◇7
全身を絶え間無く流れる血液の感覚。気持ち悪く思えるほど流れを感じる。指先までびっしりと張り巡らされた管───血管。
ドクドクと脈打つ傷から吐き出される血液。
───心臓が沢山あるみたい。
冷たい床が温かく、温かい身体は冷たくなる中でマユキはクチを歪め、笑っていた。
真祖 吸血鬼の女王【アリストリアス】はマユキの体内へ虫を散らし苦しむ姿を楽しみにしていたが、マユキに残る人間的な部分が危険を感知し、感覚を切断させた事でアリストリアスが望んでいた、苦しみ泣き叫ぶマユキの姿 は見る事が出来なくなった。
───ならば、手足を切断し城のオブジェとして一生辱しめてあげますわ。
アリストリアスは大斧【ヴラドツィペル】を軽々と操り、マユキの両腕を切断した。
枝でも切り落とすかのように、表情ひとつ変える事のないアリストリアス。人間は食料でしかない、それが吸血鬼───悪魔種の考えであり、後天したマユキも例外なく食料対象。
腕に続き、足も奪おう。アリストリアスは迷う事なく大斧を振り上げた───その瞬間、喰われる側が感じる絶対的な恐怖を真祖 吸血鬼の女王は全身で感じ、大きくのけ反りマユキから離れる。
「───.....なんですの? 今の」
全身を包んだ重く冷たい空気、息が止まるような嫌な感覚。アリストリアスは一度も感じた事のない、命を喰われる前兆。
今まで生きてきた人生で、アリストリアスに敵と言える敵はいなかった。夫であり真祖の王【ヴラドツィペル】さえ、小虫にしか見えないほどアリストリアスの強さは悪魔的とも言えた。その証拠に今女王が握っている武器の素材が夫。自分の強さの為ならば夫も喜んで殺す女は───産まれて初めて殺される側の恐怖に身を包まれ、戸惑う。
ピクリ、と身体を揺らした瀕死のマユキ。
人間ならば既に死んでいる量の血液が床に散らばる中で、ゆっくり身体を起こす後天性 吸血鬼のマユキ。
切断された腕を確認しても表情ひとつ変えず、切口から血液を管のように、あるいは触手のように伸ばし、床に転がった自分の腕と繋げる。
繋がった触手管は戻るようにマユキの中へ吸い込まれ、腕が元々あった場所へ。
血管を浮き彫りに、繋がった血管を勢いよく流れる血液がマユキの再生能力を加速させ、神経、骨、血管、肉、皮膚、その全てを一瞬で繋げた。
吸血鬼から見ても異常と言える再生能力を披露したマユキは休む事なく、内側───体内で血液の形を変え、眼、喉、子宮の部分から鋭利な血液の針が皮膚を突き破り外へ。
突き出た無数の針先にはアリストリアスが散らした虫達。
マユキは体内にいる虫を強引に弾き出し、血針はゆっくり戻る。
「....アァ、お腹空いたデス」
ギョロリ、と眼球を回しアリストリアスを見るマユキ。血針で弾け飛んだ眼球も既に再生されており、黒紅の歪んだ視線が女王へ緊張を越える恐怖を与えた。
そこからは一瞬だった。
マユキは白く輝くキバで自身の脈を深く傷付け、噴き出す血液全てをナイフに変えた。
超反応でアリストリアスの動きを見きり、無数のナイフで女王を刺し続ける最中、血液は徐々に黒く染まり、真祖吸血鬼でも難しい黒血を極地と言える場面で操って見せた。
複雑な模様を持つ血の翼、形を変え続ける血のナイフ、流動する黒血の槍。
黒と赤の髪も真っ白に染まり、ケタケタと笑う後天性吸血鬼は真祖吸血鬼の女王を芋虫のように転がし、その命を喰らった。
◆
血の味がクチに広がる。
お腹の底の底で黒い蕾がひとつ潰れて溶け込む。
全身を巡回する血液が更に濃く、更に薄くなるのがわかる。
「疲れたデスね.....」
節々に残る重い疲労と眼球を揺らすような頭痛に、あたしは座り込む。
散らばる吸血鬼達の残骸、床をベットリ濡らす血、鼻を刺す錆の臭い、喰い散らかされた女王。
女王【アリストリアス】を殺し喰ったのはあたしだ。正直今でも驚いている.....覚醒したような感覚に。
頭の中で複雑に広がる錆びた糸を一本一本切っていくように進むと、黒い蕾が3つあった。そのひとつに手を伸ばした瞬間、蕾が潰れて錆びた糸が綺麗に切れた。そして、気が付けば女王は無惨な姿に。
「なんだったんデスかね、さっきの.....あら? 髪の毛が真っ白デス! あたしお年寄りになったデスかねぇ?」
垂れた前髪が真っ白に染まっている事に驚いたが、それ以上の驚きもなく、すぐにどうでもよく思えた。
「.....月、紅いデスね.....夜空」
割れた窓から覗く紅い月。
夜なのか朝なのかもわからない空が───遠く懐かしいモノに思えた直後、胸を熱く締め付ける何かが、心が楽しいと思える何かが、あたしの中で沸き上がった。
しかしそれもすぐに塗り潰され、ゆっくり薄くぼやけて消滅する。
───人間の記憶がまた無くなった。
悲しいような、でも、悲しくないような。
そんな揺れる気持ちを笑って、あたしは鏡がある王室へ進む。正直言って鏡を見つけて元の世界───地界へ帰った所で何の意味もない、そう思う反面、地界へ帰って今後の事をゆっくり決めたい、と思う自分もいる。
気配のない廊下を進み一際大きな扉の前に到着したあたしは、腕に血液を纏わせ血液を硬化。その腕で扉を殴り破壊した。
「便利な身体デスねぇ.....でも使い方を覚えないとダメデスね。女王様を殺した時のようにトんでしまっては勿体無いデスし」
女王【アリストリアス】を殺した時の事をハッキリ覚えていない。吸血鬼を殺して殺して、殺したい。でもただ殺すだけでは面白くない。
苦しんでる顔、痛い声、死ぬ直後の瞳。
そういう全てを楽しみたい。
「
人間のあたしを壊して、殺した真祖 吸血鬼の王女【エリザベート】の名をクチにすると、ゾクゾクと内臓が震えた。
心から、エリザベートを壊して殺したい。と思える自分。
その為には色々と準備が必要になるだろう。
どこに居るかもわからないエリザベート。
あの女王の娘.....もしかすると女王よりも強い力を秘めているかも知れない。
人間でもなく、吸血鬼でもない半端なあたしはこれからどう生きて行けばいいのか.....そんなの簡単だ。
自分の好きに生きればいい。
あたしは吸血鬼を殺して血を沢山飲んで、エリザベートを見つけて殺す。
それが楽しそうで、きっと楽しくて───
「お家へ帰るデスよ、マユキちゃん」
一番楽しい事だと思えるから。
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