第18話 ランドセル

 ──────コバンくんと初めて会ったのも小学校の入学式だよ。

 校舎の昇降口で親と離されたオレたちは、アイウエオ順に並んでいたんだ。真新しいランドセルを背負ってさ。

 今は色んなランドセルが売っているみたいだけど、あの頃は変わった色の物なんて大きなデパートまで行かないと買えなかったんだよ。それなのに、オレのばあちゃんは、わざわざ取り寄せてまで水色のランドセルを買ってくれたんだ。だから、オレは学校に着くまで、一年生全員がオレと同じ色のランドセルを背負っていると思っていたんだよ。

 でもね、男はみんな黒いランドセルを背負っていたんだよね。オレだけ色が違うのが、その時はすごく嫌だった。それで、何だかとてもムシャクシャしていたら、突然オレの眼の前にカキ色のランドセルが現れたんだ。

 カーキ? 違うよ、カキ色だよ。柿、果物の柿さ。オレンジじゃなくて柿だよ、柿色。だって、ばあちゃんがそう言っていたもの。

 前に並んでいる子が、柿色のランドセルを背負っていたんだよ。女の子だよ、だって柿色って女の子色でしょ。

 もしかしたら、この子も「赤いランドセルの方がよかった」って思ってんじゃないかって……オレ、そう思ったんだ。だってさ、断然、オレは黒、黒の方がカッコよく見えたもんな。

 それで……カッターナイフで、ランドセルをこうして……こうやって……指揮棒をるみたいにさ……切っちまったんだ。そうすれば、その子は赤いランドセルを買ってもらえると思ったから。

 ナイフはいつも持っていたんだ。いつでも色鉛筆を削れるようにさ。

 オレ、字はなかなか覚えられなかったけど、絵を描くのは好きだったんだ。保育所に通っていた頃は、お絵描き以外の思い出が無いくらいさ。

 じいちゃんが削り方を教えてくれたよ。だって、色鉛筆は普通の鉛筆よりも芯がちびるのが早いからね。掌を上に向けて色鉛筆は軽く握って、ナイフはこう持って……シャッシャと削るんだ。細長いチョコレートの空き缶に、いっぱいの色鉛筆とカッターナイフを入れて持ち歩いていた。

 オレは良いことをしたと思っていたんだ。だけどね、柿色のランドセルを背負っていた女の子は、じいちゃんの部屋に飾ってある能面みたいな怖い顔で睨んできたんだよ。それから、思いっきり突き飛ばされた。どんっ……って。

 片平っていうんだ、その女の子の名前。男子よりもでっかくて強い子だったよ。前に並んでいたチャチャよりも大きな体なのに、片平は大声で泣きながら、倒れたオレに掴みかかってきたんだ。

 オレ、理由わけが分からなくて、持っていたカッターナイフを振り回して反撃に出たみたいだ。チャチャがケンカを止めに入ったことも、全然憶えていないんだけど……。チャチャの手からいっぱい血が出ていたから、きっと、オレがやったんだよな……。痛そうな顔をしていたような気はするんだ……なのに……あいつはちっとも泣かないでさ……。

 オレは……泣いた。自分がケガしたわけでもないのに……泣いた。オレがどれだけ振り払っても、ナイフを持った手が言う事をきかないものだから……。指がナイフと一体化たように離れなくてね……たぶん……片平と張り合うくらい大声で泣いていた。

 ああ、そうだ、思い出したよ。そうしたらさ、それを見ていたコバンくんがね……びっくりしちゃったみたいで……へへっ、おしっこ漏らしちゃったんだ。コバンくんは男の子みたいにつんつんのショートヘヤーだったのに、スカート穿いて赤いランドセルを背負っていたから、すぐに女の子だって判ったよ。憶えてる、憶えてる、そんな事まで憶えてる……これって、忘れた方がいいのかな。

 あの時のオレは、何が悪かったのか判らなかったんだよ。

 それから、ばあちゃんと一緒に片平の家に謝りに行って、ランドセルは弁償した。柿色の……同じ色の同じランドセルを注文して返した。馬の革で出来た高級品だった。それで許してもらえたと思っていたけど……だけど……あの子が背負ってくるのは、いつも傷の付いた方のランドセルだった。

 今なら、片平が怒った理由も判るんだよ。それに、ばあちゃんが、わざわざオレに水色のランドセルを背負わせた理由も……。オレが……他の子供のランドセルと間違えないようにってね……。

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