これは必要な知識・前

 ボクは、白川先生所有の、明らかにお高いスポーツカーに乗せられて学校に来た。

 乗り心地はとても良かったんだけど……、内装から考えてこれすっごいお金掛けてる、よね……?


「先生、車好きなんですか……?」

「そうでもないよ。友人が好きでね。一度弄らせてくれって言われて任せたらこうなっていたんだ」

「車種自体は?」

「子どもが三歳になったときにどれがいいかってカタログ見せたらこうなってねえ……」


 なるほど……。でも格好いい車は見てて楽しいなあ。


「燈佳くんは、車好きなの?」

「まあ、ちょっとは?」

「そっかー。そういう所は男の子だねえ。良ければまた乗せてあげるからいつでも遊びにおいでよ。さて、今は用事を済ませよう。僕は少し放送設備を使う許可を貰ってくる」

「あ、はい。それじゃあまた」

「ああ、気をつけてね。もしまた何かあればいつでも来ていいから。個人的な相談だったら、いつでも電話を掛けて来ていいよ」


 そう言って、渡されたのは、白川先生の電話番号が書かれた紙だった。

 別にスマホ同士なんだから赤外線とかそう言うのでやりとりしても良かったような気がするけれど……。流石に四十近くになると、疎い部分がでてくるのかな?


「それじゃあ、みんなに見つからないうちに行った行った!」


 ボクは促されて、保健室へ。

 今はお昼休みだから意外と人の目がある……。ちょっと怖いかな。でも一人で行動できる、かも。


「失礼します」

「んー……あー、榊さんおはよう。昨日は大変だったね」


 保健室に入ると、人払いがしてあるのか、ボクと渡瀬先生しかいなかった。

 大体はこの時間、詰めている人にも寄るけれど男子か女子が大挙している。先生人気という奴だ。


「いえ、えっと……」


 ああもう……だから、ボクはなんでその後の事を思い出しているんだ!

 もう、頬が熱い……。


「あら、その後良いことがあったのね。悪い記憶を良い事で上書きするのは心の平穏を保つ上でとてもいいことよー」


 渡瀬先生が、微笑を浮かべてそんなことを言った。

 それはそうなんだけど、そうなんだけど。みんなから色々言われる度に思い出して赤面するボクの身にもなってほしい。とても恥ずかしい!


「なんだ、睡瑠、わたしまで呼び出しておいて話があるとは」


 人知れず身悶えしていると、保健室の扉が開いて、人が入ってきた。

 燃えるような赤く長い髪が印象的な、異国の少女然とした……あ、理事長だ。

 入学式の時にみたっきりだったけど、足下まで覆うゆったりとしたワンピースは彼女によく似合っていた。とても三児の母とは思えないほど幼く見える。

 まるで歳を取っていないかのような……。


「結々里もきたのね。それじゃあ行きましょうか」

「おーい……わたしの話は無視かー……?」

「だって、内容を言ったら貴女絶対逃げるでしょ」

「お前の話は大体わたしの身の危険があるからだよ……」


 そんな理事長と対等な話し振りな渡瀬先生が凄い。

 というか、仲のいい姉妹のような……十年来の親友のようなそんな不思議な感じを受ける。

 あ、でもそっか。鈴音先生の奥さんなら、渡瀬先生とも親戚になるのか。


「む、そこに居るのは……ああ、君がくるみの魔法に掛かった間抜け……」

「ちょっと、結々里」


 渡瀬先生が理事長の頭を小突く。身長差も相まって、悪戯をした妹を姉が窘めているように見えて仕方ない。


「悪いのは面白半分で召喚の魔法陣を流布したくるみなんだから」

「しかし、あれを起動するとなると生まれ持った魔力が必要なんだが……、彼からは魔力を感じられないぞ」

「貴女は状況を何も聞いてないのね……。まあいいわ、その話は家に帰ってからしましょう」


 話が長くなりそうなのか、それともボクに聞かれたくない話なのか。よく分からないけれど、小難しい話になりそうな予感はしたから、打ち切ってくれたのは嬉しいかも。


「さて、それじゃいきましょー」


 渡瀬先生の隣に理事長が、その二人の後ろにボクという形で、移動を開始する。

 場所は視聴覚室。

 この学校は講堂とは別に映像を見るための視聴覚室がある。ボクも入ったのは初めてだ。


「あの、ここで何するんですか?」

「んー、榊さんの性教育だけどー?」

「えっ……?」


 そういえば、そんなことを昨日言ってた気がする。あの後が幸せすぎて、もう何というか完全に頭の中からすっぽ抜けてた。


「それで、わたしがここにいる理由はなんだ?」

「そりゃあ、私はいいけど、榊さんがマンツーマンは嫌がるかと思って」

「つまり、生け贄か」

「というより、うん、それははじめてからにしましょうか」


 含みのある言い方。

 隣を見やると、理事長が難しい顔をしている。

 ボクは所在なさげにあちこち視線を彷徨わせる。


 二人の言い合いを横にいつ始まるのかなあとか思いつつ、待っていると、校内放送が流れる。


『やあ、皆様こんにちは。養護教諭の白川聖也です』


 白川先生、放送設備借りれたんだ。

 でも、一体何をするんだろう。


「む? ……聖也は何をするつもりだ?」

「まあ、兄さんのやることをいちいち気にしていたら仕方ないかも」

「そうだな。昔随分と鍛えてやったからな」


 いや、まって。鈴音先生と結婚した理事長がなんで、白川先生を鍛える?

 年齢的な事を考えても計算合わないんだけど。

 ただでさえ、理事長はボクと同じくらいに見えるのに、行っても精々二四、五じゃないの……?


『さて、昨今巷で噂の学校裏サイト。僕の耳にも入ってきました。存在自体は仕方ないと思いますけれども、今回こちらのサイトの情報を鵜呑みにした生徒が凶行を起こしました。内容までは話しませんし、誰がというのもこちらでは言いません』


 混乱している最中だけれども、白川先生の話は容赦無く始まった。


『しかしながら、流石にその話を聞き、僕も胸を痛めました。もしこれからもこのような事が続くようならば、君たちから得た情報を全て、こちらで纏めて掲載しようと思います。ええ、プライバシーとかは全くもってありません。こちらで得た情報の全てをです』


 えぐい。嬉し恥ずかしエピソードの全てを公開すると白川先生は言っている。

 その中には多分向けられた好意とかも全部含まれるんじゃ無いだろうか。

 やるにしても捨て身過ぎる……。


『僕から望むことは一つ。目に見えないところでの誹謗中傷はやめなさい。正々堂々と面と向かって言えない事ならば、心の中にしっかりと鍵をかけて片付けておきなさい。それか誰の目にもとまらない日記帳に記しなさい。決して誰かの目に触れるような所に出す物では無い』


 なんだろう。言葉は穏やかなのに、白川先生が怒っているのがよくわかる。


「兄さん、珍しく怒ってる」

「だな。あんな聖也は久しぶり見る」


 やっぱり怒ってるんだ。

 これが、白川先生のサイトを潰そうという事か。でも、これだけじゃあ潰れないと思う。ただ、より深く、表に出てこないところで、寄り集まってしまうだけだと思うんだ。


『さて、まずは手始めに、現在の裏サイトの管理者に連絡を取ろう。どれだけ逃げても捕まえてみせるよ。それじゃあ、よい学校生活を』


 放送はそれで終わった。

 そして、俄に校舎内が騒がしくなっている。急な放送、そして、今まで相談してきた個人的な事を全てバラすと脅しを掛け、最後には裏サイトを使うなと、管理者には連絡をすると。

 どこまでがブラフでどこまでが本気なのか分からない物言いに、みんなして恐慌状態に陥ってるのかも知れない。


 でもボクにとって、そんなことよりも、明らかに白川先生より年下に見える理事長が鍛えたとかそう言ってることの方に混乱しているわけで。


「榊さんが混乱してる」

「ふむ? ああ、なるほど。歳か。わたしは見た目通りの年齢では無いぞ」


 事も無げに言う理事長。だったら一体いくつなの。

 見た目はボクと同じくらい……より少し上……。悲しいけどボクが小学校高学年くらいなら、理事長は中学二年生くらいだ。身長はそんなに変わらないけれど雰囲気がちょっと違う。多分。


「睡瑠、わたしはそろそろいくつになるんだったか……?」

「私が知るわけ無いじゃ無い……百は行ってるんでしょ? 向こうは時間の流れが違うとかなんかで」

「そうだが……流石に封印期間一二〇年とかなってくると、もう歳の概念なんて彼方に吹き飛んでるぞ」


 桁が……桁が違う。やっぱりあれか、ファンタジーな世界の住人だったのか。


「あ、白川先生が言ってた魔王……?」

「元だ、元。今はただの理事長と主婦だ」

「なんか嘘くさい……」

「なっ……! 最近の子供は礼儀をしらんのかっ!」


 何か怒ってるみたいだけど、正直怖くない。ううん、最初の王様みたいな感じは何だったんだろう。年甲斐の無い大人って感じだ。


「おい、君は失礼な事を考えているな?」

「え、いや、考えてません、よ?」


 どうしてわかったんだ……。


「榊さんは顔に出やすいのねえ」


 しみじみと言わないで!? ボクそんなに顔に出してるつもりは無いんだから!


「まあ、とりあえず結々里の事はリアクションをする置物か何かだと思って、さっさと始めてしまいましょー」


 理事長の扱いそれでいいの……?

 ちらりとそちらを見ると、溜息を吐いている。いいのかそれで……。

 そもそも、意外と人間味がある人なのにびっくりなんだけど。

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