失せものをした男の子・前

「荒唐無稽な話だと笑うかも知れないけど」


 声のトーンがいつもより落ちてる。

 でもなんでだろう、このトーンがとてもしっくり来る気がする。

 まるで着飾らない様な……。


「んー? ボクは大抵のことは驚かないよー」


 だって、ボク自身が女の子になって過ごしているんだから、実は異世界から来ました程度だったら驚かないよ。

 そんな事は口が裂けても言えないけれど。


「そっか。まあ、信じてくれなくても良いけど、俺、昔、幽霊が見えてたんだ」

「幽霊かー。それは凄いなあ」


 でも、それが演劇の地雷と何が関係あるんだろう?


「まあ、そいつ消えてしまったんだ。俺が燃えた台本の後半部分を作り直したらね」


 端的に語る瑞貴の言葉は要点を得ない。

 なるべくなら思い出したくないかのような物言いだ。

 思い出すのが辛いのかな……。

 でも、ちゃんと話を聞かないと、始まらない気がするし。


「瑞貴、こっち向いて?」


 ボクは瑞貴にそう言った。

 その辛い気持ちを受け止めてあげる人が必要だ。

 それができるのは緋翠じゃなくて、ボク。

 緋翠はすぐ近くに居すぎたから……。少しだけ遠くに居たボクが、状況を何も知らないボクが話を聞くのにはうってつけだろう。


「いい。あんまり話したくないしな」

「ダメだよ。全部げろっちゃってよ。ボクが聞いてあげるから」


 屋上は照り返しでとても暑くなっている。正直普通に座るのは焼けるような暑さがあって辛かったけれど、意固地になってる瑞貴の為だし、それくらいは我慢する。

 脱力してる瑞貴の体を無理矢理ボクの方に引き倒して、優しく抱き留める。

 暑苦しいけど、我慢だ。しっとりと汗ばんだ感じがちょっと気持ち悪いけれど、瑞貴と一緒だって考えたらそれはそれで良い物だ。


「ああもう……分かった、話す。話すから中に移動しようぜ。流石に暑い」

「うん、話してくれるなら嬉しいな」

「だから、話してくれ、流石に胸が当たってる……」

「顔真っ赤だよ、可愛いなあ」

「男に可愛いって言うな……」


 少しだけいつも通り。

 ボクは瑞貴を解放してあげて、立ち上がる。流石に床が暑いから地獄だよ。

 空を見上げると、青空に入道雲がかかっている。残暑の時期ではあるけれど、まだまだ夏真っ盛りな感じだ。


「ちょっと長くなるかもしれないけど、いいのか?」

「いいよ。だってそれって、瑞貴がCLOでダメダメだった時期のことも少しは関係してるんでしょ?」

「……ああ」


 じゃあ、ボクも聞く権利はある!


「LHRサボってしまったなあ」

「そうだね」

「まあ、いいや。なんか飲み物でも飲みながら話すか」

「さわりくらいは行きながらでも聞くー」

「ああ。それじゃあ……」


 瑞貴が訥々と話し始めた。

 過去を懐かしむかのように、悼むように。


 今の姿からは想像できないけれど、瑞貴は昔良く女の子の格好させられていて、それが異国の幼女みたいで、とても似合っていたらしい。

 確かにさらさらの金髪に碧い瞳に、あどけない顔立ちだったら間違われそうだ。

 想像して、しっくりきた。今度写真見せて貰いたい。


 それで、ある日急にその幽霊の女の子が現れたみたい。

 名前は太陽の陽に芽生えるの芽で、陽芽ひめ。

 瑞貴は親の都合で一所にとどまることが少なかったから、唯一の友人がその子だったみたい。

 ちょっと妬ける。


「でな、陽芽はぐうたらで、ゲームや漫画、アニメ、小説といった創作物が大好きでさ。ポルターガイストを起こしてまで自分で読む様な非常識な奴だったんだ」


 過去を慮る瑞貴の顔が、また一段と素敵で、みとれてしまう。

 慈しむように、悲哀に満ちた顔が、普段見せるような顔じゃなくて……。


 そんなことを思っていると、いつの間にか購買に着いてしまった。

 この時間は生徒もいないし、売店のおばちゃんだけだ。

 おばちゃんはサボっているボク達を咎めることなく、我関せずの様を見せてくれるからありがたい。


「っと、なに飲む? 奢るよ」

「それくらい出すよ」

「話聞いて貰うんだから、奢らせてくれ」

「あ、うん。それじゃあ瑞貴が一番好きなので」

「じゃあ、燈佳の一番好きなのはどれだ?」


 ずるいなあ。

 ボクは正直に言って、瑞貴のオススメを奢って貰った。

 瑞貴はボクのオススメだ。所謂好みのシェアだよ!!

 近くのベンチに二人して腰掛けて涼みながら話の続きをする。


「まぁ、さ。人が離れていくのは慣れていたつもりだったんだよ。親父が取材の為にってどこそこに引っ越すから、転校ばっかりだったし」


 だから、その陽芽って子が瑞貴の唯一の友人だったみたい。

 趣味を共有して語り合える友達。


「まあ、でも流石に一人で居るって言うか、親父にも俺には陽芽って言う幽霊が見えてることは言っててさ。でも、それはダメだって事で中学は親父とお袋の母校に入学させられたんだよ、全寮制のね」

「あ、そこで、緋翠とあったの?」

「ああ。まあ、陽芽も付いて来て、色々騒動起きたんだけどな。幽霊騒動って言われてまさにそれで、笑ったよ」


 瑞貴はその時のことを思い出しているのか、噴き出していた。

 楽しい思い出があるって素直に羨ましい。ボクには中学時代の楽しい思い出ってないから……。


 それから、緋翠に無理矢理引っ張られ演劇部に入ったこと、そしてそこの先輩に無理矢理引っ張られて、覗きを行ったこと、部活でやったことを事細かに教えてくれた。

 とても外道なことなのに、楽しく話す瑞貴が素敵で、ボクはなにも口が挟めず、ただ相槌を返していた。

 いいなって。そんな楽しい思い出があったんだって。ちょっとずるいなって。

 聞かなければ良かったとも一瞬思ったけど、瑞貴がなんで演劇をやりたくないのかっていう話だったのを思い出した。

 頬をぺちぺちと叩いて、頭の中から嫌な思いをはじき飛ばす。


「あ、ごめんな。つまらなかったか?」

「ううん。そうじゃないの。ボクの問題だから……。羨ましいって、思っちゃって……。ボクにはそういう思い出がないから」

「あ、すまん」

「大丈夫だよ! ボクは今が楽しいから! 続き続き!」

「まあ、楽しいのはここまでなんだけどな……」


 瑞貴の口調が暗く沈んだ物に変わった。

 ああ、ここからが本題なんだ。


「演劇に台本が必要なのは分かるよな」

「うん」

「まあ、演劇部の部員も五人で、できるものっていったら大分限られててさ……。親父が脚本作った奴しかなかったんだ」

「最初に言ってた、燃えた台本?」

「そう。陽芽がな、親父に憑いてるときに卒業式の時に小っ恥ずかしくて燃やしたってさ……」


 それはなんというか、自分勝手もいい所だ。

 どんな話なのか分からないけれど、その陽芽って子聞いている限りだと、酷いって思う。


「ああ、陽芽の事は責めないでくれ。奔放だったけど、俺の心の拠り所だったから」

「うん」

「それに、CLOの俺のキャラ、輝咲きさきも陽芽の遺品みたいなもんだしさ……」

「ああ、凄い名前だなって思ってたけど、瑞貴がつけたんじゃないんだ……」

「うむ……。話がずれたな。どうする、もうちょっと掛かるけど、トイレとか……」

「も、もう漏らさないから大丈夫だし! ひどいよ!」

「ははっ……ごめんって。じゃあ続けるな?」


 瑞貴はそう言って、続きを話し始めた。

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