◇3
小動物達が木影で昼寝をする午後、
「んにゅ......」
ムニュムニュとクチを動かし耳を引っ張る獅人族のししだったが、瞼は刻一刻と重くなる。
然菌族の長老はすぐ後ろに迫る終わりの足音を苦いレモンの香りで煙らせていた。ダラリと伸びたローブの裏にある身体。その皮膚のすぐ下には複雑な繊維質の根が張り巡り、長老は死期への恐怖よりも恐ろしい未来に煙を吐き出す。
人工的に作られる菌や、人工的に管理されている菌も恐ろしいが、それよりも恐ろしいのが天然の菌。これは菌の枠に収まらず、生物兵器や呪いの枠に含まれる程の凶悪性を秘めている。
そしてその菌は冬虫夏草のような寄生型。同種以外の生物を宿とし寄生、体内で寄生した種に効果的な菌へと変化を繰り返しつつ、菌は寄生者の脳を目指す。最終的には寄生者を支配し、完成した菌を放出させる。【ファンガス病】とも呼ばれる呪い。
恐ろしい事にファンガス病は然菌族でもどうする事も出来ない病。菌を放出する前───ファンガス化する前───に同族を焼き殺す以外に手段はない。そうわかっていても、長老は長老としてあるまじき選択をしていた。
───なにーをやっとるんじゃろーな、ワシは。
種族の事を考えればすぐにファンガス病の事を伝え、新たな長老を任命し、焼き殺されるべき。しかし長老はししの存在が気がかりで。
人懐っこくて優しくて、元気も良く健康的なしし。何の問題もなく思えるが、問題はしし本人ではなく、ししに近付く別種───人間の存在。
ここ最近、森が妙に騒がしく動物達もその種だけではなく然菌族や獅人族に近付いてきていた。森に入り込む人間達の存在がそうさせているのは間違いない。長老───然菌族だけではなく獅人族も人間達の存在に気付いているものの、目的が見えず警戒する程度しか出来ない。ただ迷い込んだだけならば何の心配もいらないがそうではなかった。その日に森へ入った人間はその日に帰る。そして数日後に数を増やし再び森へ入り、また帰る。この奇妙な出来事が既に数週間.....そろそろ1ヶ月経とうとしているのだ。流石に何かある、と考えさせられた時、長老はししの事がとても心配になった。
人間達が領土を広げるため森の視察に来たというのなら、会話.....対話は出来る。しかし、もし狙いが討伐だった場合、然菌族も獅人族も人間から見ればただのモンスター。問答無用で討伐対象に選ばれていてもなんら不思議はない。
人間が然菌族と獅人族を討伐すべく森へ入っているのならば、
「ん.....あぁ.....寝ちゃってた」
「おはーよ、ししっ子」
長老はこの身を投じてでもししを守ると決めていた。
こんなに優しい存在がモンスターとして扱われているのならば、そう判断した者達に説教をしてやる。人間はいつも急ぎすぎている。急ぎ出した答えは必ずどこかに穴があり、その穴はいつか必ず大きな毒を吐き出す。
長老は自分の思いを煙に混ぜていると、ししは身体を伸ばし眠気から解放される。
「おはよー.....ん〜〜〜ッ、ふぅ」
「よく眠る子じゃーのぉ。そじゃ、いい物をあげよーう」
パイプをしまった長老はほんわりとした笑顔をししへ向け、お気に入りの揺り椅子から立ち上がる。ししはリズムよく揺れる椅子を見詰め長老を待っているとまたしても眠気がゆっくりと歩み寄る。
「あの椅子見てると眠くなっちゃうや」
頭を振り睡魔の軍勢を押し退けたししは「ふぁ」とアクビで残りの眠気を吹き飛ばした頃、長老は戻ってきた。
「ししっ子、これーを持って行きなさい」
「ふぁー! これ....キノコの帽子!?」
長老が差し出した物はふかふかで大きなキノコ帽子。受け取った瞬間、両手を飲み込む程の柔さの中にある高いクッション性と綿毛のような軽さにししは瞳を輝かせた。
「これ、これ! これ......これ!」
「なんじゃーい、これこれダケじゃわからなーいぞい」
「えっとね、えっと、不定期クロニクルっていう本を森で見つけたの! その本は人の本でね、それでね、可愛い服とか帽子とか、あと美味しそうな料理とか、カッコイイ冒険者とか! あとね、お城みたいなおっきなのとか! おっきな貝とか! 白いスープみたいなのとか! 沢山知らないものがのってたの!」
「ほ、ほーう」
キラキラとする瞳と、眩しすぎる笑顔を全開にし、獅人族の少女は身振り手振りで語った。ししが拾った【不定期クロニクル】は誰が何の為に発行しているのかも不明な冒険者雑誌で、名前の通り不定期な発行。しかしその人気は爆発的で冒険者以外の者も喜んで手にする。その理由は今ししが語ったように、沢山の情報が掲載されているからだ。冒険者のページの他に、実践的で実用的な装備、オシャレな衣服、美味しいお店や雰囲気の良い観光スポット、特産品など、一般人にも有意義な情報が掲載されている。
「その本に載ってた、おっきなキノコのクッションが可愛いなーって思ってたの!」
「ほーかほーか、じゃけどもーそれ帽子じゃーよ?」
「うん! すっごく可愛い!」
「ほーかーい、良き良き。その帽子をプレゼントするのーじゃ。眠くなったーら枕にーも使えて、収納力ーはカバンーに匹敵するぞい」
「枕鞄の帽子!? すっごいねー! すっごいねー!」
「枕鞄帽子.....うーむ.....ま、それで良き良き」
それはちょっと違う、と長老は思ったもののしし本人がその帽子をどう思いどう使おうが、それが本人にとって一番いい形での使用方法なのだろうと思い、流れに任せた。
「これくれるの!?」
「あげなーいのじゃ。自慢じゃよ自慢」
「 え 」
キラキラするししを見て長老はちょっぴり意地悪をしたくなり自慢と言った瞬間、ししの瞳が面白い程ボヤボヤと揺れ大粒の涙を溜めた。
「嘘なのーじゃ、泣くでない泣くでない! 悪かったーのぉ、ワシが悪かったーのぉ!」
両手をパタパタとさせ慌てる長老と、唇を噛んで泣かないよう必死に涙を留めるしし。
「あげるーのじゃ、プレゼントするーのじゃ、それはもうししっ子の物じゃーよ」
「.....ほんと?」
「本当じゃーよ! 名前も書いーて良き良きーぞ! ペンペン、ペンーはどこーじゃ!?」
「........ヘヘ、ありがとちょーろー、いただきます」
大きなキノコ帽子をギュッと抱きしめ、ししは長老へニッコリと笑い自分が知る最大限の礼儀である「いただきます」をここでも言った。
◆
キノコ型の種族、
帰り道では何度も
「お洗濯しないとだー!」
どこかご機嫌に独り言とは思えないボリュームで言ったしし。ご機嫌な理由は頭をすっぽりと隠す大きさの【キノコ帽子】を貰ったからだった。本を持ち、大きなキノコ帽子を被り帰っていたしし。ズルズルと下がるキノコ帽子は簡単にししの視界を覆い、その都度ししは躓き転んでいた。それでも、楽しくて楽しくて仕方なかった。
いつもより歩幅を狭くし、慎重に部屋を歩くししは鏡に映る自分を見た。ノソノソと歩く大きなキノコ帽子の
「わあ!
歩く速度と大きなキノコ頭に然菌族を重ね、鏡へゆっくり近付いたししは、
「私ーは
と長老の口調を真似て鏡へ話しかけ、可愛らしく笑い、新たな照れ隠しなのか何なのか、キノコ帽子を被った頭をぱふんぱふんと叩く。すると、キノコ帽子から一枚の紙が。
「お? なんだろ?」
このキノコ帽子───固有名【なりきりノコッタ】は結構希少なアイテムで、ジャンルは衣服ではなく装備。衝撃軽減や森林隠蔽上昇などなど複数の効果を持ち、何より凄いのはその収納力。中型のベルトポーチよりも少し多い収納力を持った “装備” は中々のチートアイテムと言える。その収納スペースに入っていた紙が奇跡的に取り出しモーションと一致したししの帽子ぱふんぱふんにより飛び出る形で床に落ちた。古くボロい一枚の紙切れ。
「ちょーろーの迷路かな?」
普段ししは暇になると、もう捨てる紙に自作迷路を描き、遊んでいた。それに似た雰囲気を感じる紙切れを「どんな迷路だろ!」と楽しげに拾い上げ、ガックリ肩を落とした。
「なんだこれ.....字しか書いてない」
紙切れには『ししっ子、おひさーなのーじゃ。長老からのお手紙じゃーよ!』で始まる文字が。
「ちょーろー! おひさーなのじゃ!」
と、紙切れに挨拶するししは続きを読む。前半は長老のセンス煌めくシルキ大陸の文化、川柳や長老の腰痛バトラーが最近痛いなどの内容、そして後半に『これーを一応、教えておくーノダ。使えるーかはししっ子次第じゃーぞ』と書かれ、魔術の詠唱譜が記されていた。
「わー!
名前の無い魔術が記されており、最後に『ししっ子よ。変わらないために、変わり続けるノダぞ。キノコは無限の可能性を持つ存在なノダ!』と妙に真面目な字で締められていた。
「変わらないのに変わっちゃうの? キノコは無限の可能性を持つ存在.....すごーい! あ、お手紙貰ったの産まれて初めてだ!」
キノコ帽子を抱き、ぱふんぱふん 叩くしし。可愛いキノコ帽子を貰い、初めてのお手紙を貰い、初めて魔術の詠唱譜を貰い、今日も長老に会えた。とにかく嬉しいししは「しししし」と普段は中々出ない声で笑っていると土が眼に入る。
「うぅ、、、お洗濯しなきゃだった。お風呂も入っちゃおーっと!」
長老から貰った手紙を長老から貰ったキノコ帽子へ大切に収納し、ししはお風呂場へ向かった。
それから数十分後、ホクホクと湯気をあげる身体を大きなタオルローブで包むししが室内をのそのそと歩く。まるでタオルそのものが動いているようだが、中身にはししがいる。
「本当は外に干したいけど、もう日が暮れちゃうもんねー......んん? なんだか森が変だ」
窓枠に見えるいつもの森が、いつもと違う。夕食の準備を一旦ストップさせ、ししは家を出た。すると他の獅人族も同じように外へ出て森を見る。いつもと違う。たったそれだけの事しかわからない。その理由も直感的にそう思う、としか言えないが、確実に何かが違う。嫌な胸騒ぎと不安感がししの胸を潰し始める中、急ぎ自宅へ戻ったかと思えばまたすぐ外へ。タオルローブを脱ぎ捨て遠出する際に着るお気に入りの服とカバン、そしてキノコ帽子を装備したししは先程よりも少し森へ近付く。すると───
「───んん!? リスさん達!」
森の小動物達がししの方へ駆け寄り、リスと鳥はししの頭の上へ、サルは肩へ、ウサギは足元で耳を立てる。
「何があったのか話せる?」
他の獅人族達にも小動物達が駆け寄り、各々が状況を説明する。みんながみんな慌てているので内容が飛んだり跳ねたりしている中で、共通するワードが【冒険者】と【イルファンガス】だった。
「冒険者は本で見たけど、イカルンバス? は知らないなぁ......なんだろう」
クチをへの字にし、噂のイカルンバス───イルファンガスの存在を予想するも全く見当もつかない。それもそうだ。今動物達がクチを揃えて言った存在はここ数百年現れた記録はなく獅人族だけではなく然菌族、人間達の記憶からも薄れ消えかけていた存在。
「冒険者はわかるけど、どうして森に来たのかな......それと、このお腹の中をカリカリする感覚はなんだろ.....嫌な感じがする」
胸騒ぎなんて言葉では片付けられない嫌な感覚にししは森をじっと見詰める。するとひとりの獅人族が、
「ししちゃん......すぐ森を捨てて逃げる。持って運べる物だけを選んですぐに出発する」
「え? 森を捨てるって、どうして?」
「イルファンガスが現れたんだ、ここに居てはいけない」
またその名前、とししはムスっとした顔で同族へ問う。
「さっきからみんな言ってるイルファンガスってなに? 難しい話ならわからないけど.....それのせいで森を捨てなきゃならないのはどうして?」
ししは今の生活が好きだった。大満足しているワケではないが、捨てるなどという答えが簡単に出せる皆の考え方を理解出来なかった。
イルファンガスの事を詳しく知るまでは。
武具と魔法とモンスターと [VE] Pucci @froid
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