第14話 結婚より修行

「さぁ、ジュリアも疲れたでしょう。ゆっくりとお休みなさい」


 帰り道も送ってくれたルーファス王子を丁重に見送ったグロリアは、やはり年には勝てないと部屋に下がった。


「ジュリア様、ごゆっくりとお休みなさい」


 侍女達にドレスを脱がしてもらい、結った髪もほどいてブラッシングされ、化粧も落としてホッとしたジュリアだったが、ベッドに入ってもなかなか眠りは訪れなかった。


「ルーファス王子……」


 舞踏会の帰りにルーファス王子から熱い視線攻撃を受け、ジュリアの乙女心はクラッとしたのは事実だ。


 ハンサムなルーファス王子は同乗しているグロリア伯爵夫人の監視の目のせいで、積極的にアタックはできなかったが、それでも恋愛経験ゼロのジュリアにとっては十分だった。甘い言葉と誘惑する眼差しを思い出すと、ジュリアはベッドから起き出した。


 もうすぐ夜明け。王都シェフィールドは眠りについているが、ジュリアは初めての舞踏会の興奮でなかなか眠れない。今宵、一番最初に踊ったのはルーファス王子だ。大勢の人の前で失敗するのではないかとドキドキしていたジュリアをルーファス王子は上手くリードしてくれた。それに、とても感じが良い。


「でも、ルーファス王子は……」


 シルビアお嬢様の初恋相手として遠慮の気持ちもあるし、そもそも王子と結婚なんかしたら将来は王妃になるなんてジュリアには無理! と叫びたくなる相手だ。


「ルーファス王子は、明るい性格だし、嫌いではないけど……王妃なんてなりたくないわ。それにまだ結婚なんて早いわ。カリースト師に闇の精霊を呼びだす許可も得てないんですもの」


 ルーファス王子の留学や社交界デビューなどで、ジュリアの精霊使いとしての修行の時間が取れない日が多かった。巫女姫と呼ばれていた母や水晶宮の精霊使いだった父から受け継いだ血は優秀なのに、自分の意思が定まらないのが原因なのだとジュリアは落ち込む。


 この窓から眺めるシェフィールドの夜景にも闇の精霊は潜んでいるのだ。闇の精霊を呼び出し、実体化できれば、内戦の傷を負った人々を肉体的にも精神的にも癒すことができるのだ。


「どうしたら、自分に自信が持てるのかしら?」


 カリースト師から、何度も自信を持つようにと注意されてはいたが、それはジュリアにとってとても難しいことだった。祖母のグロリアは、これほど美しいジュリアなら貴公子達の熱い視線を受けて、自信を持つ筈だと、自分の経験から思い込んでいた。


 でも、貧しい農家の拾い子として育ち、常に劣等感を持ち続けていたジュリアは、今宵のように貴公子達に褒め讃えられても、それは祖父が国王だからとしか受け止められない。


「そうだわ! こんなに自分に自信がないまま結婚なんてできないわ。先ずは立派な精霊使いになってからよ」


 祖母のグローリアが聞いたら「立派な精霊使いになるまで結婚しないなんて、行き遅れになるわよ!」と怒りそうな決心をして、ジュリアはやっと眠りについた。

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