◆15
「......あたしにも生きてほしい、デスか。マユキちゃんのご両親がそう言ってたデスよ......あたしが産まれるような事がなければ、あなたは普通の人間として生きていたかもしれないのに」
「あのご両親の子供デスよ、あなたは。こんなあたしを否定せずちゃーんと見てくる。拒否でもしてくれれば気持ちよく噛み殺してあげるというのに......本当に......あなた達は.....」
人間の素材に吸血鬼が注がれ、溢れた吸血鬼部分。自分の事をそう認識していた
覚醒した瞬間から命を狙われている
エリザベート、吸血鬼達、アリストリアス、そして地界ではマリス。
誰も自分を受け入れようとしない、
そんな中で───あなたにも生きてほしい。と言われた瞬間、
「マユキちゃん.....あたしは生きたいし死にたくない。エリザベートを殺したいとか殺すとかは別にして、あたしは多分、凄く生きたいと思うデス。あなたはどう思うデスか?」
───生きてほしいと思うよ。
「───.....声、聞こえた.....デスねぇ」
不思議な感覚。
視界がぼやけて、眼の奥が熱くなる感覚と、胸の奥で固まった氷が溶ける安心感に
───こんなになっちゃって、ごめんなさい。迷惑ばかりかけて.....また迷惑かけて、ごめんなさい。
「本当に、迷惑デスよ......そんな状態で、自分が消えそうな状態でも他人の事を思うなんて、マユキちゃんは馬鹿デスか?」
───馬鹿なのかもしれないね。ごめん.....任せていい?
「仕方ないデスねぇ。でも、とーぶん会えないデスよ?」
───うん。でもまた会える。だから.....それまで死なないでね?
「頑張ってみるデス」
───あ、あと! お風呂に入ったら着替えもちゃんとする事! 手が汚れたら洗う事! あと......
「まったく.....こんな状況でなんデスか? 早くしないと呑まれちゃうデスよ」
───あと、人間を嫌いにならないでほしいな。
「.....大丈夫デスよ。元々好きでも嫌いでもなかったデスし、あなたやあなたのご両親みたいな人間もいるって知れたデス」
───ありがとう。
「こちらこそ、デス」
───それじゃあ、お願い。またね?
「.....またね、デス。マユキちゃん」
◆
泣き狂っているような声をあげ、暴れていた
声も出さず、指先を動かす事もなく、ただピタリとその場で。
内側から
「遠慮も何も必要ないデスねぇ。お前は早くあたしの中に還って、あたしが外に出るだけデス」
引き寄せた血液の悪魔を
質、柔軟性、強度、と全てが紅の血液よりも高く有能な血だが、体内に貯めておける量が少なく全て失えば死んでしまう吸血鬼の切り札であり、切りたくはない札でもある。
吸血鬼の体内に黒血は3パーセント存在する。マユキの中にも。2パーセントの黒血を使い、頑丈な筒を造り出したマユキは力ずくで能力を押し込む。
「必ず迎えにくるデス。それまで、この中で黙っていてくださいデス」
───ありがとう。必ず迎えに来てね。
「───!?」
響いた声は
しかし声は───能力の悪魔とも言えるマユキとは程遠い見た目をした存在から響いた事に
「───必ず迎えにくるデス」
返事をし、筒の蓋を閉じた。
その瞬間、自分の中から何かが抜き取られるような不思議な違和感に襲われ、意識が切断された。
◆
熱い空気と焦げた臭い。血の臭いがあたしの鼻を刺す。
「.....」
不愉快な眼覚めに眉を寄せ、瞼を押し上げるとそこは───燃え崩れる街。
「......外......成功したみたいデスねぇ......あれ? 何が成功したんデスかねぇ?」
成功した事に対しての安心感が湧くも、何を成功させたのか思い出せない。頭の中がぽっかりと空いたような───空白だけが脳に広がる。
「......吸血鬼を殺して、女王も殺して.....王女様を探すんでしたねぇ。どこに居るデスか? エリザベートちゃん」
思い出せた事をクチにするも、違和感は消えない。
周囲を見渡せば胸の奥に刺さる杭のような感情が疼くも、なぜそんな感情が存在しているのかさえわからない。
「わからない事は考えてもわからないデスねぇ。とにかく移動するデス。ここは───悲しい気持ちになるデス」
身体を起こし立ち上がると、
「おっ? 起きたかいな。どっか行くんかい?」
見知らぬ人物があたしへ声をかけてくる。大きなグルグル眼鏡をかけた小さな女性。
頬には玉乗りピエロのマーク。
「どなたデス?」
「どなた.....うーん.....じゃあクラウン! いや違うなぁ......ジョーカー!うん、ジョーカーいいね!」
「ジョーカー......なんデスかそれ?」
「何でもいいさ。それよりどこ行くんだ?」
「そうデスねぇ.....今はとにかくここを離れたいデス」
「そ。一緒にくる?」
「行かないデス」
「そ。んじゃいいや───あ、武器は? 外はモンスターとかいるぞー?」
「武器......ないデスねぇ」
「金も持ってなさそうだしなぁ.....んじゃ作ってやんよ」
「はい?」
「武器! 作ってやんよ~。素材はコイツでいいね」
グルグル眼鏡の女性は足下に倒れている人間の死体を蹴り、ケタケタと笑う。
人間が武器素材になるのだろうか? と考えたあたしだったが、アリストリアスは夫を武器にしていた事を思い出し、人間も可能なのだろうと納得した。
「お金ないデスがいいんデスか?」
「いーよいーよ、次会った時楽しませてくれそうだし。んで、どんな武器がい?」
「そうデスねぇ.....大きな武器がいいデス」
「ほいさ、大剣でいいね。すこーし待っててすぐ戻る」
そう言い残しグルグル眼鏡の女性は地面に魔法陣を広げ、素材を引き摺り魔法陣の中へ消えた。数十分後、戻ってきた女性の手には渇いた灰色の大剣が。
「はい完成~。名前は【マリス】ね! あとはお好きにどーぞ」
「ありがとうデス。あなたは何者なんデス?」
「んー、何者なんだろね。この街の近くに首都があるから行ってみ? わたしが何者なのかわかるかもよ? グヒヒ。んじゃ、またね~」
グルグル眼鏡の女性は楽しげに笑い、燃える街へ消えていった。
あたしは受け取った大剣【マリス】を握り、この先にあるという首都を目指した。
これから先の生き方も見えなくて、生きてきた道も見えなくて、真っ暗な状態で闇雲に進む自分はどこへ辿り着くのか。
過去も、今も、未来も、何もわからない。自分。
首都ドメイライトへ到着しても、何も感じないまま、何も変化がないままで悪戯に過ぎる時間の中をただひとりで───。
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