第15話 精霊達とピクニック

 ジュリアは恋愛より精霊使いになろうと目標を定めた。


「精霊使いになるには闇の精霊を使役できるようにならなきゃね」


 でも、それは自分に自信がなく恋愛からも逃げている状態では、カリースト師の許可も出るわけがなく、足踏み状態が続く結果になってしまった。


「どうしたら闇の精霊を呼び出す許可をいただけるのですか?」


 真剣な緑の瞳に見つめられても、カリースト師は闇の精霊を呼び出すのはまだ早いと首を横に振る。


「ジュリア、焦るのは良くない。もっと気持ちに余裕が出来るまでは許可はできない。それより、良い季節なのだからシェフィールドを楽しみなさい」


 水晶宮に籠もって修行をしようと意気込んでいたジュリアは、カリースト師に追い返されてしまった。その変な方向に必死な態度が闇の精霊につけ込まれてしまいそうな危うさを感じさせて、カリースト師は当分は修行から離れた方が良いと判断したのだ。


 ジュリアは、恋愛より修行! と意気込んでいたのに、通常より早く修行を終えられて屋敷に帰され、腐っていた。


「ジュリア、そんなに暗い顔をして! 若い女の子がそんな顔をするものじゃありませんよ」


 祖母のグローリアは、自分が推すマーカス卿との仲が進展しないのは諦めモードだったが、他国の王子や貴公子に孫を渡す気も更々なかった。


「お祖母様、私は先ずは精霊使いとして一人前になりたいのです。でも、修行が行き詰まっていて……」


 ジュリアが先代の巫女姫の血を引いているのは仕方ないが、グローリアは夫のゲチスバーモンド伯爵とは違い女の子の幸せは修行に明け暮れることではないと日頃から不満だった。


「貴方は若い女の子なのよ。修行は少し横に置いて、楽しまなきゃだめよ」


 ジュリアは「楽しむ?」と首を傾げる。幼い頃は、農家でお手伝いばかりだったし、その後はメイドとして働いていた。こうしてゲチスバーモンド伯爵の孫娘として暮らしていても、どこか貧乏性なジュリアは楽しむとはどんな事なのかもわからない。


「でも、お祖母様……北部はまだ内乱から立ち直っていませんし、南部だって……」


 サリンジャー師だって北部の復興に尽力なさっているのにと、ジュリアは楽しむなんて良くないのではと躊躇う。


「ええ、確かに内乱から立ち直ったとは言えません。でも、貴女が暗い顔をして楽しまなかったから、復興は早まるのかしら?」


「それは……でも……」


 ジュリアが悩んで暗い顔をしていても復興の役には立たないのは確かだ。さりとてお祖母様の勧める貴公子達とのピクニックやパーティに行く気にもなれず、ジュリアは自分が何をすれば良いのか悩んでいた。


『ジュリア、なんでそんなに暗い顔をしているの?』


 庭のバラの花びらを頭の上から振りかけて、マリエールが問いかける。


『マリエール、お祖母様は楽しく過ごしなさいと仰るのだけど、北部の人達はまだ内戦の影響で苦しんでいるのに良いのかしらと思って……』


 まだ幼い精霊のマリエールは、難しい政治の話なんか興味が無い。


『ジュリアが暗い顔をしていたら、北部の人は喜ぶの? 人間は変ね?』


 ジュリアは、精霊にこの胸のモヤモヤをどう伝えれば良いのか困る。


『それは……私は、北部の人達が苦しんでいるのに、お気楽にピクニックになんか行く気にならないってことなのよ』


『ピクニック! 素敵じゃない!』


 楽しそうだと興奮したマリエールに触発されて、あちこちから精霊達が集まってくる。


『ピクニックに行くの?』


 口々に尋ねられるが、ジュリアは『行かないわよ』と説明するのに疲れるぐらいだ。


『私には行かないと言って、マリエールとだけ行くのでは?』なんて、勘ぐる精霊すらいる。


『私はピクニックには行かないわ。だって、そんな気分じゃないんだもの』


『なんだ! ピクニックには行かないのね。でも、行く気になったら教えてね!』


 集まった精霊達に『ピクニックに行く時は教える』と約束して、やっと解散してもらい、ホッと一息ついたジュリアだったが、祖父が部屋に飛び込んで来て、ソファーの上でビクンと飛び上がった。


 王宮から帰ってきた祖父のゲチスバーモンド伯爵は、息子ほど精霊使いとしての才能は無かったが、屋敷に群がる精霊に驚き、屋敷の階段を駆け上がり、孫娘の安否を確認したのだ。


「ジュリア、お前が精霊を集めたのか? 何か大変な事態なのか?」


 ジュリアは祖父の剣幕にビックリして、おどおどと説明する。


「あっ……お祖父様、お帰りなさい。別に何も……精霊達がピクニックに行くと誤解しただけなの」


 王宮から帰宅した途端、孫娘の部屋へ闖入して騒いでいる夫にグローリアは眉を顰めた。


「貴方、何を騒いでいらっしゃるのですか? いくら祖父だとはいえ、レディの部屋にいきなり飛び込んで騒ぐなんて、礼儀はどこに置いていらっしゃったのかしら?」


 永年連れ添った妻にチクリと嫌味を言われて、ゲチスバーモンド伯爵も顔を少し赤く染めた。


「いや、それは……お前にはわからなかっただろうが、屋敷にいっぱいの精霊が集まり、それが散っていったから……この様な異常事態で、私はジュリアに何かあったのかと……まぁ、精霊がジュリアに何かするわけでは無いが」


 グローリアには精霊使いの素養は無いが、推理力はある。夫があたふたと言い訳するのを聞きながら、精霊に愛されている孫娘に自分が「ピクニックに行ったら」と言ったのを盗み聞きしたいつも側にいる精霊マリエールが『ピクニック!』とか騒いで、それを聞きつけ大勢が集まったのだろうと笑った。


「だいたいわかりましたわ。ジュリア、精霊達がピクニックに行きたいと騒いだのでしょう。精霊使いは、いつも精霊を使役しています。たまには精霊を楽しませるのも良いのでは? ねぇ、貴方もそう思うでしょ?」


 どうやら水晶宮での修行が行き詰まって悩んでいる孫娘には気分転換が必要だと、グローリアは強引にピクニックを勧める。


「そんなぁ……北部が……」


 まだ、うだうだ言っているジュリアなんかグローリアにかかっては赤子の手を捻るようなものだ。夫に有望な貴公子との顔合わせになると目で合図を送る。


「そうだ! 精霊使いは、精霊への感謝を忘れてはいけない。ジュリアは精霊に愛される巫女姫なのだから、人一倍、精霊を大切にしなくてはな!」


 こうして、ジュリアは精霊達とピクニックに行くことになった。

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