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女性が扱うには不釣り合いすぎる大斧を軽々と片手で操る吸血鬼の女王であり、最上級種の真祖 吸血鬼【アリストリアス・ノスフェラトゥ】は挑んでくる後天性 真祖 吸血鬼の【マユキ】を何度も吹き飛ばす。

大斧、固有名【ヴラドツィペル】はアリストリアスの旦那、つまり吸血鬼の王を武器素材に生産された武器。旦那を武器に変える狂気の吸血鬼は真っ黒で肉厚な斧刃を舌先で愛でる。


「挑んでくる姿勢は素晴らしいですが、何度立ち上がっても同じですわよ?大人しく試し切りの肉人形になりなさい」


硬化した血液をガラスの様に砕くアリストリアスの斧攻撃。マユキは何度も血液の盾を砕かれていた。しかし逃げる事もせず、怖れる顔も見せず、何度も立ち上がる。


「これが真祖の女王デスかぁ....想像以上に強いデスねぇ」


捻れた右腕を捻り戻していると、アリストリアスはコウモリの様な羽を広げた。


「偽物には出来ない芸を見せてあげますわ」


天井付近まで昇ったアリストリアスは針にも見え、管にも見える細い何かを羽から伸ばし、吸血鬼達の死体へ突き刺した。針管はポンプの様に死体から血液を吸い上げる。


「貴女の能力....品のない魔女達が言うところのディアは “血液を変化させる” と言ったところね?私のディアは “摂取した血液の量だけ自分を強化する” 力。血液を含んだ肉袋が沢山あれば一気に摂取する事も出来る。それが本物の真祖」


自慢げに本物の真祖である事を高らかと響かせたアリストリアスは、針管を抜きゆっくりと舞い降りる。


「....昇る意味あったのデスかぁ?」


クスッと鼻で笑うマユキへアリストリアスは微笑を返し、人差し指を立て挑発的に誘う。

“血液を摂取する事で自身を強化する” 典型的な強化系ディアを持つ真祖女王。その強化が 攻撃的強化 なのか 防御的強化 なのかハッキリしていない中で、マユキは血液を硬く鋭く形状変化させた。

防御を捨て、攻撃に特化させた血液変化。スッ っと小さく息を吸い込み、マユキはアリストリアスへ突撃する勢いで攻めた。





クルクル、クルクル。

宙を回るは、あたしの腕。

ボトボト、ボトボト。

中身が出ちゃったのは、あたしのお腹。

ドクドク、ドクドク。

跳ねているのは、どこ?


「~~~!」


ぼんやりしていたあたしの意識が突然、雷に叩かれた様にシビレ、あちらこちらから痛みが沸き上がる。

空気に触れているだけでも意識が飛びそうになる痛み、視界の端が暗くなり、中心が大きく揺れ傾く。


「痛みに慣れているので疎い、だけで、痛みを感じないワケではなくてよ?一撃で殺してあげてもよかったのだけれど....ゆっくり千切った方が楽しいですものね」


床に散り転がる、あたしとまだ繋がっているあたしの中身を、アリストリアスは握り潰す。細長い中身を潰しては捻ってみたり、爪で穴をあけてみたり 、その度あたしは脳が焼けるほどの痛みに絶叫した。


ビチャビチャと溢れる血液と、押し出された中身。神経───痛覚が露になっている様で、空気に触れているだけでも痛むそれを、アリストリアスは喜び、


「美味しそう」


鋭利なキバを立て、深く噛みつき、喰い千切る。

人間───エリザベートの部屋であたしに話し掛けてきたあたしだったら、きっと腕が切断された時点で防衛的に意識も切断していただろう。

でもあたしは、後天性 吸血鬼。超再生能力を持つ様で、意識を切断するよりも、切断された細胞を無意識的に再接続するため、気絶し痛みから逃れる事も許されない。

アリストリアスはそれを知ったうえで、あたしを弄んでいる。

エリザベートは他種族、主に人間で遊び、アリストリアスは同種族、吸血鬼で遊んでいたのだろう。どこまで痛みを与えれば意識が途切れるのかを知り尽くしているのか、ギリギリのラインを上手く渡り続ける。

中身を捏ね回したと思えば爪をゆっくり一枚一枚剥ぎ、指を縦に斬り、最後は腕を大斧で切断。したかと思えば遠くに落ちているあたしの腕を拾い、切断された腕も拾い、左右反対に細胞接続させてはまた同じ様に弄ぶ。


それに飽きたのか、散らばる中身をあたしのお腹へ戻し、指を捻切って、お腹の再生を待った。もちろん再生されれば大斧で開かれ、また中身を散らす。


人間のマユキはエリザベートの玩具にされ、吸血鬼のマユキはアリストリアスの玩具にされ、もう自分で自分が何なのかも、何者なのか、何のために生きているのかも考えられない状態まで圧されていた。


「貴女は後天性....偽物だとしても、吸血鬼。こういうのはどうですか? きっと─── キモチイイですわよ?」


未だ途切れない意識が捉えたモノはアリストリアスの手にある3つの中瓶。

大量の黒い何かがガサガサとか渇き暴れる瓶。

大量の長い何かがウネウネと濡れ蠢く瓶。

静かに四眼をギラつかせる茶色の影がひとつ見える瓶。


「ゴキブリ、ムカデ、クモ、の三種類をご用意してみましたわ。ちなみに....ゴキブリは限界まで空腹に、ムカデはストレスを最大まで与え、クモは産卵間近に仕上げてありますわ」


告げられた名前の生き物は前のあたしの記憶を探れば簡単に出てくる。姿までは思い出せないものの、赤い斑点を持つ黒光したゴキブリ、黄緑の線を持ち濡れているムカデ、真っ白な四眼を持つクモ....このタイプの虫達が地界に生息しているとは思えない。


「どれをどこに飼います? あ、お返事出来ない状態でしたわね。私が選んで差し上げます....わ」


アリストリアスは言い終える前にあたしの右眼へ五本の指を突き刺し、かき混ぜる。

未だ麻痺する事のない痛覚が悲鳴をあげ、動かない身体が少し跳ねた。


「右眼にムカデを飼ってみましょう、脳まで進み、優しく撫でてくれると思いますわ」


キュポン、と音を響かせ抜かれた栓。ジリジリと擦れ合う音、ヌラヌラとヌメリ合う音が近付き、あたしの右眼部分から数十の線が侵入した。


「次はお腹にゴキブリ、そして最後は....おヘソの下にクモをご招待してあげますわ」


バリバリと暴れるゴキブリと、ゆっくりと重い足音を響かせるクモが、あたしの中へ入り込んだ。






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