◆13



お花屋さんの両親の元へ産まれたあたし。両親はあたしに愛を沢山注いでくれた。身体が弱く、すぐに体調を崩してしまうあたしは迷惑ばかりかけてしまっただろう。

いつか、両親のお店.....お花屋さんをあたしが継いで、綺麗なお花を沢山咲かせて、訪れてくれる人達に笑顔の花を咲かせたい。


そんな事を考えていたあたしは、両親を、父と母を───。





「.....いい、いいわ、いいわね、貴女、素敵よ!」


クチに広がる鉄の味。温かくて、悲しくて、優しくて、あたしは何をしているのだろう。


「それ、貴女の、ご両親、よね? 自分の、親を、自分で、殺した、気分は? 自分が、生きる、ために、親を、殺すのは、どんな、気分? 」



あたしは、あたしが生きるために、あたしの勝手で、両親の血を。

身勝手なんて言葉じゃ足りないほど、身勝手な自分。



「殺したのは、あなたですよね? マリスさん」



自分のクチから出た言葉に、自分でも驚いた。両親の血を啜ったのはあたしだ。でも殺したのはマリス。しかし、そんな事はどうでもいい。何を言っても両親はもう.....そう思っているのに、あたしのクチから出た言葉に悲しさや悔しさは無かった。


グシュグシュと再生を始めるあたしの身体。両親の血はあたしを助けるように、全身を駆け回り体温を上げる。



「.....、本当に、可愛くない。貴女、可愛くないわ」



───.....アイツ、殺す気満々デスよ。変わりますか? マユキちゃん。


頭の中で囁かれる吸血鬼あたしの声。

痛い事.....戦闘は吸血鬼きみの方が絶対にいいよね。でも───


「大丈夫。あたしがやる.....あたしにやらせて」


───.....了解デス。あまり血を使っちゃダメデスよ? 操るのが難しいデスから。


声を聞き終える余裕もなく、あたしはマリスさんが突き出した針の様な形状の細い剣を手のひらで受ける。痺れるような痛みの後に、焼けるような痛みが左手のひらから全身へ流れる。声が小さく溢れるも、奥歯を噛み、あたしの左手は貫通した剣を進みマリスの右手を掴む。


「あらあら、涙眼よ? 我慢しないで、泣き叫んでも、いいのよ?」


「お前が.....っ、泣き叫べ!」


言い放つと同時にグッと力を入れた左手、溢れ出る血液へあたしの意思が流れているかのように、形状を変化させる。針の様な形状へ変化した3本の血液を、あたしは迷わずマリスさんへ突き刺した。喉に1本、胸に2本。


───.....アハッ、結構に迷わず殺すデスねぇ。この女も全然慣れてないみたいデスし、あっさり殺っちゃいましたねぇ。マユキちゃん。


その声を聞き、あたしはマリスさんの顔へ視線を上げた。

クチを開き空気を求め、眼球を震えさるマリスさんは───微量の血を吐き出し、糸が切れた人形のようにガクリと傾く。


「人を.....あたしが.....」


───.....はい。人を殺しましたねぇ。あなたが。


よく殺人者が言う。殺すつもりはなかった、と。

あたしはあの言葉が大嫌いだった。

でも、今なら少しだけ気持ちがわかる。必死で、何も考えられなくて、考える余裕が出来た時にはもう遅くて。


「あたしが.....人を.....でもマリスさんも、でも、でもだって、」


「およよ!? サクッとイッてるねーこりゃ。欲しかったのに遅かったかいな」


「っ───!?」


───.....誰デス?



いつのまにか呼吸が荒くなっていたあたしの前に現れたのは、大きな渦巻き眼鏡をした女性。マリスさんを観察するように見て、次にあたしを見る。


「キミが殺ったのかー? ん?.....そんなに急いだ呼吸だとツラくないかいな?」


一歩、二歩と近付いてくる女性。あたしは何も考える事が出来ず、ただ女性を見ていると───突然左腕の血が暴れるように動き、女性へ伸び進む。


「ッ───!」


激しい痛みに両眼を閉じそうになるも必死に堪え、左手を右手で押さえる。しかし針の血液は止まらず女性へ。


「あぶぶぶ!? なになに、串刺しにして焼いて食べようって思ったかい!? わたしを食べても美味しくないよー? 」


「ッ、逃げてください、自分で───ッ」


「あっぶ! 逃げます逃げます、逃げさせていただきやすー!」


自分で制御できない血液の変化にあたしはどうする事も出来ない。眼鏡の女性は素直にその場を離れてくれたので、これで止まる、と思ったが、さらに血液は暴れ出る。


左手のひらの傷からだけではなく、内側から眼球を弾き飛ばし溢れる血液。左側背中の皮膚を突き破り溢れる血液。


想像を越える痛みに、あの夜を思い出す。

吸血鬼の城で受けた数々の痛みや苦しみ、恐怖と不安。


「助け、て───」


───.....マユキちゃん。


「イヤ、熱.....痛い、怖い、なんであたしが、なんで、イヤ」


───.....落ち着いてください、このままじゃ暴れて街がグチャグチャに、


「助けて、助けてよ! イヤ!」


───.....あらら? 聞こえてないデス?


「もうイヤ、止めて、イヤ」


───.....あたしは人間マユキちゃんの事が好きなんデスがねぇ。うまく分けられないものデスかねぇ。



あたしは吸血鬼あたしの声を聞けないほど、痛みと恐怖に呑まれてしまっていた。





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