たまねぎのくに

あずきむすめ

第1話 小児病者の横行の世に

此の国には、全てがある。


石畳の道、お菓子色の家々、春風に漂うのはわたあめの匂い。

道端にはスミレが咲き零れ、空は驚くほど青い。


此処は、ある少女の願いで生まれた土地だ、と髭を蓄えた歴史学者は言った。此処の大地は、彼女の心に直結している。

素晴らしい土地、優しい王様、恵まれた天候、気品のある王妃、そしてなにより素敵なのは

「王女様だ…!」

「マーガレット様が、道を通られるぞ!」

「なんとお美しいこと…」

「花も恥じらうとは正に此のこと。」

どこの花売り娘が撒いたのか、白い花びらが宙に舞う。群衆は賛美の言葉も、拍手すら忘れて道を歩く少女に見惚れる。花びらよりも白い髪と、透けるような肌。身にまとった桜色のドレスの糸くずを、老婦人がおし頂くように摘んだ。

「皆様、御機嫌麗しゅう…国民の皆様の笑顔は、わたくし達王族の宝であり、日々の励み…今日も素敵なお日和になりますよう、では。」

真っ白な王女は、真珠のような歯を見せてにっこり笑うと、再び金色の馬車に消えた。

ほんの1分にも満たない演説。唯の挨拶。それだけで、馬車通りは色めき立った。此の国は、王女の笑顔で晴れているような物。彼女は神聖視され、その姿を見た物には一年の幸福が約束されるという。そんな馬鹿なことがあるか。


大通りの喧騒から逃げるように横路地に入る。チューリップは、青痣だらけの身を隠す様にして、ゴミ山の隙間に座った。数日間物を食べてい無い。指先が震えて、自らの細い肩を抱きながら空を見上げた。


チューリップは罪人だ。


何の罪を犯したのか、彼女自身も知ら無い。物心付いた時には石つぶてを投げられ、汚い廃棄場に住まう事を強制されていた。親も無い、兄弟も無い。気づけば、腕の痣が消える日は無くなっていた。此の美しい国、なんと美しい空。その中で、彼女だけが独りぼっちだった。


ふらり、と立ち上がって表通りに出る。目が痛くなる様な金色の馬車は遠のき、人々は何事もなかったかの様にこの季節を謳歌していた。

途端、全員の目が此方を向く。白い、白い、冷たい目たち。一人につき一対、二つの瞳が、チューリップを透かす様に、見詰めていた。負の感情。理由の無い憎しみ。形の無い罪。鼻の奥がツンとして、胸が締め付けられる様に痛い。


孤独が刺さる、とでも言うんだろうか。何処からか、また、ピンポン球程の小石が飛んできた。無防備に丸められた背中に当たり、道を転がって、止まった。


「死んじまえ、穢れた罪人め!」


余りにも直接的すぎた言葉。チューリップは顔を上げて振り向いた。鍛冶屋の息子が、下唇を噛み締めて佇んでいる。罪人の渇いた唇が開く。声が掠れた。喉が張り付いてしまう様な気がした。


「あたしだって、死ねるものなら死んでやるよ!」


此の素晴らしい国では、誰も死な無い。此の美しい国では、悲しみも涙も許されない。青空の下、罪人は自分の罪状が読み上げられるのを、拳を握りしめて待っていた。




白い聖女は、それを


ただ


じっと見ていた。

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