第3話 緑蔭城の夏休み
イオニア王国の南部に位置する緑蔭城は、ジュリアの帰還を喜んだノームがバラを満開にさせたので、薔薇城と名前を変えなくてはいけないと領民逹が見上げて笑うほどだ。
「ジュリア様がずっと緑蔭城にいたら良いのにと、皆が言ってますわ」
侍女のルーシーは、シェフィールドからの荷物をほどきながら、噂話を披露する。隣国のルキアス王国出身のルーシーだが、すっかりゲチスバーモンド伯爵家に馴染んでいる。
「私も精霊使いの修行が終わったら、ずっと緑蔭城で過ごしたいわ。どうも都会には慣れなくて……」
母方の祖父であるエドモント王や叔父のレオポルド王子は、優しくて、会うと楽しいとは思うが、やはり王宮はジュリアには落ち着かない。まして、秋には社交界デビューすると聞かされて、ナーバスになっていた。
「まぁ! そりゃあ緑蔭城は美しい城ですし、気候も過ごしやすいですけど、首都のシェフィールドはあんなに素敵ですのに! 虹がかかる空に、バラが一年中咲いているんですよ。それに、秋には社交界も復活するだなんて、楽しみですわ」
侍女として腕の見せどころだと張り切っているルーシーだったが、その社交界やパーティが苦手なのだと、やっと溜め息をついているジュリアを見て気づいた。
「まさか、まだ自信がないのですか?」
ベーカーヒル伯爵家にメイドとして仕えていた頃は、ガリガリの緑色の目ばかり目立つ不器量な女の子だったが、今ではすらりと背の高い美少女になっていた。しかし、本人の美少女の基準は、シルビアお嬢様なのだ。プラチナブロンドに水色の瞳、ふわふわのレースのドレスが似合うお人形みたいに可愛いシルビアを知っているジュリアは、どうしても自信が持てない。
「あまり気にしないようにはしているけど……美少女では無いわ」
ルーシーは、昔の劣等感を引きずっているジュリアの背中を叩いてやりたくなった。お砂糖菓子のような美少女ではないが、すらりとした緑の瞳が印象的な美人なのに。
「まぁ、そんな事を言っていると伯爵夫人に叱られますよ。さぁ、くよくよしないで夏休みを楽しみましょう」
手早く荷物を片付けると、外に出ようと誘う。ジュリアも水晶宮での精霊使いの修行と、厳しいグローブ先生にしごかれていたので、夏休みはのんびりしたいと思っていた。
「そうね、海を見に行きたいわ!」
常に侍女を連れて歩かないといけないのは、初めは窮屈に感じていたが、今では普通になっている。メイドの時から知っているルーシーだからかもしれないと、ジュリアは感謝しながら城の門へと向かう。
空からマリエールがくるくると風と共に舞い降りる。
『ねぇ、何処へ行くの?』
ジュリアはマリエールを抱き止めて、これから海へ行くのだと笑いながら告げる。
『なら、一緒に行ってあげるわ』
マリエールなりに役に立ちたいと思っているのだろうが、海のウンディーネと会うつもりだったので、邪魔をしないかなと肩を竦める。
「ジュリア様、どちらに行かれるのですか? お供しましょう」
緑蔭城の門で、城代のマーカス卿に出会った。
「ジョージ様、お祖父様と色々とお話があるのでは?」
ゲチスバーモンド伯爵が久し振りに領地に帰ったのだから、留守中の報告などで忙がしいのでは? とジュリアは怪訝に思う。
「伯爵が帰られたので、近所の貴族や豪族達が挨拶に来ています。私は留守を護る城代ですから、伯爵が緑蔭城におられる間は暇なのですよ」
にこやかにエスコートを申し出られたら、ジュリアも断る気にならない。ジョージは、目ざといグローリア伯爵夫人に、孫娘のお守りを言いつけられたのだ。祖母としては、年頃の令嬢であり、エドモント王の孫娘に、変な男が近づくのを警戒しなくてはいけないのだ。挨拶に訪れた貴族逹をもてなさないといけないので、ジュリアに付いて行けないが、信頼できる身内を側に張り付かせる。
ジュリアは、ゲチスバーモンドの町を海に向かって降りて行く。領民逹は、伯爵令嬢のジュリアに軽く会釈をするので、それに応えながら歩く姿は人目を引いた。
「あれがゲチスバーモンド伯爵の孫娘なのか」
貴族や豪族、そして騎士階級の男逹には、緑蔭城の跡取りであるジュリアは魅力的な結婚相手だ。ジョージは、そんな打算的な視線からジュリアを護りたいと感じて、港ではなく鄙びた海岸へと降りる道を選んだ。
「少し遠くなりますが、海岸の方が良いでしょう」
この一年はシェフィールドで暮らしていたが、基本は田舎の農家育ちのジュリアは歩くのは苦にならない。人が行き交う港より、自然の海岸の方が好みだと頷く。
夏のゲチスバーモンド領は暑かったが、そこは風の精霊逹が気持ちの良い風を送ってくれる。都会育ちのルーシーですら、青く輝く海と砂浜は美しいと感嘆する。
『まぁ、海のウンディーネ! 久し振りね』
巫女姫と呼ばれる程の魔力を持ったジュリアに、海のウンディーヌ逹が挨拶しようと海面へ顔を出す。ルーシーには海面が煌めいているだけにしか見えなかったが、精霊使いの能力を持つジョージは、うっとりとウンディーネ逹を見つめる。
「そうだわ! そこにウンディーネがいるなら、夕食の魚をとって貰ったら如何ですか?」
ジュリアとジョージがうっとりと海を見つめているので、きっとウンディーネがいるのだろうとルーシーは察する。とても現実的な提案に、ジョージは爆笑する。ジュリアもクスクス笑って、ウンディーネを実体化させる。
『新鮮な魚を食べたいの! お願いできるかしら?』
綺麗な魚のような尻尾を煌めかして、ウンディーネ達は海へ潜った。マリエールは、自分が海には潜れないのが気に入らない。
『魚なんかより、オレンジの方が美味しいわ!』
果樹園からオレンジを取ってきて、ジュリアに渡す。オレンジは良い香りがしていた。
『まぁ、何処から取ってきたの? でも、1つぐらいなら怒られないでしょうね。ありがとう』
ジョージもオレンジの1つぐらい領民逹も気にしないだろうと笑いながら、ナイフで2つに切ってくれる。ルーシーとジュリアは、オレンジにかぶつりき、まだ酸っぱいわと笑う。
『ジュリア! 魚を受け取って!』
ウンディーネがピチピチと跳ねる魚を浜辺に投げてくるのを、ジョージとジュリアとルーシーで騒ぎながら受け取った。てきぱきとジョージが魚を入れる篭を漁師に借りてきたりするのを、ジュリアはこうした暮らしが出来たら最高なのにと思いながら眺めていた。
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