◆12



......もう何もないや。


───......何もない、デスか?


......うん、何もない。


───......そうデスか。


......ねぇ。


───......はい?


......奪われる側が悪いと思う? 奪った側が悪いと思う?


───......わからないデス。ただ、奪われたくなかったら守るしかないデス。


......もう守るモノなんてないよ。


───......あるデスよ。あの女は人間マユキちゃんを奪おうとしてるデス。


......もういいよ。生きていても仕方ないし。


───......そうデスか。


......うん。


───......あたしはまだ死にたくないデスけどねぇ.....この身体の持ち主がもういいなら、諦めるデス。


......諦めるって、吸血鬼あなたなら身体を奪う事くらい簡単じゃ


───......簡単デスよぉー。でもせっかくお話出来るんデスし、お互い隠し事も出来ない関係デス。あたしは人間あなたを嫌いではないデスし、仲良くしたいと思ってるデスよぉ?


......あたしは、


───......?


......ねぇ、少し変わってくれる? 少し休ませて。


───......いいデスよぉ、交代するデスね。





「私の事キライ? 私は貴女が好きよ?」


悲劇を舐めるようにマリスは俯き立つマユキへ問い掛ける。崩れ焼けるシガーボニタを染める夕焼けは夜闇に呑まれ、吸血鬼マユキは答える。


「───......どちらかと言えば、好きデスよぉ? あなたみたいな人」


「───!?」


声色も口調も数秒前のマユキと違う事にマリスは驚き、灰色の瞳を見開いた。

別人。そう思ってしまうほどマユキの雰囲気は一変する。


「あなたはあたしの事、好きデスかぁ?」


「.....貴女、だれ?」


「こんなあたしでも───好きデスかぁ?」


瞳を黒く紅く染めたマユキは白いキバを伸ばしマリスを一直線に見詰める。

揺れる事のない瞳にマリスは数秒停止するも、すぐに笑った。


「───アハッ、素敵で、ステキな、悪魔の瞳。やっぱり貴女は可愛い、欲しい、ほしい、ホシイ」


人形───旦那の両手に斧を握らせ、関節を無視した捻りで回転させるマリス。旦那に意識はないのか表情ひとつ変える事のない様から本当に人形にも思えるが───


「あら、コレ.....本当に人間なんデスねぇ」


マユキは躊躇する事なく自分の指先を噛み、溢れる血液をナイフに変化させ人形の首を斬り落とした。どぷっと溢れる血液は人間のもので、マリスの人形───旦那は力なく地面に倒れ込む。


「生きた人間を人形の様に操る......死んだ人間は操れないって事デスね」


「───......可愛くない」


倒れる人間人形を気にする様子はなく、ただマユキを見詰めるマリス。人形を失った操師は何も出来ない。そう思っていたマユキだったが、マリスは指先から出る糸を自分へ向け、不気味に唇を歪めた。


「 Lassen Sie das Puppenspiel───お人形劇は好き?」


句切りなく言葉を放つとマリスは針のような細剣を抜き、驚くべき速度で不規則な移動する。地面から壁、そして地面へと飛び跳ね、また飛んだかと思えば空中で再び飛ぶ.....まるで空から糸で操られている人形の様に不可解な動きを高速で続けるマリス。

マユキの眼では既にマリスの速度を追えず、それを確認したマリスは攻撃へと移る。

細く鋭い細剣を突き刺しては移動、突き刺しては移動する攻撃。

痛みに疎く恐怖心も持ち合わせていない吸血鬼マユキには何のダメージもなく、刺された傷はすぐに再生される。


「速いデスねぇ.....とても追いきれないデス、が、弱いデスねぇ。大斧でも振り回していれば話は別デスが、その武器であたしの命を狩るのは無理デスよぉ?」


そう言い終える頃にはマユキの身体は既に二十ヶ所以上を刺され、再生されていた。

マリスはふわりと速度を緩め、着地し微笑を浮かべる。


「止まった。ジャンプは楽しかったデスかぁ?」


「気になるなら次は貴女が飛んでみる?」


「───あらら?」


マリスは細剣を捨て、腕を大きく振り上げた。するとマユキの身体は一気に空へ上がる。

チクチクと刺す攻撃は糸を対象へ結びつける為の攻撃。追えない速度で動き続けるマリスに対し、マユキは動く事なく停止を待っていた。その間に二十ヶ所以上も糸を結びつけられている事を知る事も出来ず、マリスが停止した頃には自由に動く事も許されない人形状態に。


「───貴女の悲劇は何色?」


振り上げた腕を一気に降ろし、マリスの手のひらは地面に着く。同時に打ち上げられたマユキは地面に向かい急降下し、嫌な音をシガーボニタに響かせた。


「思ったより、グチャグチャに、ならない、のね」


落下したマユキを見て不満そうに呟いたマリスは細剣を拾い上げ、崩れた建物─── 人間マユキが暮らしていた家へ向かう。瓦礫の中から微かに聞こえる呼吸音。そこへ細剣を何度も突き刺す。


「もう死んでしまうけど、まだ動く。コレで、潰して、あげるわ」


マリスは細剣を捨て両手の指を奇妙に動かすと、瓦礫の中からマユキの両親がうち上がる。

辛うじて生きている人間2人、マリスは両手のひらを合わせ、操り人間を合わせる。


「これで、グチャグチャに、叩き潰してあげる」


一度目、マユキの背を操り人間の頭部で強く叩く。

二度目、操り人間の全身を使いマユキの全身を強く叩く。

三度目、マユキの頭部を操り人間の頭部で強く叩く。

四度目、五度目と同じく頭部を。


六度目の攻撃をしようと操り人間を高くあげた時、糸は解ける。


「あら、もう壊れちゃった」


半壊した頭部から中身を溢れさせた操り人間は壊れ、死体に。生きた人間を操る事が可能なマリスだが、死体を操る事は出来ない。自動的に糸は解け死体はマユキへ落下した。


「可愛い、ままなら、お人形として、使ってあげたのに、残念。眼鏡の女の子の誘いに乗って、別の人形でも探すわ」





───......身体が動かないデスね。壊れちゃったかな?


............。


───......見てたデスか.....。


............。


───......見てた通り、あの女性をナメていたらこれデス。笑っちゃいますねぇ。


......血が沢山出てる。


───......はい。潰されましたから血がドクドク出てるデス。気持ち悪いデスねぇ。


......あたしの両親も。


───......デス、ねぇ。残念デスが死んでますよ、ご両親。


............。


───......このままじゃあたし達も死ぬデスねぇ。残念デス。


......死ぬ? あたし達が?


───......はい。外界あっちで血を沢山使って、こっちで血を沢山流して、再生するにも血が必要デス。これはもう無理デスねぇ。


......どうにもならないの!?


───......あら? 人間あなたさっき、生きていても仕方ない、と言ってたじゃないデスか?


......それは、、。


───......アハハ、万華鏡みたいな性格デスねぇ。あたしも同じデスけど。


......どうにかならないの?


───......なるデスよぉ、ただ、


......ただ?


───......血を飲むしかないデスけどね、あの方達の。


......あたしの、お父さんとお母さん.....。


───......どうします? 生きたいならあたしが飲むデスが、死体とはいえご両親デス。そんな事したらもっと死にたくなるんじゃないデス?


......、.........


「あたし、が.....飲む......よ」


───そうですか。よろしくデス。



あたしが、あたしの意思で、あたしの手で、両親の血を飲む。

あたしは人間だった。でも今は吸血鬼。死にたかった。今すぐにでも死にたいと思っていた。でも、あたしをイカス為に死んだ人がいて、あたしを生かす為に助けてくれる吸血鬼あたしもいて.....この身体はあたしひとりのモノじゃない。


お父さん、お母さん。

守られてばかりで、守ってあげられなくてごめんね。


お父さん、お母さん。

自分勝手な我が儘だけど、もう一度あたしに命をください。


お父さん、お母さん。





──────ごめんね。






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