ボクとキミのヒミツのすみか

@saeki-33333

第1話 出会い

 僕は、最近この街に引っ越してきた。

 仕事帰り、少し安らぐコンビニ。子供が遊んでいない無駄に広い公園。誰も住んでいないんじゃないかってぐらいシーンと静まり返った高級マンション。家族の温かみが感じられる一軒家。そしてこの街唯一にぎやかな商店街。

 まるで逃げるようにこの街に引っ越してきた。

 自分の荷物を新しい部屋に詰め込むと一歩外に出た。築40年は越えているであろうアパート。ガシャガシャと大きな音をたてる階段を下りて新しい街を歩く。

 ここは人が少ない。

 アパート近くにコンビニが4件も建っていてやけに騒がしくて24時間営業、深夜でも開いているコンビニは僕の寂しさを紛らわしてくれる。そこを通り過ぎ、特に理由もなく公園の中に入った。

 公園はけっこう好きだ。

 雨の雫が光に反射してキラキラ輝く葉。広くシーンと静まり返った公園。子供が作っておいたままになっている砂の城。ちょこんと置いてあるベンチ。昼になるとお昼ご飯を食べにくるOLたち。公園は僕にとって宝物でもあり自分のことを唯一受け入れてくれる場所でもある。

 公園の中に入ると滑り台を見つけた。走って逆のほうから駆け上がって、一番頂上に立つと今度は階段を下りていく。なんともシュールだ。そんなくだらなくて子供っぽいことを人がいない公園で急にやりたくなる。



 引っ越したての町は、なんだか暖かかった。涼しい風が僕の髪をなで通り過ぎる。透明で透き通るような空気が僕の体内に入って二酸化炭素として出ていく。この空気はいったいどこに行くのだろう。そんなことを思った。

 木々が風に揺られてざわめく。向こう側の道、子供たちの走る音が聞こえる。学校のチャイムが聞こえるか聞こえない場所で鳴っているのが分かる。耳を澄ませてやっと聞こえる大きさだ。

 公園の近くにある駅。この町を走る電車の音は、ガタンゴトンと一定のリズムで客を乗せて動いている。

 いつもそんなくだらないことを思いながら僕は孤独に生きている。

 誰とも話さないし、関わろうとしない。本当に寂しい人間なのだ。僕は。



 休みの日は、一人、町に出ていろんなところを歩く。家に引きこもるのは嫌いだ。あのアパートは僕の弱さを包む殻なのだ。まるで卵の殻のように、少しのことで、すぐに砕けてしまう。

 仕事の日は、自分のすべきことをやって家に帰る。

 一人でご飯を作り食べシーンと静まり返った小さな部屋に少し小さくしたテレビ音が響いている。

 僕の居場所は、家よりも職場なんじゃないかとときどき思う時がある。それはただ単に家にいる時よりも仕事場で一人パソコンにむかっている時のほうが長いからだ。

 僕の生活三分の二が仕事だ。仕事場の人が話しかけてきたら愛想笑いをして相槌をうつ。去っていくと僕に愛想がついたのだとまた無表情でパソコンにむかう。


 希望なんてもの僕の中には存在しない。


 全てはあきらめで出来ている。1つの考えを捨てれば人は自由を得る。苦しみも悲しみも感じなくなる。

 それでも、苦しいのならば自分を傷つければいい。いつもそばにあるミニカッターナイフは僕の疲れ切った心を優しく包み込んでくれる必需品だ。スーッとカッターの刃を肌に当てて引くと赤い線ができて、ぷつぷつと出てくる赤黒い血は、僕の気持ちを落ち着かせてくれるのだ。



 風がいっそう強くなったような気がした。夏の梅雨の季節。台風が近づいているからだろうか。ふと公園の出口付近に人影が見えた。

 旅行などに使うキャリーバックを持っている女性。僕から遠くはなれた彼女は、白いワンピースを着ているのが見えた。内股に歩いていて、髪は少し抑えめの茶色。強い風のせいでワンピースはカーテンのようになびいていた。




 きゅうにガタンとと彼女は何かにつまずいた。大胆にこけてなびいていた彼女のスカートは大きく開く。

 僕は、笑いをこらえながら目をそらした。久しぶりにこんな些細なことで笑っている自分に気づく。すっと職場で愛想笑いしている自分にとってまるで欠落したんじゃないかってぐらい感情が薄い。だから自分が笑っていることに驚いた。

 彼女をもう一度見ると、スカートを叩いているのが見れた。


 少し一歩近づいて、僕は向こう側にいる彼女の足を見る。思っていたとうりだ。彼女はこけたせいで、肌じろい綺麗な足が血だらけになっていた。砂や小石がついて痛そうだ。

 僕はもう一歩もう一歩と近づいてみる。それは、まるで彼女に近づくための道を模索しているかのように思う。おそるおそる、彼女に近づくに連れて自分の心はまるで中に浮かんでいるように感じた。自分の考えとはうらはらに行動している自分がいる。それはまるで、この心が僕の物ではないかのようなそんな感覚だった。


 「あのっ‥‥‥!!」

 おそるおそる話しかけてみた。午後三時。それなのに子供はこの公園に一人もいない。梅雨のせいで、湿った気持ち悪い暑さ。

 僕は、自分の声が少し震えて心臓がバクバクしているのを感じた。光で彼女の頬は白く光る。

 彼女は振り向いた。

 一歩また一歩近づいたので僕と彼女の距離は近い。 彼女の瞳は、しっかりと僕の輪郭をうつし、彼女はしっかりと僕の目を見ているのがわかった。 そして彼女の目から涙がポロポロと流れる。

 僕は驚いた。急に彼女が泣き出したからだ。そして彼女はしゃがみ込む。

 思わず彼女に近づいて

 「大丈夫?」

 と訪ねた。

 すると彼女は

 「痛い‥‥‥」

 とかわいらしい声で呟いた。












 私は何かから逃げるようにこの町にたどり着いた。

 私には頼れる人がいない。五歳の頃、母と父を交通事故で亡くし、自分をここまで育ててくれた祖母も去年に亡くなった。 私はどうしても職場に慣れずに、せっかく決まった仕事をやめバイトをコロコロ変えていろんな町に移り住んできた。

 私の居場所なんてどこにもない。


特に理由もなくキャリーバックを持ち公園の中に入った。季節は夏で、梅雨のせいでじめじめ蒸し暑い。私は電車に長く揺られたせいでフ

ラフラしていた。頭が痛い。高いヒールは公園を歩くには不向きだ。

急に何かにつまずき、私はまるで宙に浮いたからだが突然落ちるように大胆にこけた。

痛い…。なんで自分がこんな目にあわないといけないんだろう。人よりも何倍も傷つきやすいのに何故こんな不幸なことが起きるのだろう。

その時、突然知らない男の人の声がした。

「あのっ‥‥‥!!」


 その震えた声に、私は真っ白なワンピースをはたきながらおそるおそる振り向いた。

 そこには一人の男性が私を見て立っていた。

 短い髪、少し小柄な優しそうな顔の男性。夏なのに彼の着ている分厚い緑色のパーカーは彼には大きすぎて、それは彼自身を隠しているように見えた。道を聞かれた意外異性の

人に話しかけられたことの無い私は戸惑い、自分の今の感情のままその場にしゃがみ込んだ。

 彼に

 「痛い‥‥‥」

 そう呟いてみる。

 近づいてきた彼は心配そうに

 「大丈夫?」

 と言って

 「家すぐそこなんで、歩けますか?」

 と聞いてきた。

 驚いた。知らない男の人からここまで心配されたのは初めてだった。私はすぐ人を傷つけてしまう。そのせいで職場では、私が近づいただけで嫌な顏をされ、初めてできた好きな人には、空気も読めずすぐ人を傷つけてしまう私をまるではらうようにさっていった。

 私は彼を見る。彼は少しおどおどしていたが、そんな彼に私は少しうつむきがちでコクンと頷いた。



 「家、本当すぐそこだから」

 彼はそう言って歩き出す。いつの間にか私のキャリーバックは彼が持っていた。

 私がついていくと、ときどき彼が振り向いて

 「本当に歩ける?」

 と彼は優しい声で聞いてくる。

 私は

 「ありがとう。大丈夫です」

 と微笑んだ。

 こんなにも人に心から笑ったのはいつ以来だろう。ずっと愛想笑いをしてきた私のとって久しぶりに感じた感情は私の心を軽くしていった。






 彼の家は本当にすぐそこだった。築何年ぐらいだろうーー。

 彼の家はアパートでガシャガシャと音を立てる古い階段は怖かった。彼はキャリーバックを持ち上げる。少し重そうだ。

 「私、持てます」

 と手を貸すと

 「大丈夫だよ。君、怪我してるし。僕男だから」

 と言って、鍵を開けドアを開けてくれた。

 私は家の中に入る。

 玄関を入りすぐ左側に台所があって右側はドアが1つついていた。

 「こっちのドアは?」

 私が聞くと

 「そっちはトイレと風呂場」

 と素っ気ない返事が返ってきた。

 「椅子が無いからベットに座って」

 彼は玄関付近に私のキャリーバックをゆっくりおろすとそんな長くもない廊下を渡った先を指差した。向こう側をのぞく。彼の家の中は、本当に殺風景だった。奥の部屋に入るとベットに折りたたみ式の丸テーブルがある。本棚もあり、そこだけ本がぎっしりと詰まっていた。

 「本好きなんですか?」

 そう聞いてみると

 「うん」 

 と彼は笑った。

 私は彼が寝ているのであろうベットに座る。

 「ちょっとまってて」

 彼はそう言って慌てて救急箱を持ってきた。たぶん私が足の痛さに顏をしかめたからだろう。

 「今どき、こんなもの持っている人初めて見ました」

 そう言うと

 「僕、よく怪我するから」

 さらっと言った彼の言葉に私はきょとんとする。



 傷の手当が終わって、私が礼を言って帰ろうとすると 

 「もう、帰るの?」

 彼は台所から顏を出して私に聞いた。

 「はい、ありがとうございました」

 「コーヒー入れたけど飲む?」

 と聞いてきたので

 「じゃあ、お言葉に甘えて‥‥‥」

 そう言って、折りたたみ式のテーブルの下に座ると彼がコーヒーを持ってきてくれた。

 「ありがとうございます。」

 私はコーヒーを受け取り口に運ぶ。

 「キャリーバックを持てたけどこの町に引っ越してきたの?」

 彼が急に訪ねてきた。

 「はい、私けっこう引っ越しとかが多くて‥‥‥」

 言葉を濁している自分がいた。

 「仕事とかは大丈夫?」

 「えっと‥‥‥私、バイトだから‥‥‥」

 知らない人なのに唐突に聞いてきた彼に内心ムッとしたが、私は何故か怒りという感情がわいてこなかった。彼の優しい口調はまるで私の中にすんなり入るように彼の声はそれぐらい居心地のいいものだった。

 自分のことを心配してくれている、それがなんだか嬉しかったのだ。










 彼女はこんなに重たい荷物を持っていったいどこに行こうとしていたのだろう。

 彼女のキャリーバックを持ちながら僕は思った。ドアを開け彼女を入れると、僕は彼女の荷物を傷つかないように置いて、彼女に

 「椅子が無いからベットに座って。」

 と言う。

 僕の部屋には椅子が無い。ベットと折りたたみ式の丸テーブル、そして本を読むのが好きなので本を置いているだけだ。

 彼女はあたりを見回して、ベットに座ると傷口が痛いせいか顏をしかめた。すぐに救急箱を持ってくる。

 「今どき、こんなもの持っている人初めて見ました」

 と彼女が言ったので

 「僕、よく怪我するから」

 そう言って言葉を濁す。手首の傷が見えないようにフードの袖を伸ばして彼女の傷口に消毒すると

 「いたっ!!」

 と彼女が涙目になっていたので焦った。



 消毒を終えると、彼女にコーヒーを出す。疑問に思っていたことを質問したあと、少し馴れ馴れしいかなと思ったが彼女は少しムッとしながらも話してくれた。

 名前は田中さん。どうやら仕事には就かずバイトだけで生計を立てているのだそうだ。それに彼女は、両親を交通事故で亡くしてる。僕が聞かずともだんだん彼女は自分が起こった日々を話し始め、ついには涙をポロポロ流してしまった。

 彼女も孤独なのだ、きっと。

 僕と同じで彼女も独り、誰とも関わろうとせず生きてきたのだ。彼女の真剣な表情で話すのを見て、僕はそう思った。




 「家にいるといいよ」

 そしていつの間にか、僕は自分でも考えられないことを彼女に言っていた。

 やっぱり今日の僕は少しおかしい。でも彼女と僕はなにかが似ている気がした。似ているからだろうか、彼女を助けたいという思いがあって、僕はこんな言葉を彼女に言ってしまったのだろうか?

 彼女は戸惑っていた。でも最後には、僕の目を見て決意が決まったように頷くと

 「ありがとう」

 と笑った。

 それが、とても可愛くて僕は今までにない思いでいつのまにか心から笑っていた。

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