◆9



渇いた空気は変わらないものの、ヘイザードという街は賑わっていた。

水売りも充実していて、一瞬しか見ていないがデザリアの街とも遜色ないほど人が多い。


「賑やかな街だな。とりあえず水買おうぜ水」


トウヤはさっきの会話で見せた、息詰まるような雰囲気は既になく普段と変わらない様子で水売りの店へ。

俺達は水を入れる革袋を取り出し、補給ついでに店で水を1杯飲む事にした。

グラスに注がれた水を一気に飲み干すトウヤは「生き返った」と満足そうに言ったかと思えば、周囲へ素早く視線を拡散させた。


「.......不安な顔を見せる人もいないし、今の所は四大を起こそうってヤツはいないのか?」


四大───四大元素精霊の略で、地 水 火 風 の大精霊の事を指す。


「そもそも本当にその四大ってのは存在してるのか?」


四大精霊の存在を未だに信用できない俺は、完全に四大を信じているトウヤへ言うと、胸ポケットから声が。


「本当にいるよぉー、研究所にいけば沢山お話が聞けるかもしれないねー!」


「おいこんな所で出て来るな!」


俺の胸ポケットには小人───ではなく、ホムンクルスが居る。今俺達が行っている見習い騎士試験。内容は、包みをこのヘイザードに居る研究者へ渡す事だが......包みの中を好奇心から覗いてしまい、この女の子が起きてしまった。

手のひらサイズの女の子なんてモンスター以外じゃ考えられないが、サイズ以外は俺達人間と全く変わらない。自らをホムンクルスと名乗り出した時はどう対応すべきか戸惑ったが......四大の件もホムンクルスの件も、ここにある研究所へ辿り着けば考える必要もなくなる。


「とりあえず外へ出よう」


早いところ店から出たかった俺は、トウヤの分のヴァンズ銀貨も店主へ支払い店を出る───と、突然俺の前に2名のデザリア騎士が。


「ラビッシュの2人だな?」


と、ひとりが言い、


「......コイツだ。来い」


と、もうひとりが俺を数秒見て言う。トウヤは店の中でまだ水を飲んでいる───つまりこの2人は俺達が店に入る前から眼を付けていたという事か。


「連れがまだ中なんだ。待ってくれないか?」


「お前だけの方が都合がいい。早く来い」


妙すぎる雰囲気を醸す2名の騎士だが、デザリア騎士で間違いない。俺は警戒しつつも誘導されるまま店の裏へと進む。


「......連れがいるって言ったろ? 用があるなら早くしてもらえると助かる」


なぜか敬語を使う気になれないのは、この2人がトウヤを弾こうとしているからだろうか.....俺に見て「コイツだ」と言ったのも引っ掛かる。


「ホムンクルスを渡せ」


「───!」


知ってるのか?......だっぷーと名乗るホムンクルスの存在をこの騎士達は......これはマズイ。早く「包みはモンスターに襲われた時壊れてしまった」と言うべきだ.....が、この騎士達は包みの存在よりも先にホムンクルスと言った。そもそも、どうやって俺がホムンクルスを持っている事を知ったんだ?


「見習い騎士試験の事は聞いている。そして、我々に必要なのは包みではなく、包みの中身 だ」


「お前がその中身───ホムンクルスを持っている事もわかっている。早く出せ」


「......待ってくれ、俺達は包みをヘイザードの研究所にいる研究者へ渡さないと試験に落ちる。アンタ達には渡せない」


包みが既になく、中身───ホムンクルスを俺が持っている事も言わず、俺は出来る限りの情報を引き出すべく会話する事を選んだ。


「試験の事は聞いていると言っただろ? ホムンクルスを渡せば試験は終了、お前達は合格だ」


「俺達はヘイザードの研究所を警備する騎士で、研究者に言われてホムンクルスの回収任務についている。これが研究所のパスだ」


渡された研究所のパスとやらを俺は一度手に取り、確認する。正直パスなんて見せられても何もわからないが......ガラス板に細かく文字が刻まれていて、これがパスとやらならば偽造するのは容易ではない。それでも、


「このパスが本物って証拠はあるのか?」


完全に騎士を疑っている発言はすべきではないだろう。と思いつつも、言ってしまったので今さら後悔しても遅い。


「証拠は研究所に行けばわかる.....が、ホムンクルスを回収するまでは戻れないのだよ」


「信じてもらうしかないが、一応お前と連れのパスもここにある。受け取れ」


渡された俺とトウヤのパスを受け取り、騎士のパスと見比べてから本人へパスを返す。違いはない.....ように見えたが、これも本物かは謎。


「さぁホムンクルスを渡せ」


「......やっぱり渡せない。パスもあるんだし、俺ひとりでいいから研究所へ連れていってくれないか? このパスが本物だとわかったらお前達にホムンクルスを渡す」


トウヤには悪いが、今このパスと騎士が本物なのか調べるにはこれが一番早く確実だ。騎士達は数秒考え「ついてこい」と言い、歩き始めた。

どこに研究所があるのか知らない───それどころかこの街さえ知らない───俺は警戒を高めつつ騎士の後を追う。


「ここがヘイザード研究所だ」


水の店からほんの数分で到着したのは無数の煙突を持つ鉄色の建物だった。店や宿が並ぶ大通りは建物の背も高く、この研究所は隠れていただけで近くにあったのか。しかし人が多い大通り付近に研究所を建てたイフリーの王様は何を考えているのか、何も考えていないのか.....まぁどっちでもいい。


騎士達は足を止めずに研究所へ向かう。俺も後追いで研究所へ入ると、


「護衛の騎士さんおかえり、どうだった......お? キミが噂の見習い騎士? パスはもらったかい?」


白衣の男が資料を忙しくめくりつつ俺へ言った。俺はさっき受け取ったガラス板を無言で差し出すと、研究者の男は薄型の何かをポケットから取り出し、パスを近づける。すると ピッ と小さく高い音が響いた。


「オッケー、入っていいよ」


パテは本物だったらしく、俺は研究所へ入る事を許された。研究所を少し進むと騎士達は停止し、


「これで我々が本物の騎士であり、パスも本物だったとわかってもらえたか?」


「あぁ.....疑って悪かった」


心のどこかで偽物であってくれ、と無駄に思っていた俺はせめてもの反抗でどこか生意気に負けを認める。


「では約束通りホムンクルスを渡してもらおう」


「わかった」


もう渡す事を渋る理由もない。俺は胸ポケットを開き、中へ左指を入れた。するとホムンクルスは俺の指先を抱くように掴む。すぐに指を引き上げ、右手のヒラへホムンクルスを着地させる。


「こ、これがホムンクルスか?」


騎士達も初めて見るらしく、小さなホムンクルスを大人2人が眼を丸くして覗き込む。


「コイツが自分でホムンクルスって言うからな.....俺も初めて見たから本物かは知らないけど、俺が持ってるホムンクルスはコイツだ」


「本物だよおー! それに、コイツじゃなくて、だっぷー!」


「......だそうだ」


どこまでも元気のいいホムンクルスに俺は呆れ声を浴びせつつ、騎士達へ差し出す。


「えぇぇ? カイトどっかいっちゃうのおー?」


「俺はお前をここまで運ぶのが仕事だったんだ。ここでお別れだ」


言い終えると騎士はホムンクルスを受け取った。ジタバタと暴れるホムンクルスだがサイズがサイズなため暴れても何の効果もない。


「いやだよぉー! カイトおー!」


ホムンクルスのだっぷーは再び専用のビンへ落とされ、栓をされる。中で必死に何かを叫んでいるも、声は届かない。


「......これで俺達は見習い騎士試験に合格、でいいんだな?」


「あぁ、我々から上の者へ伝えておく」


「上と連絡が取れ次第報告する。それまでこの街にいるよう連れとやらにも伝えてくれ」


そう言い残し、騎士達はホムンクルスを連れて研究所の奥へ消えていった。ホムンクルスが最後に見せた表情を俺は黙って見詰める事しか出来なかった。





研究所からすぐに立ち去った俺は、トウヤを置いてきた水屋へ戻った。店が見えるくらいの距離でトウヤを発見した俺は、最初になんて謝るかを考えているとトウヤも俺を見つけ、駆け寄ってくる。


「トウヤ、悪かっ───」


「おいカイト! お前、ホムンクルスを渡したのか!?」


駆け寄ってきたトウヤは俺の言葉を書き消すように声を上げ、俺の肩へ手を。

真っ直ぐな視線がどこか痛く、俺は見ていられなくなりトウヤの手を払った。


「なんだよ突然......」


「渡したんだな? ホムンクルスを」


なぜだろうか、俺はトウヤの顔を、眼を見れずにいた。


「あぁ、渡した」


「......っ、なんで渡したんだよ.....」


「なんでって、渡す事が試験だったろ? これで俺達は見習い試験に合格で、騎士が後で俺達を訪ねにくる。これでもう俺達デザリア騎士の───」


「さっきこの店でグルグル眼鏡の研究者に会った」


「はぁ?」


「デザリア軍は研究者に “四大を起こす研究” をさせているらしく、そのせいで騎士の手が足りなくて、俺達がデザリアからヘイザードまでホムンクルスを運ばされていたんだ」


「......なに言ってんだお前」


「ホムンクルスの知識と、巨大な狼を使って無理矢理イフリートを起こすつもりなんだ」


「.......四大を無理矢理起こした.....」


「どうなるかは研究者もハッキリした予想出来ないって.....ただ最悪の場合、街は消えるだろう ってよ」


「.......そんなの信じろっていうのか?」


「好きにしろよ。俺は研究所に行ってホムンクルスを奪う」


「お前正気か!? 研究所には騎士もいたし、俺達がどうやっても───」


「イフリートを起こす実験はホムンクルスが手に入ってすぐらしい。今さら避難なんて間に合うワケないだろう? なら───ホムンクルスを奪えばいい」


「そんな事したら騎士になれないぞ!? 俺達だけでもデザリアへ避難すればいいだろ!?」


「俺は出来る事があるのに、見て見ぬフリをして何もしない人間にはなりたくない。見て見ぬフリをして騎士なるなら───俺は騎士になれなくていい」


「ホムンクルスを奪うのは無理だって! 俺は、俺はひとりでもデザリアへ避難するぞ」


「そうか。んじゃ、ここで一旦お別れだな」


「.......ッ」


「研究所まで付き合ってくれなんて言ってないだろ? ホムンクルスを奪ったらデザリアへ戻るから安心しろって。んじゃ、後でな」


「おい、トウヤ!」



俺はその場に立ち尽くす事しか出来ず、トウヤは迷う事なく研究所へ向かい走っていった。






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