酩探酊 吟嬢

たて こりき

開宴

「あー、飲み過ぎた」

 暑い盛りも過ぎ、幾分過ごしやすくなってきた季節。なにもするにも気持ち良い。にもかかわらず、古びた事務所で二日酔い気味の女性ソファで寝そべっている。

「あー、あんな安酒飲むんじゃなかったわ。いくら付き合いとはいえ、あれは人の飲み物じゃないわね」

 黙っていればどこぞのモデルか、女優と見られてもおかしくないのだか、口が悪いのが大きく彼女の評価を下げている。

 形の良い色白の手をヒラヒラさせながら、

「山崎君。君もあの場に居たんだから、なんでもっとフォローしてくれなかったのよ?まぁ君にあの肩書だけが取り柄の狸親父をどうこうしろというのも無理な話ね。おかげで深酒よ。あー気持ち悪い」

 こんな口の悪い彼女に付き合っている自分も不憫で仕方ない。が、これも仕事(バイト)だから仕方ない。

 申し遅れました。ここはある地方都市にある古びた探偵事務所ジョニーウォーカー。主は年中無休で酒を飲み、休肝日はうるう年だけど決めている清水川吟。驚くことに彼女はとある大企業の社長令嬢だ。本当は働かなくも食べていけるのだが、働かざる者飲むべからずの精神の元親元を離れて探偵業をしている変わり者の28歳である。

 そして自分は山崎拓巳36歳。とある事件で彼女に助けられたのがきっかけで、ボランティア同然で彼女に尽くしている。こき使われているといったほうがいいか…。

「山崎君。水頂戴ー」

 コトン、彼女の前に水を置いた。

「吟嬢。なんだかんだ言って飲んだのは自分なんですからね。自己責任ですよ。毎回毎回いいますが」 

と言うと、鋭い目つきで

「なに?あなた雇い主の私に意見するつもり?」

「意見じゃありません。提言です。更に言うなら、吟嬢を雇い主と認める程給料も貰ってませんが」

「……可愛くないわね」

「ありがとうございます。自分でも歳相応の見た目だと思ってますよ」

「…まーいいわ。ここで二人で喧嘩してもなんの特にもならないわ。労力の無駄よ。私は無駄な事はしない主義なの。知ってるでしょ?それより事件も無事解決したみたいだし、パァーっとお祝いしましょ!飲むわよー!」

 言ってるそばからすぐこれだ。毎度毎度の事ながら、付き合う身としては頭が痛い。しかし、こんな不摂生な生活をしているのにあのスリムなプロポーションを維持できるのは最早天性の才能だろう。

 ただ、こんな見た目だけしか取り柄のなさそうな彼女だが、実はそうでもない。なんと頭脳の方は某有名国立大を主席で卒業。スポーツはやらせればなんでも国体クラス。体型もモデル並と完璧。家柄も手伝ってかあらゆる方面に顔も効くし、ツテもある。おかげで探偵業はそこそこ盛況で依頼は必ず解決。噂が噂を呼び引く手数多である。

 神は人に二物を与えずとは言うけれども彼女には二物も三物も与えて下さったようだ。

 しかしそんな彼女にも弱点はある。それは酒癖が悪く、酒に弱いのだ。それも圧倒的に。まず酔い始めると口が悪くなり、更に人をからかい始め、そして寝る。これが飲み始めて30分で起こるわけだから質が悪い。本人には周りに迷惑をかけている気は更々ないらしい。幸せな事だ。

 そして弱いくせに飲もうとする。それも場所、時をわきまえずに。なんと仕事中もだ。

 彼女曰く自分は「酒蔵の申し子」とか、「果実酒のマエストロ」または、「蒸留酒のトリックスター」など訳の分からない事を言うが取り敢えず弱いのだ。好きな事は好きなのだろう。酒に対する知識、情熱は認めるにしても。

 ここまで言えば、理解頂けると思うが、探偵事務所はまずまず盛況なのに彼女は絶対に名探偵とは呼ばれない。酒癖の悪さのせいだ。たとえ犯人を言い当てても酔っぱらいの戯言で済まされ、ましてや仕事中に酒を飲む人の話など誰も本気で聞きはしない。

 ただ不思議な事に事件はちゃんと解決してる。幸か不幸か色々な噂だけが先行して名前だけが売れていった。そこでついた渾名が

「酩探酊」なのだ。なんともまぁ、的を射た渾名である。

 しかし、そんな世間の評価なぞどこ吹く風。彼女は全くの気にしてはいない。そういった世間体というか、世の中からどう見られているかとか、全くと言っていいほど無関心なのだ。鈍いのか、豪放なのか。彼女がズレているのか、自分がズレているのか。

 なんとかと天才は紙一重と言うが。判断に迷うところだ。

 

 だから自分は記録に残そうと思う。

 この型破りな探偵を。

 世間に判断を仰ごうと思う。

 この常識破りな探偵を。

 彼女は本物なのか?否か?

 自分は付いていく人を間違えたか、否か?


これは彼女の探偵業を綴ったそんな物語である。

 




 

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