◇2



朝露の香りが鼻をくすぐり、朝を告げる動物達の声が耳を揺らす中、ししは朝食をとっていた。早寝早起きのししは朝元気が良い。森に生息している大きな牛【ダソスカウ】からもらったミルクを使って作ったチーズへ軽く熱を通しクルミ粉で作ったパンの上に乗せる。最近お気に入りの朝食を頬張り、ししはモキュモキュと頬を動かす。幸せ味がクチいっぱいに広がる中、クルミ粉のパンを千切り、窓縁へ乗せると小鳥やリス、サルが現れる。


「おはよー。みんな今日も元気でよきよき」


ひとりで暮らしているししは小動物達と一緒に食事をするのが好きだった。美味しいものはひとりで食べるより2人で、3人で食べるともっと美味しい。と本に書かれていたので試してみた所、本当により美味しく感じられたので続けている。朝食を終えるとししは食器の片付けをする。その最中に家の掃除をリスと小鳥が、サルはししの肩に乗り寝癖などを直してくれる。最初の頃は朝食を食べたらみんな森へ戻っていたが、ある日突然朝食後にこうしてお手伝いをしてくれるようになった。ししはその変化がとても可愛らしく嬉しいものだと感じ、ありがたく受け入れた。それから毎日こうして朝が始まるのだが───突然動物達が動きを止め窓の外を見た。


「ん? どったの?」


ししも窓の外を気にするものの、何か居た気配はなく深々と広がるいつもの森だった。しかし動物達は眼を丸くし、森を見詰め続けていた。普段このような仕草───まるで何かを警戒するような仕草───を見せない動物達なので、ししは尚更気にして何度も覗き見たものの結果は変わらない。


「?? ハテナさんが頭の中で遊んでるよ」


朝食の後片付けも既に終わり、森を何分間か眺め続けたがやはり何もない。動物達も徐々に普段と変わらない雰囲気を取り戻し、ししへお礼を言い帰っていった。野生の生き物とはいえ勘違いはある。ししは気にするのをやめ、本を抱え予定通り然菌族ノコッタが住む森へ出掛ける事にした。獅人族が住む森から30分程歩くと可愛らしいキノコが生えた道が現れる。そこを少し進むと目的地に到着する。然菌族と獅人族は仲が良く、現れたししを笑顔で迎え入れてくれる。然菌族の見た目は完全にキノコ。~人族ではないのでそのままの面影が色濃く残る種。キノコが手足を持ち、人のように動き生活している領土は人間が見ればキノコ型モンスターの巣としか思えないだろう。しかし、ししも獅人族とは言え獣人型が濃い。初めて訪れた時も、キノコが歩き話ていても全く驚かなかった。


「こんにちわ! ちょーろーさんはいますか?」


唐紅色の毛を揺らし挨拶するししへ然菌族達はノソノソと歩み寄り、指の無い丸い手で頭を撫で、長老の居場所をししへ伝える。頭を撫でられたししは嬉しそうに尾を振り、然菌達へ手を振り長老の家へ走る。その最中もししを見かけてはノソノソと手を振りししも笑顔で応えつつ走り、長老の家に到着。自己主張が凄い長老は【長老の家だーよ、おいで屋おいで】と大きなキノコ型の看板を立てていて、それを見る度にししは「だーよ、だーよ」と脳内で何度も言ってしまう。味のある木製の扉を傷付けないようにノックすると、中から、


「のぉ? ノコノコ来たのは誰じゃ誰じゃ、誰じゃろなー?」


と、どこか楽し気な声が届き、ししは無邪気に「ししだーよ!」と言う。このやり取りが合言葉のようで、ししは好きだった。


「ししっ子かえ、お入りお入りー」


ノロノロと喋る然菌族の長老は声音と同じリズムで扉を開く。基本的にペースが遅い然菌族の中でも一際遅い長老だが、ししはこういった時間も楽しめる子であり、満点の笑顔で長老を待ち挨拶する。


「おはよーちょーろー!」


「おはーよ、ええ笑顔じゃわい。今日も元気良き良きーのぉ。いらっしゃい」


「ちょーろーも、よきよきーのぉ!」


ばふん、と長老へ抱きつくしし。ほんのりと香るキノコの香りと様々な薬草の香りがししは大好きだった。長老の家へ入るやししは本をテーブルへ置き、お茶の葉をグラム単位で量る長老へ、


「私がやろっかー?」


と声を投げかけると長老はゆっくり、ノロノロと「ししはお客様だーよ、ワシがおもてなしするーのが礼儀なのーじゃ」と答えつつ、ししをチラチラ見る。


「いいよ、私はお客様じゃなくてお友達だもん!」


「そぉかえ? それーじゃあ、一緒にやるーかえ?」


「やるー!」


今日は何のお茶? などと話しながらししは手際の良さを披露する。ししでは届かない位置にカップがあり、それを毎回「ちょーろーカップとってー!」とししが言う。然菌族の長老はこの瞬間が好きらしく、わざとししでは届かない位置にカップを置き頼られるのを待つ。木製のカップはイビツな形で、とても商品としては販売出来ないモノ。しかしこのカップはししが長老の誕生日に作ったモノで、長老の宝物であり、唯一のお揃い品───ししの初ハンドメイド品となる。


「良き良き。それじゃあ、いただこうかーのぉ」


「いただこうかーのぉ!」


テーブルに並べられたお茶とお菓子。軽食とも言えないお茶請けだが、それをいただく時も長老は両手を合わせて「いただきます」と言う。これに何の意味があるのかししはわかっていないが、手を合わせ眼を閉じ、まるで願い感謝するような動作の長老を見た時ししの中で何かが芽を出した。長老に習いししも「いただきます」という癖が付き、これには獅人族の大人達も感心していた。例え小さな木の実の一粒でも差し出されいただく場合は必ず手を合わせて言う。然菌族の長老と仲良くなってからししにはいい影響しかなく、両族公認の孫と子のような関係となっている。ししのマッタリでマイペースな性格が少々強化された部分はあるものの、様々な作法を生活の中で自然と覚えるのはいい事だ。


「して、今日はどうしたーのじゃ? 本なぞノコノコ持ってあるって」


「ん、昨日見ててわからないトコがあったの。ちょーろーに教えてもらおって思ってたから持ってきた!」


「のぉ! 勉強熱心じゃーのぉ! 良き良きーよ、どこじゃどこじゃー?」



まるで絵本を読んであげるように小さな獅人族へ寄り添う然菌族の老人。しかし本の内容は薬品や医学、医術という可愛げのあるモノではなかった。それでも長老とししは楽しくて仕方なかった。


子供と老人。

素朴でいて、優しく温かい関係と時間はずっと続かない。そうわかっているからこそ、お互い全力で今を楽しく送る。



───ずっと続けばいいのにね。 

 

「聞いとるかーえ? ししっ子」


「うん!」



ね。



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