◆8



ホムンクルス。

俺もその存在を詳しく知るワケじゃない。それどころか、名前を聞いたのも数回程度で、内容はどれもおとぎ話のようだった。


「カイトー! 暑いねえー!」


俺の肩に座る小人のような女性が、ホムンクルスだと名乗った。見た目は人型でサイズは小さいものの人間以外の種族なら小さい人型も珍しくないハズだ。しかし問題は、ホムンクルスだと名乗った事。もしそれが事実ならば.....多分、相当、色々、大変な事になると.....思う。


「カイト、あそこに居たデザリア騎士にヘイザードまでの道を聞いてきたぜ。ついでに、デザリア付近にやべぇモンスターが居たって適当に言ってこの辺りから騎士を向かわせてもらった」


「おぉ、やけに気が利くなトウヤ」


肩に乗る小人───のような小ささのホムンクルスは、試験の届け物の中から現れた存在。騎士全員が包みの中を知っているとは思えないが、知っていた場合は今以上に面倒な状況になりうる。出来るだけ止まらず、誰にも会わずにヘイザードまで到着したい。


「ヘイザードはすぐ近くらしい。行こうぜ......ってお前、その小人そのままで行くのか?」


俺の肩に座るホムンクルスを見てトウヤは呆れた表情を浮かべる。


「俺もポケットに入ってろって言ってるのに、こいつ出てくるんだよ」


「ヘイザードはあっちだよお!」


人の話を聞かずに、ホムンクルスはヘイザードがあるであろう方向を指差し、ニッコリ笑った。





肌を焼く太陽の熱、揺れる砂漠の空気を俺達は無言で進んだ。ホムンクルスは自らポケットへ潜り太陽光から逃れる中、俺達は溶けうだる暑さの中確実に進む。

村を出てから数時間、水もそろそろ尽きそうになる頃、街が見えた。


「トウヤ、あれ」


「ん? お!? 街.....ヘイザードか!?」


蜃気楼に揺れる街並みは赤茶色で、賑わいも感じる。あれが目的地である、ヘイザードなのか?


「んん.....んしょ。あ、ヘイザードだよおー!」


ポケットから顔を出し、眼の前に広がる赤茶の街を見たホムンクルス───だっぷーは元気な声をあげる。このホムンクルスはヘイザードを知っていて、正直ホムンクルスがいなければ俺達は今頃迷い干からびていただろう。


「やっとか.....モンスターと戦うより砂漠を歩く方が大変なんだな」


と、俺はほっとしたように声を出すとトウヤも同感と言わんばかりに息つく。


「もう水もないし早速いこうぜ」


空の水袋を持ち、トウヤはニッと笑うも俺は足を進めず言う。


「入る前に確認しようトウヤ。俺達は騎士見習いの試験中で、このホムンクルスを研究者または研究所へ届けなければならない」


「おう。包みの中身を見たらその時点で失格、下手すりゃ極刑だろうな.....まぁ “モンスターに襲われて包みは破壊されたけど中身は無事” 届ける事が出来てるんだし問題ないだろ」


「そこはどうにかなりそうだよな。研究者達も中身が大事だろうし......でな、トウヤ」



俺は試験内容の確認をしたかったワケではない。

昨夜、村での夕食時に聞いた話───デザリア軍がシダイと言われている何かを起こす実験を、このヘイザードでしている事実をトウヤにも話しておきたい。


俺は残りの水を分け、日陰へ移動し話した。実験の目的もわからないし俺達はただ試験をこなせばいいだけ───なのだが、何かが俺に引っ掛かる。


「シダイ......」


トウヤは謎のワードのシダイをクチにし黙った。


「何なんだろうな.....俺はわからないし、これは騎士になる試験だ。余計な事を考えるべきじゃないのは理解してるけど、なんか引っ掛かるんだよな」


「なぁカイト.....俺の記憶が間違ってなけりゃ、そのシダイってのは四大元素精霊の事かも」


「.....四大元素? 地、水、火、風のあれか?」


「あぁ。俺よく本拾ってたろ? その本で見たんだよな.....」


確かにトウヤはラビッシュでよく本や読物を拾っていた。その中に酒の紙切れもあって、大人になったら一緒に飲もう、と約束したのは最近の話だ。

俺の知るホムンクルスの話もトウヤから聞いたおとぎ話がほとんどだ。


「本には、イフリー大陸には火の元素精霊が眠ってるって書いてあったな.....」


「火の元素精霊.....そいつを起こす実験って、四大元素を起こして大丈夫なのか!?」


「あくまでも俺が見たのは読物としての内容だから、読む相手を楽しませるフィクションだと思って聞いてくれよ?」


「あぁ、わかってる」


トウヤは水で喉を湿らせ、四大元素精霊の本に書かれていた内容で、今俺が知りたい部分をクチにする。


「その本で研究者が四大精霊を無理矢理起こそうとした時、火の四大が眠る地域は一気に気温が上がって街がひとつ焼け消えた。結局、四大シダイは起きずに街と人が消えて終わった」


「......」


「まぁフィクションだしそういう事件が起こらなきゃ読んでる方も飽きるだろ? 研究者の研究話なんて読んでてもつまんないし、相当古い本だったからなぁ......その時代だと最高に面白い本だったのかもな」



トウヤの言う事はもっともだ。本、読物は読む相手が楽しめるフィクション、ファンタジーなどではドラゴンが人語を話したり魔女が箒で空を飛んだり、悪魔や吸血鬼は人をどうにかしたり、そういう設定や内容で書かれていて、それが面白いからこそ手にとる者が多いものだ。

だからこそ今の時代もその設定は変わらず、恐らく最近の本でもドラゴンは喋り魔女は箒で空を飛ぶだろう。

ホムンクルスもそういったファンタジーから産まれ.....た.....、いや、ファンタジーから産まれた空想の生き物ならば、なぜ今現実にホムンクルスがいる? あくまでも空想の生物、それがドラゴンや魔女、ホムンクルスではないのか?


「......ホムンクルス、だっぷー、だったか?」


日陰の小さな岩に座り、水を飲むホムンクルスへ視線を落とし、俺は質問する事にした。


「うん? そうだよお、どしたのカイト?」


「......自分がホムンクルスだっていう証拠、見せれるか?」


「しょうこ? しょうこ......しょうこ......証拠、真実を証明、事実を見せる事、だねえ。私がホムンクルスだよって事を見せればいいんだねえ! 出来るけど、何をすれば証拠になるかな?」


「あ.....確かに俺がホムンクルスの特徴を知ってなきゃ証拠も何もないか......トウヤ、お前なんか知らないか?」


「うーん、ホムンクルスって知識の塊、博識だけどガラス瓶に入ってなきゃ死ぬっていうアレだろ? この子死んでないしなぁ」


「「 うーん 」」


俺とトウヤは同時に声を唸らせ、考える。しかし知識と言える知識の持ち合わせが無い俺は考えた所で何も。ここまで知識と言われるモノを欲しがった事がいままであっただろうか.....などと記憶を探り始める始末だ。


「まぁでもホムンクルスって本人が言うんだし、デザリアのお偉いさんも待ちわびてる存在なんだし、ホムンクルスなんだろ。信じてやろうぜカイト」


「お前、たまに凄い事言うよな.....まぁそれしかないか」


今は信じるしかない。証拠を見せろと言っておきながら、それが証拠なのかを判断出来ない俺が悪い。


「変な事言って悪かったな、だっぷー」


「大丈夫だよお! それよりどうして証拠見たかったの?」


そうだ。証拠が大事なワケじゃない。俺が知りたいのは本物のホムンクルスか、ではなく、


「四大元素精霊について何か知ってる事とかあるか?」


「あるよお! 地水火風の元素でねえ.....すっごく強いの!」


......ホムンクルスもそれくらいしか知らないか。


「へぇ、どのくらい強いんだ?」


呆れ諦めていた俺の肩をトウヤが軽く叩き、だっぷーの話にわざとらしく食い付く。


「すっごく! でも何百年も眠ってて、今も眠ってるから見せられないよお」


「眠ってるのか.....どこで?」


「ここ!」


ホムンクルスは元気よく言い、地面を指差す。トウヤはその行動にもしっかりと対応し話を繋げる。


「ここ? 地面の中?」


「うん! えっと.....何の四大を知りたいのお?」


「そうだなぁ.....火、かな?」


「火はイフリート! このイフリー大陸に眠る四大がイフリートだよお! 臆病な性格で、ずーーっと昔に起こされた時は、怖いよーって街を消しちゃったんだよお!」


「───!? おいトウヤ、今の話」


「あぁ.....もしかして───なぁ、その昔の話は知ってるか?」


「うん、フローっていう大きなメガネの研究者がイフリートを起こすぞって研究して、失敗しちゃったんだ。今のデザリアの位置から少しだけ離れた場所に大きな街があったんだけどねえ。それが焼けちゃったの! そこは、今はラビッシュって呼ばれてる場所だよぉ」



俺達はとんでもない話を聞いているのではないか? と思う反面で、聞いておきたい、知っておきたいという気持ちも沸き上がっていた。





だっぷー.....ホムンクルスの話を聞き続けた俺とトウヤは、言葉を失った。


眼の前に目的地であるヘイザードがあり、そこで研究者にホムンクルスを渡せば俺達の試験は終わる。晴れて見習い騎士になれる───ハズだったのだが、途中の村で聞いた研究の話、トウヤが読んだ本とホムンクルスが話した昔話の一致が俺達の足を止めさせる。


俺とトウヤの出身はイフリー大陸のラビッシュ。このラビッシュが元々イフリー大陸の首都で、四大シダイを起こす実験をフローという名の研究者が行い、失敗し、首都は壊滅。その残骸が今のラビッシュになる。

起こされて、怖がっただけで、首都レベルの規模の街が壊滅......そんな実験が昔行われていて、その記録がないなんて馬鹿げた話はないだろう。

なぜまた同じ事を繰り返そうとしているんだ?


だっぷーの話では四大元素精霊は人間がどうにか出来るレベルじゃないらしいし、起こしてどうしたいんだ?


いや、そんな事考えても何の意味もない......それに、それに俺達は騎士を目指しているだけではないか? 研究者を目指しているワケでも、その研究を阻止したいワケでもない。


俺達は俺達のやるべき事をやればいいだけ......それだけだ。


「トウヤ、行こう。ヘイザードへ」


「は? カイトお前、マジで言ってるのか?」


「あぁ。俺達の目的は騎士試験を合格して見習い騎士になって、正式にデザリア騎士になる事だろう? 研究者を目指しているワケでも、研究を止めたいワケでもない」


「まてよ、お前.....失敗すればヘイザードは消えるんだぞ!?」


「その研究も本当かわからないだろ?」


「そう、だけど.....可能性はゼロじゃない、話を聞いたうえで無視出来る事じゃないだろ!?」


「他人の事を気にするのは騎士になってからでいいだろ! 今は自分達の事を優先しなきゃ何も変えられない」



今現在俺達には何の力も、誰の力もない。ホムンクルスがキーとなる研究がすぐに行われるのかさえ、わからない状況だ。確実に騎士になり研究とやらの事情をしる事も必要だろう。なんにせよ今の俺達にはどうにも出来ない。



「.....ヘイザードに行くのはいい、でも四大を起こすのを見て見ぬフリは出来ない。下手すりゃヘイザードの.....関係ない人達が消えるんだぞ?」


「それでも、今の俺達には何も出来ないだろ。騎士になって、事情を知ったうえで次の行動を考えるべきだ。今すぐどうこうなる問題でもないだろ?」


「.....ッ、わかった。でも、すぐに四大を起こす実験が始まりそうだった場合、俺はホムンクルスを研究者には渡さないぞ。街のみんなが避難してから渡しても遅くないだろ」


「どうやって避難させるつもりだ? 今騒ぎを起こせば俺達にはマイナスしかないぞ? 騎士になるまで我慢しろよ」


「騎士になるまで見捨てろってか? そんなのオカシイだろ。見て見ぬフリをして騎士なるなら───俺は騎士になれなくていい」


「おいトウヤ」


「自分の事も大事だけど、他人に対して動けないヤツは騎士になる資格なんてないだろ。......とりあえずヘイザードへ入ろうぜ。街の中で上手く情報を集められれば、別の答えが見つかるかも知れない」


「.......」


「行こうぜ、カイト」


「......あぁ」



見て見ぬフリをしてなる騎士に意味はない。

他人のために動けないヤツは騎士になる資格はない。


この言葉が俺の胸に残った。


まず自分の事を優先させなきゃ騎士も何もない。自分の事も出来ないのに他人の何が出来る? そう俺は思っているが、トウヤは違った。


俺とトウヤ、どっちの考え方が間違っているのか.....俺にはわからない。でも、少なくても俺達は騎士になるために今ホムンクルスをヘイザードまで運んでいるんだ。誰のためではなく、自分のために。


ホムンクルスを研究者に渡して俺達の試験は終わりだ。

その後───ホムンクルスを使って研究者が何をしても、俺達には関係ない。


任務を達成できれば、今はそれでいいんだ。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る