もし……

 押忍!! あ、ども。ガクです。異世界に来ると炭酸のジュースが意外に欲しくなります。向こうにいる時はたまに飲む程度だったんですけどね。


 サラがルアンと俺を見て笑顔を向けている。


 俺もサラとルアンに笑顔を向けた。


「……お、おれ……は」


 エンドルが項垂れている。

 そんなショックな事ってあったか?


 あ、騎士の技をサラに止められてたな。

 うん。ショックだよね。


 エンドルは数人かによって宿舎のほうに連れて行かれた。

 顔面を引っ叩かれて数回転したからな。


 よく頭が取れなかったもんだ。


「サラクさん。ケガはないか。すまない。私が見ていながら……」

「ふふ……。いえいえ。ルアンが無事で良かったです」


 ……あ。

 サラ、キレてる。


「サラク! 本当にケガとか大丈夫? 手を見せて……む、無傷?!」

「問題ないですよ」


 シャルルがサラの手を握りながら固まっている。


 俺もサラの手握りたいな~。


 サラってエンドルが放った技、たしか〈騎撃〉だったか。

 それをおそらく素手で弾いたよな?


 左手から煙が出てたし。

 ……無傷か。


 どうやらサラの皮膚はメタンかチタンで出来ているのか?

 もしかして身体を錬成して硬化したのか?


 サラの身体には夢が詰まっているんだな。

 そうに違いない。


「サラク。今日は申し訳ないけど……」

「えぇ。これから行くところもたくさんあるので、用がありましたらここから程近い『犬耳ネコ尻尾』に来て下さい」

「分かったわ」


 うわ~。

 周りが全然気が付いていない。


「ルアン。おいで」


 ルアンを避難させておこう。


「は~い。ガク~。くるんして~?」

「くるん?」

「くるん!」


 バファルに投げ飛ばされたのを言ってるのか?


 痛いから嫌だな~。

 そうだ。


 アレをしよう。


「くるんは出来ないけど、高い高いをしてあげるよ」

「ん~? やって~」

「おっけ~。 ……そ~ら~」

「あはははは!!」


 ほんの三十センチ程度を浮かす程度だが、ルアンは大喜びだ。


 サラが挨拶をしながらチラチラとこっちを見ている。

 あ、サラが羨ましそうに俺を見ている。


 後でサラもやりそうだな。


「ではまた。ガクさん、ルアン。行きますよ」

「「は~い」」


 同じような返事をしてサラの後を追う。


「あ、一つ。彼に言っておいてもらいたいのですが……」

「いいぞ。エルには俺から伝えておく」


 マズイ!?


「ルアン! 耳を塞げ!」

「キャ~~! あははは」


 遊びだと思ってるのか!?


 俺はルアンをかばう。


 サラは指輪型の杖を使い、魔法を行使した。


 発動から魔法が行使されるまでの時間は一秒未満だろうな。


 サラは魔法を使った際に身動きから気配まで全く変化しなかった。

 おそらく、今の現状を理解できているのはバファルだけだろうな。


 俺の位置からなら分かるけど、全員がこっちを見てるから彼らの後ろがどうなっているのかを知るのはもう少し先だろうな。


「……もし……ルアンに傷の一つでもあったのならこの程度では済んでいませんので」

「……き、肝に銘じさせよう」


 状況を理解しているバファルは顔から滝のように汗を噴出させながら答える。


 うん。

 俺もさすがにドン引きだ。


「ガク~? もういい?」

「良いよ」

「え~? きこえな~い!」

「ん? もう良いぞ?」

「え~? きこえな~い! あははは!」


 あ、俺をからかってるな?


「この~」

「あはははは! もういっかい~」

「そら~」

「あはははは!!」

「あ、ガクさん。私にもやってください!!」

「俺がやるの!?」


 やりたいんじゃなくてやってもらいたいのね。


 びっくりだよ!


「行きましょう」

「そうだね」


 俺もそそくさと去る。

 怒られたくない。



----------


 ガク、サラク、ルアンがその場から去り、宿舎の影に入り見えなくなりその場に座った人物がいた。


「ハァ~……」

「教官!?」


 シャルルは教官であるバファルが顔から滝のように流れるような汗をかくのを始めてみると共に、彼が少し震えているのが分かり戦慄する。


「きょ、教官……一体何が……」

「……後ろを見ろ。それが答えだ」


 バファルの言葉ですぐさま後ろを見たシャルル。


 そこには何もなかった。


「え? 何が?」


 バファルは目を瞑り、悔しそうに口を開く。


「気が付かないか? ……俺は騎士駐屯本部から土の魔法使いを数人連れてくる。それまで周辺警護でもしてろ。報告めんどくせぇ~」

「ですが、訓練が途中で―」


 突如、少し強い風が吹いた。


 日常生活で特に何の影響も受けないはずのその風はグランドから大量の砂を巻き上げた。


「分かったか?」

「……あ、あぁあ!?……そんなバカな」


 先ほど、シャルルが後ろを見た際には何もなかった。


 ガクとエンドルが戦って出来たはずの水溜まりもなかったのだ。


「砂……」


 たくさんいる騎士見習いの中の誰かがそんな声を発した。


 多くはその現実を受け入れる事が出来ずにただ棒立ちするしか出来なかった。


「あのサラクと言う女は帰る際に魔法を使った」

「バカな?! 魔法の発動呪文も唱えずにこれ程の魔法が使えるはずがありません! 発動の気配もしませんでした!」

「早かった。……俺が止められないギリギリの距離で魔法を使ったんだ。殺気はなかったが、死ぬかと思った」


 シャルルはバファルからグラウンドに目線を戻した。

 サラクは、ルアンが無事だったからこの程度で済ましたのだ。


 もし、エンダルの魔法でルアンが傷つき、ましてや死んでしまっていたら……。


 そんな事を不意に思いった彼女は足から力が抜け、その場に座り込むシャルル。


「何なのよ。あの子……」


 サラクの怒りの一端を見て呟いた。


 彼女は帰り際に魔法を使って、広大なグラウンドを一面砂に変えた。

 木々は安定を失い、徐々に倒れている。


 風が少しでも吹けばその風に合わせて砂が飛ぶ。


 その場の全員が思った。


 彼女を怒らせたら死ぬ、と。


----------


「アハハハハ!! ガクさん! もう一回!」

「いいよ~」

「サラク! つぎはルアンなの~!!」

「え~。では交互でやってもらいましょう!」

「うん!」


 あれ? 俺の意思は?


 全然やるけどね?


 だって、サラを高い高いすると目の前に胸が来る。


 スゴイね!

 揺れるって、スゴイね!


 大事だから二回言ったよ?


「サラ。さっきは少しやり過ぎだと思うよ。俺が言ってもアレだけど。……それ~」

「あはははは~~!」

「そうですね。雷の方が良かったですかね?」

「う~ん。雷は音が大きいからルアンがビックリするしな~。それ~」

「あはははは!! たか~い!」


 サラが俺の隣でウズウズしている。

 そんなにやってもらいたいのか。


「風はルアンが傷つく可能性もありますし、水は私達にも被害がありますよ? ガ、ガクさん。次は私です~!」

「はいはい。……なら土系がベストだったのかな? それ~」

「アハハハ!! 楽しいです~!」

「わたしも~! わたしも~!」


 急にモテモテになってしまった。


 う~ん。

 後片付けとか大変そうだな~。


「この後はギルドに行く?」

「そうですね。宿屋に戻って少し宿泊を延長しておきましょう」

「あ~い」

「ガク~! もういっかい! もういっかい~!」

「もう終わり~。ほら、ルアン。危ないからしっかり捕まってるんだぞ?」

「ぶぅ~~! えい! えい!」

「あ! 髪抜かないで~!」


 その後、サラとルアンを五回一セットを交互に三回程、高い高いした。


 ……髪が。


 まぁ、その後は場所を使ってギルドに向かう。

 もちろん宿屋の延長もした。


 一泊銀貨二十枚だった。

 都会は相場が高いと言うが、やはりそれは異世界でも変わらないようだ。


 三日の延長で銀貨六十枚。

 昨日の分を合わせると銀貨八十枚か。


 地味に財布にくるな。

 まぁ俺のスマホの【アイテム収納アプリ】にある樽百個以上あるモノを売れば大丈夫だろう。


 ギルドは宿屋から遠く、馬車で一時間もかかった。

 道に不慣れなのもあるが、人が多く道幅が広い道が少なくて遠回りをしてしまった。


 だが、あと少しで到着だ。


 途中でルアンが寝てしまった。

 今日はポカポカして気持ちが良いからな。


 手で風を送り、スヤスヤと寝ているルアンを眺めて身体の魔力を循環させる。


「ん?」

「どうかしましたか?」

「あ、いや。……ん?」


 なんて言ったら良いのだろう?


「魔力の循環がキレイにできる?」

「何で疑問形何ですか?」

「身体の魔力がどこを通ってるかも分かる」


 感覚が敏感になった?

 鋭利になった?


 敏感ってなんかエロいから鋭利って表現にしよう。

 子供の前でエロい言葉を使っちゃダメだからな。


 え?

 俺の存在したいがダメだって?

 そんなに褒めるなよ。照れるだろうが……。


「スゴイですね」

「ちょっと見てみるか」


 スマホを使って俺に何が起きているのかを確認する。

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