第32話 監禁だけじゃ終わらない

 連れていかれたのは、庭の片隅にある、剪定ばさみや箒などの道具がしまい込まれている物置小屋。


 天井に吊られたランプに灯がともされる。


 そこはさすがは王宮内にあるだけあって広々としていて道具類が綺麗に整理整頓され、窓があり、農村にあるような掘っ立て小屋然としたものとはまったく異なり、今からでも人が住めてしまいそうだ。


 そして庭園の片隅にあるだけに、誰かがそばを通りかかることはなさそうな場所だった。


 すでに日が落ちたあとであれば、なおさらに。


「座りなさい」


 腰まで伸ばした黒髪が艶やかな侍女から、ナイフを振りかざしながら命じられる。


 イングリットが大人しく従うと、今度はロープを投げつけられる。


「……両足を縛って」


 大人しく従うと、次は手鎖だ。一体どこからこんなものを調達してきたのかとしげしげと眺めれば、


「手を背中に回して」


「こう?」


「いいわ」


 ガシャンと硬い感触と共に、手首にずしりと重たい感触。


「すごく似合ってるわ。あなたにはアスコット様の恋人より、囚人役のほうがとてもお似合いねっ」


 侍女はにこりと笑った。


「こんなことをしてもアスコット様は喜ばないと思うけど」


 すると侍女は目をつり上げる。


「黙りなさい、女狐めぎつねっ!

アスコット様は今、どうかされているのよ。そうでなかったら、これまでほとんど浮いた話しのなかったあの方が堂々と恋人宣言をされるはずがないわ」


「今ならまだ引きかえせる。こんなところに監禁して……。私はマクヴェス殿下の護衛だぞ。今ごろ、探されているだろうし」


「そんなこといちいち説明しなくても結構よ」


 と、背後で扉が開いた。同じく侍女の服装をした女性が二人、姿を見せた。


 一人は幼い顔だちでそばかすの愛らしいお下げ髪の少女で、もう一人は目に険のある光をたたえたポニーテールに、長身の女性。


「状況は?」

 ロングへが尋ねれば、


「大丈夫。宮廷内は静かなもの。これから王族同士の晩餐会だしね」

 ポニーテールがうなずく。


「こいつね、私たちのアスコット様を寝取った、性悪なメスは」

 そばかすの少女がしげしげと眺めてくる。


(寝取った……? ひどい良い草だな、今回のことは私だって被害者なんだぞ!)


 しかし目が血走り、瞳孔が開きっぱなしの三人に、真実を伝えたところで、下手な嘘を!と鼻で笑われるのがオチだ。


(相手は三人……見るからに、普通の侍女。腕力でならなんとかなるな)


 足の束縛はすぐにほどけるようロープを結んだ。腕はさすがに鍵が無ければほどけない。しかし足だけでも十分だ。


 あとは機会を窺うだけ――そう思った瞬間、頭から何かがかけられる。


「ぬわっ!?」


「今の声、聞いた?」

「ええ、わっ!だって!」

「やっぱりアスコット様には不釣り合いなゴリラねえ」


 クスクスと嫌な声をあげ、蔑みの視線を寄越される。


(な、なんだ?)


 身体に絡みつく感触に手足をバタつかせる。


(あ、網……?)


 それはいくつか重しのついた網で、それを頭からかけられたのだった。


「これだけ念入りにすれば逃げられないでしょう」


「どうでもいいけど、こんなことしてあとで騒ぎになるぞ」


「あなた、まだ自分がどんな状況におかれているか分かってないのね」

「騒ぎになるのは決まっていることよ」

「でもね、これはあくまで事故、として処理されるの」


 これから自分がどんな目に遭うか分からないが、ロクでもないということは分かった。


「そこまでするか、あの男に!」


 人の秘密を握ってニヤつくようなロクでもない本性だとは夢にも思わないのだろう。


 すると侍女たちの目がさらに鋭くなる。


「どこの馬の骨ともしれないメスごときに、アスコット様のすばらしさなんて分かるはずがないわ」

 ロングヘアが声をあげた。


(メスメスって獣人の国だからしょがないんだろうけど……)


「――でも、どうするつもりなんだ」


「それはあなたの心がけ次第よ」

 ロングヘアが言えば、そばかすがうなずく。

「大人しく別れるって言うのあればなにもしないわ」


「はあっ!?」


「まったく、さっきからあなた、下品な声ばかりだすのね。どんな声帯をしているのかしら。アスコット様もその声から発される怪音波で籠絡したの?」


「私は怪獣かっ」


「そうよ、私たちのアスコット様に手を出す、不届きな怪獣よ。だから私たちが退治してあげる」

 ロングへが自分こそ正義といわんばかりにのたまわれば、そばかとポニーテールが追従する。

「あなたとおつきあいするようになってからアスコット様はお変わりになられたわ」

「ええ、そうですとも。シェイリーン殿下にあなたとのことを報告する時の愉しそうな顔といったら……」


「あんな、顔、これまで密やかに見守りつづけて以来、一度だって見たことがなかったッ。あれは恋するオスの顔に、違いないわ!」

 ロングヘアが激高して吐き捨てた。


「それは誤解……」


「黙りなさい!」


 ポケットから革袋を取り出すと、口を縛っていた紐をほどくいて、中身をこぼす。


 むっとした独特なにおいで、それが油であることが分かった。


「どう? これで私たちが本気だって分かった?」

「ええ、そうよ。火をつければあっという間にもえちゃうんだから」

「こんなところで死にたくないでしょ?」


(アスコット、お前の信奉者、ロクでもないな……!)


 はっきり言ってとばっちりも良いところだ。


 そもそもアスコットとは恋仲でもなんでもないのだから。


 たしかに大根役者な自分でもある程度うまくやれていたのだという喜びはあったが、称賛の代わりに、監禁では割に合わなさすぎる。


 しかし生来の律儀さで、この後の及んでも、それがすべて演技であることを発するのは気が引けた。仮に話したところで下手な嘘を――と、鼻で笑われるのは目に見えているけれど。


 たちまち部屋の中は油臭くなる。


「これ、分かるでしょう?」


 ロングヘアの侍女はマッチで縄の先に火をつけたものを示す。縄の先端が赤々と燃えている。


「これをその油にひたせばあっという間に……」


 フフフ、とロングヘアは薄ら寒い笑みをたたえる。


「こんなことをしても、アスコットはあなたたちのものにはならないぞ。

だいたい、好きなら好きと言えば良かったんだ。それをウジウジ遠くから見てるだけで何も行動しないなんて……」


「できるわけがないわ。相手は騎士よ!?」

「侍女じゃ見向きもされないっ」

「そんな気持ちがあなたに分かるわけない!」


「ああ、分からないな! 正々堂々勝負を挑むこともせず、最初から試合を放棄してる卑怯者の考えなんて!」


 イングリットは叫んだ。


「あ、あなたに、あなたに何が分かるというの……わ、私たちの心が!」


 ロングヘアが激高し、手を振り回せば、火の粉がとびちり、それのいくつかが油の上に――。


「っ!」

 

 ボッ……という音をたて、火が上がった。


「ひいいいいいいいい!?」


 素っ頓狂な声をあげたのは侍女たちだった。


 たちまち勢いを強くする炎の壁がイングリットと侍女たちとをへだてる。


「ど、どうしよう!」

 そばかすが悲鳴をあげる。

「ど、どうしようもこうしようも……」

 ポニーテールがおどおする。


 さっきまであった優越感などたちまち吹き飛び、素に戻ったというカンジだった。


「逃げるのよ!」

「え……でも」

 そばかすがチラチラとイングリットを見る。

「もし、本当に大変なことになったら」

 ポニーテールはその大柄な身体を縮こまらせる。


 そうこうするうちに火の手はどんどん強くなる。


「いいから、逃げるのよぉぉぉぉ!!」

 ロングヘアは狼狽したみたいに叫ぶや、我先にと三人は逃げていく。


「ちょっと待て! 私を解放してからに――」

 イングリットは叫ぶが、無駄だった。


 炎は油の上をすべるように広がり、黒煙を濛々とあげる。


(冷静に、冷静になるんだ、イングリットッ)


 イングリットは足の紐をもがきつつ弛めるとほどく。しかし網から抜け出すのはかなり大変だった。もがけばもがくと、絡みついてくる。


 その間にも目の前がくすんでいく。


(っく、息が……)


 ゲホゲホとむせかえり、煙に当てられて目がしくしく痛んだ。


(これ、かなりヤバイ……かもっ)

                         

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