無限ナースの逆襲
腹筋崩壊参謀
前編
昔々ある所に、とても大きな病院がありました。
病気を治してもらうためにたくさんの患者がここを訪れて治療を受けたり、入院しながら回復を待っているのですが、その中に「K」と言う名前の男がいました。
「ふあぁぁ……」
白いカバーや布団に包まれたベッドの上で大あくびをしている彼は、三度の飯よりバイクを乗り回すのが大好き。しかし彼の運転は非常に乱暴なもので、信号無視や速度オーバーは日常茶飯事でした。交通ルールと言う言葉は頭の辞書には存在せず、自分だけ楽しめればそれで良いと言う傲慢な考えの持ち主、それがKでした。ですが、そんな彼にとうとう天罰が当たったようで、数週間前に事故を起こしてしまった事で、この巨大病院で暮らすという羽目になってしまいました。
「全く、今日も退屈だぜ……」
毎日バイクを乗り回していた彼ですが、既にその愛車はスクラップと化し、ベッドの上で退屈な日々を過ごすしか選択肢は残されていませんでした。ただ、幸福か不幸か、病院での長い入院生活の中で彼は新しい楽しみを得ていました。
ベッドの近くにあるナースコールのボタンを押し、体調がまた悪くなったからすぐに来てくれ、と告げたKの顔は、まるで悪企みをするかのような笑みに包まれていました。
「どうしました?」
それから数十秒後、彼の元にやって来たのはこの病院で一番の美人ナースでした。短く整えた清潔そうな髪にワンピース型の制服の彼女。癒しの効果を持つというピンク色の服からは、美しい太ももの曲線美が大胆に覗いています。
心配そうな彼女の顔を見るなり、ずっとにやけていた彼の顔が急に具合が悪そうに変わりました。そして、古傷がまた痛んで歩けそうもない、だからトイレに行くために肩を貸して欲しい、と彼女に頼んだのです。
迫真の演技を見せる彼ですが、当然これは全て嘘でした。彼女に肩を貸してもらい、引きずりながら歩き続ける彼の脚は、確実に巨大な病院の床を踏みしめていたのです。どうしてこんな嘘をついてまで病院にいるのかと言うと、好みド直球な彼女にずっと面倒を見てもらえるからと言う事もありますが、それ以外にもう一つ、理由がありました。
「きゃっ!」
「あ、悪い悪い、変な位置に腕が……」
「気を付けてくださいね……」
気をつけるよ、と返したKの申し訳なさそうな顔に、一瞬だけ卑猥な笑みが見えました。まるで先程感じたお尻の感触をもう一度咀嚼するかのように。
そう、彼はこのナースに会う度に、こういったセクハラを繰り返していたのです。
既に病気は完治に近い状態なのですが、それでもKはこの病院を退院するつもりはありませんでした。体の具合が悪い、まだ足が痛む、そう言い続ければいつでもナースを呼び出し、その体を触ったり世話をしてもらう事が出来るのです。
彼のように既に治っているのにまだ入院し続ける『患者』は、各地の病院でも問題になっており、ベッド数の不足と言う深刻な問題の一員になっていると言います。しかし病院側から注意すれば、患者の方から逆に訴えられる危険性も秘めており、なかなか手を出す事が出来ません。残念ながらKの場合も同様で、いくら彼から様々な事をされても、ナースは文句を言う事が出来ませんでした。
「今日もありがとな、ちゅっ」
「ど、どういたしまして」
彼の汚い唇でキスまでされても、ナースは笑顔を崩しません。彼女が何も言い返さない弱い立場なのをいい事に、Kはますます調子に乗り続けていました。
しかし、どんな悪い事も永遠に続く事はありません。やりたい放題の彼に、再び天罰が降りかかったのです。それも、超特大の。
~~~~~~~~~~~~~
「ふあぁぁ……」
今日ものんびりと昼寝から目覚めたK。ところが、カーテンに包まれた彼のベッドの周りは妙に静かで、いつものような患者の談笑も聞こえません。明らかに何かがおかしいのですが、周りの患者はきっと退院したのだろうと気にしなかった彼は、いつもの通りナースコールのボタンを押し、美人のナースをここに呼びつけました。また今日も、彼女との会話や触れ合いを楽しみにしていたのです。しかし、いつもは数十秒で駆け付けるはずの彼女が、何分経っても来る様子を見せません。もう一度押しても、一切の反応も返ってこないのです。
「おい、どうなってやがるんだよ……」
イライラしながら、彼は何度もナースコール用のボタンを押し続けました。しかし何十回押しても何故か全く応答は無く、こちらに向かってくる足音もありません。とうとう怒った彼は、力いっぱいナースコールのボタンを殴りつけてしまいました。拳の力の前にボタンはひしゃげ、耳障りなブザー音を鳴り響かせた末に機能を停止してしまったのです。
それから少し経ち、ようやくこちらに向かってくる足音が聞こえ始めました。ずっと入院し続けているKは既に足音だけで誰がここに向かってくるのか分かるようになっています。この軽やかな靴の音は、間違いなく彼女です。
「どうしました?」
カーテンを開き、美人ナースがこちらに顔を近づけました。相変わらずの美貌や太もも、それに綺麗な形状の胸、彼はいつ見ても飽きない様子でした。そのままいつもの通り、彼女に抱きかかえられて外に向かおうとした、その時でした。彼女と反対側のカーテンがいきなり開き……
「どうしました?」
「へ?」
そこからもう一人、新しいナースが姿を現しました。ですが、その姿を見てKは自らの目を疑いました。左右から彼を覗きこむ二人のナースの姿は、胸の先から頭の上の帽子、顔に浮かべる笑顔まで、何から何まで全く同じだったのです!
「うふふ♪」「うふふ♪」
これは夢だ、そう感じたKは一旦目を瞑り耳を塞いだ後に改めてそれらを開け、周りの様子を見渡そうとしました。普通なら、先程見た光景は幻想のように消え去っているはずです。ところが、そこにいたのは――。
「どうしました?」「どうしました?」「どうしました?」「どうしました?」
――先程よりも数を増した、全く同一の姿の四人のナースでした。
一体どうなっているんだ、何が起きたんだ。混乱のあまり大声を出そうとしたKですが、自分に向けて優しく微笑む四つの顔を見て、別の考えが頭を覆い始めました。例え夢でも現実でも、美人のナースが四人もいる以上、怖がるなんて非常にもったいない。むしろこれは、何人もの彼女と「仲良く」出来る絶好のチャンスではないか、と。四人の彼女の顔や体、そして胸を見つめていた彼の顔は、色々な思惑から来る歪んだ微笑みをしていたに違いありません。
「あの、その……」
「うふふ、どうしました?」「どうしました?」「どうしました?」「どうしました?」
ユニゾンする四つの笑顔に怯みそうになりましたが、Kは足の具合が悪いので一緒にトイレまで付き合って欲しいといつものように告げました。
普段は彼女の手を借りて(本当は必要無いのですが)ベッドから立ち上がる彼ですが、今回は四方から美しい腕が伸びて様々な所を触ってくるのでKもご満悦。笑顔のままこちらを見つめてくる四人のナースに、彼の心はまさに有頂天でした。このままたっぷり四人の彼女とあれやこれや、と言う妄想で頭がいっぱいになったその時、彼のベッドを包んでいたカーテンが全て開かれました。そこに広がっていた光景に、Kの顔はあっという間に愕然としたものに変わってしまいました。
「さ、行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」
この部屋は、患者たちの寝室となっているはずです。その証拠に、Kが使用しているベッドがここにあります。しかし、カーテンで仕切られたその場所以外は……
「行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」行きましょう♪」
一人や二人どころではありません、何十人ものナースで埋め尽くされていたのです。短く整えた髪型に、ピンク色の制服や帽子、美しい太ももや胸、ありとあらゆる所が全く同じ女性たちに、Kは何重にも囲まれていました。数人程度なら自分の思い通りに出来ると考えていたのですが、こんな大量のナースに一斉に迫られるとは一切予想出来ず、身の危険すら感じる程でした。
そのまま一斉に手伝おうとする彼女に、大丈夫だから、とKは止めようしました。しかし、何十人ものナースはお構いなしに、次々と彼を補助しようと詰め寄って来ました。と言うか、もはや補助どころか患者をもみくちゃにしてしまいそうな勢いです。
「大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」大丈夫ですよ♪」
「うわああああああああああああああああああああっっっっっ!」
足や体の具合がとっくに良くなっているのを隠す余裕もないほどに焦ってしまった彼は、そのまま急ぎ足で入院していた部屋を逃げ出しました。何十もの笑顔に見送られながら……。
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