第115話 吾輩慣れってものの恐ろしさに今気づく

吾輩は目を覚ました。こうもりが話しかけてくる。

「旦那、お目覚めですか?」

「・・・なんだ?・・・あれ・・・」

「・・・どうしたんです・・・?」

「・・・見づらいな・・・こんなに見づらかったっけ?」

「前と一緒ですよ・・・」

「いや・・・あれ?まさか・・・こういうことか・・・」


吾輩は慣れの恐ろしさに気付く。

うむ・・・ちょっと、なろうをお散歩してきました。

まぁ、お勉強中の身ゆえ、いろんな表現を模索中でありんす。

そして、あることに気付く。

違和感が強くなってる・・・。

これはね・・・きっとカクヨム効果です。

以前見た時より違和感が強く・・・なにか違いがありすぎると。

そうなのです。こっちに慣れ過ぎた影響・・・。

サイトデザインの差が激しすぎて・・・。

こういうことか・・・。

おそらく、なろうから来た人は逆に違和感を持つであろう。

そういうものだ。

作りが違いすぎるものを比べて見るのは、どっちに慣れたかで決まる気がする。

こういう恐ろしさってある。

自分の世界になれたものを選ぶ。そっちが優勢と思い込んでしまう。

生活習慣。それはとても影響が大きい物。

どっちが優れているなど、人によって違いますが・・・。

自分基準で選んでしまうということになる。

これが生活習慣病。

慣れとはまことに恐ろしい。吾輩の目はカクヨムに慣れ過ぎたかもしれない。


吾輩は考える。

あまり、ビジネスライクの考え方って好きでないけど・・・。

まぁ、必要なことなので考える。

やはり、小説という媒体で生きることしたら、文字による表現なのだろう。

これは避けては通れない。

文字の表現を使い、如何に想像をさせるか。

小説の表現って奴は、恐ろしい。

ある意味、絵とかより恐ろしい。

パッと見わからない。読み込んで初めてわかる。

そういうもの。

どこかしらに癖が隠れている。


吾輩は考える。

ちょっと、リゼロが面白すぎるので・・・元を読んできた次第であります。

それを見てアニメとの違いを悟る。

これはね・・・。原作者もすごいですが・・・。

アニメ監督さん達もすごい!!

よくこの動きを考え着いて・・・あの思考を入れて・・・とかね。

原作ありきなのはわかりますが・・・。

それでもね。表現の幅を広げている。

やはり、一人ではいかんと思う。多くの人が関わることによって、

何倍にもなるのだろう。

意外と忘れられがちでもあるけど、スタッフさんのエンドロールで書かれてる人達。

みんなでの作品なんだと思う。

誰かかけてもだめだったのかもしれない。


吾輩は考える。

人の人生もそうなのだろう。

少ない時間の出会いでも誰かがかけてたら、今の自分にはなれないのだろう。

言いすぎということはないと思う。


吾輩は眠りにつく。


≪つづく?≫

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