第31話  マリエール? それともジュリア?

 秋が深くなり、ヘレナにも雪がちらつきだした頃、イオニア王国から、ゲチスバーモンド伯爵夫妻が孫娘に会いに来ると手紙が届いた。サリンジャーは、ジュリアをゲチスバーモンド伯爵に知らせた関係もあり、対面に同席することになった。

「ジュリア、そんなに緊張しなくても、大丈夫です」

 港に着いたとの使者が来てから、ジュリアは期待と不安の間で揺れ動いていた。

「でも……嘘をついていると、思われるかも……」

 サリンジャーは、ジュリアの手を握って、ゆっくりとした口調で言い聞かせる。

「貴女はエドモンド公の孫だと知って、不安になられているのですね。エドモンド公には、エミリア姫の弟君にレオナルド公子がおられますから、アドルフ王を退位させても、残念ですが貴女には王位はめぐってきませんよ。だから、そんなに不安そうな顔は、しなくても良いのです」

 冗談めかして、王位につけそうになくて残念ですねと微笑まれ、ジュリアはホッとした。

 サリンジャーは、ゲチスバーモンド伯爵がルキアス王国に来ると知って詳しい事情をジュリアに話してきかせた。母方の祖父エドモンド公がアドルフ王の従兄弟であり、今回の内乱で南部同盟は旗印にしていると説明したのだ。

『エドモンド公もお祖父様なのですね……旗印って、どういう意味ですか?』

 あの時は怯えたジュリアに、簡単に王位を求めて内乱を起こしているとしか説明しなかったし、今回もレオナルド公子もエドモンド公と共に捕らわれているとは、言えなかった。

 サリンジャーは、王位には遠いと誤魔化したものの、王家の血を引く令嬢で、しかも精霊使いの能力に恵まれているジュリアを、政略結婚で利用しようと考える人も多いだろうと、心配になった。



 一方の、ベーカーヒル伯爵は、夫人とセドリックと書斎で話している。

「貴方がジュリアと結婚したら、万事上手くいくのに……」

 セドリックは、飲んでいたお茶を吹き出す。

「母上、無茶なことを言わないで下さい! ジュリアは、まだ子どもではないですか」

 伯爵も名案だと頷いているのを見て、セドリックは、本気ですか? と呆れる。

「ジュリアは、来年には14歳になるのですよ、婚約しても可笑しくありませんわ」

 母親に迫られて、セドリックは「そろそろお着きの時間だから、見てきます」と席を立った。

「本当に、あの子ときたら、根性なしですわ! あと数年したら、ジュリアには求婚者が列を作る美女になると思うけど、その時に後悔しても知りませんわよ」

 伯爵は、アンブローシアがジュリアを気に入っているから、セドリックの嫁にと願っているのは知っていたが、本人にその気が無いなら仕方無いと溜め息をつく。


「ゲチスバーモンド伯爵夫妻が、お着きになりました」

 執事のヘンダーソンが呼びにきたので、ベーカーヒル伯爵夫妻は、玄関ホールに出迎えに行く。厳めしそうなゲチスバーモンド伯爵と、年齢を重ねても麗しい伯爵夫人は、孫娘を保護してくれているベーカーヒル伯爵夫妻に、丁寧に挨拶する。

「サリンジャー師から手紙を受け取るまで、フィッツジェラルドの娘は亡くなってしまったと諦めていたのです。こうして、会える日が来たのも、ベーカーヒル伯爵夫妻のお陰だと、感謝しております」

 グローリア夫人は、夫が礼儀正しく挨拶している間も、孫娘に早く会いたいと、うずうずしていた。

「挨拶よりも、早くジュリアに会いたいと思われているでしょう」

 アンブローシアは、男同士の堅苦しい挨拶を我慢しているグローリア夫人を、サロンへと案内する。

「まぁ、マリエールは、ジュリアと呼ばれているのですね!」

 夫人達の後ろを、伯爵達も慌てて追いかける。

「ジュリア、イオニア王国のゲチスバーモンド伯爵夫妻がお着きですよ」

 サロンのソファーに座っていたジュリアは、玄関ホールに祖父母が着いた瞬間から、立って待っていた。

「まぁ! マリエールはエミリア姫と同じ目をしているわ! 私が貴女の祖母のグローリアよ!」

 ジュリアを抱き締めて、苦労をかけたわねと謝る。

「マリエール、さぁ顔を見せておくれ!」

 手放したくないと愚図る妻のグローリアから、孫娘を少し借りると、アルバートは顔に手を添えて息子の面影を探す。

「瞳はエミリア姫譲りだが、この髪はフィッツジェラルドにそっくりだ。私は、お前の祖父だ……お前の父親、フィッツジェラルドは亡くなる前に、ゲチスバーモンド領に赤ん坊を送ろうとして、失敗してしまったのだな。優れた精霊使いだったのに、最後に酷い過ちをおかすとは……」

 感極まって涙を浮かべそうになり、亡くなった息子への悪口を照れ隠しに口にした。

「お祖父様? 本当に私は孫なのでしょうか? 異国のゲチスバーグに捨てられた赤ん坊が、イオニア王国の伯爵の孫だなんて、信じられるのですか?」

 女の子から厳しく追求されて、ゲチスバーモンド伯爵は一瞬呆気に取られる。

「マリエール、いや、ここではジュリアと呼ばれているのだったな。お前がしっかりとした考えを持った娘で嬉しいが、精霊は嘘をつかない。ほら、こんなに沢山の精霊達が祝福しているではないか! お前は、間違いなくフィッツジェラルドとエミリア姫の娘だよ」

 ジュリアは祖母に抱き締められても、祖父の伯爵に認められないのではと、不安を感じていたので、一気に感情が込み上げて泣き出した。

「暫くは、三人だけにさせてあげましょう」

 アンブローシアは、抱き合って泣いている三人をサロンに残して、書斎へと引き上げた。サリンジャーは、ゲチスバーモンド伯爵がジュリアに疑いを持った時にと立ちあっていたが、精霊使いの能力を持っていたとは知らなかった。

「ゲチスバーモンド伯爵が、ジュリアを孫娘だと信じて下さって良かったです」

 ホッとしているサリンジャー師に、セドリックは質問する。

「これからは、マリエールと呼ぶべきなのでしょうか? それとも、ジュリアのままで良いのかな?」

 呑気な質問をしているセドリックを、ベーカーヒル伯爵は睨み付けた。

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