◇16



───またバラバラの死体が見つかったらしいぞ。


イフリー大陸の小さな村で響く男の声にあたしは小さく笑った。


───まさか、また吸血鬼ヴァンパイアの死体か!?


───あぁ、デザリア軍の方々が回収していったから間違いないだろう。



そんな会話をしている人々を横切り、あたしはこの村を出た。何の思い入れもない村。ここに来た理由は───吸血鬼狩り。


最近妙に吸血鬼が地界へ顔を出す。理由は知らないが......10年前にこの地界で覚醒したあたしの記憶にハッキリ焼き付いていた事がある。

それが “吸血鬼を殺し血を濃くする事” と “吸血鬼の王女を見つけ殺す事” だった。

なぜこんな事だけ覚えているのか知らないが、大切な事なのだろうとあたしは思い、あの日ノムー大陸のドメイライトで、吸血鬼狩りをする事を決めた。


あたしの鼻は不思議と吸血鬼の匂いがわかる。そのおかげで見つけ次第すぐに殺す事もでき、血を啜り自分の中の吸血鬼の血を濃く高める行為がスムーズに進んでいた。血を濃くしなければ王女【エリザベート】には勝てない.....と、これも濃く焼き付く記憶でしかないが、この記憶に従って生きればいい。


「......10年経っても変わらない自分は......バカなのデスかねぇ?」


誰に言うワケでもなく、呟かれた言葉。10年前燃える街で眼覚めた日からあたしに残っている───妙な癖。

吸血鬼達はあたしを見るや「後天性のカーレイドだ」と言い恐れる。

その意味もハッキリわからないが、後天性で生まれたのがあたしなのだろう。今度吸血鬼に遭遇し、同じ事をクチにしたら聞いてみたいものだ。



「.....あら? 早速質問チャンスが来たデスねぇ───マユキちゃん」



鼻腔を刺激する錆びた匂いがあたしのスイッチを入れる。

匂いがする方向へ向かうと、3名の男性が。



「こんばんはデス」


ニッコリ笑い挨拶すると男性のひとりがあたしを見て、


「.....コイツ、カーレイドだ!」


「お? あたしを知ってるデスか! なら───」


あたしは背負っている大剣【マリス】を抜き、他の吸血鬼を殺した。首を撥ね飛ばし、手足を斬り、最後に胴を斬る。出来るだけ速く、出来るだけ細かく。これが最近のマイブーム。


「アハ。生き物を殺した時、血の雨が降るって何かの小説で読んだデスが、血を雨を降らせるのはこんなにタノシインデスネェ」


血を浴びゾクゾクとする何かを我慢し、あたしは最後の吸血鬼へ視線を流す。

恐怖に染まる表情があたしを更にゾクゾクと震えさせる。


「怖がらないでください。ただお話がしたいだけデスよぉ」





後天性 真祖 吸血鬼【カーレイド】

それがあたしの呼び名らしい。

万華鏡のように形を自在に変えるあたしの血を操る能力ディアから名付けられた名前。


元は人間で、吸血鬼の最上位種族 真祖 の黒血で後天性に成功した唯一の存在で、吸血鬼達から恐れられる存在で、戦闘を愛する吸血鬼達が探す討伐対象があたし。


「あたしも吸血鬼を探してますし、近々会えそうデスねぇ.....エリザベート。そう思うデスよねぇ? ───マユキちゃん」



この癖。

独り言と自分の名前を最後に言う癖。昔あたしは人間の自分と会話していたのだろう。

何のためにそんな事をしていたのか不明だが───悪い気はしない。

生け捕りにした吸血鬼を処理し、あたしは砂地を進んだ。


「あ? 街が見えて来たデスねぇ。ローブを装備して、宿屋いくデスよ。シャワーを浴びて血を流さなければ大変デスもんねぇ───わかってるデスよ。シャワーを浴びたらちゃーんと着替えるデス」


誰とした約束なのかも思い出せないが、数少ない過去の記憶の中でも一番───あたたかく、優しい記憶がこの、他愛ない約束の記憶。


10年という月日は簡単に流れ、あたしを渇かすばかりだった。


万華鏡などと呼ばれていても、何ひとつ変化していない自分はいつか変化出来るのだろうか? いつか思い出せるのだろうか? そもそも覚えているのだろうか?


人間あたしの事を吸血鬼あたしは。





年を取らない身体。

薄くなる人の記憶。

あたしはなぜ真祖吸血鬼の王女を殺したいと思っているのか......それさえハッキリしない。


このままひとりで何も変わらない日々を消化するように生きていていいのか?

もし明日自分が死んでも、何も変わらず世界は普段通り進み、何も変わらないだろう。

これは生きているとは言えるのだろうか?


なにか、とても大切な事を忘れてるような......ポッカリと空いている記憶に大切な何かがあったのではないか?


そう思うも、吸血鬼の血を浴び続けたあたしの記憶は薄く揺れ、いずれ消えるのだろう。


「こんな事考えて、悩んでも仕方ないデスよねぇ......」


後天性吸血鬼、つまり前種族は吸血鬼ではない。

あたしは元人間 現吸血鬼という事になる。そうなれば───吸血鬼には本来そこまで必要ではない食事も必要となる。真人間ほど頻繁に食事する必要はないものの、吸血鬼よりは食事頻度が多く、血液を使うこの能力ディアは水分補給が大切なのだと数年前に知った。だからと言うワケではないが、酒場で何か飲みつつ次の吸血鬼を探す事にしよう。


「...... 万華鏡カーレイド。あたしは変われるんデスかねぇ───マユキちゃん」


───変われるよ。キッカケは案外すぐ近くにあるかもね。


「───え?」


聞き覚えのない声───なのに、懐かしくてあたたかくて、悲しくて、嬉しい声が聞こえた気がした。


「───.....デスかねぇ。だといいデスね」


あたしは聞こえたのかさえ怪しい声に小さく返事をし、酒場のカウンターへ寄り、飲み物を注文する。


「ポッカポカエール1つ」


注文を済ませ飲み物を待つ間すぐ横から視線を感じ眼線を送ってみると───巨大なジョッキを持った青髪の少女が超接近状態であたしを見ていた。

吸血鬼ではない。青髪───水色の髪と緑の瞳の少女。


「......あたしの顔に何かついてますか?」


なんだろう、胸の奥のさらに奥にある消えそうな記憶が───揺れる。


「んや、髪色すごいね! って思って!」


なんだ.....この感覚。

忘れ去られて、錆び付いて、開く事もなかった扉が───ゆっくり開くような。


もう少し、もう少しで何か掴めそうな───そんな。


今まで一度も感じた事のない妙な、変な、感覚。

これが何なのか知る事は出来ず、手をすり抜けてしまった。


「この髪色は昔突然...染まり始めて、大体今くらい染まると止まるんデスよね。不思議デスよねー」


別に答える必要はなかったのに、無視すればよかったのに、あたしは今の感覚が何なのな、もしかすると自分の変化のキッカケになる───いや違う。

薄くなって消えかけている記憶を辿るヒントをこの少女が持っているのではないかと思い、返事をしたんだ。


青髪の長髪を揺らす少女の声は───あたしの記憶を刺激する音。


人間だったあたしは───この子と昔会った事があるの?



しかし、今度は声が聞こえなかった。

でも何かある。


吸血鬼を殺して回るのもいい。


でも───



「あたしは マユキ。よろしくデス!エミリオさん!



ちょっと寄り道してもいいデスよねぇ───マユキちゃん。







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