第12話 ミリアム先生
ジュリアは、ルーファス王子に挨拶しに応接室に入ってきたアナスタシア伯爵夫人とシルビアに、サリンジャー師の弟子として預かると改めて紹介された。
「まぁ、ではジュリアはサリンジャー師に、精霊使いの修行をつけて貰うのですね」
息子のセドリックが精霊使いの修行をしているのは知っていたが、メイドのジュリアが何故かしらと疑問を覚えたが、後で夫から教えて貰えば良いと頭を切り換えて、ルーファス王子にお昼を勧める。
「ルーファス王子様、せっかくいらして下さったのですから、一緒にお食事をして下さい。サリンジャー師には、セドリックがお世話になっておりますから、お礼をしなくてはいけないと考えていました。どうぞ、一緒に……」
にこやかな伯爵夫人の誘いだが、ルーファス王子はジュリアがまだ自分の環境の変化についていけてないのを察して、今日はこれでと屋敷を後にした。
「シルビア、これからジュリアはサリンジャー師と精霊使いの修行をする時以外は、お前とミリアム先生と勉強することになる。色々と教えてあげるのだよ」
シルビアは、父親の説明を完全には理解したとはいえなかったが、家庭教師のミリアム先生とマンツーマンで勉強させられるより、ジュリアが増えたら楽しそうだと歓迎する。
「ジュリア、これからは一緒に勉強するのね」
プラチナブロンドに淡い水色の瞳、レースが付いた薄いピンク色のドレスを着たシルビアは、お人形さんみたいに可愛い。ジュリアは真っ赤になって、小さな声で「宜しくお願いいたします」と答えた。
ケインズ夫人は家庭教師のミリアム先生に、ジュリアがこれからシルビア様と一緒に勉強することになったと告げた。
「ジュリアは、セドリック様とサリンジャー師について精霊使いの修行をするそうです。その他の時間は、シルビアお嬢様とお勉強をするようにと伯爵様は指示されました」
茶色の髪をキチンと結い上げたミリアム先生は、ヘーゼル色の瞳を少し見開いて驚きを示したが、わかりましたと返事をした。
『精霊使い? 確かイオニア王国には精霊使いがいるとは聞いてましたが、メイドのジュリアが?』
ミリアムは余計な質問をしなかったので、ケインズ夫人は伯爵に口止めされたジュリアの秘密を守れたと、ホッとした。ケインズ夫人はジュリアを女中部屋にはおいておけないし、服の手配もしなくてはいけなかったので、ミリアム先生にシルビアお嬢様と一緒に世話を任せた。
ハンサムで陽気なルーファス王子が帰ってしまったので、シルビアは少しガッカリしたが、ジュリアがこれからは一緒に勉強するのだと喜ぶ。
「さぁ、ジュリア! 勉強部屋に行きましょう」
伯爵は夫人にジュリアの件を説明したいと考えていたので、まだ幼いシルビアが部屋にあがるのは好都合だった。
「食事も、今日は勉強部屋で食べなさい」
10歳になったシルビアは、朝や昼は家族と食堂で食事をしていたが、夜は格式ばっているのが窮屈なのと、パーティなどに両親や兄が出席したりで、ミリアム先生と勉強部屋で食べる方が多かった。伯爵はいきなり自分達と食卓につかせるよりは、幼いシルビアと家庭教師との食事の方が、ジュリアも気楽だろうと思ったのだ。
「さぁ、ジュリア! こちらよ」
普段は掃除の時以外は使用を禁止されている表階段を、シルビアに手を引っ張られて上っていく。勉強部屋には大きな勉強机が置いてあり、壁には大きな本棚が、そして隅にはピアノがあった。
勉強机とは他にシルビアが幼かった時に、簡単な食事やおやつをミリアム先生と食べる用のテーブルセットがあり、ジュリアはそこに座らされた。
「もうすぐお昼ですもの、勉強は午後からで良いわよね」
伯爵令嬢の勉強部屋に相応しい可愛い柄の布が張ってある椅子に、居心地悪そうに座る。
「あっ、ミリアム先生! 今日から一緒に勉強するジュリアよ」
先生というより、姉に甘えるように腕にすがりつくシルビアを、ミリアムは優しくもきっちりと引き離して、ジュリアを観察する。13歳とケインズ夫人から聞いたが、10歳のシルビアと同じぐらいの体格だ。
……華奢というより、ガリガリだけど、シャンと座っているわ。この娘は、鍛え甲斐がありそうね……
「貴女がジュリアね、私は家庭教師のミリアムです。お昼を頂いたら、どこまで勉強しているのかチェックしましょう」
ジュリアはゲチスバーク村の学校で、他の兄弟よりは何年も勉強したが、チェックときいて不安になった。
「ミリアム先生、宜しくお願いします」
不安を隠して挨拶するジュリアに、ミリアムは微笑んで、食事にしようと召使い部屋に繋がっている紐を引っ張った。チリチリと、遠くでベルが鳴るのを聞いて、ジュリアはハッとして立ち上がった。
「ここで私も食べるのですか? あのう、召使いの食堂で食べて来ます」
慌てて席を立とうとするジュリアを、ミリアムは留めた。
「ジュリア、今日からはサリンジャー師と精霊使いの修行をする時以外は、私の監督下になります。私が此処で昼食を食べるようにと言ったのですから、従って下さい」
優しそうなヘーゼル色の瞳が、厳しく金色めいた光を帯びる。
「ミリアム先生に逆らっては駄目よ」
これ! と、シルビアは睨みつけられて、ペロッと舌をだす。
今まで先輩だったメイドが、三人分の食事を運んで来るのを、ジュリアは居心地悪く感じる。同じ部屋のルーシーが、ミリアム先生に見られない角度から「どうなってるの?」と、口パクで尋ねてきたので、ジュリアは「後で……」と、小さな声で返事をした。
「さぁ、食事にしましょう」
ベイカーヒル伯爵家では、召使いも充分な食事が出されていたが、この昼食はルーファス王子が訪問されていたので、何時もより豪華だった。スープ、魚料理、肉料理、デザートと次々とサービスされる料理に、ジュリアは驚いた。
「今日は特別なのよ」
食事中は子どもは黙って食べなさいと、ミリアム先生に睨まれて、クスリと笑ってシルビアは肩を竦める。見た目はお人形みたいに可愛いシルビアお嬢様が、割と活発な性格なのにジュリアは気づいてホッとした。
そして、ミリアム先生は厳しいけれど、無茶な躾けなどはしないとわかった。ゲチスバーク村の学校では、先生の言うことに逆らう男の子はムチで打たれたりしたのだ。ジュリアや女の子達は、自分がムチで打たれたりしなくても、ビクビクしたものだ。
『ミリアム先生の監督なら、やっていけるかもしれない』
昼食の後で、シルビアが習っている本を読まされたり、算数の計算をさせられたが、どうにか合格点を貰えた。
「社会科、古典、文学、音楽、ダンス、美術、それに乗馬もしなくてはね。ジュリアは馬に乗ったことがありますか?」
お兄ちゃんのジャスパーに、農耕馬に少しだけ乗せて貰ったことを思い出す。
「一人では乗ったことはありません」
ジュリアの望郷の想いに、風の精霊が応えて、レースのカーテンを揺らす。青ざめた透明な精霊の姿を、ついジュリアはうっとりと見つめ、ミリアム先生にぼんやりしないようにと注意を受けた。
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