◆10



四大精霊、ホムンクルス、巨大な狼。何もかもがおとぎ話のようで、俺はついていけなかった。

俺がホムンクルスを渡してから約1時間が経過した。トウヤがグルグル眼鏡の研究者から聞いた話だと、既にヘイザードでは四大───イフリートを無理矢理起こす実験がスタートしているだろう。ヘイザードがまだ見える距離ではあるが、俺はデザリアへ向かいひとり歩いていた。


「........」


見て見ぬフリをして騎士なるなら───俺は騎士になれなくていい。見てみぬフリをする人間になりたくない。


この言葉が何度も何度も繰り返し再生される。


俺だって.....見てみぬフリをしたくてしているワケじゃない。でもイフリートを起こす話が本当だったなら俺達にはどうする事も出来ないだろう? そうわかっていても......お前はどうにかする方を選んだのか、トウヤ。


そもそもイフリートを起こして何をしたいんだ? 街が消滅する確率があるというのに、どうして避難よりも実験を優先するんだ? 研究者達も騎士達も、失敗すれば死ぬんだぞ? なぜそんな実験をする?


それに、俺は......騎士になった後、どうしたいんだ?



「........」



鉛のように重くなる足は徐々にスピードを落とし、ついに止まった。


「.......俺だって見てみぬフリはしたくない。でも.....どうにも出来ないんだ」


なんの力もない俺は、そう呟き、グッと奥歯を噛み一度瞳を閉じた。最後に見たホムンクルスの、だっぷーの表情が脳内で鮮明に浮かぶ。あんな小さな女の子を俺は助ける力もないんだ......。



自分の無力さを嫌なほど痛感していると、ついに、それは起こった。


街から離れている俺の肌をも軽く焼く熱風が、ヘイザードから溢れる。


「な───」


直後、俺は言葉を失った。


ヘイザードが真っ赤に染まり、陽炎のように揺れる。

熱は一瞬で上昇し、見ているだけでも汗が渇くほどの灼熱色に染まる街。


「本当に、四大を......?」


絶望を具現化したかのような圧倒的な威圧感と恐怖がヘイザードから舞う。


「........おい、冗談だろ」


俺の無意識のまま足をヘイザードへ向け進めていた。近付けば近付く程、熱が俺を圧そうも、そんな事気にする余裕もなくただ走った。





再び到着したヘイザードは別の───街と言うに言えない状態になっていた。


ドロドロに溶け落ちる建物、焼け焦げる地面、肺を焼くような熱風が舞う街の空気。炎そのものは無いが、予想を遥かに越えた温度が地面から街をジリジリと焼き溶かす。

一歩でも進めば灼熱の地面に足を焼かれるのではないかという恐怖が俺を焦がした。


「.....っそ、どうすればいいんだ」


熱風に叩かれながらも周囲を必死に確認すると、ドロリと溶け落ちた建物の影から───研究所が顔を出す。色は鉄色のままで姿形も変わらない。

外から見た段階では、研究所は無事だ。あそこまで辿り着ければ状況を把握できて、トウヤとも合流出来るハズだ。

再び俺は周囲を見渡すと───焼け焦げる死体が。


「うっ......」


嫌な臭いを上げ、焦げる死体。周辺の地面に焦げ後がある事から......他の死体は既に灰に───または溶け消えたのだろう。一瞬で地獄に変わったヘイザード。地獄に変える手助けをしたのは.......、


「.....俺か」


腹の底から押し上がる罪悪感───などという言葉では到底足りない感情が俺の息を細くする。呼吸が難しい高温の中で細く詰まる息に、俺はふらつき膝を地面へ。


「ッッ.......、、」


自分のした事を、ホムンクルスを簡単に渡してしまった事や、ひとりだけデザリアへ逃げようとしていた事などを悔やんでいる俺の視界に入り込んだのは、先程発見した死体───の焦げ跡。


「.......靴だけ焼け消えてない?」


他の衣服や肉体は焼け焦げ既に消滅しているが、靴はそのままの形を保ち、その場に残っている。理由はわからないが、あの靴を借りれば研究所まで行ける。


一歩街へ踏み込み、靴底から騰がる熱を押し蹴り、俺は進んだ。

死体の前で一度眼を閉じ───すみません。と胸中で言い靴を借りる。

灼熱の地面へ立っても熱は靴底で温度を冷却したかのように、獄度の熱は薄く遠くなり、俺には届かない。


「......これなら行ける」


そう呟き俺は先程街で補給した水を取り出し、靴の持ち主へ。


「───。行こう」


背中にあるララ生産の、幅広の刃を持つ大剣【フォールエッジ】をホルスターから解放し、研究所へ向かった。





冷たい鉄色の研究所は見た目通り内部も冷えていた───と言ってもこれが正常な温度なのだろう。しかし温度以外は正常とは言えない状態だった。力なく倒れている騎士や研究者達は傷こそ見当たらないが冷たく固まった状態。

争った形跡や焼け焦げた跡はないものの、倒れている者達は全員魂を抜かれているかのようで、俺の不安を炙るように焦がす。


四大元素精霊の火───イフリートは本当に存在しているのか? とまだ疑いを抱いている俺だが、街を焼き溶かすほどの灼熱はイフリートという言葉だけで納得出来てしまう俺がいる。押し寄せる不安に耐えるよう、フォールエッジを強く握り進む。


そもそもなんでイフリートを、四大を起こそうとしたんだ? どんなリターンを得るかは知らないが、リスクが大きすぎるとは思わなかったのか? それに───四大とホムンクルス。このワードだけで現実的ではない、と思わなかったのか?


研究者だけではなく、警備の騎士や研究するよう指示したイフリーの王へ不信感が沸き上がる中、自分の変化に俺は気付いた。


今までは、言ってしまえば他人の事よりも自分の事を優先していた。トウヤは他人の事も考えるタイプだったからこそ、俺は好きにやれていたのかも知れない。自分が優先.....そんな考えを持っていたからこそ、見習い試験の完遂を優先にしホムンクルスを簡単に手放し、ヘイザードの危険を知って俺はデザリアへ向かったんだ。でも、


「.....戻ってきた」


なぜこんな行動をしているのか......考えれば色々あるだろう。赤く熱する街を見てひとり逃げる事が怖くなったからか? いや、怖さで言えば戻る方が強い。俺が簡単にホムンクルスを渡したせいで街の人達が死んだから.....これも無くはないが、これじゃない。俺は───ホムンクルスが見せた最後の表情と、トウヤが言っていた “見てみぬフリをする人間になりたくない” という言葉が強く焼き付いているからだろう。


考え歩いていた俺は、今自分が研究所のどこにいて、どこへ向かうべきなのか考えていなかった。一度立ち止まり、壁に貼られている地図を見る。今俺が居る場所は───研究所の一番奥であり、一番広いエリア。様々な機械が設置されているいかにもな部屋だが.....人の気配は全くない。


「実験って言うくらいだから、機械とか色々使うと思ったけど......勘がハズレたか」


軽く溜め息を吐き出し部屋を出ようとした時、低く震えるような音が。


「なんだ今の......下から?」


耳を澄まし下へ意識を集中していると、また。機械的な音じゃない.....なんだこの音.....。それに震動? が徐々に近付いて───


「───!?」


突然数メートル先の床が赤く染まり、溶け落ちた。

音を拾う事だけに集中していた俺は震動が近付いて来ている事に気付くのが少し遅れたものの、音の発生源とは距離が離れていたため被害はなかったが、確実にこの下に───何かがいる。下へ降りる道らしきものは見当たらず、今度は別の位置が赤く熱せられ溶ける。ランダムに溶け落ちる床......次また同じように床が赤く染まったら───最初の穴から下へ降りる。

そう決めた俺は一番の穴へゆっくり近付く。するとやはり別の場所が赤く熱を。

溶け落ちるのを見届けず、俺は穴へ飛び込んだ。どれ程の深さなのか知らない状態で、下で何が起こっているのかも予想出来ない状態で飛び込むのは無謀だと思えるが、こうするしか他に方法が思いつかなった。


分厚く深い壁───この場合は床.....天井と言うべきか?───が数秒続き、突然壁は消える。下の天井を抜けたという事になる。そして───


「───な!?」


巨大な狼が大口をあけ、熱線にも似た炎を放っていた。






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