ド素人が武術を志した時のダメ話あれこれ(個人史1)
凡人が、それももともと運動神経もよろしくない文化系の凡人が妄想を逞しくして武術を学ぼうとするのは本当に大変だ。
筆者が何かしら武術というものを学んでみたいと思ったのは高校時代から大学に入学するまでの間である。
一番最初に具体的な講習会に行けたのは大学1年の夏休みの頃の話であり、それまでは妄想武術ライフを送らざるを得ない状況であった。
きっかけはもちろん漫画である!
一体、中国武術などというどマイナーな対象に、漫画をはじめとした中二病をくすぐるサブカルコンテンツを経由せずに学ぼうとするなどという健全な十代なんていう人間がいるのであろうか?
いや、ない!!(断言)
そんなことをいう人がいたとしたら健全すぎて逆にすごく胡散臭いではないか。
同時代の人間は、中国武術マンガとして有名な『拳児』でファーストコンタクトを果たした人間が多い。
これは週刊少年サンデーに連載されていて、多くの人々の目にさらされていたからだろう。
しかし、筆者はややオタク気味の少年であったので、当時角川書店が出版していた『comic Newtype』という、現在も出版が続いているアニメ雑誌『Newtype』の増刊扱いのマンガ誌(現在はとっくに廃刊)に連載されていた『セイバーキャッツ』という、主人公が通背拳遣いの作品で目覚めた。
当時の地方の学生としてはかなり異端だと思われる。
このマンガは『拳児』と違って7~8年ぐらい前のコミック文庫のブーム時も、2~3年ほど前にあったコンビニコミックブームのときも特に復刻されることも無く、一部の人々の記憶以外から消え去ってしまった作品である―――が、今回は別にこのマンガの話をするつもりはない。
(注・この文章は2011年に他サイトに投稿していたのだがその後コンビニコミックで出版され、現在は電子版が出て誰でも読める状況になっているのである。なんてこった。みんな読め。)
さて、田舎の高校生というのは、武術を学びたいと思ってもどこにも習いに行く場所が無い。
当時、インターネットは存在せずパソコン通信であり、現在のパケット定額制と違って電話代そのままの金額と通信料金がやたらかかり、情報入手の手段は雑誌か口コミである。
身近な状況としては、市民講座や公民館での同好会、一部スポーツセンターで太極拳を教えていたような……というレベルである。
奇跡的に近所の本屋に一冊ずつだけ入っていた『武術(うーしゅう)』と『秘伝』という武術雑誌は、それぞれ3ヶ月に1度と2ヶ月に1度の発行である上に、そこに載っている道場・教室・セミナー・講習会の数は少なく、さらに都市部が多かったので、高校生の身でそこに行こうというのは不可能だった。
筆者は根性とか努力とか体力とかは人並みかそれ以下であることは充分理解しており、一方で古武術や中国武術は何しろ「現代の格闘技なぞとは違う」ので「この俺にも秘められた才能があるのかもしれん!」とむやみやたらで根拠のまったくない希望を持っていたのである。
ゆえに、地元にあった柔道や空手や少林寺拳法といった所に行こうとは全く考えなかった。
だって明らかに自分より才能も努力も実績もある人ばかりがいて、ただでださえこじらせている自分の劣等感をマイナス方向に大きく刺激される環境に決まっているではないか!
その代わりとして、あろうことか筆者は最初はマンガに載っている基本技、しばらくしてからは雑誌や本を買って写真解説を元に独学で練習を始めたのである。
見識の無い完全なド素人が我流で行なう練習ほど害のあるものは無い。
しかもマンガ『拳児』の原作者でもあった、数少ない中国武術の本格的な研究者であり紹介者であった松田隆智氏が日本の武術情報のリードを行なっていた時期であったので、「震脚」というものを行なうとスゲエ威力があるらしいよ? という偏った知識がダメ高校生の頭には植え付けられていた。
足を踏み出すとき、あるいは踏み下ろす時に、足を激しく地面に打ち付ける反動を利用する技術で、松田隆智氏はよりにもよって台湾武壇という団体の系統の、やたらめったら震脚を行なう八極拳で武術の体を作った人だったのである。
youtubeなどの動画サイトを利用できる昨今、「八極」あるいは「baji quan」と入力して検索すると、大量の八極拳動画を観る事ができるが、武壇の八極拳は本当に『拳児』に出てくる八極拳のそのままで(検索語句に「武壇」「wutan」を加えると出てくる)、7~8年ぐらい後なってに初めて映像を見る事ができた時には思わず笑ってしまった。
その時にはすでに全く別のものを学ぶ道に進んでいたので、うひゃー俺こんなことができるようになりたかったのかー、と笑い話にできたが、当時高校生の筆者にとっては笑い話ではない。
完全に本気である。
そして正しいやり方を知らないのである。
ばっしんばっしんデカイ音が出ると、非常に「すごい威力が出ているぞ」感があり、現在言われるところの中二病的な優越感を得られる効果があるのだが、写真から想像した思い込みの動きをド素人の高校生がやると、どうなるかというと、足を壊す。
実際、踵の骨と足首を痛めてえらいことになった。
ちなみに震脚については
・震脚は必要だよ
a)とにかくスキあらば震脚だよ(震脚至上主義派)
b)いつもいつも震脚してるわけないじゃん必要な時だけだよ(震脚重視派)
・震脚なんてエネルギーのロスだよ(震脚否定派)
・震脚なんて自然に起きるもんなんじゃないの?(震脚自然主義派)
・震脚? 何それ喰えるの? ウチにそんなもんないよ(震脚不要派)
などなどがあり、特に意識しない拳種はいっぱいある。
ただ、表演(演武)では見栄えするので、威力に全く関係なく行なっている所はある。
また、「武術には内部のパワーを使う『内家拳』と、空手のような外側を鍛えて破壊力を出す『外家拳』があり、内家拳の方が高級である」という、空手の人とか内家以外の人にぶっ飛ばされそうな言説を信じていたため、独学で気功に手を出し、一時期、体に変な流れを感じたり、頭に血が上ってやたらのぼせるようになったりと、「偏差」と呼ばれる症状の一部があらわれたりしてしまった。
ひどい偏差になると妄想が強化されたりと、精神病と変わらない症状が出たりすることがあり、大変注意が必要である。
人間の意志の力はおそろしいもので、血流だとか心拍数だとかの現実にかなり反映するのである。
現実に反映できなかった力はどこにいくかというと、行き場がないので自らの精神内に返ってきて作用するので、心のバランスを崩したりする。
これまでの人生の中で二度ほど気功のひどい偏差で精神をおかしくした人を見たことがあるが、本当にヤバイ。
頻繁に起きることではないが、独学や我流は全くおすすめできない。
そうして、さらに八卦掌の本を手に入れて夜の小学校のグランドで、載っているイラストと動きを示す矢印を頼りに、ものすごくいいかげんであやしい八卦掌を練習したり、「体当たりを使う凶暴な『心意六合拳』という武術があるらしいぞ」というマンガと雑誌の解説写真から家の壁や柱にいいかげんな知識でぶちかまして家族に心配されたりと、間違った意味で充実したアタマの悪い妄想武術ライフを送っていたわけである。
さすがに途中で実際に習いに行かないとどうにもならないことに気づのだが、金もコネも時間も見識も無いわけで、結局大学進学後までこのような日々が続く。
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