帰り道

「結姫ちゃん、いい表情ねえ」


 取り込んだデータを見せて貰いながら、沙雪さんがうっとりとした声をあげている。ボク的にはいつも通り……ううん、瑞貴がずっと見てるからちょっと恥ずかしかったけれども。


「やっぱり恋人がいるとこうも変わる物なのね」


 写真の中のボクはいつも通りな感じがするけれども、沙雪さんにとって別物らしい。


「こう、視線が彼の方に若干行ってる感じの流し方とか、浮ついた気持ちを抑えようと必死になってる所とか」

「え……なんでわかるの……」

「そりゃあ、恋する乙女の表情はわかるわよー!」


 ボクよりボクの事を分かってる人がいた……。

 おかしい写真の中のボクはいつも通りのはずなのに、撮られているときのボクの気持ちがありありと分かられている。

 沙雪さんに言われた二点は確かにその通りだった。

 撮られてる最中、ずっと瑞貴の事が気になっていたのだ。

 へえとかほおとか、セットをマジマジと見てたり、ボクの着てる服に感想を言ったり。いや、もうなんというかいつも以上に恥ずかしい一幕だった。


「沙雪さんこわい……」

「んふふー。これで爆売れ間違い無しね!」

「大体発売して一か月後にはソールドアウトじゃないですかー……」

「結姫ちゃん効果ね!」

「いや、ボクは、別にそんな」

「謙遜は、あそこで頬を赤らめてる彼に悪いわよ?」

「あー……」


 確かにそうだ。

 自虐はあんまりよろしくないと言われたのをすっかり忘れていた。

 でも、癖になっている部分もあるから、許して欲しい。


「直さないとって思ってるんだけど……」

「すぐには直さなくても、自信を持って行きましょうね。胸を張って堂々としてる方が可愛いわよ」

「うむむ……」


 困った物だ。

 自信というのがどこから沸いてくるのかが分からないし。

 ただ、今は自信よりも色々と打ち明ける勇気の方が重要だったりもする。


「さてさて、それじゃあ、次はこのコーデでいこうかしら?」

「え、まだあるの……? 新作は全部やったんじゃあ……」

「あら、何か訳ありだったんじゃないの?」


 沙雪さんはそうやってすぐ隠し事を見抜く。

 だから、頼りになるお姉さんって感じなのだけれども。


「うーん……そうなんだけど、えーと……ちょっと今家に居づらいというか……」


 冗談ぽくボクの事を話したことはある。

 だけれども、今のボクにそれを真実だと証明する力は無くて。

 いや、あるにはあるけれど、最後の願いは使う所はもう決めている。


「そうなの。それじゃあ、お茶でも出すからのんびりとしていけばいいのよ」

「ありがとう、沙雪さん」

「いいのよー。私もマスターくんにお話があったからねえ!」

「あー……」


 うむ。沙雪さんをおじさん呼ばわりしたマスターが悪い。粛正を受けて然る可しである。

 こんな可愛い服を作れる人がおじさんなわけがない!

 いや、ごめんなさい。ボクも最初は変な人だなあと思ってはいました。

 酸いも甘いも味わい尽くした感じが出ていたから。


「まあ、暫くゆっくりして行きなさい」

「そうします」

「じゃあ、マスターくんはこっちでじっくりお話ししましょうか?」

「え、いや、えー……勘弁して……」


 入り口付近で所在なさげに立っていた、瑞貴が連行される。

 流石にボクも一人じゃ嫌だったから、ついていくことにした。


「ボクも一緒でいいかな。流石に一人はー」

「いいわよー? マスターくんもいいわよね」

「ええ、はい……」


 がっくりと肩を落とした瑞貴がなんだかおかしくて、笑ってしまった。

 それから暫く、雑談が楽しく進んでいると、桜華からメッセージが入った。

 事情とか全部話をしたから、戻ってきても大丈夫と。


「あ、話し合い終わったみたい」

「お、そうか。それじゃあ戻るか?」

「そうだね。夕飯の準備しなきゃ」


 渡りに船のと食いついてきた瑞貴。そんなに今の状況が嫌だったか!

 まあ確かに尋問紛いの事を受けてたら仕方ないか。ボクも沙雪さんに色々話をしたしね。


「あら、帰っちゃうの?」

「うん。ボクも居候先の人にちゃんと説明しないといけないから」

「残念ねー」


 本当に残念そうな声をだして、沙雪さんは眉根を寄せた。

 メッセージやゲーム内のチャットでのやりとりはよくするけれど、沙雪さんと会うのは基本的にモデルのお仕事の時だけだ。

 たまに遊びに来てるときにあったりするけれど、たまたまゴシックラテに来たときに遭遇する以外、沙雪さんが天乃丘に来てると言うときは基本的には服関連である。

 だから、結構ボクも残念だ。心を許している数少ない大人の友人だし。


「マスターくん」

「なんですか?」


 そんな沙雪さんが瑞貴を呼び止める。


「結姫ちゃんの事可愛がってね? 君は彼女の全部知ってるんでしょ?」


 全てを見透かしたかのような目付きで、沙雪さんは瑞貴にそう言った。

 沙雪さんは、冗談を冗談と取ってくれず、本当の事だ思っていたと今更ながら気付かされた。

 大人って本当に何でもお見通しだ。ずるい……。

 ボクも早くあんな格好いい大人になりたいな。


「えっと、はい……」


 それに、瑞貴が頷く。

 ボクと沙雪さんを交互に見やって、ボクが気にしないよという微笑みを浮かべると、安心したように胸を撫で下ろす。今ので言いたいことが伝わってくれればいいけれど。


「勿論。俺の彼女だから、幸せにするに決まってるじゃないか!」


 大仰に胸を叩いて見せて、咳き込んだ。端的に言ってとてもダサい!


「そう、それなら安心ねー。さて、それじゃあ、名残惜しいけれどお開きにしましょうか!」


 ぱんと、柏手を打って柔和な笑みを浮かべた沙雪さんが立ち上がり、先導して扉を開ける。

 ボク達が外へ出ると、そのまま店先まで付いて来て、


「またの御来店をお待ちしております」


 深々とお辞儀をして、ボク達を見送ってくれた。


「はい、また来ます。沙雪さんも体調とか崩さないようにね?」

「勿論よ! 寝酒だけが特技なの!」

「……寝落ちは簡便な。流石に心配になるから」

「あらー、それは嬉しい心配ね。じゃんじゃん飲むわよー!」


 やめてくれと顔を覆って泣き言を言った瑞貴にボクと沙雪さんが笑う。

 対人戦の時にそれをやられたらたまったものじゃない。けど、沙雪さんだしで許せてしまうところがあるのだ。


「そんじゃまあ、帰ろうか」


 店の扉が閉まって、見送りの人間もいなくなったところで、瑞貴が手を差しだして言った。

 ボクはその手を取ることで、返事とした。


「家まで送るよ」

「ありがとう」


 外は暗く、辺りは静かだ。


「瑞貴」


 ボクは瑞貴の名前を呼んだ。

 折角誰もいないのだから、キスがしたくなった。


「どうした?」

「顔貸してー」

「どういうことだよ!」


 困惑している瑞貴の顔を無理矢理寄せて、淡く口付けをする。


「えへへ……したくなっちゃった……」

「お、おう……」


 暗くて顔色はよく分からないけれど、赤くなってるだろうなって予想はつく。

 なんと言ったってボクがそうなんだから。


「夕飯の買い物も手伝って貰っていい?」

「いいぞ。荷物持ちくらいしかできないけどな」

「それでいいよー。今日は簡単にお鍋にするから、材料一杯いるんだ」

「鍋かー。そういや、もうそんな時期だなあ」

「こたつに入って食べるの美味しいよね」

「だなあ……」


 暗がりの道を手を繋いで歩く。

 手のひらに伝わる熱が、冬空の寒さをとても和らげてくれる。


「ねえ、瑞貴」

「なんだ?」

「ボクが、ボクの家に来てって言ったら、来てくれる?」

「笹川さんの所か?」

「ううん、実家」


 もし挫けてしまいそうになったら、助けて欲しかったから。

 そんな我が儘だけれど。


「いいよ。挨拶もしねーとだしな」


 瑞貴は事も無げにそう言ってくれた。

 それがとても嬉しかった。


「ありがと……。ボク負けない」

「ははっ、よく分からんがガンバレ! いつでも助けにいってやるからな!」


 その言葉が、どれだけボクに力をくれるのか、彼はまだ分かっていない。

 きっと深く考えていない言葉なんだろうけれども、その言葉を聞くだけで、胸の内が暖かくなって、頑張ろうっていう気持ちになるんだ。

 だから、ボクは負けない。

 まだ願い事は一回残ってる。男に戻ろうと思えば戻れる。

 だけど、どうしても、ボクは戻りたくない。


 だから、ボクは説得するのを諦めない。

 絶対に負けないって、今、心に決めた!

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