ご飯を食べてもらった

 嵐が過ぎ去って、暫く呆然としていた。

 いや、普通に手元のこの箱をぐるぐると弄んでいたわけだけど……。


「とりあえず、仕舞っとこ……」


 い、いつか使うかも知れないしね!

 なんか、ボクの周りには変な大人しかいないなあ……。というか普通もっと性交渉系はするなとか頭ごなしに否定してくる人ばかりだと思っていたけれど。

 そんなことはなかった。

 ボクの事情を知ってる人も知らない人もみんな、応援してくれているような、茶化しているような。なんというか自然に見てくれている感じだ。


「うぅん……」

「あ、瑞貴、起きた?」


 瑞貴が目を覚ました。

 ほんの一時間位だけど眠れたなら良かった。


「……ああ、燈佳か」

「ご飯作ったけど、食べられそう?」

「おう……」

「その前にちょっと熱計るね、体温計ある?」

「買ってないな……」


 なるほど。

 さっき体を拭いたときは、結構熱かったから一時間やそこらで下がりはしないだろうけど、またちょっと汗かいてるし……


「ちょっとごめんね」


 おでこは熱冷ましシートを貼ってるから、とりあえず首元に手を添える。

 うん、まだ熱い。ご飯食べて貰って薬飲んで寝てた方が良さそうだ。


「まだ熱あるね」

「あ、ああ……」

「ん? どしたの?」


 歯切れの悪い返事をした瑞貴に……って、うわあ……。

 気付いた。凄く顔が近い。

 というか、半分抱きつくような、のしかかるような感じになってる……。

 そりゃあ、そんな反応になるよ!

 ボクだって立場が逆だったらそんな反応するよ!


「あ、ご、ごめん! えっと、用意してくるね!」


 弾かれたように立ち上がる。正直スカートが結構めくれあがったりとかしてたけど、全くそういうのを気にとめる余裕もなかった!

 あんなことをした後だったせいもあって、余計に恥ずかしいよ!!


 乱れた心を落ち着かせるために、ご飯を温め直す。

 あ、でも……あれやってあげたいな。


 食べさせっこ。


 あーんのあれだ。

 やりたい。やっていいかな。

 瑞貴は病人だもんね。仕方ないよね。やるしかないよね。

 一応、食べる量は少なめにして、食べれそうならおかわりして貰えばいっか。


 器に、味噌汁を半分程度。茶碗にもおかゆを同じくらい。

 デザートは粘度は高いけど普通に飲めるから、コップに入れちゃおう。

 食器が少ないから仕方ないね。


「少しだけ持ってきたから、足りなかったら言ってね?」


 お盆の代わりになりそうなものの上にご飯を載せて、だらーっと寝ている瑞貴の元へと向かう。

 流石に体をずっと起こしておくのはしんどいみたいだ。


「すまん。迷惑かける」

「いいよ、ボクだって瑞貴には一杯迷惑かけてるから」

「それならいいけど」


 そう言って、瑞貴は体を起こした。

 スプーンですくったおかゆを少しだけ冷ましてあげて、瑞貴の口元に持って行く。


「つかぬ事をお聞きしますが」

「なに?」

「それはどういうことですか……?」

「えっと、食べさせてあげようと思って?」

「自分で食えるから!」

「食べさせてくれないなら、あげない!」

「なんでだよ!?」


 だって、食べさせたいんだもん……。いいじゃん……。


「はい、あーん」

「くそう……胃を完全に握られている……」


 差し出したスプーンを、躊躇いながら開けた瑞貴の口の中に放り込む。

 わっ! やった! 食べてくれた! なにこれ、たったこれだけなのに、胸がぽかぽかする。凄く幸せな気分だ!

 咀嚼して飲み込んでくれて、


「流石に味がしねえ……」

「おかゆは薄味で作ったからねえ。こっちならどう?」


 お味噌汁の器を差し出す。

 流石に汁物だからスプーンですくったりはしない。零したときの後始末が大変だ。

 だから、器をの中身を冷ましてあげて、それを瑞貴にそのまま渡す。

 静かに一口。


「おお……こっちは少し味がする」

「やっぱり少しかー。それ普通に飲んだらめちゃくちゃしょっぱい……」

「失敗したのか?」

「そんなわけ無いじゃん! 風邪引いてるときは舌がバカになるから、ちょっと濃いめに作ったんだよ! 失礼な! もうあげないよ!?」

「すまんすまん。色々考えてくれたんだな、ありがと」


 その言葉を聞いて自然と笑みが溢れた。割とだらしない方の。

 そう言って貰えるだけで、ボクも嬉しいよ。

 失敗とか言われたのは心外だったけど。

 瑞貴の事を考えて作ったんだから、やっぱりありがとうってお礼を言って貰えるのは本当に嬉しいのである。


「どう、全部食べられそう?」

「大丈夫そうだ」

「そっか、食欲戻ったんだったらすぐだね。はい、おかゆの方もどうぞ」


 適温になったおかゆをすくって、また瑞貴の口元に。

 一回食べてくれたのか、二回目以降は恥ずかしがってくれなかった。

 ボクはちょっと恥ずかしい。手が震える!


「ごちそうさま」


 おかわりを一回。一食分に近いくらいは食べられたみたいだ。

 よかった。食欲と風邪の治りって結構近い物があるからね。

 無理して文化祭が終わった辺りでがくっと免疫が落ちた感じなのかな。


「お水は、スポーツドリンク買ってきておいたからそっちでね。お腹壊すと悪いから冷やしてないけど」

「助かるよ」

「後薬を飲んで。あ、洗濯物二回目干してくるね! 薬飲んだら横になってね」

「分かった。といっても眠れる保証はないが。あんまり眠気が来てない」

「それならそれでいいと思うよ。横になってる方が大事だし」


 ボクはそう言って、席を立った。

 洗濯機はとうの昔に止まっていたのだ。


 それと、さっきからずっと瑞貴の唇に意識を奪われてたから、少しだけ頭を冷やしたかった。

 バレてないといいけど……。


 はあ……。でもあーんができたから良かった。


「あ、そうだ。康文さんがお見舞いに来たの伝えておかないと!」

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