◇4



蜘蛛は糸を張り巡らせ蝶を捕らえる。捕らえられた蝶は何も出来ず蜘蛛に捕食され、その命を終わらせる。


しかしそれは自然界のルールだ。人間界でそんなルールは存在しない。



数ヵ月前、ワタシは教会の村でトワルダレニェのマスター ネフィラと出会った。

ネフィラは村人達にあの、バブーンキャンディーを与え、村を壊滅させようとしていた。なぜそんな事を企んだのかは本人に聞かなければ解らない事。

でも黙って見ている訳にもいかず、見ている気にもなれずワタシは結果的にドメイライト騎士団へ貢献してしまったが、ネフィラの企みを阻止できた。


その働きが評価され、今ワタシはドメイライト騎士団 騎士ではなく、ドメイライト騎士団 小隊長 のイスに腰掛ける事になった。


地位なんてどうでもいい。

そう思っていたが、小隊長になった事で騎士団の内部事情が以前よりも多く入る。

面倒な仕事は増えたが、情報量も増えたので良しとしよう。


ここで得た情報をワタシはギルドへ持ち帰り、いつドメイライトに復讐するかだけをただ考えていた。

リョウがトワルダレニェの情報を情報屋から買うまでは。





「ヒロ。前に話した事だけど、ここ最近ウチのギルドへ噛み付いてくる奴等がいるんだ!」


眠そうな瞳にメガネをかけたリョウが強く言う。


「そいつ等はトワルダレニェってギルドなんだけど、昨日もウチの仕事を横取りしてきて、有名な情報屋からトワルダレニェの情報を買ったんだ」


ワタシのギルド用フォンが一瞬点滅する。騎士団にいる時メッセージを受信し音が鳴っては困る。サイレントに設定してあるフォンへ届いたのはリョウからのメッセージ。噂の情報がぎっしり書かれている。



トワルダレニェ。

蜘蛛のギルドマークを持つBランクギルド。

妙に好戦的で色々なギルドと何度か争いになっている。

マスターはギミッククローを使用するネフィラ。

最近ではドメイライト騎士団とも争いになっているがその原因は不明。

数ヵ月前、教会の村でドメイライト騎士とネフィラがPvPをし、ドローで幕を閉じた。



「この情報屋...凄いね」



PvPは1対1の戦闘の事を指す。あの時の話は色々と尾びれがついて出回っているがこの情報は間違っていない。

ここまで正確な情報なのに、戦った騎士の名前が記入されていないのは誰かが「その騎士は誰?」と質問してくるのを待っているのだろうか。そうくれば騎士の情報として名前を商品に出来る。


「最近有名になってきた情報屋で、今一番正確な情報屋らしいんだ!噂レベルの情報ではお金をとらないし、お金を払って買う情報は100%アタリなんだってさ」


「へぇ」


上の世代を喰う様に下の世代が角を出す。

どこの世界もこの繰り返しだ。

ワタシ達ペレイデス モルフォもランクを上げた事で上の世代にその名が広まった。

騎士団ではペレイデスモルフォよりもトワルダレニェの方がよく話題に出るが、ワタシとしてはその方が動きやすい。


使えるか...トワルダレニェ。


「このギルドが直接的にウチへ攻撃して来た場合以外は無視しなさい。今変に問題を起こすと騎士団に眼を付けられる可能性がある。ウチは今まで通りお金を稼いで高ランクの武具を入手する事を優先して。蜘蛛が本格的に邪魔して来た場合は...蝶が蜘蛛を狩る」



蜘蛛だけじゃない。

邪魔するモノは全部狩る。

ワタシ達の狙いはドメイライト騎士団だけではなく、ドメイライト王国。

直接的な攻撃がない場合、ザコモブに構ってる暇はない。


トワルダレニェが騎士団と本格的に争い、騎士団が弱った所をウチが叩く。

蜘蛛が蝶の下で醜く働いてくれる事を祈ろう。


「ワタシは騎士団に戻る。今騎士の眼は蜘蛛に向いてる。これを上手く使ってドメイライトを叩く」


そう言い残しワタシは騎士団 小隊長ヒロへと戻った。









相変わらず、国民から搾りとったお金で楽しんでいる騎士団だ。全員がそうとは言わない。しかしワタシの近くにいる...同期は皆、適当に働いていい生活に溺れている。

最近では「なに頑張っちゃってるの?」等と言われるが、ワタシの見ている先はお前達とは全く違う。頑張るなんて軽い言葉では終われない。


騎士団長 フィリグリーとその取り巻きの実力を知りたい。

ステータスは?

装備は?ディアは?

こんな時、あの優秀な情報屋が使えればいいのだが、そうもいかない。情報を買えば情報が生まれる。その情報を騎士団の誰かが買うかも知れない。リスクを犯すのは騎士団入隊だけで手いっぱい、他の面倒事は手に余る。


確実に勝つ為には正確な情報を入手し、充分な準備を済ませて挑む事。

その為にはフィリグリーと部下の情報は絶対。

当分は騎士団内を飛び回るしかなさそうだ。



「少しいいかな?」



騎士本部を歩いていたワタシへ声をかけて来たのはワタシのターゲットであり、ドメイライトを潰すのに邪魔な存在。

騎士団長 フィリグリー。



「お疲れ様です、団長」


1輪の忠誠心もない中で挨拶すると、騎士団長は普段通り、読めない表情を浮かべワタシを団長室へと案内した。



「楽にしてもらって構わない」



イスを勧められ、腰掛けると団長は無駄な話を一切せず本題へ入る。



「君の働きは聞いている。そこで、数週間後ある任務に上層部隊と共に同行してもらいたい」


「上層部隊...任務とは?」



ドメイライト騎士団 上層部隊。

別の名はフィリグリー隊。

騎士団長直属の隊と共に任務へ行けるのはチャンスかも知れない。そこでパイプを作り、今の地位では得られない情報を集める事が出来るかも知れない。



「うむ。任務内容は調査だが、調査結果次第では討伐任務に変更する可能性がある」


「....、調査対象に何らかの変化があった場合、その場で討伐、と言う事ですか?」


「そう言う事だ」



歯切れのいい返事を素早く切り、騎士団長は任務内容を話す。


ノムー大陸にある孤島でS2モンスターらしき姿を発見したと報告があったらしい。

その孤島へ行き調査、そのモンスターが生息していた場合は討伐する。上層部隊3つで行われる任務。

調査(討伐)対象は任務参加を決め、上層部隊との会議時、報告される。


今はネフィラ達の動きも気になるが...ここで上層部隊に、フィリグリーに実力を認めさせ、小隊長から上層部隊へ登る事が出来れば今とは比べ物にならない量の情報が入る。

ここは参加するべきだろう。



「是非その任務に同行させていただきます」


「うむ。いい返事を聞く事が出来て私も安心だ。上層部へは私から話を通しておこう。3日後に会議がある。君も参加してくれると有り難い」


「会議にも喜んで参加させていただきます。この様なお話を通していただき、ありがとうございます」



今すぐ首を撥ね飛ばしてやりたいが、こうして対話してみてフィリグリーが持つオーラ....強者が纏うオーラにワタシは衝動を抑えた。今ここでワタシ1人がフィリグリーに挑んでも勝ち目はない。だが、蜘蛛が上手くフィリグリーの体力を削ってくれればペレイデスモルフォ全員で簡単に狩れる。

勝ち方なんてどうでもいい。

何をしても、何を使ってもこの男を殺せればそれでいい。


その為には情報収集が絶対的に必要だ。3日後の会議で上層部隊にワタシの存在を意識させ、任務でワタシの存在を認めさせる。

スタートはそこからだ。



お前を殺して、ドメイライトを潰して、この甘ったるくベトつく蜜を持った、平和の花を1輪残らず蝶が喰らい尽くす。



待っていろ、フィリグリー。






騎士団長との会話後、ワタシは街の警備任務へ直行し、今その任務が終わった。

時刻は21時。

自室へ戻りギルドフォンの確認をしてみると、1通のメッセージが届いていた。

送信者はリョウ。


寂しがり屋なのか毎晩1通の報告メッセージを飛ばしてくる。内容もこれと言って無いが個人的に、このメッセージには張った心を緩めてもらえるので悪い気はしない。


いつもの様に指で画面を撫で、メッセージを開き、いつもの様に眼を通す。



トワルダレニェがアジトに攻めてきた。蝶は数人が負傷、アジトにバブーンスパイダーを放たれてしまって討伐するにも数が多すぎる。ボクは一旦外に出てこのメ




ここでメッセージは途切れている。

受信時間は20時47分。

今の時刻は21時03分。


ワタシは騎士制服のまま走り、ペレイデスモルフォのアジトへ急いだ。


長く伸びた髪を叩く夜風は妙にぬるく嫌な予感を心に残し吹き抜ける。


体力消費減少ポーションを飲み全力で走る事、15分。

アジトに到着したがコレと言って変化はない。

剣を手に取り状態異常耐性を底上げするポーションを飲み、ギィギィと渇く音と高い声、悲鳴が響くアジト内へ入った。

瞬間、人間をも捕食する大きさの蜘蛛がワタシへ襲い来る。

鋭い牙を剥き出しにした噛み付き攻撃を回避と同時にカウンターを入れ、蜘蛛は黄緑色の蛍光血液を溢れさせ活動停止。


ワタシはポーチから小瓶を取り出し叫んだ。



「鱗粉を使って蜘蛛を掃除!デバフにかかった者をカバーしつつ焼き消す!」



声を聞いた全員が一瞬で士気を高め、爆破鱗粉で蜘蛛を焼き消す。


それから約5分、爆破音が響き、火薬とは違う匂いを残し蜘蛛は爆散した。



「ヒロ!助かったよ」



息を切らしたリョウがワタシへ言い、回復ポーションを差し出す。お礼を言い受け取り、ワタシはポーションを一気に飲み言った。



「全員ダメージは大きいけど命あって何より。みんなはここで安静にしてて」



フォンからポーションを全て取り出し、状態異常耐性ポーションを1瓶飲み、ワタシは続ける。



「今からワタシはトワルダレニェを叩く」


「は!? 1人じゃ無理だって!」


「みんなはここで安静にしててね。必ず戻るから」



腰ポーチの中身を素早く入れ換え、怒りを抑えきれず、ワタシは蜘蛛の巣へ向かった。



トワルダレニェ...ネフィラ。

小さな嫌がらせ程度なら黙ってたが、直接的な攻撃、それもギルメン全員を狙うとはやってくれる。


騎士団を攻撃して少量でも戦力を削ってくれるだろうと思っていたが、邪魔だ。


ギルドを襲ったんだ。

襲われる覚悟もあるだろう。



ウチのギルメンは誰も死んでいない。

命までは消さないよ。




ただ。




「みんなの足を少し貰うね」


「誰だ!?」


蜘蛛なら足の1本や2本、無くなっても問題ないよね?


沢山あるんだから。




蜘蛛は糸を張り巡らせ蝶を捕らえる。捕らえられた蝶は何も出来ず蜘蛛に捕食され、その命を終わらせる。


しかし今夜は蝶が蜘蛛を捕食する。



1.2.3.4.....ダメだ。

数えきれない。

蜘蛛の巣にはネフィラ以外いた。

だからどうした?


ワタシもワタシ以外全員を傷付けられたんだ。


同じ事をしてあげるよ、ネフィラ。



「1人、ネフィラに報告していいよ。蝶が蜘蛛の巣を荒らしてる。ってね」



両眼を見開き、動きを見て、先を予想して、手....蜘蛛に手は無い。

足を撥ね飛ばす。

温度ある赤い血液を吹かせ、血を吐く様な声を残し、1人.....違う。1匹、2匹と二足歩行する器用な蜘蛛の手....ではなく、足を斬り飛ばし、地を這いずり廻らせる。



妙な感覚。

動きが何となく...予想出来る。

先が見える訳ではない。ただ感覚的に予想出来てしまう。


この蜘蛛は多分左から剣で突きを狙ってくる。

突きを避けて...足を切断する。


蜘蛛の攻撃がヒットする気がしない。それどころか掠る気さえしない。



気が付けば全員、地を這いずり廻り、もがく。




「な...ん....あの時の騎士」


「遅かったね、ネフィラ」


奇妙な色の瞳を剥き出しに表情をピクつかせるネフィラが何かを言おうとしたが、それよりも早くワタシが声を出す。



「ウチのギルドを襲ってくれたね。同じ事が自分にも起こる覚悟は、勿論してるでしょ?.....駆除するぞゴミ蜘蛛女」



これが怒り  か。

今まで全てが終わってから知る事しか出来なかった。

ワタシが住んでいた村も、無くなってから怒りが湧いた。

でもそれは憎しみに近い怒り。


ワタシは今、生まれて初めて、相手を眼の前に怒りを抑えず出しているかも知れない。

事が終わる前に知って、湧く怒りを余さず出しているかも知れない。


「目障り...目障りなんだよ蝶が蜘蛛よりも目立って、餌の分際で蜘蛛よりも高く昇って!」


「...で?」


「喰い殺してや....!?」




突然ネフィラが何かに反応し、蜘蛛の巣の入り口を睨む。

唇を強く噛み、溢れる血液さえ気にせず飛び出そうな程、両眼を開き言った。



「必ず...喰い殺してやるからな、マカオン」



そう言葉の糸を吐き出し、ネフィラは逃げる様に、ギルドメンバーを捨てて闇に消えた。蛍光色の瞳が闇に呑まれ消える頃、蜘蛛の巣に大群が押し寄せた。


ワタシはその大群を見てつい言葉を放ってしまった。




「いつも遅いんだよ。ドメイライトの犬が」



教会村の時もそうだ。いつもいつも、事が終わってから騎士団が駆け付ける。

そんなので何が 平和を守る だ。笑わせてくれる。


「騎士...怪我は」


ワタシの姿を見て近寄る騎士...隊長と思われる騎士を押し退け言った。


「触らないで。早く仕事しなよ」




この後ワタシはギルドのアジトへ戻った。


リョウが噂の情報屋から情報を買って、それをワタシへ転送してくれた。




トワルダレニェはマスター ネフィラ以外全員、バブーンキャンディーの件で逮捕された。ネフィラは賞金首確定だろう。逮捕したメンバーは全員片腕が切断された状態だった。

腕を切断した人物はネフィラへ「同じ事が自分にも起こる覚悟は、勿論してるでしょ?」と語っていた事から先に攻撃を仕掛けたのはトワルダレニェで間違いないだろう。






同じ事が自分にも起こる覚悟は、勿論してるでしょ?


ワタシはついさっき自分で言った言葉をクチの中で何度も呟き、両腕を見た。




いつか自分に返ってくる....?




「...まさかね」






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