第13話 新しい生活

 ジュリアはケインズ夫人に新しい部屋に案内された。

「家庭教師のミリアム先生の隣の部屋にしました。荷物はルーシーに持って来させますが、服をどうにかしなくてはいけませんね」

 新しい部屋を眺めていたジュリアは、メイドの制服では駄目なのだと驚く。

『でも、メイドの制服以外は、お母ちゃんが縫ってくれた灰色の服しかないけど……』

 首都ヘレナに出た時には、初めての新品の服なので嬉しく思っていたが、他のメイド達の普段着と比べると不恰好なのがわかる。

「シルビア様とほぼ同じ体型ですけど、お下がりでは小さいわね。急いで服を用意しなくては」

 ケインズ夫人にサイズを計られながら、その服の代金はどうなるのだろうと、ドキドキする。

「あのう、お給金は今まで通り下さるのですか? 前借りになると聞いたのですが……それと、服の代金は……」

 伯爵家にとって、ジュリアの服代ぐらいは何でもないが、ケインズ夫人は自立心を尊重したかった。

「なるべく安価に済ませてあげますよ。そうだわ、伯爵夫人の古くなったドレスをほどいて、ジュリアさんの服に仕立てなおしましょう」

 お古なら、負担にならないかもと、ジュリアはホッとする。

「ケインズ夫人、ジュリアの荷物を持って来ました」

 ルーシーがジュリアの私物を箱に入れて持って来てくれた。

「ルーシー、これからはジュリアさんと呼ぶのですよ。ベーカーヒル伯爵家の客人になったのですからね。あっ、丁度いいわ! ルーシーは裁縫が得意だから、ジュリアさんの服を縫って貰いましょう」

 ケインズ夫人が伯爵夫人の着なくなったドレスを取りに行っている間に、ルーシーは好奇心いっぱいの目をジュリアに向けた。

「ねぇ、いったい、どうなっているの?」

 ジュリアも、ふぅ~と、大きな溜め息をついて、簡単に説明する。

「どうやら、私は精霊使いの修行をしなきゃいけないみたいなの。メイドはクビになったけど、精霊使いになれば高給取りになれるから、前借りさせて下さるそうよ」

 ジュリアは自分が捨て子だったとか、両親がイオニア王国の精霊使いだとか、祖父が伯爵かもとかは、ルーシーには話せなかった。夢物語みたいで、ジュリアにも実感が無いからだ。

 ルーシーは、精霊使い? と聞き慣れない言葉に驚く。

「何? それ?」

 ジュリアもサリンジャー師に簡単に説明されただけなので、よくは理解できていないと肩を竦める。

「修行は5年もしなくちゃいけないみたいなの。その間、ずっとお給金を前借りしてたら、精霊使いになれても、当分は借金返済生活になるかも……」

 ルーシーは、ジュリアが着てきた服から、貧しい農家の育ちだと察していたので、仕送りとか大変だろうと頷いた。ケインズ夫人が持ってきた何枚かのドレスで、ルーシーは簡単なジュリアの服を縫い直してあげると請け負う。

「ルーシーさん、ありがとう。服代まで借金したら、困ると思っていたの」

 ケインズ夫人は伯爵夫人に一応古いドレスをジュリアに与える許可を貰いに行き、イオニア王国の伯爵令嬢らしく教育しなくてはいけないのだと言われた。

「私も、伯爵令嬢のジュリアさんが、お古の服で良いものか悩みましたが、まだ確実ではないので、節約したいという気持ちもわかります」

 伯爵夫人は、急な展開なのでジュリアも戸惑っているのだろうと、許可する。

「兎に角、1枚は今日中に仕上げて下さいな」

 伯爵夫人に言われるまでもなく、メイド服のままでは使用人も混乱すると、ケインズ夫人はルーシーに他の用事はしなくて良いと許可を与える。


 夕食はメイド服のまま、シルビアお嬢様とミリアム先生と勉強部屋で食べた。

「ほら、昼食より質素でしょ。昼食はルーファス王子様が訪問されたから、豪華な料理だったのよ。帰ってしまわれて、残念だったわ」

「シルビア様、食事中はお静かに」

 シルビアはミリアム先生に叱られて、舌をぺろッと出す。しかし、ジュリアには質素だとは思えなかった。

 伯爵夫人からジュリアの出自を聞いたミリアムは、テーブルマナーを直さなくてはいけないと思ったが、最初からビシバシするのは止めておくことにした。

『シルビア様と食事をするうちに、少しずつ教えていきましょう。今のも使用人としては間違いでは無いですが、上品とは言えませんもの。まして、伯爵令嬢には相応しく無いわ』

 召使い食堂では、さっさと食べるのが奨励されるし、ジュリアの実家でもノロノロ食べていたら叱られたので、ナイフで切る一口が大きかった。シルビアは伯爵令嬢に相応しく、小さく切って口に入れる。

『まだ子どもだから、食卓で口を開くのは礼儀に反しますが、もう少ししたら晩餐会にも出席しなくてはいけません。ジュリアのように、口いっぱいに食べ物をいれては、会話を楽しむのは無理だわ』

 今は勉強部屋で食べているが、下の食堂で伯爵家の人達と同じテーブルにつくには、もう少し上品なマナーを身につけさせなくてはいけない。それに、晩餐会などでは、気のきいた会話をするのが礼儀なのだ。ミリアムはお茶目なシルビアお嬢様と、田舎の農家育ちのジュリアをレディに育てあげるのかと、溜め息がでそうになった。 


 ルーシーは伯爵夫人のドレス1枚で、簡単なジュリア服なら2枚は縫い直せると、考えながらハサミを入れて、すっきりとした茶色の服を縫い上げてくれた。

「まぁ、ルーシさん! とても素敵だわ」

 メイド服以外は、灰色の毛織物の服しか持っていなかったジュリアは、着古したとはいえ上等な絹の服は初めてだ。

「さん付けしては駄目よ! ケインズ夫人に私が叱られちゃうわ。これは、急いで縫ったから、簡単なデザインだけど、ジュリアさんが背が伸びでも丈を出せるようにしてあるからね」

 先輩のルーシーに、さん付けされて、照れくさいとジュリアは困惑したが、ケインズ夫人の命令には従わないといけない。夜も遅いので、ルーシーはもっと色々質問したいとは思ったが、女中部屋に帰っていった。

 ジュリアは茶色のドレスをタンスに吊すと、前からの寝間着に着替えて、ふかふかのベッドに入った。

「お母ちゃんに、ルーファス王子と会ったと書いたら、びっくりするだろうなぁ……」

 まだ、自分の両親がイオニア王国の精霊使いだとか、ゲチスバーモンド伯爵が祖父とかは実感が湧かず、ジュリアにとっては育ててくれた家族にどうこの状況を説明するかも全く考えられなかった。

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