病気によって振り回されるのは何も隊員だけじゃない。ヤマキもまたあちこちへと飛び回らされるのだ。さらに言うと事後処理なるものは完全にヤマキの仕事で、誰よりも最後まで働かされるのがヤマキの運命だった。

 だが、本当はそれも嫌じゃない。何せスイセイの手腕は見事なもので、見ているだけで感動さえ覚える。ひそかに心をおどらせながら、ヤマキはその時にそなえた。


 そのスイセイが企みの一端を明かしたのは、それから間もなくのことだった。職人の町ウンガが近づき、街道が広くなった箇所でスイセイの号令がかかる。

「全隊停止! 集合!」

 隊員らの表情が一気に引き締まる。およそ五十人もの男たちが乱れることなく素早く整列し、すぐさま隊長たるスイセイの言葉を待つ姿勢になった。

 遠征の名目はいつも訓練であったが、それだけでないことは遊離隊の隊員であれば誰もが心得ている。訓練を訓練だけで終わらせないのがスイセイだ。

「よし。今回の任務について発表する」

 ヤマキはごくりとつばを飲み込んだ。果たして自分で対処できうる範囲の任務だろうか、スイセイの期待に応えることができる任務だろうか、と緊張が身体を支配する。

 正規の流れで受けた要請であればヤマキも把握している。だが今回はスイセイがどこからか見つけてきた仕事で、だからこそ副隊長であるヤマキにまで緊張をいる。

 ヤマキの緊張が伝わってしまったのか、隊員たちの緊張もまた一層強まった。そんな張りつめた空気の中、スイセイがにやりと笑う。

「今回の任務は――ずばり、人探し、だ」

 ざわりと空気が揺れた。隊長の奇行、無理難題には慣れっこのはずの遊離隊員に動揺がはしる。

「名前はユウキ。歳は十五。大変、危険な人物らしい。詳細は追って知らせる。――トウマ」

「はい」

 トウマが素早く反応する。十代後半にして将来を嘱望しょくぼうされ、一班を任された少年だ。あとは十分な経験と精神的な強さを身につければ、どこに行っても活躍できる人材となるだろう。惜しむはやや軽率な面があるところか。だがそれも経験でまかなえばいいだけのことだ。

「これから依頼主に会いに行く。お前の班は一緒に来い。ってか、先行って到着を伝えて来い。行きゃわかると思うが、町で一番でけー家だ」

「了解しました」

 トウマの班の者、五人が一足先に動き出す。この先にあるウンガという町は、このタット川沿いのルートでセンリョウとチハルとのちょうど中間点にある町だ。染物や織物が有名で、職人の町という呼び名をかんする。

「残りはとりあえず散れ。情報が入り次第、伝令を飛ばす。どこが最重要地点になってもすぐに対応できるようにしておくように」

 それだけ指示を出すと、スイセイは話を終えた。あとは班長たちの仕事だ。行動範囲がかぶらないように調整し、それぞれの得意とする地域に勝手に散らばっていくだろう。

 集まって相談をする班長たちを後目にスイセイは従者と共にウンガに向けて出発した。ヤマキも黙ってそれについていく。

「相変わらずですね。名前と年齢だけで放り出すなんてお可哀想に。詳細はまだにしても、他にも情報は持っていたでのしょう?」

 隊員たちに同情してではなく、スイセイに嫌味を言うためにあえて口に出す。スイセイは探し人の容姿も、どこからの依頼であるかも、そして危険と言った理由さえも説明しなかった。

「どうせ追加の情報を送るんだ。必要ねぇだろ。そもそも、ありとあらゆる可能性を想定して準備しておけないような無能はいらねぇし」

「否定はいたしませんが。にしても、人探しとは珍しいですね。まさかどこかからの要請ではないでしょう?」

 こちらが本題だった。今回の任務がどう見ても単なる人探しで、スイセイが持ってくるものとも思えなかったからだ。

「そのまさかだ。警察からの非公式の要請、ってやつでね」

 これにはヤマキも驚いた。遊離隊は軍隊とも警察隊とも仲は良くない。そんな警察隊から非公式な依頼を受けるとは……。珍しいこともあるものだ――とは到底思えない。むしろ余計に怪しく思えてくる。

「そういえば……この前、次は北の方に遠征でも、とおっしゃっていましたよね」

「だっけか?」

「とぼけても無駄ですよ。こんなに都合よく北への任務が振られるわけないじゃないですか。何か仕組みましたね?」

「仕組むだなんて、人聞きわりぃな」

 不服をらしつつも仕組んだこと自体は否定していない。

 ――が、論点をずらされたことにはすぐに気づいた。またかわされたな、とヤマキは肩を落とす。

 スイセイと組むようになっておよそ二年、スイセイに対する諦念ていねんはもはやくせのようになっていた。だからまさかこの後スイセイが説明を続けるなどヤマキは思ってもいなかった。

「――…だと」

「はい?」

 ヤマキは目をぱちぱちとさせた。それから、それが話の続きだと気づき、まじまじとスイセイを見る。

「んだよ」

「――いえ、すみません。もう一度お願いします」

 未だに信じられないと思いつつも、先ほど聞き落としてしまった単語を拾わねばと、再度発言を求める。

「ったく。……さっき言った探してるやつ、特殊能力者なんだとさ。商家で預かってたやつが脱走しちまったんだと。見つけて商家に連れてってほしいってのが依頼内容だ。あー、それで……何か、その商家でしか抑えらんない特殊能力だから、警察に連れてっても被害が出るだけだとか何とか、ほざいてたな」

「あぁ……臭いますね。なるほど、あなたが好きそうな話です」

 一人で納得して頷いていると、不意に鋭い視線を感じた。ヤマキは不満一杯に振り向き、スイセイを見た瞬間固まった。

 スイセイはまるで獲物か何かを狙うかのような目でヤマキを見ていた。

「――何か?」

 一瞬抱いた恐れを、深呼吸して振り払い、何事もなかったかのようにヤマキは尋ねる。ただ嫌な予感までは振り払えず、本心ではあまり聞きたくないと思っていた。

「ヤマキ、風捕りって知ってるか?」

 途端に頭の中が真っ白になった。かろうじて驚きを表情に出さないように抑えるものの、内心の動揺はとても収まりそうにない。

 よりによってその問題を引っ張りだしてくるのかとヤマキはうなった。そしてすぐに、どうしてスイセイがその単語を知っているのかという疑問に至る。ヤマキの認識ではスイセイはそれを知っていていい人物ではない。

 風捕りの能力者が関わってくるというのならこれは手を引くべき任務だった。正規の依頼ならまだしも非公式で扱っていい内容ではない。話の流れからして、そのユウキという娘が風捕りなのかもしれないが――ヤマキは即座にその考えを頭の中から消去する。

 ありえない、ではなくあってはいけないことだった。

「今回の仕事に関係が?」

 できる限り動揺を隠して問い返すがごまかせただろうか。そう思いつつスイセイを見遣みやると、その目が面白そうに笑っていた。

 しまったと思うがもう遅い。ヤマキの返答はそれこそ知っていると答えているようなものだった。

「多分な」

 スイセイはそれを指摘することなく頷いた。

 こうなってしまっては仕方ないと、ヤマキは開き直ってスイセイに申し出る。

「では、今回、私は任務から外れさせていただこうと思います」

 さすがのスイセイでもこれは予想していなかったのだろう。片眉を跳ね上げで意外そうな顔をする。

「この任務を放棄しろと言ったところであなたはやめないでしょう?」

「まぁな。理由は?」

 ヤマキは首を振る。こればかりは口が裂けても言えない。

「隊長命令であっても?」

「えぇ。隊長命令であっても」

 お互いの視線が交錯こうさくする。これ以上粘ってもヤマキが考えを変えることはないとスイセイはわかっているだろう。そしてヤマキもまた、次のスイセイの言葉には予想がついていた。

「じゃあ、クビだ。いいな?」

「えぇ、そのように」

 ヤマキは食い下がることなく頷いた。クビになろうとも言えないものは言えない。といっても、スイセイにできるのは副隊長という役職を取り上げるところまでで、やめさせることはできないとわかっていてのことだが。

 遊離隊もまた治安局の一部だ。治安局幹部の意向で派遣されているヤマキをスイセイがやめさせることはできない。これからヤマキは戻って幹部らからの次の指令を待つことになるだろう。

 道を引き返しながらヤマキはスイセイを振り返った。スイセイは立ち止まることもなければ振り返ることなく、あっさりと先へと進んで行く。

「――隊長。あなたに覚悟はございますか?」

 独り言をつぶやいて、そしてすぐに苦笑する。

「なんて。あなたにそれを聞くのは無意味ですね。この世界のすべてはあなたにとって遊び相手でしかないでしょうから」

 スイセイを知る多くの人たちはおそらくスイセイを、ちょっと人より優秀で生意気な変わり者。いつもふざけている遊び人、と称するだろう。

 けれど、それはスイセイの一面でしかない。スイセイがいつもつけている仮面の裏を、ヤマキはほんの少しだけ知っていた。

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